意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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4.藤枝

63.役員と部屋割り

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「そっかあ~、丹生田は保守専任かぁ」
「ああ」
 発泡酒や焼酎片手に219に集まった面々は、今回のリクルート合戦で声をかけられた連中である。
「剣道部もある。今まで先輩に世話になっているんだ。これから俺も貢献したい」
 らしいな、と思いつつ、嬉しくなってニカッと笑う。
「峰もなんだろ? あいつ柔道部だよな」
 ちなみに峰は今日、保守の当番なのでこの場にいない。
「それだけではない。峰はおそらく保守部長になる」
「そうなのか?」
「ああ。人望、行動力とも申し分ない。先輩たちも思っているだろう」
 低い丹生田の声。
「え~、丹生田も負けてねえよ?」
 そう言うと、みんな微妙な顔になる。
「健朗は分かりにくいからねえ。下がついて行きにくいんじゃない?」
 姉崎がカラッと言い、みんなコップとか持ちながら頷いてた。
「ナニ考えてっか分かんねえのが保守のアタマとかめっちゃ怖ーし」
 ちょい不満な気分になり、ビールを呷る。苦くてうまいとは思えねーけど、色々誤魔化すのに酒って便利だ。
「橋田は?」
「僕は忙しいんだ」
「そう言うと思った」
 瀬戸がヘラッと笑い、「そう言うおまえはどっちやるんだよ」ツッコまれ
「さあなあ、どうするかな」
 即決で進退が決まったのは峰と丹生田だけで、みんなそれぞれ迷っているようだ。
 特に両立を促された三名は複雑だ。
「なんかさ、総括の仕事、つかみきれてねーのに、手ぇ伸ばしてもな」
 仙波がちびちび焼酎飲みながら言う。拓海も頷く。
「総括は仕方ないけどさあ、執行部とか大変そうだし、責任あるし、両立とか俺ぜってー無理!」
 ぶちぶち言う横で、丹生田が低く言った。
「藤枝なら出来るだろう。人望もある」
「は?」
 思わず目を向けたみんなの注目を浴び、丹生田は眉を寄せる。
「みんな藤枝を気にかけ、藤枝のいうことを聞いている」
 ソレ人望とはちげーし! とその場にいた全員が思ったが、
「僕もやんないよ~」
 朗らかな姉崎の声で話題は逸れた。
「どっか入っといた方が良さそうだから施設部入ったけどさ、これ以上は別にね~」
「俺も両方やるのはなあ」
 仙波も頷いている。
「俺はやるぜ~」
 だみ声を上げたのは伊勢だ。
「執行部だとひとり部屋なんだろ? 広い部屋で、キッチンもあって、自前の冷蔵庫も置けるんだぜ?」
「そんな動機かよ!」
 ツッコんだ幸松へ伊勢はニヘラと笑い返した。
「わりいかよ。つうか執行部専任にする」
「ああ、施設部の方やめんのか」
 広瀬が軽い調子で話に入る。
「幸松は食堂担当決まってんだろ?」
「ん~、まあ、なんだけど。俺、ちょい旅出るんで、岡部に頼もうかと思ってなあ」
「旅? どこに?」
「中国からユーラシア大陸横断」
「はあ?」
「リュック一つでな、行ってみようと思ってて。まあ準備してたんだよ」
「まじかー!」
「すげえな!」
「各国の食文化をつぶさに見てくるぜ!」
「食いもんかよ!」
 ツッコミが入り、そこから役員勧誘の話題から逸れて、室内は下世話な方向へ突進していくのであった。
  *

