意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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13.二人暮らし

182.風呂で語る

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 藤枝拓海はテンパっていた。
 なぜなら体育座りしてる丹生田の膝の間で、自分も体育座りせざるを得ない状況になっているからだ。
 そんだけじゃねえ。
 丹生田の胸が背中にびったりくっついてて、しかも逞しい腕が胸下に回って腹の前で手を組んでて、だから要するにつまり風呂で、一緒に湯に浸かって後ろから……抱っこされてる。
「……くっ、あのその丹生田?」
「なんだ」
 低い声が耳のすぐそばで聞こえる。そりゃそうだ、肩んトコに顎とか乗ってんだから――――てかめちゃ近い! 近い近い近い、超近いっての! ドキバクぱねえっての!
 てかさっきまでエッチしてたんだけどさ! そういうときはなんか正気じゃねえ感じでオッケなんだけどさ! てか今はかなり正気なわけで、てかてかてか、うあ~~~~
「あの丹生田? その、くっつきすぎじゃね?」
「しかし、こうするしか」
「そうかもだけど!」
 てかこの風呂、結構広いし浴槽も余裕あると思うんだ、ひとりで入るんなら。けどさ!
 野郎二人で入るにはちょい狭いんじゃ? いやハッキリ狭いって!
 つうか俺もさ、へちょいけど身長は標準以上だし、丹生田なんて規格外にデカいわけで、そういう二人で入るなんて想定してねえよね、この風呂ってたぶん!
 てか一緒に湯につかろうぜって言ったの俺だけど!
 だけど……そうなったら、くっつくしかない。……だからしょうがねえんだよな? なのかな? てか一緒に入る意味ってあるのかな!? いや俺が言ったけど!
 いや落ち着け。
 一緒に風呂入るくらいなんだ。寮じゃほぼ毎日入ってたじゃん? いやいやいや、けどさ、寮の風呂はもっとデカいし他の奴もいたしこんな密着とかなかったし……
 先に俺が浸かってて、丹生田が洗い終えたから、言ったよ?
「おまえも入れよ。冷えるぞ」
 つったよ? けどまさか「そうだな」なんて、当然向かい合って入るんだと思って、なのに俺の後ろに足入れて肩抑えられるとか思ってねえし? 肩抑えられたら立てねえよね?
「え? え?」
 とかってそのまんま……この状態。
 てかなんなんだ? マジでなんだよコレ?
 いや確かにソファでなしくずしにエッチしたよ? てか床に落っこちてもやめなかたよ? なんかめっちゃ盛り上がっちまったよ?
 んで終わったら、丹生田めっちゃ余裕な感じなってて「風呂に入ろう」つって、んで「そだな」ったのは俺だけど、んでなぜか丹生田が身体から髪から洗ってくれて。
 イヤ正直ヘロッてたから、なすがままだったつうか、なんかヘラヘラ笑ってた気がするけど、でもなんでこうなってる?
 いやっ! てかちげーって問題そこじゃねえっ、てか!
「おまえ、勃ってんだろっ!」
 さっきまでさんざんヤってたよな!? なのになんでそんな元気!?
「済まん」
 丹生田はあっさり謝った。
 けど別にヤりたい感出してるわけじゃねえし押し付けてもねんだ。ンでもでも近いから丸分かりってだけで。そんで俺がドキバクぱねえってことで丹生田が悪いわけじゃねえ。
 ってことは分かってンだけど!
「だが」
 なんだかんだパニクってたら、耳のすぐそばで、低い呟くような声が聞こえた。
「これなら顔は見えない」
「……え?」
「……いや」
 意味分かんなくて聞いたけど、無言しか返ってこねえ。「なんだよっ」なんか逆ギレ気味の声が出ちまう。
「いや。……藤枝、……俺は今日……仕事で失敗した」
 耳元で聞こえた低い声にビックリした。
「え、そうなの?」
「そうだ」
 思わず聞き返したら、声がさらに低くなる。
「先輩たちに迷惑をかけた。なのに先輩はこんな俺に気を遣ってくれたんだ。しかもそうと気づいたのは……後になってからだ」
 声はどんどん小さくなっていく。
「……俺は……まったく至らないのだと……痛感した……」
 切れ切れになって、しまいに声自体、消え入りそうになって。
「……そっかぁ……」
 だって愚痴とか、丹生田言わねえのに、そんな辛かったんかな。なに言ったらイイんかな、なんて考えて、その先に自分のダメダメっぷりが映った。
 ビールとか持って来た山家だって伊勢だってちょい愚痴ってた。小松があいつら呼んだンかな。てかヘラヘラ酒飲んでたけど、小松なんて会社で針のむしろぽいよな、俺のせいで。あいつなんも悪くねえのに。そんでもなんも言わねえでヘラヘラしてた。
 山浦は医学部だし、幸松は一年休学してるからまだ大学にいるんで、一歩引いた感じでみんなの愚痴聞いてたな。
「そっかあ……丹生田も大変なんだ……俺だけじゃねえんだ」 
 そうだよな。
 俺だけじゃねえ、みんな大変なんだ。
 フフッと笑いが漏れる。自然に身体から力が抜けた。したら肩に乗った顎が重くなって、腹の上の手から力抜けてく。
「………藤枝に言えと言っておいて、俺が言わないのは、いかん、と……思った」
 消え入りそうに小さい声が続き、腕からすっかり力が抜けた丹生田は、ふうっと深い息を吐いた。
 なんだよ、緊張とかしてたんか。なんか笑っちまって、腹の上の手に自分の手を重ねポンポン叩いた。
「そっか。そう思ったから、言ってくれたんだ?」
 自然に笑みになってるなんて自覚無く、あったかいモンが胸に満ちてくる。そっかそっか。
「……そうだ」
 声はマジで消えそうに小さい。ニマニマしちまいながら、テンション上がってく。丹生田ってばこの! めちゃ可愛いじゃねーかよくそっ!
