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仲イイ二人
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部屋の主はベッドの上で胡座かいて、丹生田が運ぶ紙類を選別してる。丹生田が「捨てるやつはこっちに入れろ」とか命令するのに「はーい」とか素直に従ってるのがむかつく。
なんだかなあ、丹生田に対しては素直なんだよコイツ。
そんなのにもちょいイラッとしつつ、せっせと服とかよけてたら床が見えてくる。こんだけ汚いと掃除もなにげに達成感あるな、なんて思いつつ、落ちてた一枚の絵ハガキを発見した。
拾い上げながら、つい「あ~コレいいなあ」なんて言っちまったのは、その写真がいかにも"夏"って感じだったからだ。
南の島かな? 青い海、広がる空、白い砂浜、スタイル抜群のビキニ美女の後ろ姿。
「ああ~、そこにあった?」
姉崎がのんきな声出してベッドの上で手を伸ばしてる。
「それに連絡先あったから探してたんだ」
ならちゃんとしとけよ、なんて思いつつハガキ渡しながら「つうか、ここどこ?」聞くと、「モルジブ」とか素っ気なく言って姉崎は、さっそくスマホにデータ乗っけてる。
「モルジブかあ。いいなあ、バカンスって感じで。おまえ行ったの?」
「いや、友達が行ったの」
言いながらはがきを捨てる袋に突っ込むのを見て、「捨てるんならくれよ!」思わず言ったが「ダメ」あっさり拒否された。
「友達の住所とか書いてあるから」
「ならそんな風に捨てないでシュレッダーにかけろ」
丹生田の冷静な声に「そっか」と呟いて、姉崎はハガキを適当くさく折りたたんで胸ポケットに入れた。そう言われたのをとりあえず入れてるらしく、胸ポケットはいびつに膨らんでる。
あのまんま洗濯とかしそうだな、と思ったが口には出さず、作業に戻る。
戻りつつ考えちまう。あのハガキ……
「良いなあ海。南の島、青い空、白い波。椰子の木…」
「おそらくここより暑いぞ」
丹生田の淡々とした指摘が入り、俺は「だーっ!」と声を上げた。
「いいんだよっ! そういうトコは暑くてもっ!」
「そういうもんか」
「そうだよっ!」
口動いてるけどちゃんと手も動く。
俺らって有能でまじめだから床が見え、デスク上もキレイになって、ベッドの上に紙の山が築かれ、いくつかの袋ができた。
「これは捨てるやつ。これが洗濯するやつ。んでこっちの袋はクリーニングに出すやつ」
ちゃんと分けた上に説明までしてやってるのに、姉崎は「え~」と不満げな顔だ。
「出してよ藤枝。最後までやろうよ」
「それくらい自分でやれよ」
「いけないなあ、そういうの。諦めた時が試合終了っていうじゃん」
「諦めてるのはおまえだろ」
「え、心外。僕って不屈の精神の持ち主だと思うけど」
「あ~あ~、ある意味そうだけど、少しは掃除しようって意欲を持てよ」
俺らがやり合ってるのをきれいに無視して、丹生田は掃除機を借りに行った。各階に数台掃除機があって、水場に置いてあるんだけど、それは勝手に使ってイイんだ。
「ていうか最後までやってよ」
「うっせ! それくらい自分でやれっつの!」
とか言いつつ俺はバケツに水入れてぞうきんを絞る。執行部室って簡易キッチンあるんだよな~。いいなあ。
コイツはこの部屋をゲットするために二年から執行部になったわけだ。その分ちゃんと働いてるんだろうな、と疑いの気分でベッド上を見る。
案の定、姉崎はやる気ない感じで紙をペラペラめくったりしてる。
「これってファイルとかするべきかなあ」
「とっとくんならやるべきなんじゃね?」
