郷土料理女子は蝦夷神様をつなぎたい

松藤かるり

文字の大きさ
上 下
30 / 85
Ep2.故郷のすきみはかたくてほぐせず

2-10

しおりを挟む
 咲空が求めていたアオイ自身のこと、ソラヤに関するものだと悟る。咲空は何も言わず、フロントガラスをじっと見つめてそれを聞いた。

「僕だけの目線で北海道を見たかった。厳しい季節もあるけれど、僕はこの土地が好きなので」

 声音は弱く、暗く。普段のアオイと異なるものだった。これがトンネル内でなかったのなら、アオイの方を見てその表情を確認することができたのに。

「何のしがらみも拘束されることもなく、自由に見て回りたい。今までの場所にいたら見えなかった北海道を知りたい。だから逃げだしてソラヤを作っただけですよ。かっこいい理由なんてない――これ、サクラちゃんもわかると思いますが」
「……私もですか?」
「君の上京したい理由って、僕と似ていませんか?」

 言われて、考える。上京したい理由は自由を求めていたのか、それとも『逃げ』だったのか。その答えは暗闇の中にいるようで見つけることができない。その暗闇は、この長いトンネルに似ていた。
 咲空が悩む間にアオイが続ける。それは自由に至った先の話だった。

「でも……自由になっても意味はなかった。無力だと知るだけだった。お店を始めたところでいつか限界がくる」
「限界って、ソラヤが閉店するかもしれないってことですか?」
「いつかね。物事に必ず終わりはあるでしょう。人間があっさり死んじゃうみたいに」
「……私が働いている間はやめてくださいね」
「善処しまーす。でも、僕は君に感謝していますよ」

 うっすらと、遠くに光が見える。次のカーブを曲がれば出口、このトンネルが終わってしまうのだ。

 運転席を見れば、わずかな光とトンネルの照明に照らされた横顔が、穏やかに微笑んでいた。

「何か変われば面白いと思ってだした求人募集で、君が釣れた。北海道食材を使ってご飯を作ってくれる郷土料理女子がね」
「今時の写真映えしそうなおしゃれ飯女子じゃなくてすみません」
「いいんですよ。それが面白いから」

 山中にある長いトンネルは不思議なもので、入る前は晴れていたのに出れば雨が降っていたりする。その変化っぷりはトンネルを出れば別世界という言葉を思い出してしまうほどだ。この浮島トンネルも例外ではない。
 出口の光が強くなっていって、終わりが見える。きっと天気は変わっているのだろう。曇っていた空は晴れているのか雨が降っているのか。それと同じように、この車内の空気だってきっと、変わってしまう。

 アオイが自分のことを語るのはトンネルの間だけかもしれないと、咲空は悟った。それは寂しさに似ている。

「でも、」

 出口に差し掛かってアオイが言った。車は暗闇を抜けて光の世界へ。眩しさに目を細めた瞬間、もう一度声がした。

「ソラヤを終わらせるのも君だと思うけど」

 鼓膜を揺らしたその言葉に驚き、アオイを見た時にはもう、外は晴れていた。雲なんてどこにもない。彼の表情も、トンネルに入る前と変わらぬ乾いたものになっている。

「あの、今言ったのって――」

 咲空が聞いても、アオイは首を傾げる。

「続きが聞きたいなら、月寒あんぱん十個で手を打ちますよ」
「車にいっぱい積んでますよね?」
「僕は、対価がないと動けない性分でして」
「うわあ。ケチ」
「ははっ、僕は雇用主ですからね。そんなことを言う子はクビにしちゃいます」
「そ、それは勘弁してください……」

 車内の空気はトンネルを入る前に戻ってしまって、彼の真意はもう掴むことができない。けれど、彼が切なげに呟いた言葉は、まだ鼓膜に焼き付いていた。

***
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷

河野美姫
キャラ文芸
古都・金沢、加賀百万石の城下町のお茶屋街で巡り会う、不思議なご縁。 雨の神様がもてなす甘味処。 祖母を亡くしたばかりの大学生のひかりは、ひとりで金沢にある祖母の家を訪れ、祖母と何度も足を運んだひがし茶屋街で銀髪の青年と出会う。 彼は、このひがし茶屋街に棲む神様で、自身が守る屋敷にやって来た者たちの傷ついた心を癒やしているのだと言う。 心の拠り所を失くしたばかりのひかりは、意図せずにその屋敷で過ごすことになってしまいーー? 神様と双子の狐の神使、そしてひとりの女子大生が紡ぐ、ひと夏の優しい物語。 アルファポリス 2021/12/22~2022/1/21 ※こちらの作品はノベマ!様・エブリスタ様でも公開中(完結済)です。 (2019年に書いた作品をブラッシュアップしています)

お昼寝カフェ【BAKU】へようこそ!~夢喰いバクと社畜は美少女アイドルの悪夢を見る~

保月ミヒル
キャラ文芸
人生諦め気味のアラサー営業マン・遠原昭博は、ある日不思議なお昼寝カフェに迷い混む。 迎えてくれたのは、眼鏡をかけた独特の雰囲気の青年――カフェの店長・夢見獏だった。 ゆるふわおっとりなその青年の正体は、なんと悪夢を食べる妖怪のバクだった。 昭博はひょんなことから夢見とダッグを組むことになり、客として来店した人気アイドルの悪夢の中に入ることに……!? 夢という誰にも見せない空間の中で、人々は悩み、試練に立ち向かい、成長する。 ハートフルサイコダイブコメディです。

処理中です...