意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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8.二人きりの旅行

106.ホテルの朝

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 ─────撫でられてる。
 アタマ撫でて、髪を梳くような指。
 妙に遠慮がちな動き。
 ああ、匂い。
 これ─────
 ……丹生田の、匂い……

 目を開いた。
 丹生田がいた。
 太陽に顔半分照らされて、眩しそうに目を細めてこっち見てる。
 優しい顔。大好きなカッコイイ顔。
 そっか、夢か。
 うん、夢だな、夢だよな。

 なんだよ焦った~。そっか夢なら、なんでもやっちまえば良いか。
 無自覚に微笑みながら手を伸ばす。頬に指先が触れると、ちょいざらっとしてた。
 あれヒゲ? 顔洗ってねーの?
 やっぱ夢だ。丹生田が顔も洗わないでいるなんてあり得ねえし、なんて笑っちまったら。
 ――――目を逸らされた。
 すっげ慌てた様子で、身を起こして、髪に触れてた指の感触が無くなって……あ?
 えっと…、もしかして?
 これ夢じゃない? マジで丹生田が撫でてた?
 え? つか、え?
 身動みじろぎと同時、革がきしむような音して、ベッドじゃねえ? つかここドコ!? うわパニクりそう~~、いやいやいや、落ち着けって!
 だって、だってゆうべ、……え? てか
「なんで……ッ!?」
 途中から考えてることが声になる。
「雨が、上がっている」
 丹生田が細めた目で、見下ろして。
「キャンプだ、藤枝」
 低く揺るぎない声で、そう言った。
「……キャンプ?」
 まばたきぱちくりする。
「そうだ」
 生真面目な顔が小さく頷いた。
 え? てかどゆこと?
 また混乱し始めた。よく分かんない。
 目を落としてマッサージ椅子の上にいる、と思い出す。それ以外も思い出す。最悪なこと、丹生田がコッチ見なくなったらもう無理だとか、そんなん思ってたことも思い出す。
 なのに見てる。丹生田がまっすぐ見てる。
「その為に来たんだろう」
「……そうだけど」
 ぼんやり答えつつ、ゆうべの感情が復活する。
 じんわり湧いて胸を塞ぐ、苦しいような痛いような、そんな感じ。いくら前向きに考えようとしても、どうしても消えない怖れに眉が寄る。背中が丸まってく。
「気が進まないか」
 声に目だけ上げる。
 丹生田は身を起こしてて、窓からの光を浴びて見下ろす顔は眉を少し寄せてて、ああヒゲ剃ってねえ。珍しい。手に袋やタオル。風呂?
 あれ、なんでだ? いつもだいたい分かるのに、丹生田がなに考えてんのか、ゼンゼン分かんない。
 もしかして心配してる? いや、困ってる? ……分かんね。
「……藤枝は、どうしたい」
「え」
 けど、まっすぐ見下ろしてくる目には、確かに真摯な光が宿ってる。
 いつも通り揺るぎない眼と声。やっぱり丹生田らしくて、やっぱり好きだなあ、とか思っちまって、ぼうっと見上げる。
「帰りたいなら、止めない」
「え……と……」
 つか、なんで?
 でもだってゆうべ……だって、だって丹生田が帰りたいんじゃねえの? だってだってだって気まずいんじゃねえの?
「……えーっと……」
 なのに丹生田の眼差しは、あくまでまっすぐで、気まずそうな感じなんてカケラも無い。
(だって、そりゃ俺、……俺は……)
 混乱する思考の中、紛れない本心が
「行きたい」
 色々突き抜けて、唇から零れた。
「俺、俺ずっとマジで楽しみにしてたんだ」
 いったん決壊したら、あふれ出す言葉が止まんない。
「めっちゃ忙しくて、色々あって、そんで俺、ちょい落ちたりして、でもやんなきゃって、色々考えて……でも、でもラインでさ、この旅行の相談したじゃん? そんでめちゃ癒やされてたんだ。そんで頑張ろうって思えて俺、アレあったから乗り切れたんだ」
 言葉は止まず唇から零れる。丹生田は表情を変えずに黙って、まっすぐ見てる。
「だって、だってさ、大田原さんみたいにゼンゼン出来ないんだ。俺なんてぜんぜん部長っぽくなくて、仙波や後輩のがぜんぜんできるんだ。大丈夫だって、橋田とか言うけど、でも俺……なあ、俺」
 まっすぐな目が見下ろしてる。くちもとは硬く引き結ばれて、なんの表情も見せてない。
「丹生田、俺……俺キャンプしたい。バーベキューも、山ん中探検も、それから、それからそれから! ……相談してたコト、予定してたコト、全部やりたい!」
「……そうか」
 ふうっと息を吐いて、丹生田の口元が緩んだ。
「なら、行こう」
 揺るぎない低い声。いつもと同じ、丹生田の声。
「キャンプ道具を借りて、まずテントを立てよう。それから山歩きを。俺が教えてやれる」
 なのになんだか、目は真剣で、必死にも聞こえるような、そんな声で。
「行こう、藤枝。……いやでないなら」
「いやじゃない。ゼンゼンやじゃない。つか」
 なんだか視界が、丹生田の顔が、なんか見えづらくなって
「俺、おれ、キャンプしたいよ、丹生田」
「そうか」
 滲んで見えづらい丹生田の顔が、少し笑ったみたいに、思えた。
「そうか、良かった」
「…………」
 丹生田の指が、視界に大写しに、なって。
「……泣くな」
 声と共に目元を擦られ、目を閉じた。ぽろっと零れたものが頬を伝う。あれ、いつの間に泣いてた?
「俺も、楽しみにしていた」
 揺るぎない低い声が降ってくる。
「うん」
「計画と違っても、いい」
 大好きな丹生田の声。
「うん、うん」
「楽しもう、藤枝」
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