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Ep3.親子熊の涙もぬかぼっけも塩辛い
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「――というわけで完成です。『焼きぬかぼっけ』と『ぬかぼっけの三平汁』です」
テーブルの上に並ぶは、三平汁が入ったお椀が四つと、切り分けた焼きぬかぼっけだ。
「へえ。子熊のゆるいヒントからここまで考えるとはな」
「いっただきまーす!」
自信満々で出したものの、咲空の心中には不安があった。
というのも、三平汁は簡単なようで奥が深い。咲空が調味料を使わなかったように、これは魚の塩気のみで味を付けている。足りなければ塩を足したり、出汁となるものを入れることもあるが、基本は何も入れない。ぬかぼっけそのものの味で勝負なのだ。漬け方や塩抜きで一つ失敗をすれば三平汁は台無しになる。
ぬかぼっけは祖母が作ったものだから大丈夫だろう。となれば咲空の調理方法だ。
(美味しいって言ってもらえますように……!)
顔を強張らせながら眺める。まず口を開いたのは井上だった。魚のエキスが滲み出てうすら白く濁った三平汁を一口飲んだのち、ほうと息を吐く。
「すっごく、おいしい……」
その横でアオイも一口。磯野も力強く頷いた。
「美味しい。汁物だけどごっこ汁とは全然違う。味付けしないなんて新鮮な食べ方ですね」
「これは悪くねえなあ。余計なものが入らないから味がすっきりしていて、魚や野菜の味わいを贅沢に楽しめる。塩抜きの加減もいい」
飽きずにするすると食べられるのは、にんじんやじゃがいもから染み出た甘味が混じっているからだ。ネギの香りが食欲をそそり、味付けは魚の塩気のみと思えない深い味わいになる。
「んー、こっちのおさかなもおいしいよ!」
焼きぬかぼっけに箸をつけた井上が唸る。それを聞いてアオイも一切れ口へ運ぶと、その口元が綻んだ。
「うんうん。三平汁の身に比べて、焼いた方は身の塩辛さがよくわかります。でも身が厚くてほくほく美味しい」
三平汁が野菜と魚の化学反応とするなら、焼きぬかぼっけはストレートパンチだ。三平汁で汁全体に溶け込んでいた魚の旨味が、焼きぬかぼっけは身の一切れにぎゅっと凝縮されている。身を噛めば噛むほど味がでる点ではすきみたらと似ているが、ぬかぼっけの方が身が厚く、歯ごたえもしっとりだ。ほっけの奥深い味に糠の風味が混ざり、身から脂が染みでている。
「井上ちゃんの話は汁物だけでしたが、ぬかぼっけは焼いて食べるのも美味しいので用意しました――でもしょっぱいので、ご飯が食べたくなりますよね?」
三人が食べているのを見るだけでもうれしいのだが、咲空の策はまだ終わらない。彼らの胃袋が求めるものはわかるとばかりに訊くと、井上たちが頷く。
「たべたーい。おなかへったよ」
「でもサクラちゃん、ご飯炊いてなかったと思いますが」
「はい。今回はご飯ではなく、私のオススメで食べてもらいます――これです」
そう言って咲空がテーブルの真ん中に置いたものは、大皿に乗った大量のじゃがいもである。
さっくりといえばふかしいもだ。皮を剥いて芽を取っただけのゴロゴロとしたじゃがいもを、少量の塩を入れた水で煮て、ふかす。溶けやすい芋だと失敗することが多いため、メークインのような溶けにくい芋がオススメだ。
「『芋の塩煮』です」
「ただのじゃがいもだね? バター乗せたら、よくあるジャガバタだ」
得意げな顔をして皿を出した咲空だったが、周りの反応は薄い。確かにただじゃがいもの皮を剥いて茹でただけである。切れ目を入れてバターを乗せれば縁日で見かけそうなジャガバタだ。
咲空は大皿からじゃがいもを一つとると、そこに焼きぬかぼっけの身を乗せた。
「……こうして食べるんです」
「乗せただけだね?」
「いいから食べてください!」
その剣幕に押され、三人とも咲空の真似をする。じゃがいもの上にぬかぼっけの身を乗せて、口の中へと運ぶ。ジャガバタならぬジャガボッケだ。しかし強張っていた三人の表情がみるみる解れていく。
「……不思議だ、これ」
口火を切ったのはアオイだった。首を傾げながら、もう一口。
というのもこれが、合うのである。少量の塩を入れて煮た芋は甘く、しかし触感も味もシンプルで飽きがある。そこにぬかぼっけの塩気がいい。舌にぴりっと残る塩分、中和するように淡泊な芋、また塩分を補充――と次々食べることができるのだ。この芋がなかなか重たく腹にたまるので、ご飯代わりにもなる。
「もちろん定番のバターを乗せで食べるのもおいしいですよ。用意しています」
「やったー! いろんなのたべてみる!」
「芋の塩煮の面白いところは、様々な組み合わせが楽しめるところです。バターやマヨネーズのほか、いかの塩辛を乗せて食べたりもしますよ。もちろん、塩辛も用意しています」
咲空がテーブルに置いたのは、アオイと二人で食べた塩辛だ。食べきれず残った分を持って帰ってきたのだが、ここでも活用することができた。
いかの塩辛を乗せて食べると、ぱさついた芋にどろりとしたイカゴロが絡まってしっとり美味しい。ジャガボッケとはまた違う触感だ。
「へえ。これは楽しいね」
「ねえねえ、このたべかた、おいしいのー」
「待て子熊! 俺様の芋に変なものを乗せるな!」
こうしてわいわいと騒ぎながら食べるご飯も良い。三人の穏やかな表情に咲空は達成感を抱いていた。
テーブルの上に並ぶは、三平汁が入ったお椀が四つと、切り分けた焼きぬかぼっけだ。
「へえ。子熊のゆるいヒントからここまで考えるとはな」
「いっただきまーす!」
自信満々で出したものの、咲空の心中には不安があった。
というのも、三平汁は簡単なようで奥が深い。咲空が調味料を使わなかったように、これは魚の塩気のみで味を付けている。足りなければ塩を足したり、出汁となるものを入れることもあるが、基本は何も入れない。ぬかぼっけそのものの味で勝負なのだ。漬け方や塩抜きで一つ失敗をすれば三平汁は台無しになる。
ぬかぼっけは祖母が作ったものだから大丈夫だろう。となれば咲空の調理方法だ。
(美味しいって言ってもらえますように……!)
