意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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2.丹生田

26.畑田君の災難

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 今日はひどく忙しい。
 店に行ったらいきなりそう言われ、畑田はうんざりした。
「夕方くらいから、やたら忙しくなってね。君さあ、発注少なすぎたよ」
 用心してちょい多めに発注すると「多過ぎだ」と言うくせに、ちょっと客入りがイイとこれだ。
(全部ひとのせいかよ。だいたい客入り予想して発注量を決めるなんて仕事、バイトにやらせんな。自分でやれや)
 だがこの店長に意見する元気はもう無い。「……はあ」気のない声を返し、そのまま奥へ引っ込む。
(今度こそやめてやると思ったのになあ)
 出るのはため息ばかり。こないだ店長に怒鳴ったのは本気だったのに、いなくなると店が回らなくなるって引き留められて、……くそっ、深夜勤の新人が入って研修終えてから、なんてずっと言われて、ほぼ毎日深夜に入ってるから日中は寝ちまって、結局就職活動もうまくいかなくて―――デザイナーになってるはずだったんだ、今ごろは。専門入ったころの構想だと、だけど。
 また出るため息と共に自動的に着がえて店へ出る。パートのおばちゃんと入れ替えだ。
「いらっしゃいませーえ」
 適当に声を上げつつカウンターに入り、注文を受ける。
「おつかれさま~」
「がんばってねえ」
 笑いながら奥へ引っ込むおばちゃんたちを見送りつつ思う。
(毎日毎日22時まで働いて、なんであんな元気なんだよ。バカじゃねーの)
 確かに客が多い。店長もいるが、特に会話無く自動的に仕事する。次々注文受け、次々作って出し、次々下げた食器を食洗機にぶち込む。仕事は単純で、身体は自動的に動く。アタマは空っぽ、なんも考えてねー。
 リーマンメインだった客が引けてきたと思ったら、学生っぽいのがどやどや切れ目無くやってくる。学生は大盛りとか頼むから面倒だ。
 次々牛丼を盛りながら鍋の残りが少なくなってきてる、と思う。冷凍の肉パック出して温めねーと。米も炊かなきゃ。
「畑田君、米炊いてね。それと鍋も」
 店長が偉そうに言う。チッと舌打ちする。
 分かってんだよ、と思いながら無言で作業する。肉パックの残りが少ない。一応下ごしらえしようかと思う。前の店長のときに肉の煮込みは教わっていた。食材尽きそうになったら作っとくってのを前の店長はやってたのだ。会社のマニュアルにはねーけど、肉パックより前の店長が作ったやつのがうまいと、畑田はひそかに思っていた。
(調味料はそのころのままだし、タマネギとにんじんと……ああ、白滝がねえや。つか肉がねーじゃん。ダメじゃん、作れねーじゃん)
 今の店長じゃ、いざというときのために肉買っとくとかありえねーしな。仕方なく残りの肉パックを全部鍋にぶち込んで温める。
 23時半過ぎたころ「じゃあ僕は帰るから、あとよろしくね」と店長が言った。
 客はぜんぜん引けてねーのに、深夜勤ひとりでやらせんのかよ。無駄だろうと思いつつ「仮眠とか、どうするんスか」一応言ってみる。
「お客さんいないときに寝ちゃえば良いよ」
 気軽に言ってあっさり帰りやがる。そうだと思ったよ。まじテキトーなやつだ。
 学生風の客が続く。体育会系っぽくガタイいい連中が特々盛とかガンガン頼むから、食材の減りがハンパない。なんとか余裕見つけてまた米を炊いたが、肉パックはもう無いのだ。この鍋が空いたら終わりにするしかない。
(そうなったら店閉めて帰れる。むしろラッキーじゃん)
 ガタイのイイ短髪がもりもり食ってるの見ながら、ぼんやり思い出す。
 新人バイト。ガタイ良くて目つき怖くて声も低くて、たまにニヤリとかしてマジ怖かった。しかも七星で数学やってるってなんなんだよ。アタマまでイイってリアルチートか。その時点で既にヤな感じだったのに、教えて下さいとか聞きに来るときも偉そうに見下ろしてくるし、ワンチャン痛い目見れと店にひとりで置いても7~8人の客ひとりでツラっと回してやがるし。
 研修前だから全部見てろとか店長は言ったけど、ぜんぜんじゃん。俺いらねーんじゃね?
 勝手にやれやって奥引っ込んだら、マジで朝まで起こさないとかありえねー。笑っちまうっての。
 しかも朝チェックしたら色々完璧だった。ここんとこあんなちゃんとヤってなかったとか思ったら、やたら腹立った。
 こういう奴は就職とかもすぐ決まって、間違いない人生歩むんだよ。そうに決まってる。こんなクソバイトに捕まったりしねーんだ。
 なんか色々いやだった。あんな奴の顔見たくねーって感じで。だから見なかった。声も聞かないフリした。

