藤枝拓海十九才、ぐだぐだな夏

紅と碧湖

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やなやつ

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「なにがまた・・だっ!」
 俺の天敵、姉崎は、長身できれいな顔したメガネ男だ。
 なにかっつうとかまってきて、俺と丹生田の貴重な時間を邪魔しやがる。
「え~、自覚なし? やばいよソレ」
 むっかー! とか来て立ち上がる。タライからバシャッと水あふれたっぽいが、気にするかそんなのっ!
 姉崎のシャツをつかもうとのばした手首を逆に捕まれてイラッとする。
「つうか離せ、この裏切り者っ!!」
 つまり姉崎はこの寮で唯一のエアコン部屋の住人なのだ。
「え~、人聞き悪いなあ。逆恨みなんじゃないの?」
「ふっざけんなっ!!」
 一年の時、姉崎は「自治会なんてやらない」つってたんだ。なのにいつのまにかちゃっかり執行部に収まりやがってた!
 そんで、してやったりな感じで言いやがったんだ!
「熱中症とかまずいし、テストケースもうけて設置コストや技術的な問題、ランニングコストも含め、実際に確認した上でエアコン設置の是非及び設置範囲を決めようよ」
 なんつって笑いながら、とりあえず自腹でやってみるよ、と自分の役員室にエアコンを設置しやがった。
「なんで? ズルイだろ?」
 とか言ったんだけど、施設部長の大田原さんまで巻き込んでやがって、費用はぜんぶ姉崎が持った上『どこに設置するか、出資者に決定権があるの当然だよね』とかヘラヘラしやがってて! 施設部じゃ設置ノウハウとランニングコストのデータ蓄積できるって喜んでるから文句言えねえ!
 つまりみんながうだる暑さに耐えてる中、コイツ一人だけのうのうと快適に生活してやがるのだ! 腹立つだろっ、普通にっ!
 そんなこんなで姉崎がエアコン設置したのは夏前だったけど、俺はこの暑さで怒りを再燃させていた。
 だって去年の今時期、コイツは暑さに音を上げて一夏ひとなつホテル暮らししてたんだぞ? そんで「藤枝もおいでよ」なんつってホテルに呼びつけて、寮は暑いから行きたくないという理由で俺を使った。アレ持って来いついでにアレもとかって。
 まあ丹生田いなかったし実家たるかったしホテルの部屋は広くて涼しくて快適だったし、ホテルメシうまかったしプールとか入り放題だったし。
 なんで俺もズルズル居座ってたんだけど。
 でもこいつ、ホテルで変な真似してきやがった! キ、キスとかしやがった! しかも……めっちゃキス上手かった…………。なんか色々腹立つ!
 だから諸々含めて言ってやった!
「ばーかっ!」
「うーわ、小学生レベル?」
 フッとか鼻で笑いやがって、いつも通り馬鹿にしてる感じで、さらに腹立つ!
「うるさいうるさい、寄るなばかっ、ばーかばーか!!」
 パタパタうちわ仰ぎながら、飛沫飛ばして蹴り入れたが、サラッとよけやがって!
「くっそ! 避けんじゃねえバカッ!」
「……藤枝、さすがに聞いてて辛いぞ」
 うんざりしたような呟きにハッと汗が引く。見ると丹生田が苦笑いしてた。え、マズった?
「ほんとだよね~」
 乗っかった姉崎にイラッとする。ニコニコ丹生田と目を合わせてるのにも腹立つ。丹生田はいつもの無表情だけど、なぜかこの二人微妙に仲良いのも腹立つッ!!
「う~~~っ」
 唸る俺にかまわず、姉崎は氷の浮いた金ダライを見て、わざとらしく眉をひそめた。
「実にプリミティブに涼を求めてるわけだね」
 ため息混じりに言い、何度も小さく頷くのまでわざとらしくてイライラするっ!
