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Ep4.最後の晩餐、キンキの晩餐、シメの雑炊

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***

 その日は紋別市内のホテルに泊まることにしていた。札幌からの距離を考えると弾丸旅行というわけにはいかず、せめて一泊ということで急遽予約を入れたのだ。今回は空きがあったので三部屋を借りた。

 実家を出てから、一行は観光もせずまっすぐホテルに戻った。寄り道の提案は誰一人としてしなかった。
 テレビをぼんやりと眺めながら、コンビニで買った軽食を食べる。せっかく紋別に来たのにコンビニご飯というのは、味気ないものだ。一人ぽつんと食べているのもまた悲しくなる。

 夜も更け、十時になった頃。咲空は立ち上がった。

(玖琉と話せないかな)

 スマートフォンでメッセージを送ってから向かう。既読がついたかどうかは確かめず、送ったのだからいいだろうと開き直った気持ちで玖琉の部屋に乗り込んだ。

「……いる?」

 扉を叩いて声をかける。寝ているだろうかと思ったが、何のことはなく扉はすぐに開いた。

「なに?」
「少し話せないかなと思って」

 玖琉は躊躇っているのか咲空の顔を見つめて黙り、それからゆるゆると細長い息を吐くように言った。

「……どうぞ」

 踏み込んだ部屋は、咲空と同じシングルタイプの内装だと言うのに、整然としている気がした。部屋主が違うだけで印象が変わるものかと咲空は驚き、それから机横の椅子に腰かけた。いつぞやのアオイのようにベッドを占拠する厚かましさは持ち合わせていない。

 ここにいるのは親しかった玖琉なのに、性格や口調は以前と異なる。そのせいか、妙に緊張してしまう。

「こうして二人で話すの久しぶりだね」
「……」

 咲空が言うも、玖琉は俯いて廊下に立ち尽くし、こちらを見ようともしない。

「今までどこに行ってたの。夏から連絡つかなくて、部屋も空き家になっちゃうし、すごく心配していたんだよ――でも玖琉が無事でよかった」

 玖琉は視線を逸らしたまま、おそるおそるといった様子で咲空に訊く。

「俺は蝦夷神様なのに、怖くないのか?」
「わかった時は驚いたけど、怖くないよ。蝦夷神様だろうが人間だろうが玖琉は玖琉だよ」
「……そっか」

 その相槌と共に玖琉が顔をあげた。何か吹っ切れたように目を逸らすこともなくなり、動き出す。
 玖琉がベッドサイドに腰かけたのを確認してから、咲空は本題を切り出した。

「玖琉に謝ろうと思って来たんだ。人間嫌いを克服させるって宣言しておきながら、紋別に連れてきちゃってごめんね」
「仕方ないことだろ。お前は悪くない。それに人間嫌い克服はどうでもいい、俺の願いはアオイを連れていくことだ」
「アオイさん、連れていくの?」
「ああ。本来の姿に戻す。そして……人間を滅ぼす」

 咲空には、玖琉の発言にわずかな躊躇いが含まれているような気がしてしまった。本当に滅ぼせるのだろうか、と疑ってしまうほど玖琉の表情が硬い。

(玖琉は……優しい人だった)

 今まで見てきた玖琉はとにかく優しい男だった。同じバイト先に勤めていた時も、咲空の些細な変化に気づいて声をかけてくれ、小さな怪我でも心配する。そんな男が人間を滅ぼすなんてできるのか。

「じゃあこの旅が終わったら、私はアオイさんに会えなくなるんだ」
「そういうことだな。それからまもなく、人間は滅ぶが」

 ソラヤに勤めてからほぼ毎日のように顔を合わせてきたアオイと、会えなくなる。接した期間は一年に届かなくても、共に過ごした時間は長く感じる。あちこちに出かけた、思い出だって多い。それが失われ、二度と会えなくなってしまうなんて辛すぎる。

「玖琉が人間を滅ぼしちゃったら、ウェンカムイになるんだよね……」
「……そうだな」
「ウェンカムイに堕ちたら二度と戻れないって聞いた。玖琉はそれでいいの? 人間を滅ぼして、ウェンカムイになってもいいの?」
「それが父神の決定だ。雷神の命に従う。俺は……この地上を火の海に変える」

 その言葉に何かが引っかかった。玖琉の背負うもの、立場。そこに絡まる何か。
 火の海にして人間を滅ぼす。そう決めたのは雷神なのだろう。では玖琉の気持ちはどこにあるのか。玖琉は人間のことをどう想っているのだろう。
 その疑問を、咲空の唇が紡ぐ。

「ねえ。玖琉は本当に、人間を滅ぼせるの?」
「っ――俺は、」

 玖琉の体がびくりと跳ねて何かを言いかけ――それは扉の開く音に妨げられた。
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