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Ep4.最後の晩餐、キンキの晩餐、シメの雑炊
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***
紋別中心部へと向かうと、咲空の実家が見えてくる。咲空が車から降りると、ちょうど父が家からでてきたところだった。
父は、突然の来訪に驚いているのか珍しく目を丸くしている。その右腕は黒いサポーターによって吊られ、サポーターの端から白い包帯がちらりと覗いていた。腕を骨折したのだろう。
もっとひどい怪我かもしれないと考えていた咲空にとって、想像していたよりは軽そうでほっとする。
「咲空、お前――」
父は何かを言いかけたものの、その視線は咲空の後ろにある車へと向けられてしまった。春に来た時と同じ車から降りてくる男が二人。アオイと玖琉だ。父は顔を顰めて彼らを睨みつけ、何も言わずに歩きだした。
「怪我してるんでしょ、どこへ行くの?」
「……」
「父さん、話聞いて」
引き留めるも父は歩いていく。
(また、話もしないで。どこかへ行く)
春に比べて細くなった丸い背が遠ざかりそうで、寂しさと苛立ちが湧く。
その姿が記憶と重なった。母が倒れた日、咲空が札幌の専門学校に通いたいと打ち明けた日。いつだって父は語らず、背を向ける。
家出して札幌に移ってすぐの頃、寂しくて泣いていた日を思い出した。紋別にいた頃はいつでも浜風が吹いていたのに、札幌は海が遠い。ひとりぼっちの寂しさと環境が違う苦しみからよく泣いていた。けれど助けを求める場所はなく、こんな父に頼れるわけもなく。
(何が家族思いな人だ。こっちを見てくれないのに)
せたなで交わした祖母の言葉が、まだ引っかかっている。家族思いだというのなら、目と目を合わせて話をしてくれるのではないか。祖母はどうして父を家族思いで優しい人だと思ったのだろう。何一つ、咲空にはわからないのだ。それが腹立って、仕方ない。
咲空の足が動く。数歩、父の背を追いかけ、それから引き留める声は先ほどよりも荒いものへ変わった。
「いつもいつも、そうやって話をしてくれない! どこに行くのさ、どうせ飲みにいくんだべや!?」
「……」
「母さんが死ぬ時だって会いにこないで海にいたもんね、話もしないでいつも逃げてる」
夢中で、叫んでいた。玖琉もアオイもいる。ご近所さんに聞こえるかもしれない。わかっているはずなのに、一度溢れた気持ちは止まらず、ついに。
「父さんなんて嫌い!」
「……」
「大嫌い!」
ただ、立ち止まってほしかった。おかえりの一言を聞きたかったのだ。
その背は歩みに合わせて揺れ続け、止まることなく。遠くの曲がり角に吸い込まれるように消えた。
「サクラちゃん……」
力なく歩道に座り込んだ咲空に、アオイの声が落ちる。案じているのだろう落ち着いたその声音に、咲空ははっとして顔をあげた。
「すみません。せっかく連れてきていただいたのに、やっぱりだめですね」
これなら紋別に帰らず、札幌にいた方がよかった。生じた後悔を混ぜて咲空はため息を吐く。
そこで向かいの家の玄関扉が開いた。咲空と父のやりとりを聞いていたのだろう。割烹着を着た中年の女性が出てきて咲空に駆け寄ってくる。
「咲空ちゃん! 帰ってきたのかい?」
「いま着いたところです。連絡いただいて助かりました」
実家の向かいに住む奥さんだ。家族ぐるみで仲が良く、咲空が生まれる前からの付き合いである。ここのご主人と父は気が合うらしく、たびたび朝まで酒を交わし、酔って眠ってしまった父を迎えに行ったことは数えきれない。
奥さんが父の背を目で追う。向かった方向から察するにどこかの飲み屋にでも向かったのかもしれない。咲空と父の不仲を知る奥さんは呆れたように長く息を吐いた。
「仕方ないねぇ、難儀な人だよ」
「いつも父がご迷惑おかけしてます」
「なんもなんも。ウチのだって迷惑かけてんだから。それよりも時間あるなら、ウチにあがっていかないかい? そこのイケメン兄ちゃんたちも一緒にさ」
玖琉は「いや……俺たちは、」と渋っていたが、それを掻き消すように前にでたのはアオイだ。
「はーい。おじゃましまーす」
「おい、俺たちは――」
「じゃあ玖琉は外で待っていてくださいね。僕とサクラちゃんで話を聞いてきますから」
「っ……だからお前は空気が読めないって言われるんだ!」
がやがやと騒いでいるが二人とも来るのだろう。やりとりを眺めて咲空は苦笑する。隣に立つ奥さんも笑っていた。
