意地っ張りの片想い

紅と碧湖

文字の大きさ
上 下
123 / 230
8.二人きりの旅行

117.キャンプ三日目

しおりを挟む
 目覚めると寝袋ン中にいた。
 けど、なんで? とは思わなかった。なんとなく、夢心地で丹生田が運んでくれたの感じてたし。キスとかあったような気もしたけど、そこはさすがに夢だって分かってる。てか前はキスまでの夢って無かったのに、マジで悪化してんな~なんて思いつつ、もそもそ身を起こす。
 テントの外では自然な音と賑やかな物音がしていた。虫の声、鳥の声、人声、甲高い子供の声や楽しげな笑い声も聞こえる。
(平和だなあ……)
 へへ、と笑っちまいつつ、片手で髪を後ろへ撫でつける。前髪がだいぶ伸びてる。またカットモデルの美容院探すかー、なんて考えながら携帯で時間見た。
「うあ~……」
 もう九時近くなってた。ガッツリ寝坊した。キャンプは朝早くから活動しねーとじゃん! なんて、ちょい自分を責めつつ、顔ゴシゴシ擦る。
 もそもそ寝袋から抜け出してテントから顔出すと、コンロの前に座ってる丹生田の背中が見えた。
「おはよ」
 声をかけると、無言のままうっそり振り返った丹生田は、ヒゲ伸びてて、目とか赤くて、ちょい疲れてるっぽく見えた。
「どした」
 俺はぐっすり寝てすっかり元気だけど、丹生田が疲れてちゃ意味ねえじゃん?
 つかいろいろ準備とかしてて、なにげに丹生田、張り切り過ぎじゃんね? いや嬉しいけど、でも、そんで疲れたとか? なんてちょい心配になった。けど丹生田は前向いちまう。
「…………なにがだ」
 呟くみたいな低い声だけ返し、コンロの中の炭を火ばさみで弄ってるぽい。でもやっぱ気になるわけで、そういうの基本ほっとかないのが藤枝拓海である。
「つかさ、疲れてんじゃね?」
「いや」
 でっかい背中から呟くような低い声だけが聞こえる。
「マジで? なんか無理してねーか?」
「……いや」
 呟きは戸惑うような低い声になり、ため息が聞こえて「……分からん」と続いた。
「なんだそれ」
 丹生田はやっぱりしゃべるのがうまくない。言いたいことを言葉にするのが下手くそなんだ。前よりだいぶしゃべるようになったんだけど、そんでもやっぱ、俺でもなに考えてんのか分かんねえときがある。特に背中しか見えてない、今みたいなときは、ゼンゼン分かんねえ。
 ……つうか。
 あの夜から、あんま考えないようにしてたけど、やっぱ、ちょい違う気がする。なにがって丹生田が。
 とかいって俺も……平常営業心がけてるつもりだけど、実のトコやっぱちょい違うし、しゃーねーのかな、なんて考えるわけで。
 そうすっとなにげに(あんなコト言わなきゃ良かったかな)とか(やっちまわなかった方が良かったのかな)とか考えちまったりしがちで、「あ~!」とか声出して振り払ったりするんだけど、まあまあヤバい感じなわけで、丹生田もこんな感じになってたらどうしよう、とかも考えちまうわけで。
 寮に帰ったら、やっぱり二人部屋は困る、とか言い出さないとも限らない、なんてコトも考えないわけじゃねーつか。そういうの考え始めると、ずずーんとかしちまいそうなんで、考えないようにしてるつか。
 だって分かんねえこと考えてもしゃーねーし!
 という開き直りも藤枝拓海のデフォルトである。なのでしゃーねーことは考えず、テントから這い出て「う~あ!」声上げながら伸びをした。
 両手両足、思いっきり伸ばす。やっぱ山つか湖つか、こういうトコって空気ゼンッゼン違うつか、天気良いしめっちゃ爽快!
「つか寝過ぎたわ~」
 言いながら頭ボリボリかいたりしてたら、座ったままの丹生田はふいと見上げて目を細め「よく寝ていた」と呟いた。めっちゃ優しい顔。だけど気のせいか頬そげて見える。ヒゲ伸びてっからかな。
 つか!
 この楽しい感じをヘンな空気にしたくねえ! つうのが一番強いわけで、だから平常営業を心がけてるわけなのだ。だってめっちゃ楽しいんだもんよ。
「つかカンペキ寝坊じゃん」
 つーわけで、もろもろ出さないようにしつつ、ニカッと笑って隣の椅子に座った。チラッと横見ると、丹生田がくちの片方を少しだけ上げ、「紅茶飲むか」と言った。
「飲む飲む!」
