郷土料理女子は蝦夷神様をつなぎたい

松藤かるり

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Ep3.親子熊の涙もぬかぼっけも塩辛い

3-17

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「ミサキ。あの人とはうまくやってんだか?」

 祖母が訊いた。咲空の母と父が仲良くしているのかと聞いているらしい。答えに迷いつつ、咲空は頷いた。

「えがった。あの人はくっちゃべる人でねからさ、うまくやれんだかなって思ったんだわ」
「そう……だね……あまり喋る人じゃないね」
「んでもむすめっこはめんこがってるな。顔もでれでれに伸ばして、めんこくてしゃあないんだべ」

 父が咲空を可愛がっている。祖母はそう語るが、咲空は答えられなかった。それどころか違和感さえある。あれのどこが、娘を想っているというのか。

「あの人はしゃべんねしかだくらだけども、家族思いな優しい人だっけ、ミサキも大事にしてやれ」

 『父は喋らないし頑固だけど、家族思いで優しい人』祖母が語る父は、咲空が知っているものとずれている。喋らない頑固者は当たっているけれど、はたして家族を大事にしているだろうか。

「むんずがすとこあるっけ、むすめっこがおがったら、喧嘩こぐんだべな。そん時はゆるぐねかもしれんけど、ミサキがちゃあんと間に入ったげんだよ」

 『難しいところのある人だから、娘が大きくなったら喧嘩をするのだろう。その時は大変かもしれないけど母が間に入ってあげて』
 その言葉によって、急に居心地悪く感じた。ここにいるのは咲空なのに、いない状態で進んでいく会話。父について語られるたび、咲空が抱く父の認識が間違っているのだと責められている気さえしてしまう。

(父さんが家族思いなんて……どこを見ればそう言えるんだろ)

 記憶の中の父を辿っても、祖母が語るような家族思いの優しい父は見つからない。
 そこで昨晩のアオイの言葉が蘇る。

(人と繋がることって難しいから、その人の全部の『顔』が見られるわけじゃない――ばあちゃんの目には、どんな父さんが映っているんだろう)

 咲空を母だと思い込んで嬉しそうに喋る祖母と、知らなかった父の一面と。ここへ来たのを後悔してしまうほどに咲空は戸惑っていた。


「ミサキ。これ、ける」

 短い対面が終わって家を出ようという時、祖母が新聞紙に包んだものを持ってきた。おそらく冷凍庫に入っていたのだろう、受け取ればひんやりと冷たい。

「あの人はぬかぼっけ好きだべや。持っでって食わしちゃれ。せっかく来てもそったらもんしか土産がねぐてわりいなあ」
「……ぬかぼっけ」
「大事にすんだよ、あの人ほど優しぐて家族思いな人はいね。んでもしんどくなったら、いつでもけえっといで」

 フィクションストーリーのように、最後の一瞬だけでもここにいるのが咲空だと認識してくれていたのなら。そう願ってしまうものの、最初から最後まで祖母の瞳に映るのは母だった。

 祖母の声や笑い方が母と似ていて想像してしまう。もしも母が生きていたのなら、咲空が故郷へ帰った時こうして温かく出迎えてくれたのだろうか。辛くなったら帰っておいでと優しい言葉を紡いで。確かめる術はなく、渡されたぬかぼっけの包みは冷たいまま。

 咲空を乗せて車は動き出す。祖母は手を振り続け、その姿が小さくなってもそこから動くことはなかった。

 咲空の祖母に会っている間大人しくしていたアオイは、家も見えなくなった頃にようやく口を開いた。

「いやあ。ザ田舎って感じの家だったね!」
「そりゃ田舎ですからね。アオイさん、珍しく静かだったので助かりました」
「僕は空気が読める男だからね」
「……うーん」

 アオイが空気を読める男かはさておき。
 後部座席は空のジュニアシートが残り、咲空も助手席へと移った。たった数日といえ井上と共に行動していたため、誰もいない後部座席が少し寂しい。

 運転席をちらりと見れば、アオイは空いた手でマイペースに月寒あんぱんを食べている車中の寂しさなど素知らぬ顔だ。
 せたな町はたくさんの出来事があった。井上とのお出かけに、磯野との出会い、そして楽しかった海水浴。

(玖琉は何してるかな……)

 スマートフォンを取り出して確認する。しかし新着はなく、最後に送った咲空のメッセージも既読がついていない状態だった。

『咲空: 昨日は楽しかったね。無事に札幌に着いた? 帰ったら連絡してね』

(玖琉は、まだメッセージ見ていないのかな……大丈夫かなあ)

 こうして道南せたな町への旅が終わり、二人を乗せた車は札幌へと戻っていく。札幌で待つは海神――磯野との勝負だ。

***
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