「でも頭に入ってるし」
「出典求められたとき困るだろ」
「う~ん」
簡易キッチンとかきれいになったデスクとか拭きつつ答えると、姉崎は超面倒くさそうに紙類を仕分け始めた。
てかアレじゃベッドで寝れなくなんだろな、とか思ってちょいニヤニヤしちまう。
丹生田が掃除機を持って戻ってきて、その後ろからヒョイと顔を出したのは理Ⅱの鈴木だ。
「おーっ、すげえ床見えてるじゃん」
地質オタクの鈴木は空気読まないけどいつもほんわかしてて、なんとなく癒やされるやつ。
ガーガー掃除機かけ始めた丹生田は無表情なんで「俺らが働いたんだよっ」ニカッと言うと、姉崎も「僕だって働いてるよ~」と手をヒラヒラさせた。
「嘘つけ! ベッドから動いてないだろっ」
つうかイイからその紙整理しろよ。寝るトコ無くなんぞ。とか思ってるのに手が止まったままの姉崎は「知的労働してるんだよ」とかカラッと嘘ついた。そこに淡々とした丹生田の声が被さる。
「労働ってレベルじゃない」
聞いた鈴木も「だよなあ、やるわけねえよなぁ」と軽く笑ってる。
「つか姉崎、こないだ頼んだ英訳」
「ああ、あれ……確かここに」
姉崎はパンツのポケットとか胸ポケットとかに指を突っ込んでごそごそやり始めた。当然、適当に突っ込んでた紙類があふれて、バラバラ落ちる。丹生田が黙って掃除機を切り、床に落ちたものを拾う。
「シュレッダーにかけるものと要るものを一緒にするな」
「うん、ありがと」
ポケットを探り続ける姉崎とベッドの上の紙を眺め、丹生田は低く呟いた。
「どうせ後で床に落として寝るのだろうな」
「やだなあ、やるよ、ちゃんと」
「……仕分けした後、ファイルするなら手伝ってやる」
「マジで?」
姉崎は嬉しそうに言って、「ちゃんとやるよ」とニコニコした。
仲良いつうか分かってる感出てる会話を聞きながら、ちょい落ちつつ床をざっと拭き掃除。俺は来たの初めてだけど、丹生田はちょいちょいココに来てるっぽいんだよな。なんかヤだな。つうかさすがに汗が出てきた。床ふきって仕事量多いから。
「あった、これこれ」
姉崎が突き出した紙を「サンキュ」と鈴木が受け取ると、さっき畳んだはがきが落ちた。床ふきを中断して、俺が拾う。やっぱり写真に目が釘付け。
行けるわけ無いよなあモルジブ、とか思いつつ、つい愚痴が出る。
「あ~あ、やっぱイイなあ、行きてーなー、海」
「海? なんだよ、そんな話してたの?」
「いや、藤枝が言ってただけ」
鈴木が問うと姉崎が紙を仕分けしながらぼそぼそ答えた。丹生田にちゃんとやるとか言ってたわりにやっぱ面倒そうだ。やっぱイラッとするなあコイツ。
いや! と頭を切り換える。そうだ楽しいこと考えよう!
「だーって行きてえもん。夏なのにどっこも行ってねえしさー。海いいじゃん? 山でもいいけど。はぁー、モルジブ良いなあ、南の島」
つい愚痴っぽくなりつつはがきをベッドに放り、床ふきに戻った。
夏休み、なんで帰省しねえの? とか聞かれたら「いつでも帰れるからだ」つってる。
全くの嘘じゃない。事実、俺の実家は近いしね。都内じゃ無いけどなんなら通える距離だもん。
けど本当の理由は丹生田が残ってるからなんだ。
丹生田の実家は今、みんなアメリカに行ってるんで帰省しないって聞いたからさ、なんとなく残ったんだ。だってなんか寂しそうじゃん? くそ暑い寮の部屋で一人になるとかさ。
でも夏らしいこともしたい。海とか山とか。
だって十九歳の夏はこれっきりなのにさ。
どこでもいいから丹生田と一緒に行きたいなあ。すんごく楽しいだろうなあ。
床ふきしながら、思わずため息が出た。
「……それにするか」
