上 下
63 / 85
Ep4.最後の晩餐、キンキの晩餐、シメの雑炊

4-1

しおりを挟む
 お盆明ければ雨が降るたびに涼しいどころか寒さが増し、九月下旬から北海道の山々は秋色へと変わり始める。
 その秋色に、北海道が包まれている中。鈴野原すずのはら咲空さくらの表情は色を欠き、どんよりと暗いグレー色だった。せたな町に行った夏以来、彼女の調子は悪い。来客ゼロの閑散としたソラヤに響くのは咲空のため息だった。

「……はあ」

 店内の掃除をしようと箒を手にするも、上の空である。忙しい時は忘れられるのだが、こうも暇になってしまうとぐるぐる考えてしまって暗くなる。そこにアオイが声をかけた。

「また玖琉くんのことでお悩みですか?」

 というのもあの夏から、友人である白楽はくら玖琉くると連絡が取れなくなってしまった。メッセージを送っても未読のまま、家に帰っても隣の部屋に気配はない。大家に確認したところ退去の申し入れがあったらしく、玖琉は荷物もすべて引き上げてどこかへ消えてしまった。札幌さっぽろで最も信頼できる友人だっただけに咲空の落ち込みは大きい。

「考えても仕方ないと思いますよ。いつか連絡がくるかもしれませんし」

 夏以来、咲空が口にするのは玖琉がいないというお悩み相談ばかり。さすがに聞き飽きたらしいアオイは、ふわぁとあくびを一つ。今日は来客予定もないのですっかり気が抜けていた。

「それよりも。今日、僕に作ってくれるご飯って何ですか?」
「何がいいでしょう。貯蔵庫とにらめっこして考えます」
「昨日は肉だったし、今日はシンプルなものが食べたいですね。おひたしとか胡麻和えとか」

 ふむ、と咲空が考える。

「そういえば、貯蔵庫にエゾカンゾウありましたよね」
「ありますよ。食べられると聞いたので集めてみましたが、調理方法はさっぱりわかりません」
「若葉をおひたしにして食べると美味しいんですよ。花をてんぷらにする人もいますし、根は薬になるとか。私はもっぱら葉のおひたしが好きですが」
「いいですね、気になります」
「そうしましょうか。でもあれ、不思議な話があって。忘れ草っていうんですけど――」

 咲空の話を遮ったのはソラヤの扉の音だった。誰も来る予定はないというのに開く扉。誰がきたのかと二人が振り返れば、そこに立っていたのは意外な人物だった。

「夏狐、見つけたぞ」

 静かな怒りを秘めたように低い声。その姿の、つまさきからてっぺんまでを何度も何度も確認し。それから咲空は叫んだ。

「く、玖琉!」

 手にしていた箒を捨てて駆け寄る。口調がいつもと違う気はするが、背格好も髪も目も、ぜんぶ玖琉と同じだ。夏以来の再会で心が歓喜に沸く。

「どこにいたの、なんで連絡してくれないの!? 体調悪いとか変なことに巻き込まれたとか!?」

 しかし玖琉はというと。咲空を一瞥し、冷たく言い放った。

「関係ない」
「え……?」

 駆け寄ってきた咲空を無視して、ずかずかと店内に立ち入り、アオイの前に立つ。普段にこにこと微笑んでいるアオイもこの時ばかりは険しい顔をしていた。

「任を忘れて随分と楽しそうだな。逃げ回っていた気分はどうだ?」
「これはこれは、久しぶりですね。でも来店するなら予約を入れてくれます? 僕も暇じゃないんで」

 玖琉とアオイは知り合いらしいが、その仲がよくないことは咲空も察することができた。玖琉の瞳は冷えた怒りが浮かび、今にもアオイを殴ってしまいそうで。対するアオイも口ぶりは飄々としたいつものものだが目が笑っていない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

はじまりはいつもラブオール

フジノシキ
キャラ文芸
ごく平凡な卓球少女だった鈴原柚乃は、ある日カットマンという珍しい守備的な戦術の美しさに魅せられる。 高校で運命的な再会を果たした柚乃は、仲間と共に休部状態だった卓球部を復活させる。 ライバルとの出会いや高校での試合を通じ、柚乃はあの日魅せられた卓球を目指していく。 主人公たちの高校部活動青春ものです。 日常パートは人物たちの掛け合いを中心に、 卓球パートは卓球初心者の方にわかりやすく、経験者の方には戦術などを楽しんでいただけるようにしています。 pixivにも投稿しています。

高尾山で立ち寄ったカフェにはつくも神のぬいぐるみとムササビやもふもふがいました

なかじまあゆこ
キャラ文芸
高尾山で立ち寄ったカフェにはつくも神や不思議なムササビにあやかしがいました。 派遣で働いていた会社が突然倒産した。落ち込んでいた真歌(まか)は気晴らしに高尾山に登った。 パンの焼き上がる香りに引き寄せられ『ムササビカフェ食堂でごゆっくり』に入ると、 そこは、ちょっと不思議な店主とムササビやもふもふにそれからつくも神のぬいぐるみやあやかしのいるカフェ食堂でした。 その『ムササビカフェ食堂』で働くことになった真歌は……。 よろしくお願いします(^-^)/

致死量の愛と泡沫に+

藤香いつき
キャラ文芸
近未来の終末世界。 世間から隔離された森の城館で、ひっそりと暮らす8人の青年たち。 記憶のない“あなた”は彼らに拾われ、共に暮らしていたが——外の世界に攫われたり、囚われたりしながらも、再び城で平穏な日々を取り戻したところ。 泡沫(うたかた)の物語を終えたあとの、日常のお話を中心に。 ※致死量シリーズ 【致死量の愛と泡沫に】その後のエピソード。 表紙はJohn William Waterhous【The Siren】より。

夜紅前日譚

黒蝶
キャラ文芸
母親が亡くなってからというもの、ひたすら鍛錬に精を出してきた折原詩乃。 師匠である神宮寺義政(じんぐうじ よしまさ)から様々な知識を得て、我流で技を編み出していく。 そんなある日、神宮寺本家に見つかってしまい…? 夜紅誕生秘話、前日譚ここにあり。 ※この作品は『夜紅の憲兵姫』の過去篇です。 本作品からでも楽しめる内容になっています。

後宮見習いパン職人は、新風を起こす〜九十九(つくも)たちと作る未来のパンを〜

櫛田こころ
キャラ文芸
人間であれば、誰もが憑く『九十九(つくも)』が存在していない街の少女・黄恋花(こう れんか)。いつも哀れな扱いをされている彼女は、九十九がいない代わりに『先読み』という特殊な能力を持っていた。夢を通じて、先の未来の……何故か饅頭に似た『麺麭(パン)』を作っている光景を見る。そして起きたら、見様見真似で作れる特技もあった。 両親を病などで失い、同じように九十九のいない祖母と仲良く麺麭を食べる日々が続いてきたが。隻眼の武官が来訪してきたことで、祖母が人間ではないことを見抜かれた。 『お前は恋花の九十九ではないか?』 見抜かれた九十九が本性を現し、恋花に真実を告げたことで……恋花の生活ががらりと変わることとなった。

離縁の雨が降りやめば

月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
龍の眷属と言われる竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の花嫁になった。 これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六で龍神と離縁する。 花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止むのが常だが……。 葵との離縁の雨は降りやまず……。

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

処理中です...