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Ep3.親子熊の涙もぬかぼっけも塩辛い
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この熊の正体がぼんやりと頭に浮かぶ。それは確か、大成区にあるはずのものだ。答え合わせをするように、おそるおそる聞く。
「井上ちゃん。この海に見覚え、ある?」
「……うん」
「……お母さんも、熊、だよね?」
その首が、こくん、と縦に動いた。
やはりそうだ。咲空がその正体を確信すると同時にアオイがやってきて言った。おそらくこの問いかけを聞いていたのだろう。
「どうやら、色々と掴んだようですね」
「たぶん……ですけど」
「サクラちゃんのお母さんは道南生まれと聞いていたので、近くの町に行くかなあと思っていましたが。まさか大当たりのせたな町とは、これも縁ってやつですね」
「……となると、明日は?」
「はい。大成区に行きましょう」
井上の母親は大成区にいる。となれば今回の仕事は大成区に行けば終わるのだろう。そう思っていた咲空だったが、アオイは首を傾げていた。
「とはいえ。問題は残っていますからね……」
「問題って、お母さんと会わせて終わりじゃないんですか?」
「今回のご案内はもう少しかかると思いますよ。本当の問題は井上ちゃんのお母さんではなく別にあるので――ひとまず様子を見てみましょう」
晴れない表情のわけはまだ判明しそうにない。しかし目的地は決まったことで一安心である。玖琉と会う予定も大成町の海水浴場なので、ちょうど良い。
咲空の母はせたな町大成区の生まれだった。その後は町を出てしまったが、実家はまだ残っている。そこには祖母や叔父が住んでいるはずだ。
(おばあちゃん、元気にしているかな。もう何年も会っていないや)
祖母と最後に会ったのは母の葬儀だ。亡くなって以来、母方の親戚とはどうも疎遠になってしまった。父はやりとりをしているのかもしれないが、それを咲空に喋ることはない。祖母がどうしているのかも、まったくわからなかった。
本音を言えば、会ってみたい。せっかくここまできたのだから、と思うが。ゆるい空気に忘れそうになるがこれは仕事である。玖琉と会うために時間を空けてもらったこともあり、これ以上の寄り道を言い出し辛い。
気にはなるが今度にしようとあきらめかけたところで、その心中を見抜いたようにアオイが言った。
「ほかに行きたいところはありますか? 私用でも構いませんよ、車走らせちゃいます」
「……じゃあ、大成区にある祖母の家に寄りたいです」
「へえ。サクラちゃんのおばあちゃんが住んでいるんですね」
それを聞いたアオイはしばらく考えこみ、そして頷いた。
「では最終日に寄ってみましょうか」
「ありがとうございます!」
「となれば、明日明後日は大成区ですね。明日はサクラちゃんのデートを尾行しなきゃですし、いやあ忙しくなっちゃうなー」
「そうですね大成区に……って、尾行?」
不穏なワードに咲空が顔を顰めた。良くない単語が聞こえてしまった気がする。
アオイはというと悪びれゼロ、遠足前の子供かというほど胸を躍らせて言う。
「ウワサの玖琉くんを遠くからこっそり見るだけ! 平浜海水浴場に行くって聞いちゃったし、変なところでズレてて可愛げがなくてモテないサクラちゃんを応援したいですし」
「こないでください! さりげなく貶さないでください! そういう関係じゃないので応援もいらないです!」
声を荒げる咲空だが、アオイはニヤニヤとしてまったく通じていない。それどころか井上もきゃいきゃいと騒いでその場で跳ねた。
優しい玖琉のことだ、アオイや井上たちが混ざったとしても快く迎え入れてくれるだろう。しかしどうも咲空の心に気まずさが残る。アオイが余計なことを言うとか、井上が変なことを言うとか、そういった心配よりも先に、アオイと玖琉を会わせることに躊躇いがあった。
(……なんか、もやもやするんだよなぁ)