捨てる紙をまとめながら、丹生田が淡々と言った。「それって?」と姉崎が聞く。
「報酬だ」
「この掃除の?」
やる気なさそうに姉崎が聞くと、丹生田が言う。
「海に行こう。山でも良い。そうだな、藤枝」
「えっ」
俺? なんで? 思わず顔あげて丹生田を見ると、ちょい目を細めてる。分かりにくいけど、コレは丹生田の笑顔だ。
おお、と簡単に癒やされる俺。
「ベストはモルジブだ、スポンサー姉崎」
「はぁ? なにそれ」
「報酬に文句は言わないんだろう」
「限度ってモンがあるだろ。モルジブだって?」
姉崎の声が低くなった。これが危険信号だってことはみんな知ってる。こいつたいていヘラヘラ笑ってるけど、マジになると結構怖い。
「おまえに拒否権は無い」
けど丹生田の声の調子は変わらない。こいつはいつもそう。怒ってようが泣きそうだろうが嬉しかろうが、顔にも声にもほとんど出ないんだ。
「……それってどうなんだろうね? この労働量に見合ってるとは思えないんだけど?」
「俺は拒否権が無いと言った。おまえは否定しなかった」
「ふうん?」
姉崎の低い声が続き、俺はビビりながら二人を交互に見る。
うーあ、顔に出てないから気づかなかったけど、丹生田もイライラしてたんだー、とか思いつつ俺はびびる。
空気が冷え込んでるっつうか、めっちゃやばい雰囲気だよ?
百八十センチ、妙に力と迫力ある姉崎が冷めた目で見つめる先に、百九十超でがっしりの剣道部、無表情の丹生田。
俺もタッパだけはあるけど色々人並みだもんっ! 二人が喧嘩したら、ぜってー俺じゃ止めらんねえよっ!
「南の島かあ。いいな」
そこに聞こえた飄々とした声、空気を読まない鈴木に救いを見いだし、俺は必死に声を合わせる。
「いいだろっ? 夢あるよなっ」
うん、とうなずいた鈴木がニカッと笑って「南じゃ無いけどおまえら、俺んち来る気ある?」と続けた。
俺はバッと立ち上がり、両手を拳にして「あるあるっ!」と叫ぶ。もうなんでもいいっ、て感じで言ったけど、ハッと気づいて俺も目が輝いた。
「つうかお前んちって北海道だろ? いいじゃん夏の北海道!」
「だろ? 実家が避暑地なの」
鈴木は二人の緊張なんて全く気にして無くて、いつも通り、のほほんとした感じ。
「近くに海水浴場あるし、山歩きもできる」
俺もつかのま忘れて「さいこー!!」とか言いながら雑巾片手にちょい踊る。
「湖もあるし、温泉だし」
「マジでっ!! おまえんちに温泉あんの?」
「俺んち旅館なんだよ」
「えーっ、マジかよー?」
鈴木はのんびりと「マジだよー」と答えた。俺は「すげえっ」と笑う。
うっわー愉快になってきたっ。
「じみーなトコだけどね。そんでもいいならさ、交通費そっちもちでうちに泊まらせてやれるけど。どうだい二人とも」
鈴木はあくまでほんわかした声でにこにこだ。姉崎も丹生田も、気の抜けたような顔になってる。なんかおかしくなって、俺はゲラゲラ笑った。
「ははっ、行こうよ北海道! モルジブよりむしろ楽しそうだぜっ!」
笑っちゃいながら丹生田の肩をバンバン叩く。丹生田は相変わらず表情変わんねえけど、怒ってもいない感じで呟いた。
「……藤枝が良いなら、俺はかまわない」
姉崎もへらっと笑いつつ言う。
「僕は要求を受け止めるだけだ。異存ないよ」
さっきその要求を受け止めかねたくせに、とかちょい思ったけど、それより楽しい気分が勝ってる。
「じゃあ行こうぜっ!! 鈴木んちってどんなだか興味ねえ?」
はしゃいだ声で言うと、二人ともそれぞれ違う顔だけど頷いた。
「じゃあ、決まりだね。親に言っておくよ」
「やったー!」
思わずはしゃいじまいながら、この空気読まない性格が生まれた環境について、どんな親がこういう性格を作ったんだ、と本人の目の前で問題提起した俺をよそに、