「若い男ってのはいいねえ、目の保養になるよ。咲空ちゃんも隅に置けないねえ」
「あ、あはは……騒がしくてすみません」
紋別中心部へと向かうと、咲空の実家が見えてくる。咲空が車から降りると、ちょうど父が家からでてきたところだった。
父は、突然の来訪に驚いているのか珍しく目を丸くしている。その右腕は黒いサポーターによって吊られ、サポーターの端から白い包帯がちらりと覗いていた。腕を骨折したのだろう。
もっとひどい怪我かもしれないと考えていた咲空にとって、想像していたよりは軽そうでほっとする。
「咲空、お前――」
父は何かを言いかけたものの、その視線は咲空の後ろにある車へと向けられてしまった。春に来た時と同じ車から降りてくる男が二人。アオイと玖琉だ。父は顔を顰めて彼らを睨みつけ、何も言わずに歩きだした。
「怪我してるんでしょ、どこへ行くの?」
「……」
「父さん、話聞いて」
引き留めるも父は歩いていく。
(また、話もしないで。どこかへ行く)
春に比べて細くなった丸い背が遠ざかりそうで、寂しさと苛立ちが湧く。
その姿が記憶と重なった。母が倒れた日、咲空が札幌の専門学校に通いたいと打ち明けた日。いつだって父は語らず、背を向ける。
家出して札幌に移ってすぐの頃、寂しくて泣いていた日を思い出した。紋別にいた頃はいつでも浜風が吹いていたのに、札幌は海が遠い。ひとりぼっちの寂しさと環境が違う苦しみからよく泣いていた。けれど助けを求める場所はなく、こんな父に頼れるわけもなく。
(何が家族思いな人だ。こっちを見てくれないのに)
せたなで交わした祖母の言葉が、まだ引っかかっている。家族思いだというのなら、目と目を合わせて話をしてくれるのではないか。祖母はどうして父を家族思いで優しい人だと思ったのだろう。何一つ、咲空にはわからないのだ。それが腹立って、仕方ない。
咲空の足が動く。数歩、父の背を追いかけ、それから引き留める声は先ほどよりも荒いものへ変わった。
「いつもいつも、そうやって話をしてくれない! どこに行くのさ、どうせ飲みにいくんだべや!?」
「……」
「母さんが死ぬ時だって会いにこないで海にいたもんね、話もしないでいつも逃げてる」
夢中で、叫んでいた。玖琉もアオイもいる。ご近所さんに聞こえるかもしれない。わかっているはずなのに、一度溢れた気持ちは止まらず、ついに。
「父さんなんて嫌い!」
「……」
「大嫌い!」
ただ、立ち止まってほしかった。おかえりの一言を聞きたかったのだ。
その背は歩みに合わせて揺れ続け、止まることなく。遠くの曲がり角に吸い込まれるように消えた。
「サクラちゃん……」
力なく歩道に座り込んだ咲空に、アオイの声が落ちる。案じているのだろう落ち着いたその声音に、咲空ははっとして顔をあげた。
「すみません。せっかく連れてきていただいたのに、やっぱりだめですね」
これなら紋別に帰らず、札幌にいた方がよかった。生じた後悔を混ぜて咲空はため息を吐く。
そこで向かいの家の玄関扉が開いた。咲空と父のやりとりを聞いていたのだろう。割烹着を着た中年の女性が出てきて咲空に駆け寄ってくる。
「咲空ちゃん! 帰ってきたのかい?」
「いま着いたところです。連絡いただいて助かりました」
実家の向かいに住む奥さんだ。家族ぐるみで仲が良く、咲空が生まれる前からの付き合いである。ここのご主人と父は気が合うらしく、たびたび朝まで酒を交わし、酔って眠ってしまった父を迎えに行ったことは数えきれない。
奥さんが父の背を目で追う。向かった方向から察するにどこかの飲み屋にでも向かったのかもしれない。咲空と父の不仲を知る奥さんは呆れたように長く息を吐いた。
「仕方ないねぇ、難儀な人だよ」
「いつも父がご迷惑おかけしてます」
「なんもなんも。ウチのだって迷惑かけてんだから。それよりも時間あるなら、ウチにあがっていかないかい? そこのイケメン兄ちゃんたちも一緒にさ」
玖琉は「いや……俺たちは、」と渋っていたが、それを掻き消すように前にでたのはアオイだ。
「はーい。おじゃましまーす」
「おい、俺たちは――」
「じゃあ玖琉は外で待っていてくださいね。僕とサクラちゃんで話を聞いてきますから」
「っ……だからお前は空気が読めないって言われるんだ!」
がやがやと騒いでいるが二人とも来るのだろう。やりとりを眺めて咲空は苦笑する。隣に立つ奥さんも笑っていた。
「若い男ってのはいいねえ、目の保養になるよ。咲空ちゃんも隅に置けないねえ」
「あ、あはは……騒がしくてすみません」
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