意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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4.藤枝

59.超頑張って、そんで

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 夏が過ぎ、寮にいても汗が出なくなった頃、丹生田が言った。
「新人戦で大将をやることになりそうだ」
「え、すっげえじゃん!」
 うっそりと頷くのに、拓海は「やったな!」と大声を上げた。
「一年で一番強いってコトだろ? すっげえ!」
「そうではない」
 苦笑気味の声を聞き、喜びの気配が残るまま、気の抜けた顔で「どゆこと?」と聞くと小さく頷いて「座れ」と言った。素直にストンと座った拓海に、丹生田は訥々と声を出す。
「もっとも強い加納は中堅をやることになるだろう」
「え、なんで?」
「五本のうち三本取れば勝ち、というのが団体戦だ。どこも勝つために作戦を立てている。大将に強者を据えるのは定石だが、そこにあえて俺がはまると、他で確実な勝ちを得ることが出来る」
「……それって丹生田が負けても良いってコト?」
 不満げになっちまった声に、丹生田は少し笑い「いや」低く言う。
「むろん勝利を期待されている。その上俺が勝てば僥倖、ということだ」
「ああ、そういう……」
 なんとなく不満が残る感じで呟くと、丹生田はフッと笑った。
「大会はトーナメント方式だ。監督は、どこと当たっても勝てる可能性が高い布陣を考えた。先鋒の筒井は関東の優勝者。ここで確実に一本取っていく。次鋒の関本は筒井相手に三本に一本は取る。加納は高校のときインターハイで準優勝。副将の山下もベストエイトに入っている。この布陣で全勝を狙う。俺は期待に応えるよう努力して自分の役目を果たす。それだけだ」
「え~っと、つまり丹生田も勝つってコトだよな?」
 丹生田は笑んで頷いた。
「その為の努力はする」


 そして丹生田は頑張った。関東大学新人戦で七星は優勝したのだ。
 もちろん応援に行ったんだけど、あんま騒いじゃダメって言われてたから、こぶし握りしめつつおとなしく観戦した。
「やったな! おめでとう!」
 試合全部終わってから祝福の叫びと共にスポーツドリンクと大量の唐揚げを差し入れた。食堂のおばちゃんが「みんなコレ好きだからね」つって特別料金で作ってくれたやつ。
 もちろん全員にだ。みんな、つうか先輩たちまで大喜びで食ってた。
 そんでもちろん、関東大学選手権も応援に行ったんだけど、新人戦と同様、正直言ってよく分かんなかった。竹刀の動きとかどう当たったかとか、早すぎてゼンッゼン見えないつうか。
 なんつって愚痴ってたら「じゃあ僕も行ってあげるよ」とか自信満々に言いやがった姉崎を連れてったわけなのだが
「今のは面を打ってきたのを受けてから、面を返すと見せて上がった小手を打った、て感じだね」
 なぜか見えてるらしい姉崎が解説してくれて、少し分かった。
「ふうん、足捌きと反する竹刀の動き、なのに体勢崩してない。あれ体幹がしっかりしてないと無理だよね。あと手首も強いんだな。やるじゃない、健朗」
「つかなんでそんな詳しいんだよ」
「別に詳しくないよ。基本的なこと事前に調べただけ。剣道って初めて見たけど、けっこう面白いね」
 やっぱり偉そうだったけど、丹生田ってやっぱ強いんだ! とかテンション上がって、あんま気になんなかった。
 そんで丹生田はベスト4に残り、全日本オープンに出られることになったのだ!
「おめでとおめでと! やったな丹生田!」
「やっとスタートラインに立ったと言うだけだ。勝てるかどうかは……」
「今はンなコトいいじゃん! 全日本だぜっ!」
 つって騒いでたら他の部屋の連中もなんだとやってきて、お祭り騒ぎになった。食堂で騒いでたらうるさいって怒られたんで、みんなで近所の居酒屋行ったんだけど、丹生田が「俺だけじゃ無い」とか言って剣道部1年の面々にも声かけた。
 加納と山下は来なかったけど筒井と関本と他の剣道部1年、原島とか女子も来て、女の子いるし、先輩いねー1年だけだし、めっちゃ盛り上がる。女子いるってだけで、みんないつもとテンション違うつうか。
 酔っ払って良くしゃべるようになった丹生田は剣道について語り出し、剣道部連中も応えてどんどん声デカくなる。
 女子も負けてない。原島は丹生田を頭でっかちだとか言ってて、原島は感覚だけじゃ行き詰まるとか言われてて、周りも茶々入れるんだけど、剣道部は剣道に関してくそ真面目つか。それぞれ互いにツッコんだり反論したりで、わりとチャラいイメージだった筒井まで熱く語ってた。
 ともかく賢風寮メンバーは、結局どの女子とも個人的に語れなかったのだった。