「俺は、……至らない。努力はしている。だが、やはり……」
「やめっ!」
 思わず声上げてた。だって丹生田、愚鈍なんかじゃねえし! 聞きたくねえかんな、その続き!
「おまえ言うなよ! その続き言うつもりだろ!」
「…………」
「禁止だかんなソレ! おまえがそんなんだってんなら、みんな同じだっつの。前言ったろ? 誰だって出来ることと出来ないことがあるんだって。丹生田はくち上手くねえけどさ、キッチリ考えて動くのって偉いと思う。そゆとこ俺は足りねえんだなって、今回マジで思った。だってちょい考えたら分かること、なんも考えねえで勢いで動いたから、こんなんなったんだって、スゲエ思ったし」
「……そうか」
「そーだよ。俺もちゃんと考えねえとダメだなって。そゆとこ、丹生田を見習おうって」
 丹生田が息を呑んだ、気配がした。
「………………そうか」
「そだよ」
 ククッと笑っちまいながら、腹の手をポンポン叩くと、それはギュッと力を戻して―――
「そうか」
 耳のそばで響く声が、ちょい震えてたけど、小さい声だったけど、力強く……なってる?
「俺も……言う」
 うん、しっかりした声になってる。ちっさい声だけどな。
「藤枝、……俺も、言うようにする。だから……全部い……言って、欲しい……」
「だな! お互い様ってかさ!」
 そうだよ丹生田ちゃんと見てくれてたんじゃん? なに変な意地張ってたんだろ俺。そんなんだから頼りないとか思わせちまったんじゃん。
「……そうだ。もう無理に笑うな」
「あ~~、ゴメンな?」
 丹生田は『笑顔がいい』言ってて、さっきだって笑ってねえと心配だ、つって。――――ダメダメだなあ、ちゃんと笑ってるつもりだったのに、心配かけちまって。
「ごめんな? でもちゃんと笑ってるつもりだったんだよ」
「元気が無く見えた。……無理に笑っていただろう」
「……あ~~~、バレバレかあ」
 マジでちゃんと見てくれてんだ丹生田。なんか嬉しくて、ヘラッと笑っちまう。
「てかおまえ言ってたじゃん? 俺の、笑顔が良い、的なこと。だからさ、笑ってねえとみてーな……」
 そこまで言って、なに言ってんだ、とか恥ずかしくなってきて、バシャッと湯で顔洗う。
「藤枝は藤枝だ」
 腹の上の手が、固く結ばれた。ドキンとして、うつむけて顔洗ったままの姿勢で固まった。
「……泣いていても、怒っていても、藤枝だ」
「…………うわ……」
 おいおいおい、なんか分かんねえけど、けど、やば………。てか、なにコレやべえ。やべやべ、やば過ぎるって。
 慌ててギュッと目を閉じると、なんかポロッとこぼれた。
「……おま……反則だろソレ」
 ちょい震えて、我ながらなっさけねえ声。でもしょうがねえじゃん?
 だって、丹生田ってばガラスハートで、上手くしゃべれなくて笑うのが苦手で、マジで自分のこと愚鈍とか思ってて。……俺が守ってやんなきゃって、ずっとそう思ってたのに。
「済まん」
 ……なんだよ俺ってバカ安だな。丹生田がンなコト考えてたって、そんだけで、もうたまんねえ。
「アホ、謝んじゃねえっての。悪いの俺じゃん」
 平気な声出そうとしたけど、ちょい震えちまって情けねえ。バシャバシャ顔洗いながら「ごめんな、心配かけて」つったら、「いい」低い声と共に、腹の前で組まれた手に力がこもる。
 ほう、と深く吐いた息が……耳とかにかかって、手が止まる。
「いいんだ」
 続いた声は、なんだか満足そうで、顔洗い続けるのストップしたら手が間近に……
「てかおい、手! シワシワになってんぞ!」
 カラッと笑い声を上げると、丹生田も手を上げ、「本当だ」とか、ふっと笑う息が耳にかかって。
 二人してクスクス笑って、ダラダラ風呂からあがる。
 マジのぼせてて汗引かなくて、だからか風呂上がりの抹茶アイスは、やっぱ最高だった。
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