「ねえ、鈴木?」
姉崎は笑みを深めながら言った。
「交通費がナンとか言ってたけど、他にも提供すべき情報があるんじゃない?」
なんだかなあ、丹生田に対しては素直なんだよコイツ。
そんなのにもちょいイラッとしつつ、せっせと服とかよけてたら床が見えてくる。こんだけ汚いと掃除もなにげに達成感あるな、なんて思いつつ、落ちてた一枚の絵ハガキを発見した。
拾い上げながら、つい「あ~コレいいなあ」なんて言っちまったのは、その写真がいかにも"夏"って感じだったからだ。
南の島かな? 青い海、広がる空、白い砂浜、スタイル抜群のビキニ美女の後ろ姿。
「ああ~、そこにあった?」
姉崎がのんきな声出してベッドの上で手を伸ばしてる。
「それに連絡先あったから探してたんだ」
ならちゃんとしとけよ、なんて思いつつハガキ渡しながら「つうか、ここどこ?」聞くと、「モルジブ」とか素っ気なく言って姉崎は、さっそくスマホにデータ乗っけてる。
「モルジブかあ。いいなあ、バカンスって感じで。おまえ行ったの?」
「いや、友達が行ったの」
言いながらはがきを捨てる袋に突っ込むのを見て、「捨てるんならくれよ!」思わず言ったが「ダメ」あっさり拒否された。
「友達の住所とか書いてあるから」
「ならそんな風に捨てないでシュレッダーにかけろ」
丹生田の冷静な声に「そっか」と呟いて、姉崎はハガキを適当くさく折りたたんで胸ポケットに入れた。そう言われたのをとりあえず入れてるらしく、胸ポケットはいびつに膨らんでる。
あのまんま洗濯とかしそうだな、と思ったが口には出さず、作業に戻る。
戻りつつ考えちまう。あのハガキ……
「良いなあ海。南の島、青い空、白い波。椰子の木…」
「おそらくここより暑いぞ」
丹生田の淡々とした指摘が入り、俺は「だーっ!」と声を上げた。
「いいんだよっ! そういうトコは暑くてもっ!」
「そういうもんか」
「そうだよっ!」
口動いてるけどちゃんと手も動く。
俺らって有能でまじめだから床が見え、デスク上もキレイになって、ベッドの上に紙の山が築かれ、いくつかの袋ができた。
「これは捨てるやつ。これが洗濯するやつ。んでこっちの袋はクリーニングに出すやつ」
ちゃんと分けた上に説明までしてやってるのに、姉崎は「え~」と不満げな顔だ。
「出してよ藤枝。最後までやろうよ」
「それくらい自分でやれよ」
「いけないなあ、そういうの。諦めた時が試合終了っていうじゃん」
「諦めてるのはおまえだろ」
「え、心外。僕って不屈の精神の持ち主だと思うけど」
「あ~あ~、ある意味そうだけど、少しは掃除しようって意欲を持てよ」
俺らがやり合ってるのをきれいに無視して、丹生田は掃除機を借りに行った。各階に数台掃除機があって、水場に置いてあるんだけど、それは勝手に使ってイイんだ。
「ていうか最後までやってよ」
「うっせ! それくらい自分でやれっつの!」
とか言いつつ俺はバケツに水入れてぞうきんを絞る。執行部室って簡易キッチンあるんだよな~。いいなあ。
コイツはこの部屋をゲットするために二年から執行部になったわけだ。その分ちゃんと働いてるんだろうな、と疑いの気分でベッド上を見る。
案の定、姉崎はやる気ない感じで紙をペラペラめくったりしてる。
「これってファイルとかするべきかなあ」
「とっとくんならやるべきなんじゃね?」
「でも頭に入ってるし」
「出典求められたとき困るだろ」
「う~ん」
簡易キッチンとかきれいになったデスクとか拭きつつ答えると、姉崎は超面倒くさそうに紙類を仕分け始めた。
