73 / 85
Ep4.最後の晩餐、キンキの晩餐、シメの雑炊
4-11
しおりを挟む
「人間を滅ぼすって話、中止することはできないの? 美味しい食べ物に面白いもの、たくさんあるよ。だから――」
苛立ち混ざりに玖琉が口を開く。
「できないよ。もう決まってしまったんだ」
「もう一度雷神様にお話したら変わるかもしれない」
「……何度も、そうしてきたよ」
玖琉はため息をつき、それから辺りを見渡した。アオイが近くにいるかどうかを確認しているのだろう。咲空も探したが、アオイの姿はない。すでに下に降りたか、他のところを見ているようだ。
気配がないことに安心した後、玖琉が続けた。
「……本当は迎えに来たくなかった。アオイが楽しそうに人間生活を送っていることを咲空を通じて知って、できることならそのままにしておきたかった。人間を好きになる気持ちは、俺にもわかる。俺だって人間を守りたかった」
ガラスの窓に触れる。その先には青いオホーツクの海がある。浜に向かっていく白波を指でなぞる玖琉の横顔は苦しげだ。
吐き出されているそれは玖琉の本心なのだろう。
(玖琉は、人間のことが嫌いなんかじゃない)
咲空はその確信を抱き、玖琉を見つめた。
「人間が、この大地が、好きだよ。火の海になんかさせたくない。何度も父神に訴えてきた」
「……でも、だめだった?」
「だからこうして、迎えにきた」
そう言って玖琉は立ち上がる。海に向けていた手は硬く握りしめられ、そこに玖琉の決意が隠れている。
「アオイを本来の姿に戻す――この地上を火の海に変えるのは、アオイだ」
一瞬。咲空は理解できずにいた。
昨晩、人間たちを守ると約束した者の名がここで出てくるとは。咲空の呆然とした反応から、玖琉は「聞いてないんだな」と切なく告げる。
「あいつは、宝剣クトネシリカに刻まれた神の一人。夏狐だ」
玖琉は腰に下げた刀を指で示す。街を歩く時は隠して持ち歩いているらしく、現在は布が巻かれていた。
「雌雄竜、狼神、夏狐――夏狐は任を放棄して逃げ出し、人間に擬態していた。それがアオイだった」
「……じゃあ。アオイさんが人間を滅ぼす、ってのは」
「宝剣を振るえば、刻まれし四神がその力を発揮する。地上を火の海に変えることなんて簡単だ。アオイが宝剣に戻れば、俺がこの剣を振るうだけ」
あるべき場所に戻れと玖琉が言っていたのは、刀に戻れということだったのだ。そうなれば、玖琉だけでなくアオイも人間を滅ぼすのに加担してしまう。二人ともウェンカムイになってしまうのだ。
人間を守ると話していた者が、人間を滅ぼす。なんて残酷な話なのだろう。
玖琉は歩き出し、俯いた咲空の隣を通り過ぎていく。ちらりと咲空を見た後悲しげな呟きを残して。
「……咲空、ごめん」
それは咲空に向けた言葉でありながら、玖琉の葛藤が混ざっている気がした。人間を守りたい気持ちと、背くことのできない雷神の命令。二つの間で玖琉が苦しんでいる。
(玖琉は、人間のこともアオイさんのことも傷つけたくないのかもしれない)
少しずつ、絡まった糸がほどけていく。
(アオイさんだって人間を守りたい。雷神様の命令に背けない玖琉の立場を理解してる――二人とも考えは似てるのに、どうしてすれ違うんだろう)
ぶつけ合うことのない二人の本心はとても近いのに、肝心なところがすれ違っている。もどかしくて、たまらない。
先を歩いて行った玖琉を追いかけながら考える。どうにかして二人が手を取り合う方法。想いを通じ合える方法。何かいい手があるはずだ。
ともかく今は玖琉を一人にするのは危険だと思った。玖琉が乗ったエレベーターに滑り込み、咲空も一緒に下階へ向かう。
苛立ち混ざりに玖琉が口を開く。
「できないよ。もう決まってしまったんだ」
「もう一度雷神様にお話したら変わるかもしれない」
「……何度も、そうしてきたよ」
玖琉はため息をつき、それから辺りを見渡した。アオイが近くにいるかどうかを確認しているのだろう。咲空も探したが、アオイの姿はない。すでに下に降りたか、他のところを見ているようだ。
気配がないことに安心した後、玖琉が続けた。
「……本当は迎えに来たくなかった。アオイが楽しそうに人間生活を送っていることを咲空を通じて知って、できることならそのままにしておきたかった。人間を好きになる気持ちは、俺にもわかる。俺だって人間を守りたかった」
ガラスの窓に触れる。その先には青いオホーツクの海がある。浜に向かっていく白波を指でなぞる玖琉の横顔は苦しげだ。
