郷土料理女子は蝦夷神様をつなぎたい

松藤かるり

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Ep4.最後の晩餐、キンキの晩餐、シメの雑炊

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***

 住宅街にぱたぱたと間抜けな足音が響く。少し外に出るだけだからと実家に置いていたビーチサンダルをつっかけて出てきたのはいいが季節外れすぎる。裸足では寒く、その上歩きづらい。
 実家玄関の前でアオイが座り込んでいた。戻ってきた咲空に気づき、手をひらひらと振っている。

「サクラちゃん、お疲れ様」
「もしかして、私が戻るの待っていました?」

 アオイは頷くも、座り込んだままで立ち上がろうとしない。どうやらまだ家に入る気分ではないらしかった。
 それは咲空も助かる。もう少しこの夜に浸っていたいところだ。アオイの隣に座って、空を見上げる。

「別に見送りに行かなくてもよかったのに。律儀ですねぇ」
「そうもいきません。私はお弁当を作ることしかしてませんから。もう少し何かできればよかったんですが……」
「いいんです。ここからは神様の仕事。サクラちゃんが想いを繋いだからみんなが手を貸してくれた。あと人間にできることは見守ることだけです」
「本当はちゃんとお見送りして、みんなを応援したかったんですが……瞬きしている間に消えちゃいましたけど」
「ははっ。そんなもんだろうねえ」

 雷神様の弁当を持った玖琉たちが出発するというので、咲空は見送りに行ってきた。蝦夷神様ご一行がどこへ行くのかとついていけば、行先は近所の公園である。夜だから一目につかず丁度いいと笑って、そうして瞬き一つの間に消えてしまったのだ。見送りと言っていいのかも怪しい。

 こうして、人間世界に残っているのはアオイだけだ。呑気に空を見上げる横顔に訊く。

「アオイさんは行かなくてよかったんですか?」
「僕は夏狐。唆して誑かす悪心と善心を持つ狐なので、雷神は僕の話なんて聞かないよ――最も会いにいったところで、宝剣から逃走経験のある僕は叱られるだけ。最悪封印です」
「……なるほど」
「それに僕がカムイモシリに戻れば、サクラちゃんを守る者がいなくなっちゃいます」

 アオイはいつも咲空を守ると宣言し、危機に陥っても守ってくれた。ふわふわとした掴みどころのない男のようで、根は優しい。改めてお礼を告げたい気持ちになり、咲空は頭を下げる。

「いつも守ってくれて、ありがとうございます、アオイさん」
「そりゃ大事な従業員だからね。サクラちゃんのおかげでソラヤも順調。今回はどうなるかと思いましたが」
「今回は色々なことが起きましたね」
「英雄神に雷神、サクラちゃんのお父さんは怪我――雷神はまだ解決していないけれど、英雄神に海神が揃っているのだから大丈夫でしょう。何とか丸く収まりそうでよかったです」

 目を閉じてこれまでのことを思い返す。命の危機かと思われる場面は何度もあったし、自由奔放なアオイや謎に満ちた蝦夷神様に振り回されてばかりだった。しかし、それによって得たものがある。

「……ソラヤで働いて気づいたんですが、私、北海道が好きみたいです」

 この大地が、好きだ。
 あれほど上京したいと思っていた気持ちが、今はない。むしろもっと北海道のことを知りたくてたまらない。

「そう言ってくれると嬉しいですね」
「もっといろんな北海道を知りたいって思います」

 アオイは頷き、「僕もだよ」と静かに言った。
 見上げた空は澄んでいて、星が輝いている。カムイモシリがどこにあるのかはわからない。空は繋がっているのか同じ星が見えているのかもわからないが、どこかに玖琉たちがいればいいと思う。願わくば説得がうまくいきますように。

「玖琉はいつ戻れるかわからないって言ってました」
「玖琉も、僕と同じようにもっと人間のふりをしていたかったと思います。人間に擬態して過ごすのは楽しくて病みつきになっちゃいますから。雷神を説得するのにどれほど時間がかかるか僕にもわかりませんが、いつか戻ってくるでしょう」
「山田さんとか井上さんたちも擬態したままですもんね」
「神様ってのは気まぐれなんですよ。時代が神を求めていないなら、逆らわず流れに従えばいいのに、寂しくなって拗ねてみたりする」
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