 ようやく客が引けてきたのは2時半すぎだった。
 ホッと一息ついて、カウンターん中に丸いす引っ張り出し座る。客は2人いるけどかまわねー。注文は出したし、後は帰るだけだろ。つか早く帰れや。
 なのに客が入ってきた。おもわずチッと舌打ちして「いらっしゃいませーえ」声を上げ立つ。まあいい、後二~三杯分で鍋は終わる。店しめれる。
「えーと……」
 客はニヤニヤしながらメニュー見てる。なんか派手そうな奴だ、夜のお仕事か。ホストか。イイよな楽しそうでさ。チャラチャラしやがって。
「君、名前なんて?」
 ニヤケ面のチャラ男が声かけてきて、胸元に視線を下ろす。制服の胸にはカタカナで書いた名札がある。研修が終わると渡されるのだ。
「……ああ、ハタダ君って言うんだ」
 畑田は「はあ」と答え「ご注文は」と聞いた。
「牛すきやき丼、大盛りで、テイクアウトで。あ、チーズものっけて」
 はぁ? ふざけんな、肉鍋減らねえやつじゃん。作んなきゃなんねえ、チーズ溶けるまで鍋使わなきゃじゃん。しかもテイクアウトかよ。牛丼頼めよ。そんでここで食ってけ。鍋空きゃ帰れるんだ。ニヤニヤしやがって、面倒なの頼みやがって。
「だいぶ時間かかりますが、良いですか。牛丼ならすぐできますが」
「ぜんぜんイイよ。牛すきやき丼ね。チーズも大盛りで」
 チッと舌打ちしたのも、「……死ねや」ぽろっと零れた言葉も無意識だった。
「ハタダ君、面白いこと言うねえ」
 ニヤニヤ言われたけど無視だ。
 チャラ男はニヤニヤしたままスマホ出して弄り始めた。もう一度舌打ちして厨房に入る。厨房からはカウンターが見渡せるようになってる。テーブル席は見えねーが構わねー。
 二人の客も食い終えてるくせにダラダラしやがって、まだ残ってやがる。深夜はこういうのが時々いる。こんな店で長居すんなや。
 ああイライラする。早く店閉めて帰りてー。
 するとまた客が入ってきた。いいよ、とっとと牛丼食って帰るなら。そう思いながらカウンターに出て
「いらっしゃいま……」
 ギョッとする。
 オカマの集団だ。全部で4人もいる。派手な化粧したの、胸毛生えてるくせに胸のあいた服着てるの、つかとりあえずヤバい。ここら辺、オカマなんてあんまいねーはずなのに、今日に限ってどうしたんだよ。
「あらジュン、この子?」
 化粧の下からひげが生えてきてるオカマが、チャラ男に声かけた。
「うん、お姉さんの好みじゃない?」
「ホントね、美味しそう」
 重そうなつけまつげをパタパタさせながらじっと見つめられ、
「これで意外と毒も吐くから、楽しめると思うよ」
 続いた声に手が震えた。
「きゃ~、怯えた顔も可愛い~」
「あんたこういうの好きだよね~。アタシはジュンの方がいいけど」
「ありがと、カナコ姉さん。僕も好きだよ」
 チャラ男はやせ形の妙に胸デカいオカマに迫られたが、ツラっと笑って腰に腕回したりしてる。
 すげえ、コイツ侮れん。とか思ってたら、目の前でぶっちゅーとかキスし始めた。さっきからいた2人の客もギョッとしてるが、オカマ軍団は派手に笑い声上げ、重そうなつけまつげがこっちをじっと見たまま、にんまりと笑ってる。
(こ、こえええ~~~!)
 全身から冷や汗が出る。
「ハタダ君、なんか焦げ臭い」
 チャラ男がオカマと抱き合ったまま、こっち見てニッと笑ってる。しまった、注文聞いてすぐ戻るつもりで鍋の火消してなかった! 慌てて厨房に戻り火を消したが、これはダメだ。作り直しだ。
「済みません。もう少し時間かかります」
 カウンターに戻ってそう言い、ちょいと頭を下げたら、「ふう~ん?」チャラ男の声が低くなる。
「さっき面白いこと言ってたけど、君こそ死んじゃえば?」
 それまで朗らかってくらいの顔だったのに、深まった笑みがなんか黒い。
 ゾッとして、冷や汗が背を伝った。
 なんか、裏社会の人間とかじゃねえのコイツ? そんな奴に俺なに言ったんだろ。つい出ちまっただけだけど、ヤバいこと言ったんじゃ……
 するとチャラ男はテーブル席に顔向けて朗らかな声で言った。
「先輩、お待たせ」
「……つうかノリ過ぎだろうが、まったく」
 さっきからいた、すげえガタイいい客が立ち上がった。おもっくそ見上げる。あの新人バイトと同じくらいデカい。しかもあいつより幅も厚みもあって、顔もコワいし「おいおまえ!」声でけえっ!
「色々聞かせてもらうぞ!」
「はっ、はいぃぃっ!」
 悲鳴みたいに返事した。
 するとつけまつげオカマの「可愛い~」という声が聞こえ、なんか色々限界つうか、もう、もう、なんなんだよっ! どうなってんだよっ!
 ――――誰か助けて!
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