意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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14.三年後

188.信彦おじさん

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 先輩が友達と同居してるのは知ってた。
 けど、それ以上詳しいことは聞いてない。
 だから出てきた『同居人』が、あんな怖い顔の、あんなデカいヒトだとは知らなかった。
 めっちゃ睨まれてビビり、慌てて逃げた佐藤譲は、帰り着いた自宅のドアを開いて、ため息混じりに「ただいま~」と声を出す。なんか今日はものすごく疲れた。
 藤枝さんはビールをジョッキで2杯、レモンハイ2杯半だけで、あの泥酔状態になった。
 いつもは人一倍騒いで誤魔化してたみたいだけど、サシでじっくり呑んだのは初めて。そんで分かったのは、信じられないくらい酒が弱いってことと、酔ったらすぐ寝るってコトと、話くどいってコト。
 ずっと同じコト繰り返してて、トイレとかでちょっと目を離すと寝るし、面倒くさかった。強引に店出てタクシー乗っても寝ちゃうし、部屋まで送ったらおっかない人いるし、マジで疲れた。もう早く風呂入って寝たい。
 二階から降りてくるバタバタとした足音に、靴を脱ぎながら目も上げず「うるさいな」と呟くと、「うるっせえよ」すぐに憎ったらしい声が返った。弟だ。
「てかおじさん来てるンだぜ兄貴。来いよ」
「は?」
「信彦おじさんだよ。俺の部屋に来てる」
「ああ、……旭川の」
「そーだよ、さっき出来たの見せてるんだ。兄貴も意見くれよ」
「はいはい」
 ため息混じりに返事をして階段を上がる。弟の部屋に入ると、そこら中によく分からん機材やなんかとか、何台もモニターがあったりして、まるでスタジオだ。ベッドもそんなモンに埋もれてて、良くここで寝られるよなあと、いつも思う。
「いらっしゃい」
 声をかけると、ひとつのモニターを覗き込んでいた背中が振り返った。
「譲か」
 信彦おじさんは親父の弟で、四十代だけど独身だ。バツイチとかじゃなく独身。
 なんの仕事してるのかハッキリ分からないけど、お金持ってるぽいしモテないこと無いと思うから、独身主義なんだろう。なんていうか、父と違って自由な人って感じで、かなり話せるこのおじさんが、譲は好きだった。
 弟のまもるもこのおじさんが好きで、動画を撮りにちょくちょく北海道まで行ってるからゆずるより接点は多い。
 そう、衛はユーチューバーなのだ。
 なにげに稼いでるらしいが、今は大学三年。本来なんだかの研究をしたくて入った工学部だが、目指してた所に行くか、このままやってくか、色々考えてるらしい。
 などと言いながら製作活動も継続している。待ってるユーザーがいるとかなんとか……そして完成するとSNSで予告しつつ、譲や家族などに見せて意見を求め、それで修正を入れてから上げる、というルーティンを崩さない。独りよがりでは見落としがあるとかなんとか、色々言ってるが要するに自慢したいだけだろう。
 なので、せいぜい辛口の意見を言ってやるべく、普段からさまざま見聞きしておくようにしているのだが、衛としては信彦おじさんの意見がかなり役に立つらしく、ネット経由で意見聞いたりしてる。
 譲も去年、友人達と北海道旅行をして、旭川に寄ったとき顔を合わせた。友人三名も含めて車であちこち回ってもらって、メシや酒も驕ってもらい、貧乏旅行の中で唯一贅沢したって感じでみんな盛り上がって、譲の株も上がったし、感謝してる。
「お久しぶりです」
 だからちゃんと頭を下げて挨拶した。
「就職したんだって? 凄いところに入ったって兄貴が自慢してたよ」
 またか。ちょっとうんざりしながら、譲は笑顔で「いや、まだ入っただけで」とか誤魔化す。父のそういう自慢が、譲は苦手だった。
「……どうした譲。なにかあったのかい」
 おじさんは、なんというか、鋭い。
 それにくち固いし、離れてるし、色々溜まってる愚痴垂れ流しても大丈夫に思えた。
「うん、まあ……。おじさん、俺の部屋に来る?」
「おい、その前にこれ見てくれよ兄貴。おじさんも意見くれって」
 衛は抗議したが、おじさんは「それは後でな」といなし、譲に微笑を向けた。
「いいとも。ゆっくり話を聞こうか」