「うっせ! トラディッショナルな伝統だっ!」
「重複してないソレ? “tradition”イコール“伝統”でしょ」
「ほっとけよっ!!」
「ほっといてもいいけど、君ら僕の部屋で涼しく過ごす気はないかな」
 ことさらニッコリと笑う顔と朗らかな語調。自動的にちょい冷静さを取り戻し、俺は声を低めた。
「……なに企んでんだよ」
 こんな風に言い始めたコイツに、気づいたら思い通りに動かされてたってコトが何度かあった。その経験が、警戒心を刺激したのだ。
「いやあ、部屋の掃除をお願いできないかと思って」
「はあ?」
 思わず声を上げると、丹生田が深い溜息をついた。
「相変わらず掃除してないのか」
「ていうか夏休みで掃除担当が帰省しちゃってさ」 
 朗らかで一片も恥じらい無い口調と、一見爽やかな笑顔。もはや警戒心しか湧かない。
 俺はうちわをパタパタやりながら「掃除担当ってなんだよ」胡乱うろんな目つきを向ける。
「一年生にいるんだよ、僕の部屋の掃除担当が。あ、強制したわけじゃ無いよ? 志願してきたから、僕はソレを受け入れただけ」
「なんだソレ」
「知らな~い。奇特な人もいるもんだよね~」
 ヘラヘラ笑ってるけど、そんなもん信用できるわけねーだろ。
「……掃除か」
 ぼそりと丹生田が呟いた。
「やってもいい」
「えっ」
「へえ、ラッキー」
 俺も姉崎も意外な声を出したけど、丹生田はあくまで淡々とした顔で腕組みした。毛臑丸出しでたらいに突っ込んでるけど、かっけー。
「ただし程度によって報酬が変わる。なんであろうと要求を呑むなら」
「あ、報酬を要求する? 僕らの間にあるべき無償労働も喜んでやります的な熱い友情とか」
「そんなものは無い」
 むべ無い答えにククッと笑って、姉崎は両手を肩の高さに上げ、降参のポーズをした。
「OK、了承する。何でも要求してくれていいよ」
 丹生田がむっつりと頷いたので、俺もしぶしぶ矛を収めた。
 なぜかこの二人って争いにならないんだよな。なんでだろう。喧嘩なんてしない方が良いから別にイイんだけど。
 まあともかく、掃除しに行くなら、まずは金ダライの始末しないと。


 けっこう広い部屋に一歩足を踏み入れると、スウッと汗が引いていく。
 姉崎の部屋、二階の執行部室は、フツーの部屋の倍の広さあるし簡易キッチンあるし冷蔵庫も置いてある。そんでエアコンあるから、やっぱ涼しい。……が。
「……掃除担当っていつから来てねえの?」
 脱いだTシャツそこらに放って着がえてる姉崎に聞いてみた。
「ん? 確か七月の二十五日……あたりに帰省したから……」
「はあ? たった十日かそこらでコンナんなったのかよっ! どういう生活してんだっ!」
 服と紙が部屋中に散乱して、所々で積み上がって倒れそうになってたり、通販らしい箱や袋があちこちに積んであったりする合間を埋めるようにコンビニ袋やビールの空き缶なんかが転がってて、足の踏み場も無い。
 デスクの上に紙類とかファイルとか積み上がって崩壊寸前の大阪城みたいになってるし、各部屋に設置してあるクローゼットというかロッカー的な収納はドアも引き出しも開けっ放しで、そっから漏れ無く高そうな服が垂れ下がってる。
 かろうじて無事なのはベッドの上だけだ。
 帰省する前にゴミをココに運んでるヤツとか居たとしても驚かない。いやぜってー居るに違いない。そんくらいの惨状だ。
「なにいきなり怒って。僕って集中クセあって、色々見えなくなるからね。ゴミ落ちたとか、そんな些細なこと気にしないよ?」
 些細なゴミどこじゃねえ、三人部屋の倍はあるのに、まるでゴミ溜め。
「食いもんが無いだけマシか」
 ため息混じりに丹生田は言った。まあ確かに食い散らかしたナマモノは見えない。コイツの部屋は涼しいから酒盛りの場所になりがちなはずなんだけど。
「ここで酒飲んだりしねーの?」
 姉崎はヘラッと言った。
「掃除してくれるなら良いよ~って言ってるんだけどね。なぜかちょっと涼んで帰っちゃうんだよ」
「あったりまえだろっ!」
 朗らかな声にイラッとしつつ納得する。飲みの前に掃除って、なんのタスクだって話で。俺だったらドア開けた瞬間に回れ右するわ。
 とか思いつつ、丹生田の眉間には深い皺ができてるのが見えた。
 丹生田って超きれい好きなんだよ。怒ったトコ、一回だけ見たんだけど、部屋散らかされてた時だったし。
 寮の部屋って基本鍵かかんねえんだけど、タメの連中が俺らの部屋来て騒いでったとき、丹生田は部屋にいなくて、片付けしてた俺見ていきなり、めちゃ低い声で
「誰の仕業だ」
 なんつって、犯人の部屋へ突進し「今すぐ部屋に来い! 片付けろ!」怒鳴りながら総勢三名引きずってきたという。
 んでもってコレってあの時の顔にかなり近い。激怒の寸前まで行く? じゃなくてもかなりイラッとしてるんじゃ?
