郷土料理女子は蝦夷神様をつなぎたい

松藤かるり

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Ep2.故郷のすきみはかたくてほぐせず

2-15

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 居間に戻れば、テレビも点けずに父が待っていた。眉間に皺を寄せて腕を組んでいる姿から、あまり機嫌はよくないのだろう。察した咲空は素通りをして家を出ようとしたが――

「待て」

 黙って出て行くことはお見通しとばかりに引き止められ、渋々座る。居間には父が使っているボロのソファしかなく、咲空とアオイはストーブを挟んで向かい側の床に腰をおろした。
 目を合わせることさえ気まずく、居間はぴりぴりと張り詰めた空気に包まれていて、ストーブの熱気も届いてこない。

「札幌で仕事してんのか?」

 沈黙を破ったのは咲空の父だった。

(やっぱり『おかえり』は言わないんだな)

 落胆と苛立ちと。複雑な気持ちを抱えながら咲空が冷たく言い放つ。

「働いてるよ」
「どこで働いてんだ?」
「そんなの関係な――」

 関係ない、と続けるつもりがそれを遮ったのは隣に座るアオイだ。この緊迫した空気を読めていない男は、この場で一人だけニコニコ上機嫌である。

「僕の家で働いてますよ!」
「ちょっと、アオイさん!」
「だって本当のことだし。いつも僕に美味しい特製手料理作ってくれてるでしょ? 僕は朝昼晩とサクラちゃんのご飯を食べないと生きていけないよ!」
「ややこしい表現しないでください。ていうか『家』ってより『店』です」

 確かにアオイはソラヤに住んでいるが、ここで『家』と喋ってしまえば誤解を生むだろう。おそるおそる父の様子を窺えば、案の定な反応で、眉間の皺がぐっと深くなったような気がする。

「なして、その男さ連れてきた?」
「アオイさんは仕事の――」
「そりゃサクラちゃんのパートナーですから!」
「ちがーう! !」

 父との関係が冷え込んでいるのもあって、札幌での状況を話すつもりはなかった。働いていることもどこでどんな仕事をしているのかも明かす気はない。それがこの結果である。アオイの発言を具現化するのならば爆弾が相応しいだろう。あれほど余計なことを言うなと注意したのに、アオイの行動は咲空の想像を超えていた。

「でも、毎日通ってるじゃん? あれ、この喩えだと通い妻?」
「変な言い方やめてください!」

 ぎゃあぎゃあと二人のやりとりは続く。この時だけは緊張感も消えていた。

 それを止めたのはアオイでも咲空でもなく、父だった。咳払い一つで場はしんと静かになり、その静寂を枯れた声が破る。

「……咲空」

 ストーブ越しに、父が睨む。

「紋別に戻ってこい」
「……は?」
「札幌は遠すぎる。ろくな仕事もしてねえなら、さっさと紋別さ帰れ」

 ぴしり、と氷が背中に刺さったように。体がじわじわと冷えていって咲空は動けなくなる。父の言葉は咲空にとって予想も、望んでもいないものだった。

 咲空を抑えつけるような鋭い眼光。気圧されて生じた喉の渇きに、幼い頃父に叱られた時もこんな居心地の悪さを抱いていたと思いだした。それでも咲空の父は言葉を紡ぐ。

「ここなら住むとこもある。お前の部屋だってそのままだ」
「……」
「札幌じゃ、母さんの墓参りだってゆるくねえ」

 父が語るものは紋別に残してきたものだ。長く住んだ家も、咲空の思い出が詰まった部屋も、母が眠るお墓も紋別にしかない。父が語る通り、札幌と紋別は気楽に墓参りできる距離ではない。

 けれど札幌にも、咲空の大切なものがある。心置ける友人の玖琉に、変なお客様ばかりの変わったアルバイト。さらに変わり者すぎて紋別弾丸旅行までしてしまう店主のアオイ。札幌にだって積み上げてきたものはたくさんあるのだ。それが咲空の思考をぐるぐると駆け巡った。

「それにお前、体を壊したら――」

 その思考が、弾けた。
 反射的に咲空は叫ぶ。

「誰が体壊したって、父さん来ないっしょや!」

 体は気持ち悪いほど冷えているのに、抱えてきた感情が爆発して止められない。立ちあがれば、ソファに腰かけた父が小さくみえる。頭に浮かぶ言葉はそのまま喉を通り過ぎて、怒声となる。普段ならば抑えている北海道弁も開放状態だ。

「紋別に帰れ帰れって、私のことなんも考えてない!」
「……っ」
「今日だって、『おかえり』も言ってくれない!」

 思いつくままに言い放ち、気づけば父とアオイが咲空を見つめていた。それは感情を爆発させた咲空を哀れんでいるような気がしてしまって居た堪れない。

 皆から逃げるように、咲空は家を飛び出した。
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