意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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6.変わっていく関係

78.クリパ

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 十二月。

 彼女がいる奴は、当然のようにクリスマスをどう過ごすか、頭を悩ませ始める。まあ幸せそうだけどね。
 そんな浮かれた空気が漂う世間と相反するように、むさ苦しい雰囲気漂う寮食堂で俺は、
「俺らもなんかやろうぜ!」
 声とこぶしを振り上げた。
「パーッとさ!」
 しかし周囲はあっさりしたものである。
「なんかって?」
「なにやろうっての」
 しかしそれでめげる俺ではないのだ。どこか毅然とし表情と声は、まったく衰えない。
「クリパだよ! だって宇梶とか見てて腹立たねえの?」
 鋼のメンタル宇梶はクリスマスを前にして浮かれまくってる。そりゃもう見苦しいほどに。
 もちろん彼女がいる奴がちょいニヤニヤして照れるくらいならまあ、いいんじゃね、と思うよ?
 しかし
『なあなあ、どういうランクの店にするべきだよ? いいから教えろって! あんま高級過ぎても緊張して味分かんねえとかマズイけど、いや俺は平気だけどな!』
 うん、それは知ってる、とみんな思う。
 宇梶が高級な店に慣れてる、なんて思ったわけじゃ無い。ドコであろうとコイツが緊張とか想像できねえだけだ。
『つってもいつものデートと一緒じゃマズイだろ? それじゃスペシャルにならんしよ~。ううん、やっぱフレンチか? いやイタリアンか今時なら。いやいや今時ならむしろエスニックか!』
 どうでもいいよ、とみんな目を逸らす。
『ミッチー喜ぶかな。喜ぶだろうけど、その前に一回どつかれそうだな。めっちゃ照れ屋なとこもカワイイつうか、それこそ愛の現れつうか~、くううっ……て、おいっ、無視すんなよっ! つうかお前ら寂しそうだな~、一緒に連れてってやろうか? なんつって、ばーか嘘だよ、俺とミッチーの間に入ってくんなよ~』
 つまり誰彼構わず、意見を聞くていでのろけ倒していて、正直みんなうんざりではある。彼女ができて初めてのクリスマス。浮かれる気持ちは分かるが、なにしろ鋼のメンタル。人の迷惑なんて気にしてない。
 ニヘラとだらしない笑みを垂れ流している宇梶の姿が脳裏に浮かび、またしてもこぶしを振り上げ怒鳴った。
「アレ聞かされててイラッとしねえのおまえらっ!!」
 しかし周囲は(おまえもカテゴリ同類だよ)なんて思っているので、生ぬるい笑みを返すのみである。
 なにせ無敵のうざキャラとして寮内公式認定済みなのだ。鋼のメンタルとどっちがうざいと聞かれたら、うざキャラが勝つくらいである。
「いやあ、いんじゃねえのアレはアレで」
「つうかココでクリパ? 野郎ばっかで?」
「うわ~」
「めっちゃ不毛~」
「そそられねえ~」
 なので返る声はこんなもんであった。
「おまえら俺がなんか言うとうざいとか言うくせに、なんでアレを放置だよ!?」
 キレ気味に怒鳴っても、さらに冷静な声が返るのみ。
「むしろいつもと同じ、特別な日じゃないって感じで過ごした方が傷は浅い気がする」
「いやあ、特別な日じゃ無いやいっ! とか言ってる時点で、すでに傷は付いてんじゃね?」
「なんでもいいよ、食堂で朝まで飲んでOKつうなら、それはそれでアリじゃね?」
「だな~、丹生田のお祝いン時、めっちゃ盛り上がったしな」
 さまざまな意見はあったが、結局食堂でクリパ、いわゆるクリスマスパーティーが開催される運びとなった。
 とはいえ、あえてクリスマスイブ当日の開催を強く主張した拓海を誰も退けられなかったので、出席率はあまり良くない。彼女がいなくてもイブを女の子と過ごそうって企画があれば、そっちに行くのが自然の摂理というものである。
 ちなみに瀬戸はアキちゃんをディナーに誘って告る! と決意し、姉崎にノウハウを聞いていた。
 なぜ姉崎に? と問うと「この寮で女の扱いうまそうなの他にいるか?」と真剣に問い返され、大熊先輩よりはまともそうだ、という消去法しか思い浮かばないので「好きにしろ」と言うしかないのであった。
 ともあれ、予算を提示してお願いすると、意外にも食堂のおばちゃん達は乗り気だった。
「ご馳走作るわよ~! 腕のふるい甲斐あるわね」
「子供達が家出ちゃったら、うちでパーティーなんてやらないし、こういうの楽しいわねえ」
「お父さんは会社で飲んでくるし、うちになんて帰ってこないからねえ」
「ひとりでうちにいるより、ずっと愉しいじゃない」
 なんて感じで。
「昔はこういうの良くあったって聞いてたけど、あたしはやったこと無かったからねえ」
「パーティー的なこと?」
「そうよう、ここで勤め始めた頃、先輩に聞いたんだけど、昔はこの食堂でお祝いだとかなんとか、すぐ飲み会になったってね。特別料金取って料理作ったり、レストランから料理運んでもらったり、お金かかることもたくさんやったって聞いたわよ」
 というわけで、そこそこ豪華なご馳走をどっさり作ってくれた。
 女人禁制の寮だけど特別ってことで、おばちゃん達もパーティーに参加だ。和室をおばちゃん達の控え室として開放することになった。まあ、ここにちょっかい出そうなんて度胸ある奴いねえし、執行部でも問題ナシとして特例認められたし。

