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Ep3.親子熊の涙もぬかぼっけも塩辛い
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しおりを挟む駐車場で待っていると見慣れた車が入ってきた。玖琉の、中古で買った赤い車だ。札幌にいる時は地下鉄やバスで移動することが多く、車に乗るのはちょっと遠くへ買い物にでる時ぐらいだ。札幌から離れた所で馴染みあるものに会うとなぜか心が落ち着く。車から降りてきた玖琉を見た時も同じ感情を抱いた。
「ごめん、待たせた?」
「平気。それよりも早く海に行こうよ、暑くて暑くて」
急かすと玖琉は笑って車のトランクから荷物を取り出す。バーベキューコンロに、クーラーボックス。海水浴といえば焼肉である。バーベキューコンロは欠かせない。
北海道の海水浴は泳ぐというよりも焼肉が定番だ。テントを浜に広げ、バーベキューコンロを置いて肉を焼く。海に入れない人でも焼肉のために海水浴に行くというのはよくある話。海水浴場近くのコンビニでは炭やバーベキュー網が売っていたりもする。
そもそも道民はバーベキューが好きだ。わざわざ海に行かなくても、休日には庭や家の前でバーベキューをするほど。
二人で荷物を抱えながら砂浜を歩く。ちょうど良い場所が開いていたのでそこにレジャーシートを広げた。水着の上に服を着たので、さっと脱ぐだけで着替えも完了だ。
「俺、咲空の水着姿って初めてみたかも」
「変だった?」
「ううん。似合ってるよ」
ほんの一瞬、水着を着て玖琉の前に立つことに恥じらいがあった。それはアオイがデートだと騒いだからだろう。しかし蓋を開けてみれば玖琉はいつもと変わらず、あっさりとした反応だ。
「玖琉は水着持ってきた? 海が苦手って言ってたけど……」
「あるよ。それに心強い味方がいるから」
ビニールシートの隅に置いたぱんぱんに膨らんだドーナツが一つ。シンプルな無地の浮き輪だ。しかし、がつがつ泳ぎそうな外見をしている玖琉がこの中心に収まるのは想像し難い。
「早くそれ使うところ見てみたい」
「いじわるだなー。紐ついてる浮き輪だから、引っ張ってくれよ」
咲空は頷いてバーベキューの準備をする。ジンギスカンの肉や野菜、ウインナーなどをクーラーボックスから取り出す。ほどよい大きさに切ったとうもろこしも入っていたので、網の端で焼きとうもろこしが作れそうだ。
(今頃、アオイさんたちはドライブ中かな)
咲空の頭に浮かぶのは思いつくままに行動しているソラヤ店主のアオイだ。今頃は親子熊羊羹を食べているのだろうか。念のため振り返ったがアオイらしき気配はなかった。
肉や野菜をたらふく食べ、バーベキューが終わったところで、水中眼鏡とシュノーケルを持って海へと駆け出す。曇り止めとして海藻でレンズを拭いて、装着する。遠浅の海だが、充分に潜って遊ぶことができる。
綺麗な、青い海だ。潜れば外の音が消えて、波音と呼吸音だけが聞こえる。足がつく浅めのところでも小さな魚が泳いでいた。
見れば玖琉も浮き輪を使いながら、水中眼鏡で海中を覗きこんでいる。海に顔をつけるのは許されるらしい。それならば――と咲空は玖琉に近づいた。
「玖琉、」
海面から顔をだして、肩を叩く。
「私が紐を引っ張ってあげるから、少し深いところ行ってみる?」
怖がるだろうか、と思ったが玖琉はすぐに頷いていた。
海水浴場の端、防波堤のへりに近づくと、浅かった水深もがくんと深くなる。咲空は慣れているので困ることはないが、玖琉は浮き輪がなければ大変だっただろう。
防波堤のへりには、海の生き物にとって隠れる場所が多く、小魚や蟹、さらにはウニもいた。これぞまさしくウニといった黒紫色のムラサキウニの他、身が絶品のバフンウニもいる。咲空が潜ってそれを見つけ、居場所を聞いた玖琉が海を覗く。
「本物のウニだ。こんな風に張り付いてるんだ……」
「これを獲っちゃうと密漁になるからね、見ているだけしかできないけど。でも小さな頃に、知り合いの漁師さんがこっそり食べさせてくれたことがあって」
その漁師は内緒だぞと言って、手頃な石で殻を割って中身を海水ですすぐというワイルドすぎる食べ方を教えてくれた。味付けは海水という、鮮度の良さ一本勝負のような食べ方である。
あの時の味は忘れられない。咲空が知る限り、最も甘いウニだった。やや溶けかけたものと違って粒のようなものを舌先に感じる、鮮度が落ちることで生じる臭みはまったくなかった。贅沢な食べ方すぎて、その後に食べたウニを物足りなく感じるほど。
「さすがにここじゃできないけど。いつか美味しいウニ食べにいきたいね」
「……そう、だな」
なぜか。玖琉は咲空から視線を逸らした。普段ならばいつか行こうと乗っかってくるだろうタイミングで、玖琉らしくない。
翳った顔の理由は考えてもわからず。やはり足が着くところに連れて行った方がいいかもしれない、と咲空は浮き輪の紐を引いた。
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