意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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2.丹生田

25.腹立つ事実

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 腕をつかんだまま寮に戻り、風呂へ行けと部屋から追い出した。いつも一緒に風呂へ行くのに、今日は部屋に残ると言うと、丹生田は不思議そうに見たが、腕組みして、ふん! と鼻を鳴らし言ってやった。
「おまえ探してて、今日やるトコまだなんだよ! それやってから風呂行く」
 そうか、と頷いて済まなそうな顔になった丹生田は、肩を落として出ていったのだが、その背中を(ゴメン丹生田)と見送って、ずずんと落ち込んだ。
 実はそんなの嘘だったからだ。
(だってあんな落ち込んでシュンとしてる丹生田も可愛い感じで、なんか色々抑え切れそうにねーし)
 そう、丹生田が好きだって自覚した、んだけど、それで応援して守って、なんて考えてんだけど、けどそれ以外の、つかもう一つ自覚した生理的変化つか、ちょっと、つかまじでヤバいんだ。
 今までも(可愛いなあ~)とか思ってたし、仕草とかドキッとしてたんだけど、このところそれだけで済まなくなってきてんだ。つまりハッと気づくと喉仏んトコとか首筋とか腕とか唇とか、色々触りたくなったりしてて、無自覚に手を伸ばしかけたりしちまってて!
(いやいやいや、やばいってバレるじゃん、なにやってんだ俺)
 ハッとして手を引っ込めるわけだが、そのとき股間に血液が集まってるのを自覚したりして、自分を殴り飛ばしたいような気分になりつつ慌ててトイレに飛び込み、ひとりでシコってなんとか治めると言うことを繰り返してた。しかもその後の落ち込みようがハンパないのだ。
(あ~もう、なんなんだよマジで)
 そんな状態で裸の丹生田なんて見たらヤバいこと間違いないので、事前に処理しておく必要があった。つまり橋田もいない今こそチャンス! なのである。
 そこでさっきまで落ち込んでいたことなど忘れ、無自覚にヘヘヘと笑んでしまいつつ丹生田のベッドに潜り込み「丹生田の匂い~」とか呟きながら股間に手を伸ばしたのであった。

