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Ep4.最後の晩餐、キンキの晩餐、シメの雑炊

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 喧嘩の前に腹ごなし。雷神にその提案をした咲空だったが、もう一人、ご飯を食べさせたい人がいた。
 ご飯の仕込みが終わってほどよい頃に扉の開く音が聞こえた。咲空は玄関へと向かう。
「おかえり」
 声を掛けると、もぞもぞと靴を脱いでいた父がこちらを一瞥した。
「……いたのか」
「そうじゃないでしょ。帰ってきた時は『ただいま』でしょ」
 玄関にアオイと玖琉の靴もある。おそらく父は靴の数から来客がいると察しているだろう。父が逃げ出してしまう前に先手を打つ。
「父さん、ご飯食べようよ」
 その言葉に父の背がぴくりと揺れた。
「色々疲れちゃったからさ、みんなでご飯食べよう。母さんがいた時みたいに、ご飯食べながら話そうよ」
 ご飯も食べずに話したところできっと良いことにはならない。だからご飯を囲みながら。咲空の想いは通じたのか、父は短く笑って「そうだな」と言った。

***

 ご飯といっても、そこまで時間をかけて準備することはできなかった。せいぜい作れて一品程度である。というのも準備が待ちきれない雷神が再びやってきては困るからだ。そのご飯をアオイや玖琉が好むとか雷神が満足するといったことを考えるとキリがないので頭から捨て置き、いま食べたいと思ったものを作ることに専念する。
 選んだのは『キンキ』だった。この時期になると出回りだす魚であり、脂がのっていて非常に美味しい。その赤い姿や名前から金目鯛きんめだいと思う人もいるようだが、金目鯛とは別物である。本州ではキチジとも呼ばれているようだ。

「……で、サクラちゃんさ」

 四人が食卓テーブルを囲み、そこにどどんと鎮座する鍋には姿まるごとのキンキが四匹。硬く反り返ったヒレや尾から見るに火が通っているのはわかるのだが、それにしては丸ごとすぎる。そのまま残っている頭や尾が鍋からはみ出していた。

「そのまま魚を煮ただけって、雑な料理すぎるのでは……これが最後の晩餐かもしれないというのに」

 咲空の父に配慮したのか、最後の晩餐というあたりは小声でひそひそと喋っていた。しかし咲空は頷く。これが最後の晩餐となっても悔いはない。

 父はこの料理のことをよく知っている。そのため箸を手に取りながら呟いた。

湯煮ゆににしたのか」
「うん。キンキの湯煮だよ。懐かしいでしょ」

 父は何も言わず、キンキを一匹、小皿に移す。
 玖琉はというと、この尾頭付きの魚を食べるつもりかと絶句して箸をとるどころではなく、アオイも先に食しそうな咲空の父をじっと見て様子を窺っていた。

「玖琉もアオイさんも、食べてください」
「え、いや……俺は……」
「いつもみたいなワクワク調理タイムもなかったし、野菜だって入っていません……僕の好きなサクラちゃん飯じゃない……」
「ええい! だはんこいてねで、はよ食え!」

 有無を言わさぬ睨みと訛り全開の口調。その上、強く握りしめたこぶしをテーブルに叩きつけているのだ。そんな咲空の様子に男二人は委縮し、渋々箸を取った。
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