郷土料理女子は蝦夷神様をつなぎたい

松藤かるり

文字の大きさ
上 下
83 / 85
Ep4.最後の晩餐、キンキの晩餐、シメの雑炊

4-21

しおりを挟む
***

 住宅街にぱたぱたと間抜けな足音が響く。少し外に出るだけだからと実家に置いていたビーチサンダルをつっかけて出てきたのはいいが季節外れすぎる。裸足では寒く、その上歩きづらい。
 実家玄関の前でアオイが座り込んでいた。戻ってきた咲空に気づき、手をひらひらと振っている。

「サクラちゃん、お疲れ様」
「もしかして、私が戻るの待っていました?」

 アオイは頷くも、座り込んだままで立ち上がろうとしない。どうやらまだ家に入る気分ではないらしかった。
 それは咲空も助かる。もう少しこの夜に浸っていたいところだ。アオイの隣に座って、空を見上げる。

「別に見送りに行かなくてもよかったのに。律儀ですねぇ」
「そうもいきません。私はお弁当を作ることしかしてませんから。もう少し何かできればよかったんですが……」
「いいんです。ここからは神様の仕事。サクラちゃんが想いを繋いだからみんなが手を貸してくれた。あと人間にできることは見守ることだけです」
「本当はちゃんとお見送りして、みんなを応援したかったんですが……瞬きしている間に消えちゃいましたけど」
「ははっ。そんなもんだろうねえ」

 雷神様の弁当を持った玖琉たちが出発するというので、咲空は見送りに行ってきた。蝦夷神様ご一行がどこへ行くのかとついていけば、行先は近所の公園である。夜だから一目につかず丁度いいと笑って、そうして瞬き一つの間に消えてしまったのだ。見送りと言っていいのかも怪しい。

 こうして、人間世界に残っているのはアオイだけだ。呑気に空を見上げる横顔に訊く。

「アオイさんは行かなくてよかったんですか?」
「僕は夏狐。唆して誑かす悪心と善心を持つ狐なので、雷神は僕の話なんて聞かないよ――最も会いにいったところで、宝剣から逃走経験のある僕は叱られるだけ。最悪封印です」
「……なるほど」
「それに僕がカムイモシリに戻れば、サクラちゃんを守る者がいなくなっちゃいます」

 アオイはいつも咲空を守ると宣言し、危機に陥っても守ってくれた。ふわふわとした掴みどころのない男のようで、根は優しい。改めてお礼を告げたい気持ちになり、咲空は頭を下げる。

「いつも守ってくれて、ありがとうございます、アオイさん」
「そりゃ大事な従業員だからね。サクラちゃんのおかげでソラヤも順調。今回はどうなるかと思いましたが」
「今回は色々なことが起きましたね」
「英雄神に雷神、サクラちゃんのお父さんは怪我――雷神はまだ解決していないけれど、英雄神に海神が揃っているのだから大丈夫でしょう。何とか丸く収まりそうでよかったです」

 目を閉じてこれまでのことを思い返す。命の危機かと思われる場面は何度もあったし、自由奔放なアオイや謎に満ちた蝦夷神様に振り回されてばかりだった。しかし、それによって得たものがある。

「……ソラヤで働いて気づいたんですが、私、北海道が好きみたいです」

 この大地が、好きだ。
 あれほど上京したいと思っていた気持ちが、今はない。むしろもっと北海道のことを知りたくてたまらない。

「そう言ってくれると嬉しいですね」
「もっといろんな北海道を知りたいって思います」

 アオイは頷き、「僕もだよ」と静かに言った。
 見上げた空は澄んでいて、星が輝いている。カムイモシリがどこにあるのかはわからない。空は繋がっているのか同じ星が見えているのかもわからないが、どこかに玖琉たちがいればいいと思う。願わくば説得がうまくいきますように。

「玖琉はいつ戻れるかわからないって言ってました」
「玖琉も、僕と同じようにもっと人間のふりをしていたかったと思います。人間に擬態して過ごすのは楽しくて病みつきになっちゃいますから。雷神を説得するのにどれほど時間がかかるか僕にもわかりませんが、いつか戻ってくるでしょう」
「山田さんとか井上さんたちも擬態したままですもんね」
「神様ってのは気まぐれなんですよ。時代が神を求めていないなら、逆らわず流れに従えばいいのに、寂しくなって拗ねてみたりする」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷

河野美姫
キャラ文芸
古都・金沢、加賀百万石の城下町のお茶屋街で巡り会う、不思議なご縁。 雨の神様がもてなす甘味処。 祖母を亡くしたばかりの大学生のひかりは、ひとりで金沢にある祖母の家を訪れ、祖母と何度も足を運んだひがし茶屋街で銀髪の青年と出会う。 彼は、このひがし茶屋街に棲む神様で、自身が守る屋敷にやって来た者たちの傷ついた心を癒やしているのだと言う。 心の拠り所を失くしたばかりのひかりは、意図せずにその屋敷で過ごすことになってしまいーー? 神様と双子の狐の神使、そしてひとりの女子大生が紡ぐ、ひと夏の優しい物語。 アルファポリス 2021/12/22~2022/1/21 ※こちらの作品はノベマ!様・エブリスタ様でも公開中(完結済)です。 (2019年に書いた作品をブラッシュアップしています)

お昼寝カフェ【BAKU】へようこそ!~夢喰いバクと社畜は美少女アイドルの悪夢を見る~

保月ミヒル
キャラ文芸
人生諦め気味のアラサー営業マン・遠原昭博は、ある日不思議なお昼寝カフェに迷い混む。 迎えてくれたのは、眼鏡をかけた独特の雰囲気の青年――カフェの店長・夢見獏だった。 ゆるふわおっとりなその青年の正体は、なんと悪夢を食べる妖怪のバクだった。 昭博はひょんなことから夢見とダッグを組むことになり、客として来店した人気アイドルの悪夢の中に入ることに……!? 夢という誰にも見せない空間の中で、人々は悩み、試練に立ち向かい、成長する。 ハートフルサイコダイブコメディです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

煙みたいに残る Smoldering

梅室しば
キャラ文芸
【雨の高原。夏合宿に集まった剣道部員。ほの暗い体育館に謎の血痕が現れる。】 剣道有段者の兄の伝手を使って、潟杜大学剣道部の合宿に同伴した生物科学科の学生・佐倉川利玖。宿舎の近くにある貴重な生態系を有する名山・葦賦岳を散策する利玖の目論見は天候の悪化によって脆くも崩れ、付き添いで呼ばれた工学部の友人・熊野史岐と共にマネージャーの東御汐子をサポートするが、そんな中、稽古中の部員の足の裏に誰のものかわからない血痕が付着するという奇妙な現象が発生した──。 ※本作はホームページ及び「pixiv」「カクヨム」「小説家になろう」「エブリスタ」にも掲載しています。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...