意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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14.三年後

184.藤枝先輩

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 車に乗り込み、運転席の:佐藤譲(さとうゆずる)に声をかけた。
「:六田(むだ)さんの工房な」
「納品の話ですよね」
 鞄から端末を取り出し起動させながら頷く。
「そうそう。終わったら次は……」
「勝山の方ですよね」
 佐藤譲はエンジン始動させながら言った。
「資材の話でしたっけ」
「そそ。良く出来ました」
 声が終わらないうちに小さなため息が聞こえ、車はスムーズに走り出す。チラッと見ると、ナビ入力もせずにハンドルを切っていた。
 にまにましながら「だいぶ運転慣れたよなあ」と言ってやると、「そりゃ、そうですよ」進行方向を見ながら苦笑してる。
「毎日毎日、どれだけ走ってると思ってるんですか」
 手元の端末が起動したので、目を落として操作しつつタバコを取り出す。
「けど、だいぶ道覚えただろ?」
 咥えたタバコに火つけてると、「そうですけど」とやっぱり少し不満げな声が返る。
「なら良いじゃん。道覚えといて損無いぞ」
 フーッと煙吐きながらニマニマしちまったのは、俺の新人時代に比べれば、よっぽど分かってるなあ、と思ったからだ。俺なんて言われるまま車走らせてただけで、わけ分かってなかったなあ、なんて。
「その調子で頑張れ、佐藤譲」
 笑って言ったのに「はあ、それは良いんですけど」返った声は、素っ気なかった。
「ていうか藤枝さん、なにやってるんですか」
「ん? いや、六田さんの、ちょっとな」
「ちょっとなって……これから納品の打ち合わせ、ひたすら謝ってお願いして、でしょ? それ以外なんか言ったりやったりとか無理じゃないですか」
「でもさ、これからもイイ付き合いしたいし、ちょいアドバイス、てかな」
「またそんなことやって……」
 佐藤の声が曇ったが、気にせず操作を続けつつ、ニヤニヤしちまう。
「つうか俺、あそこ気に入ってるからさ、これからを考えてあげたいな~とか思ったんだよ」
 笑い混じりの声で言うと、運転席からため息が聞こえてきた。
「なに言われてるか、知らないわけじゃ無いくせに」
 ぶつぶつ言ってる声が、やっぱり少し不満そうで、目を落としたままふっと笑っちまう。心配してるんだろなって分かるからだ。
 入社して三年。
 俺は今も西支所にいて、わりと楽しく仕事してる。
 少し大人になって、少し諦めが良くなって、タバコを吸い始めた。運転中とかけっこうチェーンスモークしちまうし、家で灰皿の始末忘れると丹生田が怒る。
 西支所は本来、なんかプロジェクト発動したとき、関東圏から関信越あたりまでカバーして動くのがメインの仕事で、物資調達のタスクが多いんだけど、人の出入りが激しい。
 指導社員だった滝安さんは去年、本社に栄転。小松も二年目に入るタイミングで異動したし、配属された当時のまま今もいるのは課長くらい。つまり他から異動してくる人も多い。
 そして毎年2~3人の新入社員が配属されるのだが、この春、俺はとうとう、この佐藤譲の指導社員になった。つっても主任には釘指されたけどな。
『きみも最近は節度をわきまえてきているようだが、くれぐれもおかしなことは教えないように。新入社員に悪影響が出ないよう心して指導に当たって欲しい』
 そんなんわざわざ言うくらいなら、新人担当にしなきゃ良いのにな、なんてコト思いつつ、一応真面目に拝命した。
 一年目の頭でやらかしてから『藤枝は勝手に余計なことをする』つう認識が定着しちまってるらしく、そのせいか本筋的な業務から外されることがあったり。といっても仕事はいっぱいあるわけで、暇なわけじゃないんだけど、言ったら放置されてんだよね。けどさ、逆にラッキーと思って、わりと好きにやってたりしてんだ。
 周りはあんま話しかけてこねえし、『あいつはほっとけ』になってる感ぱねえけど、しょうがねえんだと思う。アサっちとは仲直りして、もう余計なくち出さねえって約束してくれたけど、そんでも一度はアサっちの指示があったことは事実で、それは消えない。気をつけた方がイイ的な感じで申し送りされてんだろうな、とは思う。
 そんなわけなんだけど、なにげに開き直ってソレはソレでイイか、と思ってたりする。なんだかんだ好きにやれてるし、指示されたコトじゃなく自分で考えて動いたことで、自分の出来ること、出来ないことってのがハッキリしてきてるし。
