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Ep4.最後の晩餐、キンキの晩餐、シメの雑炊

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「わーい、お酒だお酒。僕も飲みたかったんですよねぇ」
「アオイさんは飲まない方が……」
「せっかくサクラちゃんのお父さんが誘ってくれたんだから、ここは飲まなきゃ。僕はビールがいいでーす」
「だめですってば!」

 何とかアオイを止めなければと焦る咲空に対し、玖琉は平然としている。それどころか。

「飲ませればいいだろ。その方がアオイも静かになる」
「静かってより寝落ちなだけでしょ……こんなところで寝たら風邪ひいちゃう、絶対ダメ」
「風邪をひかせた方が大人しくなっていいかもしれないぞ」
「そうだそうだ。玖琉もサクラちゃんに言ってやってください。ビールを飲ませるべきだって言ってください」
「そこの二人、変な結託しないでくださいね」

 喧嘩していたのはどこに行ったのか、というぐらい意気のあった二人につい笑ってしまう。するとアオイと玖琉もつられて、笑った。

「前もこんなことありましたね。擬態化してすぐの頃、玖琉がたくさんお酒を買ってきた時」
「あったな。俺一人じゃどうしようもない量だからって、宝剣四神に擬態術を教えた結果、四神皆ビール一杯で酔い潰れたやつだろ? 夏狐は床で寝ているし、狼神は泣き続けているし、挙句の果てに雌雄竜神は大喧嘩だからな。二度と飲ませないと誓ったよ」
「ビールのことを悪魔の飲み物だと言ってましたねぇ」

 そんなこともあった、と玖琉が頷いている。よほどひどいトラウマを植え付けられていたらしい。一緒にご飯を食べていた時にビールを飲んでいたので、今は克服しているのだろうが。

「もしかしてアオイさんが人間に擬態できるようになったのはその時から……?」
「そうですよ。大量に買い込んだ酒を消費すべく、玖琉が我々に擬態術を教えてくれたのです」
「あれは失敗だった……その後、大家にうるさいと怒られ、夏狐は家出だ。まったくいいことない思い出だ」
「ははっ。一度人間生活を味わっちゃうと楽しくってやめられないんですよ」

 玖琉はうんざりと話しているが、表情を見るにさほど嫌がってはいないようだ。むしろ懐かしんでいる気がする。
 思い出話をする二人を眺めていると、咲空の胸もほこほこと温かくなっていく。

 ご飯を食べて気づいたら解れていくもの。咲空の作ったご飯がアオイと玖琉を繋げたのだ。

「……玖琉、アオイさん」

 咲空が呼ぶと、二人が同時にこちらを見る。

「その思い出に今度は私も混ぜてください。三人で色んなところに行きましょう。北海道は紋別とせたな町しか行ってないんですよ。食べるものだってまだまだありますよ。キンキだって食べたりない、エゾカンゾウのおひたしも食べ損ねちゃいましたし」
「……そうだね、おひたしまだ食べてないや」
「玖琉も、本当は人間が好きでしょ?」
「俺は――」

 玖琉が俯く。和やかな空気に突然現実が戻ってきたようで、しかし展望台の時ほど絶望した顔はしていなかった。

「俺だって人間が好きだ。擬態して過ごすのも悪くないと思ってる」

 素直なその発言に、アオイが両眉をあげた。

「どうしちゃったんです? 使命だの任務だの言ってたくせに」
「立場は捨てられない。でも……自由に焦がれる気持ちはわかる。できることなら、俺だって逃げ出して、人間世界を楽しみたい」

 玖琉を覆っていた分厚い鎧が剥がれていったのかもしれない。ようやく出てきた玖琉の本心である。美味しいご飯を食べたことで、使命と人間で揺れていた天秤に決着がついたのだろう。咲空もアオイも頷いた。

「……そうなると。雷神の説得ですね」

 アオイの発言で雷神様のことを思い出した咲空は、はっと目を見開いた。

「雷神様にご飯食べましょうって声をかけてしまいましたが……どうやってご飯をお届けしたらいいんでしょう。雷神様の分も食材は用意してあるんですが」
「雷神も気難しい神ですからね。こちらに来いと呼び出せばへそを曲げるかもしれない。手っ取り早いのは捧げることでしょう」
「捧げる?」
「配達です。カムイモシリまで届ければいい」
「待てアオイ。それは出来ない」

 口を挟んだのは玖琉だ。険しい顔をしている。

「咲空は人間だ。カムイモシリに連れていくことはできない」
「そりゃもちろん。だからサクラちゃん以外が届けにいけばいいんですよ」

 アオイはすっと目を細めた。視線の先にあるのは玖琉。届けにいく役は玖琉が負うべきと思っているのだろう。

「大事なのはご飯だけじゃありません。あなたが見てきた人間世界のことを話し、守りたいと想いを伝えることが大事です」
「俺一人ではどうにもならなかったんだ。そこにアオイが加わったとしても父神を説き伏せるのは難しいだろ」
「僕は狐ですからね。他者を誑かす者ですから説得力なんてゼロですよ。あっはっは」

 ではどうするというのか。焦る玖琉はアオイを睨みつけて急かす。しかしアオイはひとたび、壁掛け時計を見上げただけで解決策は語らなかった。
 それに倣って咲空も壁にかかっている古びた時計を見上げる。年代ものではあるが母が大切にしていたもので、父もこまめに手入れをしているらしい。振り子は揺れ、時間もぴったり合っている。もうすぐ夜だ。

「今日いただいたキンキの湯煮は自然を生かした美味しいご飯でした。きっと雷神も気に入るでしょう。あとは増援を待つだけですよ」

 オホーツクスカイタワーでも『味方がくる』と言っていたが、それはいつやってくるのだろう。アオイの横顔を伺いみるも、のんびりとして慌てる気配はない。

 いつまで待てばいいのか。やきもきしている心中だったが、酒を手にした父が台所から戻ってきたことでこの会話は終わってしまった。

(……雷神様にわかってもらいたい。もっと蝦夷神様たちのことを知りたい)

 父は上機嫌で酒を注いでいる。あんな風に楽しそうな父を見るのは久しぶりのことだ。アオイと玖琉の間にもわだかまりはなく、平和で幸せなご飯。
 これが最後の晩餐にならないことを、咲空は祈った。

***
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