 めっちゃのど渇いてるし! と勢い込むと、丹生田は少し緩んだくちもとのまま目を細め、鍋から紙コップへ湯を注いで、ティーバッグ放り込んだ。
「あ~もう、せっかくキャンプなのに寝坊とかマジ最悪」
「好きなだけ眠ればいい」
「なんでだよ。つかもっと早く起こせよな」
 口とんがらせつつ言ったら、紙コップを渡しつつ
「藤枝は疲れているだろう」
 丹生田は低く言った。
「あ~……」
 なんて熱い紅茶をすすりつつ声が漏れる。
 確かに連日ありえねーくらい早起きしてるし、一日中歩き回ってるわけだし、普段スポーツとかやってねえから、基本、耐久力低いかも、つう自覚もある。だから疲れ溜まってたかも知んねー。
 けど!
「寝ちまうなんてもったいねー! ずっとめっちゃ楽しいし!」
「……そうか」
 赤く熾った炭を見つめつつ、丹生田も紅茶を飲んでる。分かんねーけど、満足そうな顔してるから、まあいいか! と気分を切り替える。
「そうだ、今日どうするよ? ホテル泊まるか? それともやっぱテントで寝る?」
 最初から今日はホテルに宿泊する予定で、予約も入れてる。
 でもフロントのおじさんと話したとき、メシ食いにと風呂だけになるかも、つうのは了解だって言ってたし、丹生田がテントで寝たいならそんでもゼンゼンいいよ、ってそんとき話したんだ。だって天候も分かんないし、当日決定するってことでおじさんも頷いてた。キャンセルするわけじゃねえし、ホテル側は問題無いんだろ。
 けど丹生田はチラッとこっち見て
「……ベッドの方が、…………」
 低い呟きが途切れ、コンロに目を落とした。眉根に皺寄せてムッとくちを引き結んでた横顔の、くちが開きかけて、なんか言いたそうなのに言わずに閉じる。
「なんだよ、やっぱ疲れたか?」
 こういう時の丹生田は、なんか言いにくいこと考えてんだ。
 だからカラッと、ちょいからかうみてーな口調で言ってやる。
「つかおまえの方がベッド恋しいんじゃね?」
「…………ああ」
 目を伏せたまま漏れた低い声にニヤニヤしちまう。
 鍛えてるくせに疲れたとか言うの、恥ずかしいんじゃね? なんて思ったからだ。
 丹生田ってめちゃきれい好きだし、食器とかも、ものっそ神経質に洗ってるし、今もヒゲ伸びたまんまだし。
 毎日1回はホテルの風呂に入ってるけど、マメにヒゲそったりってわけに行かねーし。ガキの頃はおじいさんと山歩いてたとか言うけど、俺も高校くらいから虫がダメになったわけだし、丹生田だって当然そういうのあるよな。
 そんなんで神経使うんじゃ、やっぱアウトドア疲れるんだろな。
「オッケ、んじゃ今日はホテルな」
 だからニカッと言ってやる。だって超カワイイじゃんね?
 丹生田はこっちを見ずに頷き、火ばさみとってコンロの炭を引っかき回してる。
 照れやがってこのやろ! なんてテンションでニヤニヤしつつ紅茶をすすり、目を上げてあたりを眺めた。キレイに澄み渡った空には白い雲がうっすら浮かんでて、緑の濃い山が凪いだ湖面に映り、そっからイイ感じの風が吹いてきて、マジ気持ちイイ。
 なにげに深呼吸とかしてたら、丹生田が炭の間からアルミホイルのカタマリ取り出す。
「お、なにそれ」
 聞いたけど「待て」だけ言って、コンロのちょい脇に寄せてある網の上に乗っけた。
 火ばさみと軍手はめた手で器用にホイルを剥がしたら、「え!」なんと中から、湯気たったジャガイモが出てきた!
「そんなんやってたの?」
「朝メシだ」
 なんてちょい自慢げな声だ。
「うわ、サンキュ! めちゃうまそうだな!」
 プラスチックの皿に乗っけて渡され、「あちあち」なんて言いながら皮剥いてると
「皮があっても旨い」
 なんて言いながら塩振ってくれた。かぶりついて「あっち!」とか騒ぎつつ食う。炭ん中でじっくり火の通ったイモはマジでほっこほこで、ロケーションのせいかもだけど、バカうまだ。
「うんめ~!」
 ハフハフ言いながら食ってると、自分も食いつつ丹生田は目を細めて見てる。う~ん、なにげに幸せだ~。
 天気良くて、丹生田がいて、イモがうまくて、なんだよ、超ラッキーじゃね? 余計なこと考えるとか、もったいね~! なんて感じで、くちもとも緩みっぱなしだ。
 そしてそれを横からそっとうかがって、健朗はなにごとか考え込むように目を伏せていた。


