意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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15.業務展開

194.あくまでセフレ

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 パッチワークのように色とりどりの畑が連なる間を縫うように一本の農道が通っている。
 穏やかな早春の陽光が、そこを走る一台の白い車に降り注がれ、ときおり光る反射光が新緑溢れる美しい田園風景を照らしている。
 そんな一枚の絵画のように美しい光景の中、しかし車の中は、不穏な空気が充満していた。

「あ~~~~っ!」

 俺がひとりで眉間にしわ寄せ、怒鳴り声上げてるからだ。

「くっそ! 先方でこんな顔できねーつの! 着くまでに落ち着かねえと!」

 ひとりで走る車の中は、究極の個室。
 怒鳴り散らそうが騒ごうが誰にも迷惑かけないので、ときどきこうして意味の無いドライブをして車の中で叫んだり、というのをやってるんだけど、今日はいつにも増して荒ぶってる自覚アリ。

 だって結局ゆうべは一睡も出来なかった。なぜって佐藤さんにバレてたって分かったから。
 佐藤さんがゲイってのは、それはどうでもイイっちゃイイんだ。問題は───

「丹生田だよ! ……結婚するとき、変な噂とかなってたら……」

 マズイだろ? めっちゃマズイじゃんダメじゃん! ……ああでも佐藤さんはつまり……ゲイだから、分かったってコトかな?

「てかちょい待ち! それじゃ他にもゲイのひとがいたらバレるってコトなんじゃね? それマズくね? マズイよね? けどでも聞けねえじゃん、てかなんて聞けって!?」

『この中でゲイのひと手を上げて』

「とか!? 無理無理無理、そんなん無理じゃん!」

 ハッ……てことは!

「バレてるか分かんねーんじゃん! どうしたらいい? どうするべき? どうしろってんだよ!!」

 だって丹生田はぜってーイイ父親になる。道場で子供達教えてるの見て、そう確信してる。
 クソ真面目で、まっすぐ生きてる丹生田の邪魔をするなんて、ぜってーやっちゃダメなやつだ。

「だってやっと報われてきてるのに!」

 丹生田は家族のことで色々あったけど黙って耐えてた。けどそういうのが、ちょっとずつ変わってきてるんだ。
 ずっとアメリカの妹さんと一緒にいたお母さんは、お父さんがあっち行ったり妹さんと一緒にこっち来たりッてのをずっとやってて、去年やっと丹生田の籍に戻った。
 今はお父さんの官舎にいて、落ち着いてるって聞いた。妹さんもこっちの大学だか研究室だかに招聘されてて、日本に戻ってくるかもなんだって。

『そうなったら、ときどき掃除に行ってやらねば。保美は散らかし放題だろうからな』

 なんて言いつつ、丹生田は嬉しそうだった。
 その前から妹は世界中飛び回ってて、ひとりで来たときは丹生田に会いに来て、俺も一緒に三人でメシ食ったりとか、わりと良くある。つうか妹さん……今じゃかなり仲良しで、保美って呼び捨てしてるけど、ツッコむと頭イイ感じのボケを真顔で返してくるんで、超笑えるつか。美人で超頭イイのに色々ザンネンつか、ツッコミどころ満載つか、ほっとけねえつか。

 つってもまだ、丹生田はお母さんと会ってない。

 お互い怖がってるんだろうって、保美は言ってた。

『どっちも顔会わせたときのイメージが残っちゃってるんだと思う。後で聞いた話で、推測でしかないけど、あのとき健朗はクソボケじじいが心配で、きっと怖い顔になってたんだよ。ママは健朗のその顔が残っちゃってて、また怖がって健朗を傷つけるんじゃ無いかって、それが怖い。そんなもの、一回顔合わせなくちゃ分からないんだから、まず会ってみなさいよってアタシは言ってるのよ。なのに二人ともヘタレ過ぎ!』

 保美らしい強気な言葉に丹生田は苦笑してたけど、俺も、そうだよな、とは思った。そうしてお母さんも丹生田も一緒に、家族で逢えるようになれば良いのにって……でも家族の問題だし、他人が口出すコトじゃねえと思うから黙ってるけど。

 ともかく、せっかくそんな風になったんだ。これからも健全な人生歩むに違いないんだ丹生田は。

 あくまで大親友のセフレ。

 家族じゃない。まして恋人でもない。そんな立場で立ち入ったことにくち出すなんて出来るわけない。まして丹生田の将来の邪魔になるような真似はぜってーしたくない、するつもりも無い。

「いや、でもでも佐藤さんはみんなは知らないって……つまり会社にはバレてないってコト、だよな?」

 だよね、だいじょぶなんだよね? けどでも会社で、ホントにバレてねえ……?

「大丈夫だよな? 佐藤さん誰にも言わないって言ってたし、だよな、佐藤さんだって知られたくないって……余計な、なんとかって……」

 てことは問題無いっしょ?

「いやいやいや!」

 つうか、これから丹生田結婚するってときになって、俺と週一でヤってたとかバレたら……ヤバ!!
 ダメじゃん超ヤバいって激マズイってマジどうしたら……でもそんなん丹生田に言えねえ、言えねえよ、自分で処理しなきゃ、心配かけないようにしねえと!

「くっそ! 落ち着け俺!」

 ……て分かってんだっつーの!

