意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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12.卒業

169.408号室にて

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(丹生田かっけー……)
 夏休み前までは入学式のときのスーツ着てて、ちょい窮屈そうだった丹生田は、身体に合ったスーツゲットした。それ着て就活してたんだけど、会社決まってからもちょいちょい手伝いとかって会社行ってて、そんときスーツ着てく。
 んでコレがめっちゃかっけーんだ。なんでその姿見るたんびに、一瞬ポーッとしちまう。
「どうした」
 そんでちょい心配そうな眉寄せた顔も、やっぱかっけー。
 てか!
「いや、なんでも」
 心配させちゃダメじゃん、平常心平常心、とか自分に言い聞かせて、ニカッと笑う。
 そんでも丹生田はやっぱ心配そうにまっすぐ目を見下ろしてくる。
「……本当か」
「マジマジ。てか会社に行ってきたんだろ? 遅くなるって言ってたじゃん、もう終わったのか?」
「ああ」
 答えつつ目を細めた丹生田は、ふぅっと息を吐いた。ちょい酒の匂いする。ンでも今日って仕事手伝うから、遅くなりそうだとか言ってよな?
「今日は急ぎの仕事があったので呼ばれたんだが、思ったより早く終わったので親睦の飲み会をやることになってな。そっちにも顔を出してきた」
「へえ~、けっこう飲んだンか?」
「ああ。酒豪が一人いてな。同じペースで飲まざるを得ない状況だった」
 そっか、飲んできたからいっぱいしゃべるんだな。
 なんつうか最近、丹生田はさらに雰囲気が柔らかくなった。仕事決まって安心したのかな。妹さんのトコに行ったからなのかな。それともやっぱ、おじいさんがいないからなのかな。
 とか、色々考えるけど分かんねーわけで、だからいつも通り、「そっか!」ニカッと笑った。
「会社の人とうまくやれそうなんだな」
「ああ」
 また丹生田が目を細めて笑ったから、こっちまで嬉しくなる。笑い返しながら二の腕をバンバン叩いた。
「詳しく聞かせろよ」
「もちろんだ」
 頷いてドアを開いた丹生田の後について、部屋に入る。
 会長室はノックもナシにいきなり入ってくるやつが多いけど、丹生田の部屋のノックを忘れる奴はいない。あの姉崎ですらやるのだ。なんで、ここんトコちょくちょくコッチの部屋で過ごすようになってたりする。
 そんで俺はいつも通り、丹生田のデスクに向かって椅子に座った。ココだとベッドからちょい距離あるし、部屋全部見えるから着替えするトコとか見放題なのだ。
「酒豪がいると言っただろう」
「うん」
 丹生田はジャケットを脱いでハンガーに掛け、ホコリを払ってる。紳士服のなんちゃらでスーツ三着買ったらしいんだけど、そんときお父さんに手入れの仕方を教わったんだって。
「そのひとは大声で笑うひとで、少し伊勢に雰囲気が似ているんだ」
「おお~、あんなんがいるんだ。デッカいひと?」
 デスクんとこの椅子に座りながら聞いたら、笑いかけながら緩く首を振り、ネクタイ緩めながらベッドに座った。
「いや、あそこまでデカくはないが、がっしりしている。四十歳くらいで、なんとなく話しやすいひとだ。その人が俺をからかうので、女の人にも怖がられずに済んでいる。ありがたい」
「そっか~、良かったな~」
 希望の会社に入れたの喜んでたけど、うまくやってけるか、めっちゃ気にしてたんだ。だからかな、入社前からちょくちょく会社に顔出して、アルバイト的に仕事手伝ったりしてる。
「けど週末は道場だろ? こんな感じで卒業まで続くンか?」
 そんで丹生田、剣道も続けるってコトで、剣道部の大先輩がやってるって道場に毎週末顔出してる。小学生に剣道教えたりすんだって! すっげーよな!
 つうか丹生田って、子供に教えたりって、向いてる気がすんだよな。キャンプ行ったとき、子供にちょっと剣道教えてて、そんときめっちゃ懐かれてたしな! きっとあんときみたいに、うまいこと教えるんじゃねえかな。
「卒論もあるけど、ンな忙しくてだいじょぶなんか?」
「……ああ、大丈夫だ」
「ならいい……」
 ふうっと息を吐きながらネクタイを抜いた丹生田が立ち上がり、クルッと巻いたネクタイをデスクの引き出しに入れる。つまりデスクの椅子に座ってる俺の近くに来たわけで。
「け、ど……」
 そのまんま、覆い被さるように抱きしめてくる、わけで。
 ふうっ、とか、ちょい酒臭い息が、首の根っこにかかったりする、わけで。
「……藤枝」
 めっちゃ低い声で、囁くみたいに呼ばれたりして、ドキバクぱねえ、わけで。
「あのっ……にゅう……」
 うあ、声がなんか、喉になんか引っかかったみてーな、かすれた声になっちまった!
「藤枝」
 顔が近づいて、キス、された。
 触れるだけのキス。唇はすぐ離れて……
 そんで、すっげえ間近で、細めた目で、ちょい笑った丹生田が見つめてくる。
 てか、なんか余裕あるイイ笑顔だなあ、とか思うわけで、めっちゃかっけーわけで、そんでドッキドキ、な、わけで。
 ポーッとしちまってる自覚なんて無いまま腕を伸ばし、丹生田を抱きしめる。
 丹生田の顔が首んトコに埋まって、そこで深呼吸すんのが分かる。
 それで、やっとちょい正気戻って、背中をポンポンと叩いた。
「……つ、かれた……んか?」
「……ああ。そうだな」
 唸るみてーな低い声。そんでまた、ふぅっと息を吐く。
「少し、眠い」
「あ~、飲み過ぎたんだな。んじゃ寝ろよ」
「……そうするか」
 低く呟いて、また、ほうっと息を吐いた丹生田は、俺の背をまたポンと叩いて少し離れ、すぐ近くでまた目を細めた。
 ドッキーン! なわけで!