 たっぷり丹生田の匂いを堪能し、スッキリして風呂へ行くと、丹生田は既に上がって「先に食堂へ行っている」と言ったので、ちょい残念なようなホッとしたような感情をニカッと笑ってごまかした。
 超速で風呂から上がり食堂へ飛び込むと、丹生田は姉崎と橋田、同じ一年の長谷と小松と一緒に、B定をわしわし食ってた。同じくB定を持ってそのテーブルへ行くと、丹生田の前には天ぷらうどんもあった。
 天ぷらとか煮卵とか、一個50円とかでプラスできて、うどんやそばやラーメンに乗っける奴は多い。自炊の先輩とか、おにぎり作って貰って、それと天ぷらで飯にしてる人もいる。丹生田はいつもかけうどんなのに、今日はちくわ天としいたけ天と150円のエビ天が2個乗ってる豪華版。珍しいな、と思いつつ座ったのは唯一空いていた姉崎の隣だ。
「豪勢だな、天ぷらうどん」
 丹生田に声をかけると「俺らが乗っけたんだぜ」と長谷が言った。
「こないだマジ楽しかったし、しいたけ天乗っけてやった」
 小松が横から「ばっか、こういうのはちくわ天がベストにうまいんだぞ」と続ける。この二人は初深夜勤のときに一緒に行って騒いだ中にいたのだ。お礼だか懺悔だか分かんねーけど勝手に乗っけたらしい。
 つかこいつらも丹生田元気ないとか思ったのかな。
「エビ天は僕」
 自慢げにニッと笑ったのは隣の姉崎で、これはなんか、ちょいイラッとした。
「……ふうん」
 けど気にしないようにして「いただきます」と食事を始める。
 丹生田は黙々と食ってるけど、箸の進みがのろい。まだ落ち込んでんのかな、とか気になったが、ここでくちに出しちゃイカンだろ、と抑えつつ黙々とB定を食う。
 チラッとコッチ見て、意味深に笑みを深めた姉崎に睨む目を向けてたら、「ねえ、健朗」と箸先を丹生田に向けたから、おもわず手を伸ばして箸を下ろさせる。
「おまえ行儀悪いぞ」
「ていうかさ、なんかあったんでしょ」
「ばっ……!」
 おもわず姉崎の肩をガシッとつかむ。
(聞くなよそういうこと! 丹生田がヤな気分になるかもじゃん! あんま親しくないやつとかもいるんじゃん!)
 とか思いつつ、言っちゃったらマズイとひたすら肩を揺すったが、ニヤケメガネはそんなのまったく気にしない感じでゆらゆら揺れつつ「言いなよ~」と続ける。
「そんな暗い顔してると、こっちまでメシまずくなるじゃない」
 いっそ朗らかに声を高めたので、むしろ周りの注目を浴びたと同時、丹生田の箸が止まった。
「健朗ってただでさえ目立ってるんだからさぁ、気になるのって僕だけじゃ無いと思うなあ」
 橋田はいつも通り淡々としてるけど、長谷と小松はウンウンと頷いた。周りからも視線を浴びてる。こうなると自分が騒ぐのも逆効果って感じで、イライラしながらB定に取っ組みつつ目だけは丹生田に注目だ。丹生田の動きは止まったままで、伏せた目は飯の上にのっけたとんかつを激注目してる。
「みんな気になってるよ~? だから天ぷら奢ったんだよねえ?」
 追求を緩めようとしない姉崎を睨んでやめろの念を送った後、チラッと伏せた丹生田の顔見て、言いたくないなら言わなくて良いんだぞ、なんて思って。
「だから言っちゃいなって、たけろ…」
「言う必要ないからなっ」
 まだ言う姉崎に声がかぶった。一拍置いて目を上げた丹生田がこっち見る。目が合ったから念を送る。
(黙ってろよ、いいんだよ、言わなくて)
 すると丹生田は少し目を細めて口元を緩めた。
(あ、笑った)
 そんなんで簡単に癒やされてたら、丹生田がくちを開いた。
「………バイトをやめてきた」
「えっ」
 ビックリして、自然に声が高まる。
「へえ。なんかあったの、やっぱり」
 姉崎が面白そうに目を細めて言う。
「やっぱりってなんだよ」
「まあまあ、健朗の話を聞こうよ」
 軽い口調で姉崎が言い、「おまえやめろって!」と怒鳴ったら、丹生田がこっち見て目を細めてから小さく頷いたから、仕方なくくちを閉じた。
 丹生田は話すのがうまくない。ぼそぼそこぼれる言葉の断片を拾った姉崎が、うまいこと誘導して話を進めた。
(なんだよそれ! 丹生田になんて扱いすんだよっ!)
 聞いててめちゃめちゃ腹立って、アタマかきむしりてーけど食事中だし!
 長谷と小松も眉寄せて黙ってるし、いち早く食い終えた姉崎はニヤニヤしてるし、怒りをどう表していいか分からなくて、「んあ~~~っ!」と声を上げたら、長谷と小松がぎょっとしてコッチ見た。橋田は興味深げで、丹生田はなんか、にやにやしてる姉崎が進めるままに淡々と話してて。
 あらかた話し終えて、姉崎が「なるほどね~」と呟くと、丹生田は箸の動きを再開した。やっぱり黙々とだけど、少し明るい表情になってた。けどコッチは色々腹が立ってたまんねえ。
「やっぱりそんな感じだったんだね~」
 だから偉そうに腕組みしつつ言った姉崎に噛みつく。
「だからなんなんだよ、やっぱりって! 偉そうに分かった風なこと言うな!」
 しかしニヤケメガネは人差し指を立て、チッチッチッと舌を鳴らせつつ振った。
「つまり、そういう適当な店だったんだねってコトだよ」
 むっか~、としたまま「適当ってなんだ、つってんだろ!?」と怒鳴ったが、しょうがないなあという風に肩をすくめ、ニヤニヤしつつ「まあまあ、ちょっと冷静になって考えてみなよ」とか続けやがった。
「深夜勤って一人で店回すわけでしょ? 酔っぱらいとかも来るだろうし、コワイ仕事のおにーさんも来るかもしれないよね。それを一人で対応なんて、本来なら社員とか熟練のバイトとかに任せることだよ? なのに初めて1週間かそこらの新人に任せるなんて、いかにもいい加減じゃない。それに衛生上の研修とかしてないでしょ、健朗。本部で絶対そういう研修やってるはずだし、僕が店長なら、そこ行かせてから仕事させるよ。食中毒とか起こされたら大変だもん」
 ちょいビックリした。まともなこと言ってる、てだけじゃなくて、なんか分かってる感がハンパなかったからだ。
「に、丹生田はきれい好きだし几帳面だから、そんなの無くても大丈夫なんだよっ!」
 けどやっぱり悔しくて叫んだら、姉崎は馬鹿にしたみたいに「ふうん」と言いふふんと笑った。
「だとしても、それをその店長が理解してたとは思えないなあ」
 確かに。丹生田のことをちゃんと理解してたら、さっきの話みたいなコトにはなってない。
「そういう店ならマニュアルとか必ずあるはずなのに健朗は見てないって言うし、パートのおばさんに教えて貰っただけっておかしいでしょ。全国にチェーン展開してる会社なんだから、最低限の研修は絶対にあるはず。健朗、そういう話は聞いてなかった?」
「……そのうち本部の研修に出て貰うから、その日は大学を休めと」
「でしょう? それを終えてからじゃないと仕事させちゃダメなはずだよ? つまり健朗が働いたって記録も本部に送ってないかも知れないってコトだよね」
「ええっ!?」
「んじゃ給料でねーかもしんねーのかよ?」
 黙ってた長谷と小松が、おもわずって感じで言った。
「可能性はあるねえ」
 姉崎がそう言うと、丹生田の箸がまた止まった。
「多分、他のバイトの名義かなんかで時給換算させてるはず。それを後で操作しようって考えてたのかもね。給料の振込口座とか提出した?」
「……いや、それは聞かれていない」
「じゃあ手渡しするつもりだったんだろうね」
「…………」
 丹生田の視線が、ゆっくりと手元に落ちる。うどんに乗ってたエビの天ぷらをつかんだままの箸が、ちょい震えてる。テーブルのみんなが、眉寄せたり暗い感じになって黙った。
 俺もどうしたら良いか分かんねーくらい怒りで盛り上がってる。いますぐ牛松屋行って、店長とか殴りたい感じ。
 すると姉崎が、なんとクスクス笑い出したので、「なに笑ってんだ」おもわず低い声が出る。
「僕って、なめられるの嫌いなんだよねえ」
「はあ?」
「健朗もそうなんじゃない?」
「バカ、おまえと一緒にすんな」
 と言った拓海にチラと目をやった後、丹生田は眉を寄せたまま「好きではない」と呟いて、エビ天をぱくっと食った。
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