 たぶん、佐藤譲もなんか吹き込まれてるンだろうな、と思う。こんな風に心配そうなのが見えるし、なにげに気遣いの奴ってか、俺がハブられてんのを気にしてるっぽいけど、新人がなにを言えるわけもねえからな。
 それが嫌なのかもなあ、新人なのにデキてる奴だなあ、偉いなあと思う。ちなみにフルネーム呼びしてるのは、支所にもうひとり佐藤さんがいるからだ。
「良いンだよ。これは俺の個人的なやつだから」
「知りませんよ、ぼくは」
 またブツブツ言ってるのを、苦笑しながら聞き流す。なんか言っちゃって、結果巻き込んじゃ可哀想だしな。
 以前と比べれば、かなり考えて動くようにはなったけど、それでもやっぱり根回しとか、裏を読んで動くってのが苦手だ。真っ正面から当たってときに砕ける、何回も通って仲良くなって要求通してもらう、そんなやり方なら得意だけど、そんな泥臭いやり方、誰もやってねえし、たぶんうちの会社っぽくねえんだろな。
 実際そんなんだけじゃうまくやれねえ、てのも理解した。そんで実は仙波とか橋田に相談したり、ときどき姉崎に悪巧み的なヒントもらったりしてなんとかやってる感じだったりする。
 そうそう、姉崎ってば高校で英語の先生やってんだよ。それもなんか意外なんだけど、なんと去年、恋人が出来たんだ! なぜか絶対紹介してくれねえんだけど。
 そんで電話したり顔合わせたりするたんびに惚気のろけ垂れ流されてる。つまり、信じらんねえけど超べた惚れっぽい。
 相変わらずいけ好かねえけど、惚気てるときは馬鹿かってくらい幸せそうで、あの姉崎でもこんなんなるんだなあとか、みんな言ってる。そんでいつか、ぜってーその恋人を見てやろう、なんてコトも、みんな言ってる。
 そんでやっぱり姉崎って丹生田と仲が良いんだよな。二人でとか、橋田と3人でとか、飲んできたりってのがちょいちょいある。
 まあ、あいつ普通の恋愛とかしてねえだろうし、ベタ惚れの恋人できたんで相談なんだろう、ての分かってんだけどさ。丹生田はくち固いから、なに話したとかは言わねえんだけど、『心配するようなことじゃない』ってちょい笑ってるし、橋田も『いくらかまともになったのかもね』とか言ってたし。
 そんで橋田も彼女いるっぽい。相変わらず顔に出ねえからたぶん、なんだけどさ。
 高そうな広いマンションに住んでるんで、ちょいちょい橋田んトコに集まるンだ。大学ンときの仲間内で飲んだりな。けど、キッチンに料理道具増えてたりするんだ。それも姉崎によると、けっこう凝った料理するやつらしい。あと使って洗った皿とかが置いてあったりとかさ。
 前は淡島が住んでたけど、今は橋田が出資した喫茶店やってて独立つうか、もういないし忙しそうだから、ココで料理とかするヒマは無いはず。橋田が自分で料理するわけねえし、てか皿も洗わねえだろしな。
 となると彼女なんじゃねえの? てなるよね。まあツッコんでもツラッと無視なんで、真相は分かってない。
 そんで丹生田とも、以前と同じく。
 一緒に住んでるし、丹生田がメシ作って俺が掃除や洗濯して……掃除はなにげにこっそり、丹生田が仕上げしてるっぽいんだけども。盆休みとかゴールデンウィークとか使って、何度かキャンプ行ったりもした。釣りもしたし、今じゃ俺だってけっこうアウトドアやるんだ。
 そんで、よっぽど忙しくなきゃ週一でエッチする。丹生田が俺の部屋に黙って入ってきたら合図ってか、そういう暗黙の空気ができてる。
 丹生田はなんか、すっげえ落ち着いた。
 今はガラスハートなトコなんて殆ど見えねえし、どんどん渋いってか大人ってか格好良くなってる。けどドキバクとかはあんましなくなったな。こっちも少しは大人になったつか、まあ落ち着いてきてるんだよ。
 なんてコトを考えつつ作業も終えた1時間半ほどのち、かなり自然溢れるつうか山ん中にある六田むだ工房に到着した。ここは原木にちょい特殊な加工やったり、木工家具の部品とか作ったりしてる工房。
「どうもー、こんにちわー」
 慣れた感じで入っていくと作業中の職人が数人いたが、そのうちのひとり、もっとも年配の梨田さんつう職人さんが顔を上げずに「おお」とだけ、呟くように言った。
「ああ、気にしないでイイっすよ。社長は奥?」
 声出さずに僅か頷く初老の職人に「どもっす」とだけ言って、「行くよ、佐藤譲」と声をかける。
「こんなトコまで来てフルネームやめて下さいよ」
「いいじゃねえの。もうクセになっちまってんだからさ」
 とか言いつつ奥の事務所へ向かう。ドアをノックすると「はいよ~」上の空の声が返って、ニヤッとしながらドアを開ける。
 社長は手元を見下ろしてなんかやってたけど、「どうも~」と声かけるとチラッと目を上げ「なんだよ、来たのかい」と低い声を漏らした。
「はい。納品の日程で」
「……また無茶言いに来たのか」
