郷土料理女子は蝦夷神様をつなぎたい

松藤かるり

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Ep4.最後の晩餐、キンキの晩餐、シメの雑炊

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「人間を滅ぼすって話、中止することはできないの? 美味しい食べ物に面白いもの、たくさんあるよ。だから――」

 苛立ち混ざりに玖琉が口を開く。

「できないよ。もう決まってしまったんだ」
「もう一度雷神様にお話したら変わるかもしれない」
「……何度も、そうしてきたよ」

 玖琉はため息をつき、それから辺りを見渡した。アオイが近くにいるかどうかを確認しているのだろう。咲空も探したが、アオイの姿はない。すでに下に降りたか、他のところを見ているようだ。
 気配がないことに安心した後、玖琉が続けた。

「……本当は迎えに来たくなかった。アオイが楽しそうに人間生活を送っていることを咲空を通じて知って、できることならそのままにしておきたかった。人間を好きになる気持ちは、俺にもわかる。俺だって人間を守りたかった」

 ガラスの窓に触れる。その先には青いオホーツクの海がある。浜に向かっていく白波を指でなぞる玖琉の横顔は苦しげだ。
 吐き出されているそれは玖琉の本心なのだろう。

(玖琉は、人間のことが嫌いなんかじゃない)

 咲空はその確信を抱き、玖琉を見つめた。

「人間が、この大地が、好きだよ。火の海になんかさせたくない。何度も父神に訴えてきた」
「……でも、だめだった?」
「だからこうして、迎えにきた」

 そう言って玖琉は立ち上がる。海に向けていた手は硬く握りしめられ、そこに玖琉の決意が隠れている。

「アオイを本来の姿に戻す――この地上を火の海に変えるのは、アオイだ」

 一瞬。咲空は理解できずにいた。
 昨晩、人間たちを守ると約束した者の名がここで出てくるとは。咲空の呆然とした反応から、玖琉は「聞いてないんだな」と切なく告げる。

「あいつは、宝剣クトネシリカに刻まれた神の一人。夏狐だ」

 玖琉は腰に下げた刀を指で示す。街を歩く時は隠して持ち歩いているらしく、現在は布が巻かれていた。

「雌雄竜、狼神、夏狐――夏狐は任を放棄して逃げ出し、人間に擬態していた。それがアオイだった」
「……じゃあ。アオイさんが人間を滅ぼす、ってのは」
「宝剣を振るえば、刻まれし四神がその力を発揮する。地上を火の海に変えることなんて簡単だ。アオイが宝剣に戻れば、俺がこの剣を振るうだけ」

 あるべき場所に戻れと玖琉が言っていたのは、刀に戻れということだったのだ。そうなれば、玖琉だけでなくアオイも人間を滅ぼすのに加担してしまう。二人ともウェンカムイになってしまうのだ。

 人間を守ると話していた者が、人間を滅ぼす。なんて残酷な話なのだろう。
 玖琉は歩き出し、俯いた咲空の隣を通り過ぎていく。ちらりと咲空を見た後悲しげな呟きを残して。

「……咲空、ごめん」

 それは咲空に向けた言葉でありながら、玖琉の葛藤が混ざっている気がした。人間を守りたい気持ちと、背くことのできない雷神の命令。二つの間で玖琉が苦しんでいる。

(玖琉は、人間のこともアオイさんのことも傷つけたくないのかもしれない)

 少しずつ、絡まった糸がほどけていく。

(アオイさんだって人間を守りたい。雷神様の命令に背けない玖琉の立場を理解してる――二人とも考えは似てるのに、どうしてすれ違うんだろう)

ぶつけ合うことのない二人の本心はとても近いのに、肝心なところがすれ違っている。もどかしくて、たまらない。

 先を歩いて行った玖琉を追いかけながら考える。どうにかして二人が手を取り合う方法。想いを通じ合える方法。何かいい手があるはずだ。
 ともかく今は玖琉を一人にするのは危険だと思った。玖琉が乗ったエレベーターに滑り込み、咲空も一緒に下階へ向かう。
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