意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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4.藤枝

61.丹生田のはじめて

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 橋田雅史は、今日も周囲に観察の目を光らせる。
 賢風寮には面白い奴が多い。そして藤枝と行動を共にすると向こうから寄ってくるので、こっちから探しに行く手間が省ける。さらに藤枝にはステルス機能があって便利でもある。みんなの意識は、より騒がしい方に向き、雅史は都合良く黙殺されるのだ。
「おい橋田」
「どうしたんだ、藤枝は」
 なのに不都合が生じている。
「……僕に聞かれても」
 本人が必死に隠してることを広めるような趣味は無いので、素っ気なく返すのだが、解放してもらえない。
「同室だろ」
「知らねえとは言わせねえぞ」
「いつも一緒にいるじゃねーかよ」
 雅史には自分の行動や思考経路がヒトと違うという自覚がある。ゆえに妙に目立つらしいということも分かって来ていたが、今までは人一倍騒ぐ藤枝に隠れることができていた。
 しかし最近の藤枝はステルス機能がいちじるしく低下している。というか逆効果になってる。
 つまり、おとなしい藤枝と一緒にいると、逆に自分が目立ってしまうのである。この状況は雅史にとって、非常に不都合だった。そして今日も、部屋に戻った藤枝と引き離され、よってたかって無茶を言われているのだ。
「つうかどうにかしてくれよ!」
 叫んだのは瀬戸。監察所属の法学部。いつもは落ち着いてる好青年が、悲痛な表情になってる。
「アキちゃんが取られちまう!」
 同じサークルの女の子が『藤枝くんカッコイイよね、紹介して』と言ってくるのが心臓直撃する、と先日からうるさいのだ。
 瀬戸は良い奴だ。一見チャラそうだが、意外と誠実で清潔感あり、好青年て感じだしモテないとは思えない。が、相手が悪い。
 見た目だけなら藤枝は、寮でいちにを争うイケメンである。一年で言えば姉崎と両巨頭と言って良い。
 つまり見た目で恋する相手を決めるのだとするなら、瀬戸に勝ち目は無い。
 しかし雅史は、そこに論理を求めてはいけないと学んでいた。ルックスとか背の高さとか運動能力とか、そういう分かりやすい理由だけでは無いなにかが、そこにはあるらしい。
 それにコレも貴重な取材対象だった。つまり恋を自覚した瞬間である。藤枝の場合は初対面から丹生田が好きなのがダダ漏れだったので、そこの解明に行き詰まっていた雅史は、瀬戸にも注目しているし助力したいと考えている。
「僕に文句言うより建設的な行動を模索すれば」
 だから雅史的にまっとうと思える回答をするのだが
「じゃあどうすれば良いっていうんだよ!」
 無茶な要求を突きつけられてしまう。
「僕に聞かれても」
 恋愛に関して、雅史が正しい助言など出来るわけがない。そんなのが可能なら苦労してない。
「ああもう! アキちゃん!」
 悶えてる瀬戸を眺めながら、雅史は考える。
 三月に入り、喜ばしくない状況が三ヶ月以上続いている。なんとか打破できないものだろうか。