てかアレじゃベッドで寝れなくなんだろな、とか思ってちょいニヤニヤしちまう。
丹生田が掃除機を持って戻ってきて、その後ろからヒョイと顔を出したのは理Ⅱの鈴木だ。
「おーっ、すげえ床見えてるじゃん」
地質オタクの鈴木は空気読まないけどいつもほんわかしてて、なんとなく癒やされるやつ。
ガーガー掃除機かけ始めた丹生田は無表情なんで「俺らが働いたんだよっ」ニカッと言うと、姉崎も「僕だって働いてるよ~」と手をヒラヒラさせた。
「嘘つけ! ベッドから動いてないだろっ」
つうかイイからその紙整理しろよ。寝るトコ無くなんぞ。とか思ってるのに手が止まったままの姉崎は「知的労働してるんだよ」とかカラッと嘘ついた。そこに淡々とした丹生田の声が被さる。
「労働ってレベルじゃない」
聞いた鈴木も「だよなあ、やるわけねえよなぁ」と軽く笑ってる。
「つか姉崎、こないだ頼んだ英訳」
「ああ、あれ……確かここに」
姉崎はパンツのポケットとか胸ポケットとかに指を突っ込んでごそごそやり始めた。当然、適当に突っ込んでた紙類があふれて、バラバラ落ちる。丹生田が黙って掃除機を切り、床に落ちたものを拾う。
「シュレッダーにかけるものと要るものを一緒にするな」
「うん、ありがと」
ポケットを探り続ける姉崎とベッドの上の紙を眺め、丹生田は低く呟いた。
「どうせ後で床に落として寝るのだろうな」
「やだなあ、やるよ、ちゃんと」
「……仕分けした後、ファイルするなら手伝ってやる」
「マジで?」
姉崎は嬉しそうに言って、「ちゃんとやるよ」とニコニコした。
仲良いつうか分かってる感出てる会話を聞きながら、ちょい落ちつつ床をざっと拭き掃除。俺は来たの初めてだけど、丹生田はちょいちょいココに来てるっぽいんだよな。なんかヤだな。つうかさすがに汗が出てきた。床ふきって仕事量多いから。
「あった、これこれ」
姉崎が突き出した紙を「サンキュ」と鈴木が受け取ると、さっき畳んだはがきが落ちた。床ふきを中断して、俺が拾う。やっぱり写真に目が釘付け。
行けるわけ無いよなあモルジブ、とか思いつつ、つい愚痴が出る。
「あ~あ、やっぱイイなあ、行きてーなー、海」
「海? なんだよ、そんな話してたの?」
「いや、藤枝が言ってただけ」
鈴木が問うと姉崎が紙を仕分けしながらぼそぼそ答えた。丹生田にちゃんとやるとか言ってたわりにやっぱ面倒そうだ。やっぱイラッとするなあコイツ。
いや! と頭を切り換える。そうだ楽しいこと考えよう!
「だーって行きてえもん。夏なのにどっこも行ってねえしさー。海いいじゃん? 山でもいいけど。はぁー、モルジブ良いなあ、南の島」
つい愚痴っぽくなりつつはがきをベッドに放り、床ふきに戻った。
夏休み、なんで帰省しねえの? とか聞かれたら「いつでも帰れるからだ」つってる。
全くの嘘じゃない。事実、俺の実家は近いしね。都内じゃ無いけどなんなら通える距離だもん。
けど本当の理由は丹生田が残ってるからなんだ。
丹生田の実家は今、みんなアメリカに行ってるんで帰省しないって聞いたからさ、なんとなく残ったんだ。だってなんか寂しそうじゃん? くそ暑い寮の部屋で一人になるとかさ。
でも夏らしいこともしたい。海とか山とか。
だって十九歳の夏はこれっきりなのにさ。
どこでもいいから丹生田と一緒に行きたいなあ。すんごく楽しいだろうなあ。
床ふきしながら、思わずため息が出た。
「……それにするか」
捨てる紙をまとめながら、丹生田が淡々と言った。「それって?」と姉崎が聞く。
「報酬だ」
「この掃除の?」
やる気なさそうに姉崎が聞くと、丹生田が言う。
「海に行こう。山でも良い。そうだな、藤枝」
「えっ」