 やべえ、めちゃカッコカワイイ!!
 なんて思って固まってる俺の背中をポンポン叩いて身を起こした丹生田は、シャツを脱いで、押し入れの洗濯物を入れるカゴにさっと畳んで入れて、スラックスも脱いで皺を伸ばし、ハンガーに掛ける。流れるように自然にやってる。
 そんでポーッと見てるコッチをちょいちょい見ながらほんのり笑んでる。
 うああ幸せだあ……なんで丹生田ってこんなかっけーんだろ。
 そのままベッドへ向かう背中を見てたら、丹生田が肩越しにコッチ見て少し笑い、「どうした」と言った。
「一緒に寝るか」
「えっ!」
 思わず声をあげて立ち上がった。
「いやっ!」
 ブンブンと両手振って、なんか言おうとしてなに言えばイイか分かんなくてくちパクパクする。
「俺は構わないが」
 なんだよ、なんか余裕な顔じゃん丹生田ってば! てか、かっけーじゃん! いやいやいやいや、じゃなくて!
「俺も部屋戻るし! 卒論途中だし!」
「そうか。頑張れ」
「うんっ! 頑張るよ! じゃ!」
 慌てて408を出た。
 てか寮祭前だし卒論あるしマーケティング研もあるから忙しいんのはホント。丹生田もマジ忙しいんだけど、……つうか丹生田ってば最近、ちょくちょくあんな感じで抱きしめたりキスしたりすんだよな。
 ホテルは行ってねえけど、そんな感じでなんか、前とは違う感じで構ってくるてか、就職決まって、おじいさんの葬式から戻ったあたりから……あと道場決まったあたりから、なんか余裕醸しまくってる、てかさ。
 その感じが、めっちゃかっけーんだ。いや前からかっけーんだけど、前よりもっと、超かっけー。
 とか考えながら会長室のドア開けたら、
「やっほ~」
 いきなり聞こえた声にハッと顔を上げると、ニヤケメガネがいた。ソファに足組んで座って、……本読んでる。なんかヨユーな感じで。
「お楽しみは終わった?」
「……は?」
 思わず声漏らしたけど、コッチ見ることも無く、ページをめくりながら「まあ、それはいいや」と呟いてチラッと目を上げ、ニッと笑った。
「おまえ、なんでココにいんだよ。いいのか、卒論とか」
「そんなのとっくに終わってるよ。提出済み」
「はあ? だってこないだ戻って来たばっかだろ? テキトー言ってンなよ」
「卒論なんて、どこでだって書けるでしょ。それより」
 パタン、と本を閉じ、姉崎は顔を上げた。いつものいけ好かない笑顔。自然とコッチも顔が引き締まる。警戒信号発令だ。
「会長、次期執行部の人選は済んでる?」
 ソレは考えてる。橋田や田口とも相談してるし。
「そんなん、なんでおまえが気にすんの?」
 もう執行部でも何でもない姉崎に決定権なんてねえし、いきなりなに言い出しやがる? てか
「ナニ企んでんだよ」
「いやだな、僕をなんだと思ってるの」
 おまえなんて真っ黒クロスケだっ! とか思いながら、ペースに乗せられちゃイカンと奥歯を噛みしめて引き締めた顔をキープだ。コイツと四年つきあってきて、俺だって警戒するってコトを覚えたのだ。
「ただ、ちょっと推薦したい奴がいてさ」
 ちょい首を傾げてニッコリしてる顔を睨み付けながら、「どんなやつ?」と聞いた。
 各部の部長とかから、イケてる人材の話は集めてる。けど一年は部に所属してない奴も多いし、部長ったって目が行き届かないこともある。特に情報施設部なんて、仕事多い上に浦山は細かいトコで抜けてるし、だからそういう情報は大歓迎、ではある。
「今、一年でね、食堂担当やってるんだけど」
「あ~……。なーる」
 そんなら情報入ってないのも頷ける。この寮の執行部の中で、食堂担当だけは異色だからだ。
 なにせ部長は必ず二年。なぜって食堂担当のアタマやった奴は、みんな三年あがるときに退寮しちまうから。
 なんでかは誰も知らねえ。食堂担当やる奴はくち固くて、ぜってー吐かねえんだ。しかも食堂担当の部長を決めるのは執行部じゃない。食堂のおばちゃん達なのだ。
 ココの食堂は、寮の中で唯一、部外者が出入りする場所だ。仕出しとかやってる会社に外注してンだけど、そこで人材引き抜きとかしてるっぽいな、てのはみんな思ってる。どういう基準で選んでるのかは分かんねえけど。
 ともかく「食堂担当か~」問題はソコだ。
「そういうこと。このまま行くと部長になっちゃうかもだし、そうなると寮を出ちゃいそうだからさ、執行部に引っ張っておいた方が良いんじゃないかなって思ってねえ」
 そういえば、姉崎は食堂のおばちゃん達と仲が良い。
(なんか情報入ったか?)
 そう考えて、顔が芝居じゃなく引き締まった。
「ちょい、詳しく話せよ」
「了解~」
 嬉しそうに笑みを深めながら、ニヤケメガネが本を持った手を上げてヒラヒラ振った。
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