 朝メシ食ってから、今日も山を歩いた。
 前よりちょいハードな道程だったけど、面白いモンは前より見れた。昼ちょい過ぎにテントに戻り、パンと紅茶と、農家の店でまた買ってきたベーコンとか焼いて食う。それからコンロとテントを片して管理ロッジに返し、あとをキレイにしてキャンプ場とはさよならだ。
 つってもホテルはすぐそこだし、また来れるっちゃ来れるけど、やっぱ違うよな。ちょい名残惜しい気分もありつつ、二人でホテルへゆっくり向かった。
 フロントのおじさんとは風呂使う時にも顔合わせてたけど、今日はいつもにも増して満面の笑みだった。
「お待ちしておりました」
 ちょい恭しい感じで迎えてくれて、「先日より良いお部屋をご用意させて頂きました」なんて言うからビックリした。
「え、でも差額とか困るし、前と同じでイイっす」
「いえいえ、野上さまより言いつかっておりますので。ご安心下さい、追加料金はございませんよ」
「は?」
 目を丸くして声を上げたのに、おじさんは笑みを深めるのみだ。
「運の良い方もいらしたものだと、私どもで話しておりました。お若くしてあの方の知遇を得られるのは、大変、幸運なことでございますよ」
 思わず顔見合わせたけど、丹生田も知らなかったぽい。
 つかチグウとか、どゆこと? だってメシ一緒に食っただけじゃんね?
「え~と、でも俺ら、野上さんの連絡先とか一切知らないんスけど」
 おじさんは小さく頷いて、笑みを湛えたまま続ける。
「おそらくご縁がおありなのでしょう。羨ましい限りでございます」
 ゴエン? なんて、ちょいはてな飛ばしつつ、
「あ~、じゃ、よろしくお願いします」
 ぺこっと頭を下げたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の調教監禁生活。

まぐろ
BL
ごく普通の中学生、鈴谷悠佳(すずやはるか)。 ある日、見ず知らずのお兄さんに誘拐されてしまう! ※♡喘ぎ注意です 若干気持ち悪い描写(痛々しい?)あるかもです。

えっちな美形男子〇校生が出会い系ではじめてあった男の人に疑似孕ませっくすされて雌墜ちしてしまう回

朝井染両
BL
タイトルのままです。 男子高校生(16)が欲望のまま大学生と偽り、出会い系に登録してそのまま疑似孕ませっくるする話です。 続き御座います。 『ぞくぞく!えっち祭り』という短編集の二番目に載せてありますので、よろしければそちらもどうぞ。 本作はガバガバスター制度をとっております。別作品と同じ名前の登場人物がおりますが、別人としてお楽しみ下さい。 前回は様々な人に読んで頂けて驚きました。稚拙な文ではありますが、感想、次のシチュのリクエストなど頂けると嬉しいです。

奴隷を使った実験録。

まぐろ
BL
奴隷を手に入れたのである実験をしてみた。…これは、僕が人として終わるまでの実験録。 ※途中の幼児退行、四肢欠損注意 バッドエンドになってしまった…

ショタ18禁読み切り詰め合わせ

ichiko
BL
今まで書きためたショタ物の小説です。フェチ全開で欲望のままに書いているので閲覧注意です。スポーツユニフォーム姿の少年にあんな事やこんな事をみたいな内容が多いです。

ショタの小学校卒業を性的にお祝いさせられるお兄さんの話

松任 来(まっとう らい)
BL
鬼畜風味。せーどれーにされ続けたショタの小学校卒業の日、「お兄ちゃん、お祝いしてくれるよね?」と部屋に押しかけられ、夕暮れに染まる部屋ではちゃめちゃにえっちするお兄さんの話 急遽書いた短篇です。

タイは若いうちに行け

フロイライン
BL
修学旅行でタイを訪れた高校生の酒井翔太は、信じられないような災難に巻き込まれ、絶望の淵に叩き落とされる…

童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった

なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。 ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

処理中です...