藤枝拓海十九才、ぐだぐだな夏

紅と碧湖

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もしかしてちょい、デートぽくね?

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 買い出しのため、町へ向かってるはずの車が、唐突に脇道にそれた。
「あれ? どこ行くの?」
 思わず聞いたら「ちょっと休憩~」とか、ヘラヘラ声が言う。
「休憩って、ばか!」
 俺は後ろから運転席に組み付き、やつの耳元に叫んだ。
「先輩たち待ってんだろ!? 早く買い物して帰らなきゃじゃん!」
「大丈夫だって。僕たちいなくても作業は進むし、君たち下僕扱いだったんだからちょっとくらい遊んだってノープロブレム!」
「そうはいくかよっ!」
「行く行く、大丈夫大丈夫」
 脳天気な声の運転手は俺がガーガー文句言ってもどこ吹く風で車を走らせ、少し広いとこで止めた。森の中、日差しが木の葉に遮られ、風も通って気持よさげな場所だけど。
「なにココ」
「湖が見えるんだよ。そっち行くと」
「なんでそんなの知ってんだよ」
「鈴木と買い物した時に、ココで一休みしたんだ~。先輩たちは知らないから絶対バレない」
「すでにサボってんのかよっ!」
「まあまあ。僕ココで昼寝してるから、君ら遊んで来なよ」
「えっ」
 なんだよ、なんで急にそんな神様みてーな嬉しいこと言うわけ?
 嬉しすぎて俺、ちょいキョドった。ヤバい。
「つうかおまえも一緒行こうぜ」
 誤魔化さねーと、なんて焦って心にもないこと言ってみる。
「う~ん、じゃあそうする?」
「お、おう……」
 朗らかに返った声に、我ながら落ちた声が漏れる。運転席から後ろ振り向いて、姉崎がニッと笑った。
「こんなこと言ってるけど? 健朗」
「行くぞ藤枝」
 唸るような声で言って丹生田が車を降りた。
 え? え? なになに、急に不機嫌?
「あ、ちょ、待てよ丹生田!」
 慌てて俺も降りて追っかける。姉崎はついてこない。どうしようかちょい迷ったけど、いいや! と心決めて丹生田を追っかける。
「丹生田! どうしたんだよ」
 でっかい背中が黙ったままズンズン進む。
 怒ってんの? なにを?
 ちょいパニクりつつひたすら追っかける。
 するといきなり視界が開け、湖が目の前に広がった。崖の間際に柵があって、俺はそこまで走り寄る。
「うわぁ…」
 柵を握りしめながら思わず声が漏れる。山の中でいきなりポカッとこんなデカい湖ってなに? すげえぜ北海道!
倶多楽クッタラ湖と言うそうだ」
 丹生田がぼそりと言った。
「アイヌ語でイタドリが群生する湖、という意味の言葉が由来だそうだ」
「イタドリって?」
 いつの間にか隣に立ってる丹生田に問いかけると、少し笑ってる顔で、いつもの優しい目で、俺を見た。
 もう怒ってねえみたいで、ホッとする。
「野草の一種で、食えるらしい。繁殖力が高く、アスファルトやコンクリートも突き破るそうだ」
「へえ~」
「ここはカルデラ湖というタイプの湖で、どの川にも繋がっていないというのが大きな特徴だということだ。透明度が高く、ヒメマスが釣れるらしい」
 丹生田の淡々とした声。イイ声だなあ。
「すげえ詳しいな」
 とか、からかうみたいに言ったけど、俺もだんだん嬉しくなってくる。
「……ウィキペディア情報だ」
 天気良いし、湖面キラキラ光ってすんげえキレイだし。それに丹生田の声、ちょい自慢そうなんだ。
「なにおまえ、そんなの調べたの?」
 俺がニヤニヤ聞くと、「まあな」と言いながら眉をしかめた。照れてんじゃねえよ、この! つうかカワイイぜっ!
「なーんだ、丹生田ってば俺以上にこの旅行楽しみにしてたんじゃね?」
「当たり前だろう」
「そーだな! あったり前だ!!」
 ハハッと笑って、俺も言う。さっきまでちょい落ちてたのなんてすぐ忘れる。
 なんだよ、こんだけなのにすんげえ楽しいじゃん!
「時間できたら、ヒメマス釣りに行くか」
「いいな! ヒメマスってどんなか知らねーけど。釣りもやったことねーけど」
「教えてやる」
「うっそマジで? やりぃ!」
 そっからダラダラ、どうでもいい話する。
 葉擦れの音しかしない、誰もいないトコで、丹生田と二人。
 お日様に照らされた湖はキラキラきれいで、イイ風来るし、雰囲気超イイんだもん。
 これでテンション上がんなきゃ嘘でしょ!
 なんかはしゃいじまって、そこらの枝とか眺めてたら、「これはクヌギかな」なんて丹生田が言った。
「え、木の種類とか詳しいのかよ」
 子供のころおじいさんと山歩きしたとかって言うんで、「じゃコレは?」なんて聞くと答えてくれたり「それは分からない」とか言ったり。そっからなんだか自慢げにアウトドアの話とかしてんだけど、めっちゃカワイイんじゃね?
 なんて感じでめちゃアゲアゲになった。
「そろそろ戻るか?」
 とか言ったのは、ちょい正気に戻って、やっぱ買い出しだし先輩たち待ってるし、なんて思ったからなんだけど。
 なんかデートっぽい雰囲気なってて、超離れがたいけど(イカンイカン)とか自分に言い聞かせまくって言ったんだけど、ゆっくり車まで戻る途中で「この草は食える」とか言うから「えっ! こんなモン食えンの!?」なんて聞くと、「ああ、わりと旨い」なんつって! さらにテンション上がりまくる!
 丹生田が途中で森ン中入ってくから「なに?」とかって追いかけて、変な虫いて「うわっ!」なんてビビったら「大丈夫だ藤枝、もう行った」なんてすぐ助けてくれたりして。
「超さんきゅ。助かった~。んでなに?」
「あれも食える」
 なんつって教えてくれたりして「マジでめっちゃ詳しいな!」とかって自然に尊敬しまくったりして。
 さっき三分で通り抜けた道だけど、未練がましいわ我ながら、とか思いつつ、ことさらゆっくり歩いたりして。なんだかんだ車に戻るまで、三十分以上二人でいた。
 姉崎は昼寝どころか、めっちゃマジ顔でモバイル弄ってて、丹生田がグーでアタマ叩くまで俺らのこと気づかねえくらいの集中だった。
 ぶちぶち文句言いながら運転再開した姉崎は、ときどき集中モードに入ると周りの声も聞こえなくなるらしい。それは俺も知ってるけど、いきなり殴って正気に戻すなんてしたことねえ。
 丹生田がコイツのこと雑な扱いしてんの見てたら、なんだか笑っちまって、そんでちょいホッとした。
 結局俺らは苫小牧まで行って買い物してから昼飯食ったりして、なにげにまったりしてから鈴木旅館へ戻ったのだった。
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