 当日。
 それなりに飾り付けした食堂で、第一回賢風寮クリスマスパーティーが催された。
 料理作り終えたおばちゃん達も着がえと化粧直しを経て、しっかりパーティーを楽しんでいただく。姉崎をメインホストに指名したのは会長以下執行部の面々だ。普段からおばちゃん達に愛想ふってっからな! こういう時こそ使えるってコトで!
 姉崎始めみんなでちやほやしたからか、いつもより三割増しで華やいで、おばちゃんたちも楽しそうだった。
「クリパなのに男ばっかって!」
 という嘆きの声は上がったが、もれなく「こちらのお姉様方に失礼だろ!」という叱責を受け
「あんなこと言ってるよ~。可哀想だからマスミさんもマミさんもユウコさんもハルコさんも、あいつらの相手してあげてよ。僕は後でいいから」
 満面の笑みで姉崎からおばちゃん達を託される、というオチが待っていた。
 ゆえに黙って酒をかっ喰らうのみとなるのだが、おばちゃん達心づくしの料理は、家庭的ながら華やかなご馳走で、食い気が勝つ連中にはじゅうぶんであった。そして酒が入れば徐々に盛り上がっていく。なんだかんだ言ってそれなりに盛況となった。
「つうかなんでおまえに女いねえの?」
「だよなあ、彼女いっくらでも作れるだろ」
 不思議そうに聞かれた姉崎は「だって彼女とか面倒じゃない?」手をヒラヒラさせてクスクス笑ってる。
「適当に遊んどいた方が楽だし」
「なんだよ適当に遊ぶって」
「僕ってけっこうモテるんだよね~。声かけて来るから『一回きりなら付き合ってあげてもイイよ』って感じで、エッチには不自由ないし、あえて面倒なコトしなくても」
 ヘラッと笑うイケメンへ向かって、怒濤のような反感が向けられた。
「はあ!?」
「なんっだソレ!?」
「一人くらいこっちに回せっ!」
 なにしろここに来ているのは彼女がいないだけじゃなく、女の子と飲みに行くという口実すら奪われた連中なのだ。ヒートアップした怒りをそのままぶつけられ、もみくちゃになりながら、姉崎は「あはは」と声を上げて笑ってる。
「アレもある意味、鋼のメンタルだな」
 苦虫を噛みつぶしたような顔で、庄山先輩が呟いた。その横でガンガンビール飲みながら「不服そうだな」と言っているのは小谷先輩だ。
「寮の風紀が乱れる。大熊を締めたと思ったら次の憂患が登場だ。愉快になれるか」
「でもあいつ、大学内じゃ手出してないですよ」
 グラス片手にやってきた仙波が口を挟んだ。
「そうなのか」
 意外そうに眉を寄せた庄山先輩のグラスと乾杯しながら、仙波が肩をすくめる。
「身近だと後が面倒って言ってました。後腐れ無い相手をちゃんと見つけてるって」
「……つくづく最悪な奴だな。あいつもキッチリ締めておかないと」
 あくまで渋い顔の庄山先輩の背中を、必要以上の強力ごうりきでバンと叩いたのは小谷先輩だ。
「……っ!」
「少しゆるめた方が良い奴もいるようだな。おまえも楽しめ!」
「おまえは少し力の加減を覚えろ!」
 怒鳴り返して酒をあおる庄山先輩の周りにも、人は集まってきた。
「渋い顔してないで飲め!」
「ンな顔してっから老けて見られンだぞ」
 二年から監察幹部として実直に仕事をこなしてきた庄山には、揺るぎない人望が築かれている。
「だから来年は司法試験受かれよ!」
「……! 黙れっ!」
 そこに無自覚な庄山を囲んだそのテーブルにも、賑やかな笑い声があがった。

「おい丹生田~、コイツなんとかしてくれ~」
 振り返った健朗は、情けない声を上げた内藤の肩にぐったりもたれかかっている藤枝を見て眉を寄せた。
「どうしたんだ」
「いきなり伊勢に飲み比べ挑んで、焼酎ストレートで水みたいに飲んで潰れた」
 伊勢はガタイも押し出しも良い酒豪。ここにも持参の焼酎を持ち込んでいた。それに戦いを挑むなど、無謀以外の何物でも無い。まして藤枝は酒が弱い。
 眉寄せたまま歩み寄った健朗は、藤枝の身体を内藤から奪うように引き寄せつつ、「なぜそんな飲み方を」思わず呟いた。「ううん」と声を漏らしつつ、肩に頬を擦りつける藤枝の背を支える健朗に橋田の声がかかった。
「君が保守の連中と、ずっと一緒にいたからだよ」
 内藤についてきたようで、チキンを囓りながら淡々とした口調だ。
「つまらなかったんでしょう」
「……しかし、先輩に飲めと言われれば断れない。後輩から声をかけられても無視はできない」
「藤枝くんも可哀想に」
「……なにがだ」
「君と騒ぎたくてこれ企画したんじゃないの。なのに近寄れないなんて。それにこの飲み方、あきらかにヤケ酒っぽいでしょう」
「…………そうなのか」
「そうだと思うよ」
 あくまで淡々とチキンを食べ終え、ニコリともせずに橋田は手を拭いた。
 健朗は黙然と、自分の肩に引き寄せた藤枝の顔を見る。眉間に薄い皺が寄って、苦しそうにも見える。健朗の眉間にも、おのずと深い皺が刻まれた。
「じゃあ食べたから行くね。僕は忙しいんだ」
 あっさりと食堂を後にする橋田の背中を見送った健朗は、もう一度藤枝の顔を見る。
「とにかく、部屋に連れて行く」
 周囲にそう言って、藤枝の身体を大切そうに抱え直し、のしのしと食堂を出て行ったのだが、それぞれ盛り上がっていた食堂から、引き留める声は上がらなかった。
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