 三月半ば。
 翌年の部屋割りが発表された。
 今年は1年が6割以上残る上、寮から出る2年と3年が例年より多く出たため、変則的な部屋割りとなったという告知と共に、一覧表が食堂前の告知板に貼られたのである。
 立ち止まってさっと確認しメシへと急ぐ者、いち早く食事を終え、ゆったり余裕を持って眺める者などがそこに溜まり、四月からの生活を想像したり嘆いたりする声がその場に満ちる。
「あ~、マジか~」
「あいつと一緒かよ」
「うわなんで3年と一緒なわけ?」
「ほとんど学年混合になってんな」
 呟くような声と共に、同室となる顔を見つけた者たちには会話もあった。
「四月からヨロシクな」「こっちこそヨロシク」
「おまえかよ」「こっちだってヤダよ」
 ののしり合うような声まで飛び交い、ざわめく中。
 俺はあえてひとりで見に来た。いち早く食い終え、一緒に食事に来た橋田たちを置いて来たのだ。諦めを伴った期待を持って。
(だって2年になれば部屋替えになるから、それまで耐えようと思ってたのに)
 なんか分かんない感じで爆発しちまって、なぜかみんな耐えてたの知ってて、なんでかは分かってねーぽいけど、ぐじぐじ続けるのちょい難しい感じで。
 もういいやあ! と開き直って通常営業に戻った。その方が楽だし。
 そんでも丹生田が前みてーに笑ったからまあ良いかと思いはした。つうか笑顔見たらやっぱ嬉しかったし、なぜか丹生田はのろけなくなったし、割と平気な感じで、前みたいに眺めてるんだけど。
 いきなり(原島とエッチしたんだよなあ)とか思っちまったりすることあって、そうなるとかなりヤバくて、やっぱグダグダで。
 ああもういっそ早く部屋替えになっちまえ! とか思ってた。そうなったら諦めも付くだろって。
 丹生田は部活とかで忙しいわけだし、今みたいに眺めたりとか声聞くとか、いびき聞いたり寝てる丹生田にそっと触ったりとか出来なくなるんだろーな、とかは正直寂しいけど、ンでもこのまま同室でいたら、ぜってーバレるし、キモいとか嫌われたら軽く死ねるし。
 つまり丹生田と同室では無くなる、その事実を忌避する気持ちと早く離れたいという気持ち、相反した二つが自分の中で混沌としている状態なのだ。
 ゆえに事実を認めたあと、どんな反応してしまうか自分でも分からない。だからこの瞬間はひとりで受け止めたい。
 なのに――――
「え……」
 真剣に部屋割り表に目を走らせ、自分の名前を発見して、自動的にわなわな震える手をギュッと握りしめた。
「……なんでだよ…」
『322・・・3年 木原太一 2年 丹生田健朗 2年 藤枝拓海』
 無情にも掲示板は、これからまた1年間同室だと伝えていたのだ。
(やべーって丹生田と一緒とか! んで木原って誰だよ? 橋田はっ!?)
 なぜか焦って目を走らせると、橋田は343で、3年一名と瀬戸が同室だった。
(くっそー、瀬戸! おまえかよっ!)
 瀬戸にはまったく罪は無いのだが、どうしても丹生田と同室だというなら、橋田もいて欲しかった。絶妙のタイミングで空気読まないひとこと入れる橋田に、何度も救われていたのだ。
 呆然と表を見上げるすぐ傍で、脳天気な小松の声がした。
「あれ? おまえ寮出るの?」
「いやあ? 出ていかないよ~?」
 答えたのは姉崎だ。
「は? じゃナンで名前無いんだよ」
「ふっふっふ。なんででしょう~」
「あ~ハイハイ」
「あれ小松~? どこいくのさ、もっとツッコんでよ~。知りたくないの~?」
「うんうん、もういいよ」
「ちょっと、ツッコミは愛情だよ~」
 そんな声が遠ざかって行くのが、耳に入ってはいた。しかし認識はできなかった。
 今現在、超個人的に、周囲のあらゆるものを遮断した真っ暗闇の中で、322の部屋割りだけが光っている世界にいたのだ。
(んでもまた丹生田の寝顔とか見れる……いやいやいや! じゃねーって! つうか橋田いないってコトはバレるし! もうぜってーバレるし!!)
 呆然と掲示板を見上げながら、アタマの中で縦横無尽に走り回る支離滅裂な思考を処理しきれない。
「ぐ、ああぁあぁぁぁ~!!」
 思わず出た叫びに、一瞬ビクッとした周囲がすぐに取り囲み、肩を叩いたり声をかけたりし始める。
「どうどう」
「落ち着け、どした?」
「ほら深呼吸しろ」
「吸って~、吐いて~」
「う、あぁぁぁ」
 想いがはち切れそうで、ちゃんと言葉に出来ぬまま、すう~、はぁ~と深呼吸する。
「おまえ丹生田と一緒だったじゃん。やなのか?」
「ああそっか、喜びの雄叫びか」
 どっちも正解なので、どっちにも頷けば「どっちなんだよ」とツッコミが入る。
 なにも言えずにただ頭を振ってたら、肩を大きくてガッシリした肉厚の手が叩いた。
「どうした。顔が青い」
 聞くだけで癒やされる低い声。
「休んだ方が良い。部屋に戻ろう」
 目だけ上げると、眉寄せた丹生田の顔がすぐ近くにあった。
「あうう」
 黒目が大きい一重の目。真一文字の濃い眉。厚めの唇。まっすぐで太い鼻筋。ガッシリした顎の線。
「うああ」
「ダメだこりゃ」
「早く連れてけよ」
 次の瞬間、胸下に太い腕が巻きつき、気づいたら足が浮いて、抱えられた状態で移動していた。
 目の前に太い首と広くて厚い肩。
 思わず両腕を回していた。
 丹生田の首筋からは石鹸の匂いがした。思わずくんくん鼻を鳴らして匂う。
「うくく」
 やっぱ丹生田の近くが良い。
 そう思って、なにげに抱きついていた腕に力を込めたのだった。
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