 藤枝拓海は今日、丹生田と二人で都内山奥へ車を走らせていた。
 作夜ゆうべ床でキスしまくって、一緒に風呂入ってそこで1回、流れでベッドでもエッチして、終わってから……ベッドん中、優しく抱きしめられてて、髪とか撫でられて。
「なんでも言えば良い。聞くだけなら俺にも出来る」
 なんて低くて優しい声で言われて、ポロッと涙出ちまったら止まんなくなって──────
 エッチの後だからか、酔ってたからか、いつも張ってた虚勢ってか意地ってか、そんなんが無くなってたんかな。
 全部ゲロった。
 やらかしちまったコト、全部。
 損害出させちまった、あの工房が無くなったらどうしよう、なんてグズグズ泣きながら言っっちまった。
「損害はどれくらいだ」
 したら丹生田、言ったんだ。
「少しで良ければ、俺が出す。父に借りても良い。それで藤枝が楽になるなら」
「は? なに言って……おまえ関係ないじゃん」
 なんつってるの、涙声だったりするんで、カッコつかないんだけど。
「関係はある。藤枝の事だろう」
 なんて言われて、「ばっか」とか言ったけど声は震えて、なっさけなくて、ンでもなんか、なんかなんか、変に幸せな気分になってた。
 起きてから二人でATM走った。とりあえず集めれるカネ全部引き出して、丹生田からも借りて……てか丹生田って意外と溜め込んでたつうか……ケチだと思ってたけど貯金してたんだ、すげえな、なんて思いつつ、ぜってー返すからって借りて、ここ、六田工房に来た。
 ミラー見ながらネクタイ直して髪も撫でつけて、フウッと息吐いて「行ってくる」つって、丹生田にニカッと笑いかけたら、ギッと怖い顔になった丹生田が
「俺も行こう」
 つったから慌てた。
「いいって、俺一人で行くって。ひたすら謝るだけだし、丹生田関係ねえし」
「俺のカネだ、関係はある」
「いやコレは借りたんで……」
「……行く」
 車降りちまうし、こうなったら丹生田は頑固で聞いてくんないっての分かってるし、しょうが無いから大きくため息をついて自分も車を降りる。
「んでもおまえは謝らなくて良いんだからな。俺がちゃんとやるから、黙って立ってろよ」
 ロックかけながら言うと、丹生田は黙って頷いた。
 二人並んで作業音が響く工房へ足を進める。思った通り、土曜なのに今日も作業してるんだ。無理言ったせいで他の仕事も押してるんだろう。申し訳ない思いで歯を食いしばりながら入っていくと、作業場にいたのは職人さん達だけ。
「……あんたか」
 一番年配の職人さん、梨田さんが目だけ向けて言うと、若い半沢が「良く顔出せるよなあ」と大声を出す。
「手を動かせ」
 梨田さんが言うと、半沢は「はい」つって作業に戻った。他の職人さん達も作業してるけど、チラッとこっち見て頭下げてくれたりするから「先日は申し訳ありませんでした!」バッと九十度の礼をして一人一人の名前を呼んで謝りまくる。
「もういい。……なんの用だ」
 梨田さんが聞いたので、バッと頭を上げた。
「失礼しました! 社長はいらっしゃいますか」
「奥だ。客が来てる」
「……あ、そうですか」
 先客がいるなんて想定外だったけど、もしかしたら仕事の注文かも知れない。それは良いことだ、と気を取り直し「では外で待たせてもらいます!」と礼をしたまま言って工房を出る。
「なんだかなあ、勢い削がれた感じ」
「……藤枝の仕事は大変だな」
 丹生田がぼそっと言うから「はあ?」半分笑いながら返した。
「おまえだって大変そうじゃん。企業秘密の塊、だったっけ? 俺、毎日パソコン睨んでシステム作るとかぜってー無理だし、難しいこと分かんねえしさ」
「さまざまな人との繋がりが必要な仕事なんだろう。さすがは藤枝だ、さっきの人たちも藤枝を悪く思ってはいないように見えた」
「……そんなことねえよ。工房潰すようなことしたんだぞ? みんな怒ってるに決まってる」
「藤枝は頭を下げていたから分からなかったんだな。みなさん、少し笑っていたぞ」
「……え、そうなの?」
 なんて話してたら、なんと、佐藤譲が出てきた。
「え、おまえなにしてんの」
 思わず声出したら、佐藤譲は「ちょっと、俺にも分からないんですけど」とか言ってる。
 少し遅れて社長も出てきた。もうひとり、ナイスミドルって感じのひとと一緒に。
「あなたが藤枝さんですか」
 ナイスミドルは微笑んで歩み寄ってきて、片手を出した。「はい」と答えながら握手を返すと、笑みが深まる。
「佐藤信彦と申します。これの叔父でしてね。譲がいつもお世話になっております」
「あ! そうなんですね、失礼しました! こちらこそ、譲君はとても優秀で……」
 なんかヘンな汗が出てる自覚と共に言うと、佐藤のおじさんが「企画書、見させてもらいましたよ」と続けたんで、思わず「は?」とか言ってて、マズイと言い直す。
「企画書と申しますと……?」
「ここの社長に出されたでしょう。なかなか面白かった」
「ああ……恐れ入ります」
 社長に何度もコンペに出したらどうだと言ってたけど、全然聞く耳ない感じだったから企画書にしたんだった。ここのPCに落とし込んであるから、きっとそれを見たんだろう。
「それでは社長、後ほどまた」
「はい、わざわざどうも」
 会釈を社長に返して、佐藤譲に目を向け車へ行かせたおじさんは、またコッチ見てフッと笑んで、慌ててお辞儀したら車に乗り込んで走り去っていく。
 ボーッと見送って、同じく車見送ってた社長にハッとして走り寄り、
「この度は申し訳ありませんでした!」
 俺はバッと頭を下げた。
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