「そうなんですよ。十八日までになんとか……」
「なぁにい? おい、二日も納期縮めろってのか!」
「すんません!」
 ガバッと頭を下げる。隣で佐藤譲も頭を下げてる。
「無茶なのは分かってるんですけど、そこをなんとか!」
「そりゃあ無茶だよ。分かってるなら藤枝さん、そう偉いさんに言ってくれないと」
 苦り切った顔で唸るような声が返ったが、無理すればなんとかなるはずと分かってた。けど確かに無理はしてもらうことになるんで、頭を下げたまま声を張り上げる。
「それがうちの偉い人でもどうしようもなくて、クライアントから無茶が来ちゃったんですよ! コッチもお客には勝てないんです、そこは分かって下さい! 無理言ってるのは分かってます、けどなんとか! お願いします!」
「済みません、お願いします!」
 佐藤譲も声を張り上げてる。
 しばらくの沈黙の後、チッと舌打ちの音が返った。
「食えねえなあ、藤枝さん。なんとかなると思ってんだろ」
 ひょいっと顔だけ上げ、ニカッと笑う。
 ここには二年くらい通いまくってる。原木加工とか仕上げキレイで丁寧な仕事する、という評判の高い工房だが、実は表に出してない秘密も聞き出していた。
「ここの職人さんたち優秀だし、出来るでしょ? ……社長も工房に入れば」
 五十代半ば、頑固で融通きかないこの社長、実はめっちゃイイ仕事する家具職人でもあるのだ。
「指図するんじゃねえよ」
「すいません」
 誰かがいるときは絶対に工房に入らないから、社外には知られてない。たぶん、バレたら納期に無茶言われるの分かりきってるからだろう。
「……絶対他に漏らすなよ、藤枝さん」
「もちろんっすよ」
「今回は、寝ないで無茶した、身体壊した、くらい言い張ってくれよ」
「間違いなく言います!」
「しょうがねえ、十八日だな。昼過ぎには揃えとく」
「ありがとうございます!」
 社長は以前、飛騨の方で木工家具の職人やってた。十年以上前に職人何人か連れて、都内だけど山奥のここでこの工房開いて、社長独自のデザインで家具を作り始めた。けど家具はあんま売れなかった。
 たまに注文来たら造るくらいじゃやってけねえから、原木加工のテク磨いて他の工房の下請けとかやるようになった。質の良い加工が評判になって徐々に仕事を増やし、今に至る、つうわけ。
 んで今回もちょっと凝った加工をしてもらう必要があって、俺はここに依頼したのだ。
 職人達を鍛えたのはこの社長だ。それに社長デザインの家具もいくつか見せてもらったんだけど、俺はかなり気に入ってて、これを売り出せば良いんじゃねえの? とか思ってた。車の中でやってたのは、その企画書だ。
 作ったりは不器用すぎて出来ないけど、ガキの頃から鍛えられちまった見る目はあるつもり。三年商社で働いて、ものを売るってことも分かってきてるつもり。
 社長は以前、飛騨で国内のコンペには出したことあって、その時小さな賞を取ってる。でも俺は、国際的なコンペに出してみれば? と思ってて、前から何度か話してんだ。
 社長の作る家具の、研ぎ澄ましたみてーな無駄ないデザインとか、めちゃ高い技術ゆえに作れるフォルムとか、海外の方がコンセプト合うんじゃね? あっちの方でウケると、日本人って財布のひも軽くなるし。
 で、近々やるコンペが、バッチリなんじゃね? なんて思ったのだ。だから来るまで企画書作ってたわけ。
 まだプリントアウトしてなかったから、端末をデカいモニターに繋げて説明する。
 コンペに出した後、賞とかとっても取らなくても、その後の展開とか販売戦略とか、そういうのも考えてみたんだ。
「……ほう。うちのがイケると思うのかい」
「はい、なんかビンビン来たんですよ。社長、ダメ元でやってみたらどうです?」
「ダメ元たあ言ってくれるな」
 ククッと笑って「データ落とし込んでってくれ」と言ったので「はい!」つって作業して、帰りがけに「納期頼みます!」なんてダメ押しで言ったら、頭パコンと張られたけど、それくらいはしょうがないよね。無理言ってんだから。
 工房出て車に乗り込み、「次は勝山さん行くぞ~」とか言ったら、車を発進させつつ、佐藤譲がぼそっと言った。
「藤枝さんって、不思議ですよね」
「そっかー?」
「そうですよ。会社の仕事でも無いのに、あんな企画書まで」
「や~、やりたかったってだけだし」
「……まあ、良いんですけど」
 またブツブツ言ってる佐藤譲に「てか腹減らねえ?」とか、声を高めたのはなんとなく照れくさかったからだが
「ダメです。六田さんトコで時間食ったんですから、次急がないと」
 冷静に却下されちまって「はあい」と答えながらタバコに火をつけた。
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