俺? なんで? 思わず顔あげて丹生田を見ると、ちょい目を細めてる。分かりにくいけど、コレは丹生田の笑顔だ。
おお、と簡単に癒やされる俺。
「ベストはモルジブだ、スポンサー姉崎」
「はぁ? なにそれ」
「報酬に文句は言わないんだろう」
「限度ってモンがあるだろ。モルジブだって?」
姉崎の声が低くなった。これが危険信号だってことはみんな知ってる。こいつたいていヘラヘラ笑ってるけど、マジになると結構怖い。
「おまえに拒否権は無い」
けど丹生田の声の調子は変わらない。こいつはいつもそう。怒ってようが泣きそうだろうが嬉しかろうが、顔にも声にもほとんど出ないんだ。
「……それってどうなんだろうね? この労働量に見合ってるとは思えないんだけど?」
「俺は拒否権が無いと言った。おまえは否定しなかった」
「ふうん?」
姉崎の低い声が続き、俺はビビりながら二人を交互に見る。
うーあ、顔に出てないから気づかなかったけど、丹生田もイライラしてたんだー、とか思いつつ俺はびびる。
空気が冷え込んでるっつうか、めっちゃやばい雰囲気だよ?
百八十センチ、妙に力と迫力ある姉崎が冷めた目で見つめる先に、百九十超でがっしりの剣道部、無表情の丹生田。
俺もタッパだけはあるけど色々人並みだもんっ! 二人が喧嘩したら、ぜってー俺じゃ止めらんねえよっ!
「南の島かあ。いいな」
そこに聞こえた飄々とした声、空気を読まない鈴木に救いを見いだし、俺は必死に声を合わせる。
「いいだろっ? 夢あるよなっ」
うん、とうなずいた鈴木がニカッと笑って「南じゃ無いけどおまえら、俺んち来る気ある?」と続けた。
俺はバッと立ち上がり、両手を拳にして「あるあるっ!」と叫ぶ。もうなんでもいいっ、て感じで言ったけど、ハッと気づいて俺も目が輝いた。
「つうかお前んちって北海道だろ? いいじゃん夏の北海道!」
「だろ? 実家が避暑地なの」
鈴木は二人の緊張なんて全く気にして無くて、いつも通り、のほほんとした感じ。
「近くに海水浴場あるし、山歩きもできる」
俺もつかのま忘れて「さいこー!!」とか言いながら雑巾片手にちょい踊る。
「湖もあるし、温泉だし」
「マジでっ!! おまえんちに温泉あんの?」
「俺んち旅館なんだよ」
「えーっ、マジかよー?」
鈴木はのんびりと「マジだよー」と答えた。俺は「すげえっ」と笑う。
うっわー愉快になってきたっ。
「じみーなトコだけどね。そんでもいいならさ、交通費そっちもちでうちに泊まらせてやれるけど。どうだい二人とも」
鈴木はあくまでほんわかした声でにこにこだ。姉崎も丹生田も、気の抜けたような顔になってる。なんかおかしくなって、俺はゲラゲラ笑った。
「ははっ、行こうよ北海道! モルジブよりむしろ楽しそうだぜっ!」
笑っちゃいながら丹生田の肩をバンバン叩く。丹生田は相変わらず表情変わんねえけど、怒ってもいない感じで呟いた。
「……藤枝が良いなら、俺はかまわない」
姉崎もへらっと笑いつつ言う。
「僕は要求を受け止めるだけだ。異存ないよ」
さっきその要求を受け止めかねたくせに、とかちょい思ったけど、それより楽しい気分が勝ってる。
「じゃあ行こうぜっ!! 鈴木んちってどんなだか興味ねえ?」
はしゃいだ声で言うと、二人ともそれぞれ違う顔だけど頷いた。
「じゃあ、決まりだね。親に言っておくよ」
「やったー!」
思わずはしゃいじまいながら、この空気読まない性格が生まれた環境について、どんな親がこういう性格を作ったんだ、と本人の目の前で問題提起した俺をよそに、
「ねえ、鈴木?」
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