 そんなある日、雅史は風呂帰りの娯楽室で面白いものを見つけた。
 ひどく興奮している理学部の宇梶うかじを筆頭に、山浦、多賀、伊勢、皆川というメンツが、アタマを寄せて話している。みんな大柄で押しが強いタイプで、これに幸松を加えた六名は昨年春の反乱以降つるんでいる。
 昨年冬、剣道部の女子を交えての飲み会で、誰も個人的な話が出来なかった、ということがあった。
 宇梶はそのひとり、磯山美智枝が気に入ったらしく、何度無視されても声をかけていた。その場は会話らしい会話も成立しなかったのだが、宇梶はその後も、ストーカー並みのしつこさで磯山につきまとっていたのである。
 明らかに逃げ腰、むしろ迷惑そうだった磯山だが、そのうち殴ったり蹴ったり竹刀を構えて脅したり、といった感じで容赦なく叩き潰すようになっていた。なのにめげない様子から、宇梶には『はがねのメンタル』という異名が付き、そんな二人の姿は日常風景になって、周囲は生ぬるい目で見守っていた。
 それが、なんと一ヶ月ほど前、ついに付き合い始めたのだ。
 相変わらず暴力を振るわれているが、宇梶は幸せそうで、なにげに磯山も楽しそうである。
(こいつも取材したいところだけど)
 なにしろ宇梶が熱心に活動していた頃、既に藤枝はステルス機能を停止していて、接点が無かったため詳細を聞く機会を逸してしまったのだ。まったく、藤枝に復調してもらわないと色々不都合である。
 ともかく雅史は、そいつらがひそひそ話す内容に聞き耳を立て、そこから思考を展開し、一つの作戦を思いついた。
「きみたち、ちょっといい?」
 いきなり話に入ってきた雅史に、彼らは友好的では無く
「ああ?」
「なんだよチビ」
 デカいの五人に囲まれる形になったが、雅史は臆する様子も無く見回し淡々と言った。
「協力を要請したい」
「なんだそりゃ」
「俺らにナニさせようってんだ」
「藤枝をなんとかしたい」
 そう言うと、みんな面白そうな表情になったので、雅史は淡々と計画を話す。
 しかし五名はそれぞれ首を傾げた。
「そんなんでどうにかなるのか」
「なると思うよ」
 荒療治ではある。だが多分、藤枝には有効だ。
 そしてなにげにノリノリの五名を、213に連れてきたのである。
「おい丹生田、聞いたぞ!」
 宇梶はニヤニヤしながら丹生田に詰め寄り目を爛々と輝かせた。たいした演技力だと、雅史は感心する。
「なにを聞いた?」
 動じない丹生田が問うと、宇梶はギラリと目を光らせ「ヤったんだろ?」低い声で言い
「どうだったよ? グッバイ童貞くん!」
 デヘヘと笑いながら多賀が肩を叩く。
 丹生田はそちらに小さく頷いて宇梶に視線を戻した。動揺は見えない。
「つまり、セックスか」
 当たり前みたいに言いつつ無表情。やっぱり分かりにくい。そしてあまりにも直截な言葉に勢いを削がれた宇梶は「……お、おう」くちごもった。
 しかし一瞬で立ち直る。
「なんだ分かってんじゃん」
 ニヤリと笑う顔は、さすが鋼のメンタルである。
 つまり宇梶は磯山から聞いたのだ。原島が丹生田と初体験を済ませたことを。それを聞いて「じゃあ俺たちも!」と迫ったが、軽く殴られたらしい。
「聞かせろよ。良かったか?」
「初めてエッチなんだろ?」
「良かったか~? なあ良かったのかよ~」
 計画通り、下世話な表情でくちぐちに問う連中は、実際知りたがってるようにしか見えない。もしかしたら演技では無いのかも知れない。
「……手コキよりは、良かった」
 そしていつも通り、端とした低い声が返る。動揺無い様子に、みんながっかりしたようだ。
「なんだそれ」
「童貞捨てた感激とかねーのかよ?」
「……無くはない」
 おお! と色めき立ち、
「そうかそうか!」
「どこでやった?」
 鼻息荒く話の続きを求めている。……やはり演技には見えない。
 雅史自身も童貞なのだが、あまり興奮しない。どうもその手の欲が薄いようだ、と自己分析しつつ、なにげに腰を上げた藤枝が、さりげなく部屋を出て行こうとするのを見ていた。聞きたくない話なんだろう。
 しかしガタイのイイのが五名、出口を塞いでいる。
「あ~、俺ちょい……」
 藤枝は控えめな顔と声で、道を空けることを要求した。
 だが山浦が「おっとおまえも聞け」がっしりと太い腕を首に絡ませた。「はあ?」腕をバシッと叩き「おい離せよ」言い返すが腕は緩まない。
「言っちまえ」
「詳細にな!」
 くちぐちに要求する声に、無表情のまま、丹生田はくちを開いた。
「……原島が、ホテルに行こうと言った」
 おお! どよめきが上がる。
「女から誘ってきたか!」
「おい、離せって」
 藤枝の声はハッキリ無視される。
「つうかおまえ、自分から誘えよ」
「…………」
「まあソコはいいや。そんで?」
「…………」
 声に、丹生田は目を伏せてくちを引き結ぶ。
「ちょ、おまえ黙れ」
 慌てたように藤枝が言ったが、完璧スルーだ。
「なんだよ、言っちまえよ」
「どんなだったよ?」
「いいから離せって、どけろ」
 言いつつ山浦の腕をつかんで離そうとする藤枝を、丹生田は黙って見ている。
「…………」
「言えよ!」
「もったいぶるなよ」
「ちょ、マジ離せって」
 少し声を荒げた藤枝の様子に、丹生田は少しだけ表情を変えた。目を細めたのだ。
「……期待したほどでは無かった」
 低く響いた声に、213は一瞬、空白に包まれたように静まった。
「はあ?」
 だが宇梶がいち早く立ち直る。
「つうかどんな期待してたんだよ」
「よけろ、つってんだろ」
 藤枝の声が低くなり、語気が強くなった。
「すごく幸せな気分、になると思っていたのだが……」
「なんだそれ」
「どんだけドリーム野郎だ?」
「え~、じゃあ原島良くなかったのかよ」
 ああそれって原島の尊厳もなにも無いな、と思いつつ、誘導したのは自分なので、雅史は彼らに背を向けてデスクに向かう。
「そんなことはない」
 断固とした低い声が返り、「おい離せって!」藤枝の声が続く。
「……充足感、のようなもの、はあった」
「ヨかった~、つうこと?」
「つうかそういうことじゃなくて!」
「胸とか触った?」
「柔かったか?」
「やっぱ中って気持ちイイか?」
 どんどんあからさまになっていく問い。明らかに目的を忘れつつあるな、と雅史は思う。
「……それは…」
 低い丹生田が答えずに口ごもった。
「言えって!」
「正直になれよ!」
「カッコつけてん……ぐぅ」
 潰れた蛙のような呻きに振り返ると、山浦がみぞおちを押さえていた。
「おっ……まえらぁぁぁ!」
 213に響いた、それは、ある意味懐かしい調子で
「だああああ~~~っ!!」
 ひっくり返ったような怒鳴り声と同時、「おい」と腕を押さえようとした皆川がアッパーを喰らう。
「おっまえらぁ~っ!! いい加減にしろよッ!!」
 藤枝がキレた。
「なんっなんだよっ!!」
 目を見開いて、髪も振り乱れて、声が裏返って、ハアハアと肩で息をしながら仁王立ち。
 それはとても久しぶりに見る、残念イケメンの姿だった。
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