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Ep2.故郷のすきみはかたくてほぐせず
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愛山渓での休憩を終えて車は再び走り出す。
「いやあ、舞茸ラーメンすごかったね」
アオイの言葉に、咲空は頷いた。
「舞茸の香りとラーメンがあんなに合うなんて、革命ですよね」
「侮っていました……塩ラーメンの可能性を見た気がする」
「しかも愛別の舞茸が美味しいんですよ。美味しいものと美味しいもののコラボは無限大です」
咲空も初めて舞茸ラーメンを見た時は箸をつけるのを躊躇った。茸の中でも香りの強い部類の舞茸がどーんと麺に鎮座しているのだ。インパクトある見た目だが食べてみれば、これが意外と合う。あっさりしたスープに芳醇な茸の香りが混ざって、味の深みが増すのだ。『茸の里』と呼ばれている愛別町の舞茸を使っているので、香りは濃く味も良い。さらに麺の食感とは異なる茸独特の歯ごたえも食欲をそそるのだ。こんなに合うものかと笑ってしまうほどおいしい。
しばらく走るとトンネルの入り口が遠くに見え、咲空が言った。
「この浮島トンネルが長いんですよね」
まもなく入るだろう浮島トンネルは、ほぼ直線なので走りやすいが距離がある。このトンネルができるまで浮島峠は難所と呼ばれていて、冬季期間中は通ることができなかったが、このトンネルによって一年中通行が可能になったのだ。旧道は現在も残っていて、幻想的な高層湿原こと浮島湿原に向かう時はここを通ることになる。
その話をするとアオイがしみじみと呟いた。
「いつか浮島湿原も来たいですね。案内してください」
「結構歩きますよ?」
「平気です。そういうの楽しいじゃないですか。あちこち出歩いて、色んな北海道を見たい」
そこでふと、咲空の心に疑問が生じた。
(アオイさんはどうしてソラヤを経営しているんだろう)
アオイが蝦夷神様だとしても人間だとしても、店をはじめた理由が知りたかった。というのもソラヤの運営が咲空の常識を超えているのだ。
表向きは観光案内と言っているが相手にするのは癖のある蝦夷神様や妖怪で、客が来なくてもなぜか店は困らない。咲空が勤める前は蝦夷神様を案内してもうまくいかずウェンカムイになってしまったと聞いたが、その前がわからないのだ。なぜ蝦夷神様を案内する店を作ったのか。
そういえば、と咲空は運転席を見る。山田の一件からソラヤで勤めているが、アオイのことはぜんぜんわからないのだ。
「アオイさんって、どうしてソラヤをはじめたんですか?」
「あれ、気になっちゃいました? ソラヤをはじめた理由なんて聞いても楽しくないですよ。僕はサクラちゃんの話の方が楽しいと思います」
「だってソラヤは不思議なことばかりです。それにアオイさんだって、不思議なことばかりでよくわからない。もっと知りたいんです」
アオイは変わった人だが、咲空にとっては妙な居心地の良さがあった。振り回されているけれど楽しい。こうして二人で車に乗っていても気まずさはなく、無言の時間だろうが平然としていられる。しかし一歩踏み込めないのは、アオイ自身のことがわからないからだ。
「僕のことが気になる?」
からかうようにアオイが言った。咲空は真剣な顔をして頷く。
「はい。気になります」
「……なるほど?」
浮島トンネルの入り口に差し掛かり、どんより曇っていた空がトンネルに覆われて、車内が暗くなる。
狭いトンネル内を反響して普段よりも大きく聞こえる走行音と、オレンジ色の光。アオイの表情もよくわからない暗さの中でそれは聞こえた。
「自由になりたかった」
愛山渓での休憩を終えて車は再び走り出す。
「いやあ、舞茸ラーメンすごかったね」
アオイの言葉に、咲空は頷いた。
「舞茸の香りとラーメンがあんなに合うなんて、革命ですよね」
「侮っていました……塩ラーメンの可能性を見た気がする」
「しかも愛別の舞茸が美味しいんですよ。美味しいものと美味しいもののコラボは無限大です」
咲空も初めて舞茸ラーメンを見た時は箸をつけるのを躊躇った。茸の中でも香りの強い部類の舞茸がどーんと麺に鎮座しているのだ。インパクトある見た目だが食べてみれば、これが意外と合う。あっさりしたスープに芳醇な茸の香りが混ざって、味の深みが増すのだ。『茸の里』と呼ばれている愛別町の舞茸を使っているので、香りは濃く味も良い。さらに麺の食感とは異なる茸独特の歯ごたえも食欲をそそるのだ。こんなに合うものかと笑ってしまうほどおいしい。
しばらく走るとトンネルの入り口が遠くに見え、咲空が言った。
「この浮島トンネルが長いんですよね」
まもなく入るだろう浮島トンネルは、ほぼ直線なので走りやすいが距離がある。このトンネルができるまで浮島峠は難所と呼ばれていて、冬季期間中は通ることができなかったが、このトンネルによって一年中通行が可能になったのだ。旧道は現在も残っていて、幻想的な高層湿原こと浮島湿原に向かう時はここを通ることになる。
その話をするとアオイがしみじみと呟いた。
「いつか浮島湿原も来たいですね。案内してください」
「結構歩きますよ?」
「平気です。そういうの楽しいじゃないですか。あちこち出歩いて、色んな北海道を見たい」
そこでふと、咲空の心に疑問が生じた。
(アオイさんはどうしてソラヤを経営しているんだろう)
アオイが蝦夷神様だとしても人間だとしても、店をはじめた理由が知りたかった。というのもソラヤの運営が咲空の常識を超えているのだ。
表向きは観光案内と言っているが相手にするのは癖のある蝦夷神様や妖怪で、客が来なくてもなぜか店は困らない。咲空が勤める前は蝦夷神様を案内してもうまくいかずウェンカムイになってしまったと聞いたが、その前がわからないのだ。なぜ蝦夷神様を案内する店を作ったのか。
そういえば、と咲空は運転席を見る。山田の一件からソラヤで勤めているが、アオイのことはぜんぜんわからないのだ。
「アオイさんって、どうしてソラヤをはじめたんですか?」
「あれ、気になっちゃいました? ソラヤをはじめた理由なんて聞いても楽しくないですよ。僕はサクラちゃんの話の方が楽しいと思います」
「だってソラヤは不思議なことばかりです。それにアオイさんだって、不思議なことばかりでよくわからない。もっと知りたいんです」
アオイは変わった人だが、咲空にとっては妙な居心地の良さがあった。振り回されているけれど楽しい。こうして二人で車に乗っていても気まずさはなく、無言の時間だろうが平然としていられる。しかし一歩踏み込めないのは、アオイ自身のことがわからないからだ。
「僕のことが気になる?」
からかうようにアオイが言った。咲空は真剣な顔をして頷く。
「はい。気になります」
「……なるほど?」
浮島トンネルの入り口に差し掛かり、どんより曇っていた空がトンネルに覆われて、車内が暗くなる。
狭いトンネル内を反響して普段よりも大きく聞こえる走行音と、オレンジ色の光。アオイの表情もよくわからない暗さの中でそれは聞こえた。
「自由になりたかった」
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