うまく言葉で表現できぬ感情。それが心に巣食っているうちは二人を会わせてはならない気がした。何とか尾行を阻止しようと咲空は決意した。
「井上ちゃん。この海に見覚え、ある?」
「……うん」
「……お母さんも、熊、だよね?」
その首が、こくん、と縦に動いた。
やはりそうだ。咲空がその正体を確信すると同時にアオイがやってきて言った。おそらくこの問いかけを聞いていたのだろう。
「どうやら、色々と掴んだようですね」
「たぶん……ですけど」
「サクラちゃんのお母さんは道南生まれと聞いていたので、近くの町に行くかなあと思っていましたが。まさか大当たりのせたな町とは、これも縁ってやつですね」
「……となると、明日は?」
「はい。大成区に行きましょう」
井上の母親は大成区にいる。となれば今回の仕事は大成区に行けば終わるのだろう。そう思っていた咲空だったが、アオイは首を傾げていた。
「とはいえ。問題は残っていますからね……」
「問題って、お母さんと会わせて終わりじゃないんですか?」
「今回のご案内はもう少しかかると思いますよ。本当の問題は井上ちゃんのお母さんではなく別にあるので――ひとまず様子を見てみましょう」
晴れない表情のわけはまだ判明しそうにない。しかし目的地は決まったことで一安心である。玖琉と会う予定も大成町の海水浴場なので、ちょうど良い。
咲空の母はせたな町大成区の生まれだった。その後は町を出てしまったが、実家はまだ残っている。そこには祖母や叔父が住んでいるはずだ。
(おばあちゃん、元気にしているかな。もう何年も会っていないや)
祖母と最後に会ったのは母の葬儀だ。亡くなって以来、母方の親戚とはどうも疎遠になってしまった。父はやりとりをしているのかもしれないが、それを咲空に喋ることはない。祖母がどうしているのかも、まったくわからなかった。
本音を言えば、会ってみたい。せっかくここまできたのだから、と思うが。ゆるい空気に忘れそうになるがこれは仕事である。玖琉と会うために時間を空けてもらったこともあり、これ以上の寄り道を言い出し辛い。
気にはなるが今度にしようとあきらめかけたところで、その心中を見抜いたようにアオイが言った。
「ほかに行きたいところはありますか? 私用でも構いませんよ、車走らせちゃいます」
「……じゃあ、大成区にある祖母の家に寄りたいです」
「へえ。サクラちゃんのおばあちゃんが住んでいるんですね」
それを聞いたアオイはしばらく考えこみ、そして頷いた。
「では最終日に寄ってみましょうか」
「ありがとうございます!」
「となれば、明日明後日は大成区ですね。明日はサクラちゃんのデートを尾行しなきゃですし、いやあ忙しくなっちゃうなー」
「そうですね大成区に……って、尾行?」
不穏なワードに咲空が顔を顰めた。良くない単語が聞こえてしまった気がする。
アオイはというと悪びれゼロ、遠足前の子供かというほど胸を躍らせて言う。
「ウワサの玖琉くんを遠くからこっそり見るだけ! 平浜海水浴場に行くって聞いちゃったし、変なところでズレてて可愛げがなくてモテないサクラちゃんを応援したいですし」
「こないでください! さりげなく貶さないでください! そういう関係じゃないので応援もいらないです!」
声を荒げる咲空だが、アオイはニヤニヤとしてまったく通じていない。それどころか井上もきゃいきゃいと騒いでその場で跳ねた。
優しい玖琉のことだ、アオイや井上たちが混ざったとしても快く迎え入れてくれるだろう。しかしどうも咲空の心に気まずさが残る。アオイが余計なことを言うとか、井上が変なことを言うとか、そういった心配よりも先に、アオイと玖琉を会わせることに躊躇いがあった。
(……なんか、もやもやするんだよなぁ)
うまく言葉で表現できぬ感情。それが心に巣食っているうちは二人を会わせてはならない気がした。何とか尾行を阻止しようと咲空は決意した。
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