「そうだよ! 一番良いのは、…………同居しない……」

 ……てコト……なんだ、って。
 卒業してから、なんつうか幸せで楽しくて、考えないようにしてたけど、どっかでは思ってたんだよ、ずっと。

 俺と一緒に暮らすのって、丹生田にメリットあんのかな? 面倒かけてるだけじゃね? とか。そりゃ家賃は折半にできたし、ショールームやってるときは家賃タダなったし、貯金増えたとか嬉しそうだったけど、休みの日もゆっくり休めねえ感じで迷惑かけたし。そんで道場行くことが増えて、小学生何人か任されるようになったとか、それも嬉しそうに言ってたけど、でもでも……

 ―――あんな風に、自分の息子にも教えるンかな

 ……とか。
 子供達に教えてる丹生田見てると、しみじみ思うんだよ。きっと厳しいけど優しい、良い父親になるんだろな、とかって。

 分かってんだ。こんなズルズルしてちゃダメなんだって。
 ずっと一緒に暮らしてて、仕事の話とか道場の話とか聞いてて、……分かったことがある。
 丹生田は……相手に合わせることができる奴なんだなって。

 一見、融通が利かないように見えるけど、あれはただ器用じゃ無いってだけなんだ。
 臨機応変に相手に合わせるってのは、確かに得意じゃ無い。けどちゃんと考えてる。考え続けて自分を変えてってる。時間はかかるけど、それができる。

 丹生田はそういう奴だ。ココんとこ落ち着いて見えるのも、丹生田が自分で変わっていこうって努力して、今の丹生田自身を勝ち取ったからだ。
 最初からカッコ良かったしイイ奴だったけど、前はちょいちょい出てたガラスハートが無くなって、なんか落ちつきってか余裕ってか、そんなんがめちゃ出てきてて、そんで……超カッコイイ感じになって。なんつうかときどき、どっしりした大人な感じ醸してて頼りがいあるってか、タメとか思えないくらい。

 そんで……なにげにモテてるっぽい。
 一緒に野球の試合見に行こうとか、剣道見に行っていいかとか、料理作りに行っていいかとか、一緒にキャンプ行かないかとか、花火見に行かないかとか、ガンガン言ってくる女子社員がいるっぽい。
 そりゃそうだ、仕事が出来て実直で頼りがいあって、こんだけカッコイイんだから……モテねえわけ無いよな。話聞いてるだけでも、それってめっちゃアピールされてんじゃねえの? とか思うけど、丹生田は気づいてないっぽい。
 てかニブイにも程があんだろって感じで。あえてソコ言ってねえけど。

 そうだよ、そんでいつか、さすがの丹生田も気づいて、結婚して、子供とか出来て、超イイ父親になり、イイじいさんになって……そんな風に、丹生田はまっとうに生きていく。
 そうでなきゃダメだ。分かってる。

「……ぐ、あ~~~~っ!」

 しっかりしろ、仕事ちゃんとやるには冷静で無くちゃダメだろっ! この感じを先方まで持ち込まない! 冷静になれ!

「ぅおおおお~~っ!」

 だから今のうちに騒いでおく!

「てかなんだよ俺なんてゼンッゼン成長してねえってのに! 差ぁつけやがって!」

 色々大変だった丹生田を見るまでもなく、自分は恵まれてたんだって分かってる。
 じいさんや家族や寮の仲間や、風聯会のおっちゃんたちや、そんな人たちに囲まれて、ぬくぬくやってきた。恵まれてるって実感も無く、当たり前に大口開けて笑ってた。
 だから色んなひとと合わせるとか、わりと簡単にやってる。けどけど甘いんだ、考えとか色々。そんで自分でもバカかと思うくらい変わってねえ。そう気づいた。

 考えたらメシ作るにしても、普通の主婦でもここまでやるか? てくらいキッチリやってくれてるし、掃除だって俺もやるけど、丹生田はいつも仕上げに磨いてる。部屋はもちろん、風呂もトイレもキッチンも、いつだってピカピカ。
 つうか丹生田って凝り性だったみたいで、ショールームやってたときベランダにハーブガーデンぽいモン作ったんだけど、今もその世話しててメシ作るときに活用してる。そういうのの使い方とか姉崎呼びつけて聞いたりしてたしメシはめっちゃうまい。毎日食卓にあがる浅漬けは、何種類か味がある丹生田オリジナルレシピで、そこら辺で売ってるのよりぜってーうまい。

 俺はスーツ脱ぎっぱなしにして怒られたり、灰皿の始末忘れて怒られたり、丹生田に世話かけてばっかだ。
 仕事だって丹生田はずっと同じ会社で頑張って、今はちょい偉くなってるらしいし、会社でも頼りにされてるらしくて、夜中に呼び出されて二時間くらいで帰って来ることもあったりして。

 男として今、俺は丹生田に負けてる。そんな感じハンパない。

 いや、俺だって仕事はちゃんとやってるつもりだよ。特に六田家具に転職してからは、色々任せてもらえて仕事楽しいって思う。
 けど結局は好きにやらせてもらってるてか、やっぱ恵まれてンだろな、とは思ってる。

 自分はぬるい。
 だから楽しくて幸せな今を手放したくなくてズルズルあの部屋に居座ってる。

「いい加減、……割り切らねえと。ダメなんだろな」

 ずっとずっと、丹生田のこと好きなバカ。
 大学の頃自覚した、あの頃のまま。
 俺ってマジでゼンゼン変わってねえんだ。
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