郷土料理女子は蝦夷神様をつなぎたい

松藤かるり

文字の大きさ
上 下
67 / 85
Ep4.最後の晩餐、キンキの晩餐、シメの雑炊

4-5

しおりを挟む
***

 紋別中心部へと向かうと、咲空の実家が見えてくる。咲空が車から降りると、ちょうど父が家からでてきたところだった。

 父は、突然の来訪に驚いているのか珍しく目を丸くしている。その右腕は黒いサポーターによって吊られ、サポーターの端から白い包帯がちらりと覗いていた。腕を骨折したのだろう。
 もっとひどい怪我かもしれないと考えていた咲空にとって、想像していたよりは軽そうでほっとする。

「咲空、お前――」

 父は何かを言いかけたものの、その視線は咲空の後ろにある車へと向けられてしまった。春に来た時と同じ車から降りてくる男が二人。アオイと玖琉だ。父は顔を顰めて彼らを睨みつけ、何も言わずに歩きだした。

「怪我してるんでしょ、どこへ行くの?」
「……」
「父さん、話聞いて」

 引き留めるも父は歩いていく。

(また、話もしないで。どこかへ行く)

 春に比べて細くなった丸い背が遠ざかりそうで、寂しさと苛立ちが湧く。
 その姿が記憶と重なった。母が倒れた日、咲空が札幌の専門学校に通いたいと打ち明けた日。いつだって父は語らず、背を向ける。

 家出して札幌に移ってすぐの頃、寂しくて泣いていた日を思い出した。紋別にいた頃はいつでも浜風が吹いていたのに、札幌は海が遠い。ひとりぼっちの寂しさと環境が違う苦しみからよく泣いていた。けれど助けを求める場所はなく、こんな父に頼れるわけもなく。

(何が家族思いな人だ。こっちを見てくれないのに)

 せたなで交わした祖母の言葉が、まだ引っかかっている。家族思いだというのなら、目と目を合わせて話をしてくれるのではないか。祖母はどうして父を家族思いで優しい人だと思ったのだろう。何一つ、咲空にはわからないのだ。それが腹立って、仕方ない。

 咲空の足が動く。数歩、父の背を追いかけ、それから引き留める声は先ほどよりも荒いものへ変わった。

「いつもいつも、そうやって話をしてくれない! どこに行くのさ、どうせ飲みにいくんだべや!?」
「……」
「母さんが死ぬ時だって会いにこないで海にいたもんね、話もしないでいつも逃げてる」

 夢中で、叫んでいた。玖琉もアオイもいる。ご近所さんに聞こえるかもしれない。わかっているはずなのに、一度溢れた気持ちは止まらず、ついに。

「父さんなんて嫌い!」
「……」
「大嫌い!」

 ただ、立ち止まってほしかった。おかえりの一言を聞きたかったのだ。
 その背は歩みに合わせて揺れ続け、止まることなく。遠くの曲がり角に吸い込まれるように消えた。

「サクラちゃん……」

 力なく歩道に座り込んだ咲空に、アオイの声が落ちる。案じているのだろう落ち着いたその声音に、咲空ははっとして顔をあげた。

「すみません。せっかく連れてきていただいたのに、やっぱりだめですね」

 これなら紋別に帰らず、札幌にいた方がよかった。生じた後悔を混ぜて咲空はため息を吐く。


 そこで向かいの家の玄関扉が開いた。咲空と父のやりとりを聞いていたのだろう。割烹着を着た中年の女性が出てきて咲空に駆け寄ってくる。

「咲空ちゃん! 帰ってきたのかい?」
「いま着いたところです。連絡いただいて助かりました」

 実家の向かいに住む奥さんだ。家族ぐるみで仲が良く、咲空が生まれる前からの付き合いである。ここのご主人と父は気が合うらしく、たびたび朝まで酒を交わし、酔って眠ってしまった父を迎えに行ったことは数えきれない。
 奥さんが父の背を目で追う。向かった方向から察するにどこかの飲み屋にでも向かったのかもしれない。咲空と父の不仲を知る奥さんは呆れたように長く息を吐いた。

「仕方ないねぇ、難儀な人だよ」
「いつも父がご迷惑おかけしてます」
「なんもなんも。ウチのだって迷惑かけてんだから。それよりも時間あるなら、ウチにあがっていかないかい? そこのイケメン兄ちゃんたちも一緒にさ」

 玖琉は「いや……俺たちは、」と渋っていたが、それを掻き消すように前にでたのはアオイだ。

「はーい。おじゃましまーす」
「おい、俺たちは――」
「じゃあ玖琉は外で待っていてくださいね。僕とサクラちゃんで話を聞いてきますから」
「っ……だからお前は空気が読めないって言われるんだ!」

 がやがやと騒いでいるが二人とも来るのだろう。やりとりを眺めて咲空は苦笑する。隣に立つ奥さんも笑っていた。

「若い男ってのはいいねえ、目の保養になるよ。咲空ちゃんも隅に置けないねえ」
「あ、あはは……騒がしくてすみません」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

お昼寝カフェ【BAKU】へようこそ!~夢喰いバクと社畜は美少女アイドルの悪夢を見る~

保月ミヒル
キャラ文芸
人生諦め気味のアラサー営業マン・遠原昭博は、ある日不思議なお昼寝カフェに迷い混む。 迎えてくれたのは、眼鏡をかけた独特の雰囲気の青年――カフェの店長・夢見獏だった。 ゆるふわおっとりなその青年の正体は、なんと悪夢を食べる妖怪のバクだった。 昭博はひょんなことから夢見とダッグを組むことになり、客として来店した人気アイドルの悪夢の中に入ることに……!? 夢という誰にも見せない空間の中で、人々は悩み、試練に立ち向かい、成長する。 ハートフルサイコダイブコメディです。

金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷

河野美姫
キャラ文芸
古都・金沢、加賀百万石の城下町のお茶屋街で巡り会う、不思議なご縁。 雨の神様がもてなす甘味処。 祖母を亡くしたばかりの大学生のひかりは、ひとりで金沢にある祖母の家を訪れ、祖母と何度も足を運んだひがし茶屋街で銀髪の青年と出会う。 彼は、このひがし茶屋街に棲む神様で、自身が守る屋敷にやって来た者たちの傷ついた心を癒やしているのだと言う。 心の拠り所を失くしたばかりのひかりは、意図せずにその屋敷で過ごすことになってしまいーー? 神様と双子の狐の神使、そしてひとりの女子大生が紡ぐ、ひと夏の優しい物語。 アルファポリス 2021/12/22~2022/1/21 ※こちらの作品はノベマ!様・エブリスタ様でも公開中(完結済)です。 (2019年に書いた作品をブラッシュアップしています)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...