郷土料理女子は蝦夷神様をつなぎたい

松藤かるり

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Ep3.親子熊の涙もぬかぼっけも塩辛い

3-21

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 ぼんやりと考えていると、視界の端にあるドアが動いた。ドアベルの音、そして大人たちの話でつまらなさそうにしていた井上が振り返る。

「す、すみません! 遅くなりました!」

 現れたのは女の人。美女ではあるのだが、色白い肌やほっそりとした頬から薄幸の印象を抱いてしまう。その女性がぱたぱたと店内にかけてくるなり、井上が叫んだ。

「おかあしゃん!」

 カウンターチェアから飛び降りて駆けていく。どうやら女性は井上の母だったらしく、ひっしと抱きついていた。

「ごめんなさいね。海神様から場所を教えてもらったのだけれど、道に迷ってしまって」
「まってたよ! あいたかったよお……」

 親子熊、感動の再会である。
 母にしがみつき、その服でうれし涙を拭う姿を眺めていると、鼻の奥がつんと痛くなる。咲空の瞳も潤んでいた。

「やーっと来やがったか。よしよし、これで解決だな」

 再会を眺めていた磯野は満足そうに頷く。
 満足させるご飯を出せば居場所を教えるという約束が、すっとばして本人登場である。アオイはため息をついて、磯野に言った。

「サクラちゃんがどんなご飯を出しても、ここに井上ちゃんのお母さんが来ていた。つまり最初から親子を再会させるつもりだった――ということですね。磯野さんは性格が悪い」
「いいじゃねぇか。うまい飯食えたんだからよ」
「人間好きの磯野さんですから、そんなことになるだろうとは思っていましたが……はあ」

 つまり。咲空がまずいご飯を出していても、ここに井上の母が来ていた。最初から海神は約束を守るつもりでいたのだ。

 咲空は改めて磯野の前に立ち、頭をさげる。

「磯野さん、ありがとうございます」
「おう。お礼は、お前が嫁にきてくれればいいぞ」

 この男の軽口は無視して、今度は井上親子の前へ。井上に視線を合わせるように膝をかがめ、頭を優しく撫でた。

「お母さんと会えて、よかったね」
「うん。ありがとうサクラおねーちゃん」
「海神様からあなたのお話は伺っています。息子がご迷惑をおかけしました」
「そんなことないです。一緒にせたな町へ出かけることができて楽しかったですよ」
「私が海神様を探しに行っている間にこの子が迷子になって、とても困っていたのです。あなたのような優しい方に助けていただき本当に感謝しています」

 何度も見てきた親子熊岩と言葉を交わす日が来るとは思ってもいなかった。悲劇の伝承から切ないものだと思っていたが、井上親子に会った今では、親子熊岩を見た時の印象も変わるのかもしれない。夕日沈む頃に眺めても、この胸は温かいままだろう。

「……よかったね、サクラちゃん」

 ぽん、と肩に置かれた手。振り返ればアオイがいた。

「はい。解決してよかったです」
「サクラちゃんが作るご飯が、人と神様の想いを繋げた。ここに満ちる笑顔が証拠です」

 想いを繋ぐご飯。祖母から母、母から咲空へと受け継がれた郷土料理が、人と蝦夷神様を繋いだのだ。
 涙ぐむ咲空にアオイは微笑み、聞く。

「……ということで。明日も出勤しますか?」

 その質問の返答は、とっくに決まっていた。

「はい。明日もソラヤで働きます」
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