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Ep4.最後の晩餐、キンキの晩餐、シメの雑炊

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 咲空が向かいの家にあがるのは何年ぶりだろうか。室内は紋別を出る前とさほど変わらず、リビングに飾られた魚拓も昔と変わらない。父と同じくご主人も漁師で、趣味も釣りという根っからの海好きだった。
 釣りあげた中でも大きなサイズの魚は魚拓を取って飾り、その並びには若かりし頃の咲空の両親と並んで撮った写真も飾ってある。

 秋の風は知らぬ間に体を冷やしていたらしく、温かいほうじ茶が体にしみた。落ち着いたところで、改めて奥さんが切りだす。話題はもちろん、咲空の父についてだ。

「お父さんの船がね、衝突事故にあったんだよ」
「え……事故……」
「遊漁船にぶつけられちゃってね。幸いにも人的被害は少なくて、お父さんが腕を骨折したぐらいさ。咲空ちゃんに話したのかいって聞いたら首を振るもんだから驚いたよ」
「いつ、治るのでしょうか」
「全治五ヶ月だよ。年齢もあるから、もう少し時間かかるかもしれないけど」

 見えない布で心臓をぐるぐる巻きにされたみたいに、胸が苦しい。父に会う前に、事故にあったのだと聞いていたら、頭は真っ白になっていたのだろう。

「船は修理に出すってさ。腕が治るまでには船も戻るだろうね。修理費は保険があるからいいとして。問題はその間の収入だよ。なにせ新しい計器を買ったばかりで支払いがまだまだ残ってるんだよ。頭の痛い話さ」

 咲空の父は漁師だ。乗る船がなく本人も利き腕を折っているとなれば、稼ぐ術がない。
 咲空は俯いた。何一つ知らなかった。自分の父だというのに他人から聞かなければわからないなど恥ずかしい。

「……大丈夫?」

 落胆している咲空を案じてアオイが声をかけた。
 最悪なことに、咲空も今、仕事を失うかもしれないのだ。アオイがソラヤを閉店すると決めてしまえば、咲空だって仕事がなくなる。それどころか、玖琉によって人間滅ぼされるかもしれないというこの時に。

「どうして。父は何も相談してくれないんだろう。顔を合わせても逃げる。母が倒れた時だって会いにさえ来なかった。私が札幌に出たいと話した時だって、理由も聞かずにだめって言って――」
「サクラちゃん」

 こんな父なんて嫌いだ。その気持ちを声に出しかけたところで、かぶせるようにアオイが言った。宥めるように優しく肩を叩く、その手が温かい。

「その言葉は、何回も使っちゃだめだよ。繋がれるものも繋がらなくなる」
「……っ、そう、ですね」

 言われて引っ込めても、怒りは残る。父がわからなくて怒りで手が震えた。

「咲空ちゃんのお母さんが倒れた時はねえ……あの人は、会いに行かなかったことを悔やんでいるのよ」

 奥さんが言ったそれで、咲空の動きがぴたりと止まる。
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