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Ep2.故郷のすきみはかたくてほぐせず
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咲空が求めていたアオイ自身のこと、ソラヤに関するものだと悟る。咲空は何も言わず、フロントガラスをじっと見つめてそれを聞いた。
「僕だけの目線で北海道を見たかった。厳しい季節もあるけれど、僕はこの土地が好きなので」
声音は弱く、暗く。普段のアオイと異なるものだった。これがトンネル内でなかったのなら、アオイの方を見てその表情を確認することができたのに。
「何のしがらみも拘束されることもなく、自由に見て回りたい。今までの場所にいたら見えなかった北海道を知りたい。だから逃げだしてソラヤを作っただけですよ。かっこいい理由なんてない――これ、サクラちゃんもわかると思いますが」
「……私もですか?」
「君の上京したい理由って、僕と似ていませんか?」
言われて、考える。上京したい理由は自由を求めていたのか、それとも『逃げ』だったのか。その答えは暗闇の中にいるようで見つけることができない。その暗闇は、この長いトンネルに似ていた。
咲空が悩む間にアオイが続ける。それは自由に至った先の話だった。
「でも……自由になっても意味はなかった。無力だと知るだけだった。お店を始めたところでいつか限界がくる」
「限界って、ソラヤが閉店するかもしれないってことですか?」
「いつかね。物事に必ず終わりはあるでしょう。人間があっさり死んじゃうみたいに」
「……私が働いている間はやめてくださいね」
「善処しまーす。でも、僕は君に感謝していますよ」
うっすらと、遠くに光が見える。次のカーブを曲がれば出口、このトンネルが終わってしまうのだ。
運転席を見れば、わずかな光とトンネルの照明に照らされた横顔が、穏やかに微笑んでいた。
「何か変われば面白いと思ってだした求人募集で、君が釣れた。北海道食材を使ってご飯を作ってくれる郷土料理女子がね」
「今時の写真映えしそうなおしゃれ飯女子じゃなくてすみません」
「いいんですよ。それが面白いから」
山中にある長いトンネルは不思議なもので、入る前は晴れていたのに出れば雨が降っていたりする。その変化っぷりはトンネルを出れば別世界という言葉を思い出してしまうほどだ。この浮島トンネルも例外ではない。
出口の光が強くなっていって、終わりが見える。きっと天気は変わっているのだろう。曇っていた空は晴れているのか雨が降っているのか。それと同じように、この車内の空気だってきっと、変わってしまう。
アオイが自分のことを語るのはトンネルの間だけかもしれないと、咲空は悟った。それは寂しさに似ている。
「でも、」
出口に差し掛かってアオイが言った。車は暗闇を抜けて光の世界へ。眩しさに目を細めた瞬間、もう一度声がした。
「ソラヤを終わらせるのも君だと思うけど」
鼓膜を揺らしたその言葉に驚き、アオイを見た時にはもう、外は晴れていた。雲なんてどこにもない。彼の表情も、トンネルに入る前と変わらぬ乾いたものになっている。
「あの、今言ったのって――」
咲空が聞いても、アオイは首を傾げる。
「続きが聞きたいなら、月寒あんぱん十個で手を打ちますよ」
「車にいっぱい積んでますよね?」
「僕は、対価がないと動けない性分でして」
「うわあ。ケチ」
「ははっ、僕は雇用主ですからね。そんなことを言う子はクビにしちゃいます」
「そ、それは勘弁してください……」
車内の空気はトンネルを入る前に戻ってしまって、彼の真意はもう掴むことができない。けれど、彼が切なげに呟いた言葉は、まだ鼓膜に焼き付いていた。
***
「僕だけの目線で北海道を見たかった。厳しい季節もあるけれど、僕はこの土地が好きなので」
声音は弱く、暗く。普段のアオイと異なるものだった。これがトンネル内でなかったのなら、アオイの方を見てその表情を確認することができたのに。
「何のしがらみも拘束されることもなく、自由に見て回りたい。今までの場所にいたら見えなかった北海道を知りたい。だから逃げだしてソラヤを作っただけですよ。かっこいい理由なんてない――これ、サクラちゃんもわかると思いますが」
「……私もですか?」
「君の上京したい理由って、僕と似ていませんか?」
言われて、考える。上京したい理由は自由を求めていたのか、それとも『逃げ』だったのか。その答えは暗闇の中にいるようで見つけることができない。その暗闇は、この長いトンネルに似ていた。
咲空が悩む間にアオイが続ける。それは自由に至った先の話だった。
「でも……自由になっても意味はなかった。無力だと知るだけだった。お店を始めたところでいつか限界がくる」
「限界って、ソラヤが閉店するかもしれないってことですか?」
「いつかね。物事に必ず終わりはあるでしょう。人間があっさり死んじゃうみたいに」
「……私が働いている間はやめてくださいね」
「善処しまーす。でも、僕は君に感謝していますよ」
うっすらと、遠くに光が見える。次のカーブを曲がれば出口、このトンネルが終わってしまうのだ。
運転席を見れば、わずかな光とトンネルの照明に照らされた横顔が、穏やかに微笑んでいた。
「何か変われば面白いと思ってだした求人募集で、君が釣れた。北海道食材を使ってご飯を作ってくれる郷土料理女子がね」
「今時の写真映えしそうなおしゃれ飯女子じゃなくてすみません」
「いいんですよ。それが面白いから」
山中にある長いトンネルは不思議なもので、入る前は晴れていたのに出れば雨が降っていたりする。その変化っぷりはトンネルを出れば別世界という言葉を思い出してしまうほどだ。この浮島トンネルも例外ではない。
出口の光が強くなっていって、終わりが見える。きっと天気は変わっているのだろう。曇っていた空は晴れているのか雨が降っているのか。それと同じように、この車内の空気だってきっと、変わってしまう。
アオイが自分のことを語るのはトンネルの間だけかもしれないと、咲空は悟った。それは寂しさに似ている。
「でも、」
出口に差し掛かってアオイが言った。車は暗闇を抜けて光の世界へ。眩しさに目を細めた瞬間、もう一度声がした。
「ソラヤを終わらせるのも君だと思うけど」
鼓膜を揺らしたその言葉に驚き、アオイを見た時にはもう、外は晴れていた。雲なんてどこにもない。彼の表情も、トンネルに入る前と変わらぬ乾いたものになっている。
「あの、今言ったのって――」
咲空が聞いても、アオイは首を傾げる。
「続きが聞きたいなら、月寒あんぱん十個で手を打ちますよ」
「車にいっぱい積んでますよね?」
「僕は、対価がないと動けない性分でして」
「うわあ。ケチ」
「ははっ、僕は雇用主ですからね。そんなことを言う子はクビにしちゃいます」
「そ、それは勘弁してください……」
車内の空気はトンネルを入る前に戻ってしまって、彼の真意はもう掴むことができない。けれど、彼が切なげに呟いた言葉は、まだ鼓膜に焼き付いていた。
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