顔を強張らせながら眺める。まず口を開いたのは井上だった。魚のエキスが滲み出てうすら白く濁った三平汁を一口飲んだのち、ほうと息を吐く。
「すっごく、おいしい……」
その横でアオイも一口。磯野も力強く頷いた。
「美味しい。汁物だけどごっこ汁とは全然違う。味付けしないなんて新鮮な食べ方ですね」
「これは悪くねえなあ。余計なものが入らないから味がすっきりしていて、魚や野菜の味わいを贅沢に楽しめる。塩抜きの加減もいい」
飽きずにするすると食べられるのは、にんじんやじゃがいもから染み出た甘味が混じっているからだ。ネギの香りが食欲をそそり、味付けは魚の塩気のみと思えない深い味わいになる。
「んー、こっちのおさかなもおいしいよ!」
焼きぬかぼっけに箸をつけた井上が唸る。それを聞いてアオイも一切れ口へ運ぶと、その口元が綻んだ。
「うんうん。三平汁の身に比べて、焼いた方は身の塩辛さがよくわかります。でも身が厚くてほくほく美味しい」
三平汁が野菜と魚の化学反応とするなら、焼きぬかぼっけはストレートパンチだ。三平汁で汁全体に溶け込んでいた魚の旨味が、焼きぬかぼっけは身の一切れにぎゅっと凝縮されている。身を噛めば噛むほど味がでる点ではすきみたらと似ているが、ぬかぼっけの方が身が厚く、歯ごたえもしっとりだ。ほっけの奥深い味に糠の風味が混ざり、身から脂が染みでている。
「井上ちゃんの話は汁物だけでしたが、ぬかぼっけは焼いて食べるのも美味しいので用意しました――でもしょっぱいので、ご飯が食べたくなりますよね?」
三人が食べているのを見るだけでもうれしいのだが、咲空の策はまだ終わらない。彼らの胃袋が求めるものはわかるとばかりに訊くと、井上たちが頷く。
「たべたーい。おなかへったよ」
「でもサクラちゃん、ご飯炊いてなかったと思いますが」
「はい。今回はご飯ではなく、私のオススメで食べてもらいます――これです」
そう言って咲空がテーブルの真ん中に置いたものは、大皿に乗った大量のじゃがいもである。
さっくりといえばふかしいもだ。皮を剥いて芽を取っただけのゴロゴロとしたじゃがいもを、少量の塩を入れた水で煮て、ふかす。溶けやすい芋だと失敗することが多いため、メークインのような溶けにくい芋がオススメだ。
「『芋の塩煮』です」
「ただのじゃがいもだね? バター乗せたら、よくあるジャガバタだ」
得意げな顔をして皿を出した咲空だったが、周りの反応は薄い。確かにただじゃがいもの皮を剥いて茹でただけである。切れ目を入れてバターを乗せれば縁日で見かけそうなジャガバタだ。
咲空は大皿からじゃがいもを一つとると、そこに焼きぬかぼっけの身を乗せた。
「……こうして食べるんです」
「乗せただけだね?」
「いいから食べてください!」
その剣幕に押され、三人とも咲空の真似をする。じゃがいもの上にぬかぼっけの身を乗せて、口の中へと運ぶ。ジャガバタならぬジャガボッケだ。しかし強張っていた三人の表情がみるみる解れていく。
「……不思議だ、これ」
口火を切ったのはアオイだった。首を傾げながら、もう一口。
というのもこれが、合うのである。少量の塩を入れて煮た芋は甘く、しかし触感も味もシンプルで飽きがある。そこにぬかぼっけの塩気がいい。舌にぴりっと残る塩分、中和するように淡泊な芋、また塩分を補充――と次々食べることができるのだ。この芋がなかなか重たく腹にたまるので、ご飯代わりにもなる。
「もちろん定番のバターを乗せで食べるのもおいしいですよ。用意しています」
「やったー! いろんなのたべてみる!」
「芋の塩煮の面白いところは、様々な組み合わせが楽しめるところです。バターやマヨネーズのほか、いかの塩辛を乗せて食べたりもしますよ。もちろん、塩辛も用意しています」
咲空がテーブルに置いたのは、アオイと二人で食べた塩辛だ。食べきれず残った分を持って帰ってきたのだが、ここでも活用することができた。
いかの塩辛を乗せて食べると、ぱさついた芋にどろりとしたイカゴロが絡まってしっとり美味しい。ジャガボッケとはまた違う触感だ。
「へえ。これは楽しいね」
「ねえねえ、このたべかた、おいしいのー」
「待て子熊! 俺様の芋に変なものを乗せるな!」
こうしてわいわいと騒ぎながら食べるご飯も良い。三人の穏やかな表情に咲空は達成感を抱いていた。
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