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Ep4.最後の晩餐、キンキの晩餐、シメの雑炊
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しおりを挟む(私、まだこの仕事をしていたい。色んな蝦夷神様に会ってみたい)
その決意が、咲空に力を与えた。きりと凛々しいまなざしを玖琉にぶつけて、物怖じすることなく叫ぶ。
「私が、玖琉を人間好きに変えてみせる!」
名案だと咲空は思っていた。人間嫌いという玖琉が人間を好きになれば、地上浄化という恐ろしい考えも捨ててくれるだろう。どうやって人間を好きにさせるかという具体的な案はないものの、まあなんとかなるはずだ。この行き当たりばったりなところは雇用主の影響もあるかもしれない。
咲空が叫んだ謎の提案に、アオイも玖琉も呆然とするしかなく、ソラヤに奇妙な沈黙が流れた。ようやく動いたのは玖琉だった。呆れるような怒るような、何とも言い難い調子で答える。
「いや、それは……だから俺は人間が……」
「大丈夫! 蝦夷神様に人間の暮らしを案内するのがソラヤのお仕事だから! 玖琉の人間嫌いを治してみせる!」
そこでくつくつと笑う声が聞こえた。振り返ればアオイが腹を抱えて笑っている。
「人間嫌いを治してもらえるそうですけど、どうします玖琉くん?」
「その呼び方はやめろ。ふざけたことをしている時間はない」
「では、まずはサクラちゃんを焼き殺せばよいでしょう。力の足りぬ宝剣でもそれぐらいできますよ」
「……っ、わかった」
アオイと玖琉のやりとりを無視して、咲空はどうすれば人間嫌いが治るかと考えていた。あれやこれやと案を出し、いざ顔をあげれば玖琉がこちらを見ている。
「……咲空、」
その唇が動き、何かを言いかけていたが、よく聞き取れなかった。そして腰に下げた刀に手を伸ばす。
(刀!? まさか、私斬られる!?)
覚悟して身構えると同時、緊迫するソラヤに響いたのは間抜けな電子音だった。音を変えずデフォルトのままにしていたので、童謡『赤い靴』が鳴る。大人たち三人が睨みあう中で、あえての童謡である。それは咲空のポケットから発するもので、慌ててスマートフォンを取り出す。
「す、すみません。電話が」
アオイが「童謡なんだ……ってかこのタイミングで」と笑いを堪えていたが、まずはこの音を止めなければ。スマートフォンを見ると、どうやら着信が入っているらしい。
「……え?」
そこに表示されていた名前は咲空実家のご近所さんだった。実家の向かいに住んでいて、度々父が飲みにいくような親しい間柄だ。咲空も幼い頃からお世話になっている。
何かあった時のためにと連絡先の交換をしていたが使うことはほとんどなかった。それが初めて、着信が入っている。
「……はい。咲空です」
通話に出る。咲空自身驚くほど声が震えていた。
滅多にない人物からの着信。実家の近く。父と仲のいい人。あらゆるものが繋がって、咲空に嫌な想像をさせる。
『ああ。よかった、繋がって』
「いえ大丈夫です。何か、あったんですか?」
『あのね。誰も咲空ちゃんに言ってないと思うんだけど――』
スマートフォン越しに、すっと短く息を吸い込む音が聞こえた。
低く、沈むような言葉が告げられる。
『咲空ちゃんのお父さん、怪我したんだわ』
通話を切った後、咲空はその場に座り込んだ。命に別状はない怪我と聞いて安心はしているものの、人づてでなければ父親の状況を知ることができないというもどかしさ。気分はずっしりと沈んでいた。
咲空の表情からよくないことが起きていると察したらしいアオイが駆け寄る。
「……もしかして。お父さんに何かありました?」
その問いかけにゆっくりと頷く。アオイは険しい表情のまま、座り込んだ咲空の手を掴んだ。
「さ。早く行きますよ」
「え?」
「は?」
驚いたのは咲空だけではない。そこにいる玖琉もだった。アオイは玖琉を無視し、咲空に向けて言う。
「こういう時にこそ駆け付けないと。紋別に帰りましょう」
「で、でもそこまでしなくたって……」
「だからお父さんとの関係が冷えているんです。ただ想うだけじゃ届かない、相手に伝えてこそ想いは力になる。今すぐ行きますよ」
腕を引くアオイだったが、許さんとばかりに声をあげたのは玖琉だった。
「そんな時間はない。父神が怒っている」
「雷神なんて後回しです。それよりも僕は、目の前の人間を救いたい。サクラちゃんと紋別に連れていきます」
「くっ……」
腰に下げた刀に手をかけるも、玖琉の手は震えていた。アオイを睨みつけながら何かを考え、そして。
「俺も行く」
「え? 玖琉も!?」
「ここで夏狐を逃がすよりも、監視した方がいい――だが約束しろ。咲空の事情が終われば、夏狐はあるべき場所に戻れ」
「……前向きに検討します」
「拒否権はない。その尾を引きずってでも帰るからな」
玖琉は刀から手を放し、咲空の空いた手を掴む。
「……咲空。行こう」
声音は冷たくとも、咲空がよく知る玖琉と同じ優しさがある気がした。
***
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