意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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2.丹生田

29.畑田君の事情

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 半年ほど前、店長が替わった。
 以前の店長はとても厳しかったが、自身も労を惜しまないひとで、バイトやパートに差し入れしたり、食事もまかないを作ってくれたりと、優しくもあった。みんな一体となって仕事をしていて、忙しかったけれど楽しくて、目標売り上げを達成したときは全員で喜んだ。
 仕事を覚えていけばレベルに合った研修を受け、認定されればさらに時給は上がる。それが励みになるから、ココのバイトは長期が多いのだ。
 レベルアップ研修受けてできることが増えれば、仕事も楽しくなる。人員もたっぷりいて、深夜勤も必ずふたり以上いたし、忙しいときは店長も残って働いていて、畑田たちは「いいからもう帰ってください」と頼むことすらあったそうだ。バイト同士やパートさんも仲良くて、みんなで店長を助けようって感じで。
 その頃、この店の売り上げはどんどん上がって、全国でも五本の指に入る売り上げ優良店として評定された。
 やがて店長はエリア運営の部署に栄転することになった。みんなでお祝いして店長を送り、新しい店長を迎えた。それが半年ほど前のこと。
 新しい店長は元々本部にいて、会社のマニュアルを作っていた優秀なひとだと聞いていた。だから当然というか、マニュアル至上主義だった。
 前店長は会社が指示する方法とは違うやり方でやっていた。常連さんには裏メニューなども出し、肉パックが足りなければ鍋で肉を煮て具を作る。バイトたちはそのやり方で仕事を覚えていたから、マニュアルなんてあまり見ていなかった。
 新しい店長には、それがきちんと仕事をしていない、いい加減だ、と見えるようで、バイトたちは頻繁に逆上気味の注意を受けた。
『前店長のやり方は会社の方針に添ってない。これからはきちんとマニュアルを守って貰うから、君たちもそのつもりで、考え方を変えてね』
 店長は、前店長のやり方にひたすら批判的で、バイトが『以前はこうしていた』というたびに『そういうひとがいるから困るんだ』と悪しざまに言った。慕っていた前店長のことを悪く言われ、反発を感じたバイトたちは次々と辞めていく。
 畑田は前店長の異動を見送った後、里帰り兼就活で地元に行っていて、2週間ぶりに店に出たらバイト仲間はずいぶん減っていた。畑田も就活に専念したいから辞めると言ったのだが『もう少し待ってくれ』と引き留められた。
 仲間からなぜ辞めたのかは聞いていたが、その頃には店長も前店長の悪口を言わなくなっていた。パートさんたちも不安そうで『畑田君も辞めちゃうの?』などと聞かれ、しかたなく『すぐじゃないよ』と答えて、畑田はしばらく続けることにした。その頃はまだ何人かバイトが残っていたが、残った中では畑田が一番の熟練だった。
 けど店長の言う通りにすると、前店長のやり方でついていた常連さんが来なくなり、店の売り上げは徐々に落ちていく。すると店長は研修を受けさせなくなった。たぶん人件費が上がって利益率が下がるのを嫌ったのだと思う、と畑田は言った。
 一番高いレベルの時給になっていた畑田は研修を受ける必要が無かったので実害が無かったけれど、他のバイトは違う。本来なら店長側から言うべきなのに声がかからないので、そろそろ研修を受けたいと言っても、店長はその希望を本部に伝えず、なんとかならないかと泣きつかれ、嫌だったけど畑田からも言ってみた。
 けど店長はやっぱり聞く耳持たない感じでバイトたちに時給を上げるチャンスを与えようとしない。やってらんねえとまた二人辞めた。
 パートさんは深夜できないから、少ないバイトで深夜勤を回すことになる。元々深夜はできないと言っていた奴まで深夜勤を強制され、無理ですと辞める。残った人員で回そうとするからシフトはきつくなり、学業に支障が出たり体調を崩したりして、また辞める。
 新人をきちんと育てようという姿勢も無かった。すぐになぜできないと怒るのだ。
『なんでできないの。ちゃんと研修したの? 真剣にやってないんじゃないの』
 けれど現場で覚えるべきことはあるし、実際動かないと、研修で習ったことも実践できるようにはならない。なのに一日中怒られ続ける状態では居着かず、すぐに辞めてしまう。
 畑田は店長の部屋まで行って意見した。連日深夜に入っていて、新人が育たないと就活もできないと焦っていたし、店長なりに必死な様子は見えたから考え直して欲しかった。
『研修やマニュアルだけでは仕事を覚えられないっすよ。難しい仕事じゃないんだから、ていねいに教えてやれば誰でもできるんだし、もう少し言い方とか……』
 だが畑田の意見は、望む方向とは逆に作用した。
『じゃあもういいよ。好きなようにやれば。僕のやり方じゃあダメだって言うんでしょ』
 そこから店長は全てに投げやりになった。
 あんなに言っていたマニュアルも守らず、適当な言動が目立つようになる。そうして深夜を頑張っていたもうひとりのバイトがとうとう「もう無理だ」と辞めたのは、深夜をふたりだけで回すようになって二ヶ月目のことだった。
 それが、丹生田が募集のチラシを目にした日だ。
 畑田は早く新人を育ててバイトを辞めたかった。けどひとりだけ育っても足りない。もうひとり、と考えながら丹生田を見てたら、どっと疲れが出た。
『もう、なんでもいい。俺も辞めてやる。こんなクソバイト、すぐ辞めてやる』
 そんな感情がこみ上がって、どうしようもなかった。

「つまり丹生田には罪ないってコトじゃん」
 そう言うと、畑田は拗ねたような目をした。やっぱり丹生田を見ようとしないのにイライラして「つかさ」荒げた声が出る。
「とりあえず謝れよ。まずそうするべきなんじゃね?」
 ムッとした顔になって目を逸らせた畑田を、眉寄せて見ていた丹生田が、こっちに目向けて小さく首を振ったからくち閉じる。俺が出しゃばる時じゃねえよなって感じで。
「時間の無駄じゃない?」
 派手な刺繍入りジャケットを脱いだ姉崎が、冷えた声で言いつつ宇和島先輩の少し後ろに立った。ラメタンクだけなので、肩とか腕とか胸とかしっかり筋肉ついてるのがよく分かる。
「君の事情はもういいよ。知りたいのはそこじゃない」
「そういうことだ」
 宇和島先輩は身をかがめて畑田の目を覗き込み、ニヤリと笑った。
「その店長ってのはどこに住んでる」
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