 冬、全日本学生オープン。
 名古屋で2日にわたって行われた大会に丹生田は出場し、3回戦で九州代表の安藤昌也と対戦して、負けた。
 そんで安藤は1年なのに準優勝したのだ。
 結果を聞いてマジで強い奴なんだな、とか思いつつ、励ましてやんなきゃ! なんつって寮メンバー数人に声かけて、駅まで迎えに行った……んだけど。
 俺は、そこで目に入った光景に声を呑んで、そのまんまなんも言えなくなった。
 丹生田が、原島と腕を組んでたのだ。
 原島は女子にしちゃタッパあるけど、それでも丹生田とは二十センチ近い身長差があって、にもかかわらず丹生田の方が寄っかかってるみたいに見えた。原島は優しく笑ってて、丹生田も、少し笑ってて。
 俺っていつも、誰より騒いでる。そういう自覚ある。
 けど全然なんも言えなくて、みんないぶかしげな、じゃなきゃからかうような声かけてきたし、丹生田も「具合悪いのか」なんて聞いてきたけど、ニカッと笑い返すので精一杯。やっぱ……なんも言えなかった。
 胸にモヤモヤななんか湧き上がるの抑えられなくて、くち開いたらヤバいこと言っちまいそうで、てかアタマ働かねえつか、何が何だか分かんねえつか。
 そんな感じで、なんとか笑顔だけキープしつつ寮に戻ると、3人きりの部屋で丹生田は言った。
「済まない、ちょっと聞いていいか」
「なに? もちろんいいよ!」
 ニカッと笑って返す。橋田もメガネを押し上げながら、興味深そうに向き直った。
「おまえたち、女子と付き合ったことがあるんだよな」
「一応あるけど、僕のは参考にならないと思うよ」
 橋田が淡々と言うと、丹生田はまっすぐコッチ見た。
「あ~……まあ、あるけど……」
 なんとか答えたけど、心臓がズキズキするみたいな、息がしにくいみたいな、そんな感じ。
「その……ここだけの話にして欲しいんだが」
 言いにくそうに俯いて、もじもじしてる丹生田。
「僕が余計なこと言うと思う?」
「………そうだな」
 橋田にあっさり納得して、伺うようにコッチへ目を移した丹生田の顔は、今まで見たどんな表情とも違ってた。ちょい不安そうで、でもどっか嬉しそうで――――
 わき上がる不安と痛む心臓を無視して「なんだよ、言えよ」ニカッと笑って言うと、丹生田は少しホッとしたみたいに笑ってうつむき
「実は、原島に告白された」
 呟くみたいに言った。
 ――――ずきん、ずきん、ずきん
 ああ、痛え。めっちゃ心臓痛え。
「どうしたら良いものか、分からない」
 妙に頼りない丹生田の声に、淡々と橋田が聞いた。
「まず、丹生田君は嬉しいの? それとも迷惑なの?」
 ビックリしたみたいに顔を上げた丹生田は「いや」力なく声を漏らし、また俯く。
「いや、その…………嬉しかった」
 俯いてる、その表情は照れくさそうで、くちもとは緩く笑んでて、嬉しいって、そう思ってるのがイヤでも伝わる。
(ああ……やっぱそっか)
 いつかこんなときが来る。そう覚悟してたはず。
 丹生田は女の子が好きで、モテたいと思ってて、だからいつか女の子と付き合ったりするんだって。
 覚悟してた、はずなんだ。
 なのに心臓は不穏なリズムを刻んで、声とか震えちまいそうで、ヤバイ感じで。
「嬉しかったなら、そう言えば?」
 あくまで冷静な橋田の声に救われる。
 そう、『良かったな』とか、そう言おうと思って、でも声が出なくて
 だから笑みがこわばっている自覚も無く、ウンウンと頷いた。
「そう言うとは、どう……」
「嬉しいとか、付き合おうとか、そう言えば良いでしょう」
 橋田の声に「そうだな」と呟く丹生田は、心もとない感じで、声も力なくて
 ああ、くそっ!
 応援すんだろ俺ッ!!
「つかっ!」
 気がついたら大声出してた。
「いつの間にンなコトになってたんだよっ!」
「………………」
「そうだね。相談に乗るんだから、そこは聞きたいね」
 橋田も言うと、丹生田はポツポツと話し始めた。
 安藤と試合して、力が足りないと思い知らされた。
 自分以上に安藤も努力していたのだと分かった。けど丹生田なりに考えてやれることを目一杯やってたつもりだったから、どうしたらいいか分からなくなった。
 つまりめっちゃ落ち込んでたわけだけど、先輩たちの試合も女子の試合もあるから、ゆっくり落ち込んでる暇なんて無くて、どうしたらいいか分からなくなってるとき、女子のベスト8という結果を残してやっぱり負けた原島にハッパかけられたんだって。
 そん時についでみたいに告られた。
 他の部員はだいぶ前から原島の気持ちに気づいてたとか言って、丹生田はさんざんニブイとかからかわれて、そんで落ち込んでたのがちょい飛んで、すっげ楽になったって。
 そう思って見れば、原島はなにかと丹生田の世話焼いたり、励ましてくれていたと気づいたんだって。
「ありがたい、と思った」
「なるほどね。丹生田君は感謝の気持ちが恋に変化するタイプなのかもね」
「……恋………」
 冷静に分析する橋田に救われつつ声を励ました。
「おまえ相談もなにも、もう決まってんじゃん!」
 声が震えてないとホッとしながら、顔を上げた丹生田に精一杯の笑顔を向ける。
 丹生田は安心したように、よく見る表情になった。
 優しく少しだけ、笑ったのだ。
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