 やべやべ、ダメじゃん、丹生田にこんな顔させちゃダメじゃん。
 だからポンと背中叩いて言った。
「あ~、てか丹生田、もういいからぜんぶ捨てちまおうぜ~」
 だが偉そうにベッドに寝転がって本を読んでる部屋の主がヘラヘラ言いやがる。
「資料打ち出したのとかアイディア書いたのあるから、それ捨てないでね~」
「……面倒だな」
 眉間に皺寄せたままの丹生田がぼそり呟くと、姉崎は片手を上げて「OK了解」とニコニコした。
「報酬はなんでも……」
「つうか自分で選別しろよ」
 かぶり気味に言ってやったのに、寝転がったまま手をひらひらさせやがる。
「持ってきてくれたら選ぶよ」
「何様だっ!!」
「出資者様」
「拒否権のない出資者だ。せいぜいたからせてもらう」
 眉間に深い皺刻みつつ、低く響く丹生田の声に、「仰せのままに」と大仰な口調で返した姉崎は、寝っ転がったままクスクス笑ってる。
 といっても丹生田はやるとなったらきっちりやる男だ。そこがまた良いんだよな~。惚れ惚れしながら俺もせっせと働く。
 缶だのゴミだのを拾い集め、紙を姉崎の寝っ転がるベッドへ運ぶのが丹生田、服とかは俺、と自然に役割が決まった。紙を拾い集めたり崩れそうな大阪城をケアしながら判別なんて作業は俺が向いてないし、丹生田は服ひとまとめにして全部捨てそうだし。
 そうそう丹生田ってファッションとか全く興味ないけどガタイ良いから何着てもかっこいいんだよ。
 なんてこと考えながら黙々と作業する。なんだかんだ言ってエアコンが効いてるから楽だ。
 コイツの服って無駄に高級っぽいけど、知るかそんなの、って感じでゴミ袋に詰め込んでく。
「てか十日程度で服とかこんだけ散らかすのってなんで? わざとか? イジメか?」
「だってちょっと部屋出ても汗かくし、気持ち悪いからすぐ着がえるんだよ」
 そんで着る物足りなくなりそうだと思って、行きつけの店に連絡して適当に服を送らせた、とか。
「それやってたら思ったより早く減ったからさあ、何回も送らせたんだよね」
「洗濯しろよアホ」
「あそこも暑いじゃない。行きたくないなあって」
 はあ? とか思ったけど、なんだかんだ気分は良くなってる。
 だって姉崎って、勉強出来てスポーツ万能っぽくて、見た目イケてて金持ちで、ケンカつえーし執行部に入るくらい認められてるし。つまりいつもナンでも出来る感出しまくってて、コッチ馬鹿にしてるんだよね。なのにコレってもう人として基本的なトコ抜けてるんじゃねーの?
 こ~んなダメダメなん目の辺りにして、俺も単純だけど、ちょい気分あがってたりして。
 なんで武士の情けで高そうな服はクリーニング行きにするよう仕分けして、ロッカーに服を掛けたりしまったりもしてやった。
 そんで着がえ用に取り寄せたのは「全部捨ててイイ」らしいから、捨てるのも大量にある。
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