吐き出されているそれは玖琉の本心なのだろう。
(玖琉は、人間のことが嫌いなんかじゃない)
咲空はその確信を抱き、玖琉を見つめた。
「人間が、この大地が、好きだよ。火の海になんかさせたくない。何度も父神に訴えてきた」
「……でも、だめだった?」
「だからこうして、迎えにきた」
そう言って玖琉は立ち上がる。海に向けていた手は硬く握りしめられ、そこに玖琉の決意が隠れている。
「アオイを本来の姿に戻す――この地上を火の海に変えるのは、アオイだ」
一瞬。咲空は理解できずにいた。
昨晩、人間たちを守ると約束した者の名がここで出てくるとは。咲空の呆然とした反応から、玖琉は「聞いてないんだな」と切なく告げる。
「あいつは、宝剣クトネシリカに刻まれた神の一人。夏狐だ」
玖琉は腰に下げた刀を指で示す。街を歩く時は隠して持ち歩いているらしく、現在は布が巻かれていた。
「雌雄竜、狼神、夏狐――夏狐は任を放棄して逃げ出し、人間に擬態していた。それがアオイだった」
「……じゃあ。アオイさんが人間を滅ぼす、ってのは」
「宝剣を振るえば、刻まれし四神がその力を発揮する。地上を火の海に変えることなんて簡単だ。アオイが宝剣に戻れば、俺がこの剣を振るうだけ」
あるべき場所に戻れと玖琉が言っていたのは、刀に戻れということだったのだ。そうなれば、玖琉だけでなくアオイも人間を滅ぼすのに加担してしまう。二人ともウェンカムイになってしまうのだ。
人間を守ると話していた者が、人間を滅ぼす。なんて残酷な話なのだろう。
玖琉は歩き出し、俯いた咲空の隣を通り過ぎていく。ちらりと咲空を見た後悲しげな呟きを残して。
「……咲空、ごめん」
それは咲空に向けた言葉でありながら、玖琉の葛藤が混ざっている気がした。人間を守りたい気持ちと、背くことのできない雷神の命令。二つの間で玖琉が苦しんでいる。
(玖琉は、人間のこともアオイさんのことも傷つけたくないのかもしれない)
少しずつ、絡まった糸がほどけていく。
(アオイさんだって人間を守りたい。雷神様の命令に背けない玖琉の立場を理解してる――二人とも考えは似てるのに、どうしてすれ違うんだろう)
ぶつけ合うことのない二人の本心はとても近いのに、肝心なところがすれ違っている。もどかしくて、たまらない。
先を歩いて行った玖琉を追いかけながら考える。どうにかして二人が手を取り合う方法。想いを通じ合える方法。何かいい手があるはずだ。
ともかく今は玖琉を一人にするのは危険だと思った。玖琉が乗ったエレベーターに滑り込み、咲空も一緒に下階へ向かう。
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】元妃は多くを望まない
つくも茄子
恋愛
シャーロット・カールストン侯爵令嬢は、元上級妃。
このたび、めでたく(?)国王陛下の信頼厚い側近に下賜された。
花嫁は下賜された翌日に一人の侍女を伴って郵便局に赴いたのだ。理由はお世話になった人達にある書類を郵送するために。
その足で実家に出戻ったシャーロット。
実はこの下賜、王命でのものだった。
それもシャーロットを公の場で断罪したうえでの下賜。
断罪理由は「寵妃の悪質な嫌がらせ」だった。
シャーロットには全く覚えのないモノ。当然、これは冤罪。
私は、あなたたちに「誠意」を求めます。
誠意ある対応。
彼女が求めるのは微々たるもの。
果たしてその結果は如何に!?
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷
河野美姫
キャラ文芸
古都・金沢、加賀百万石の城下町のお茶屋街で巡り会う、不思議なご縁。
雨の神様がもてなす甘味処。
祖母を亡くしたばかりの大学生のひかりは、ひとりで金沢にある祖母の家を訪れ、祖母と何度も足を運んだひがし茶屋街で銀髪の青年と出会う。
彼は、このひがし茶屋街に棲む神様で、自身が守る屋敷にやって来た者たちの傷ついた心を癒やしているのだと言う。
心の拠り所を失くしたばかりのひかりは、意図せずにその屋敷で過ごすことになってしまいーー?
神様と双子の狐の神使、そしてひとりの女子大生が紡ぐ、ひと夏の優しい物語。
アルファポリス 2021/12/22~2022/1/21
※こちらの作品はノベマ!様・エブリスタ様でも公開中(完結済)です。
(2019年に書いた作品をブラッシュアップしています)
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる