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Ep1.救世主はぷるぷるごっこ
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「できました、『ごっこ汁』です!」
生海苔とホテイウオによる磯の香りと醤油の香ばしさがキッチンに広がり、これには机に突っ伏していた山田も身を起こした。
あのグロテスクでぬめぬめとしていた魚の姿はなく、そこにあるのは一杯の汁。スプーンで掬いあげると、煮て締まった身にホテイウオの斑点模様がついていた。
「あの魚がこんな小さくなってしまったのか……人間は残酷すぎるのではないか……あんなに丸かったのに……」
(雪山だのティーポットだの、挙句には私も消そうとしていたくせに今更残酷ってこの蝦夷神様は)
ツッコミを堪えつつ、山田をじっと見る。スプーンには、ごっこ汁。ぷるぷるの身にたまごの粒々が絡まっている。ごっこ汁の見かけがあまりよくないからか食べることに躊躇しているようだったが、アオイや咲空の注視に耐えきれず、ついに口にする。
「……」
ゼラチン質の身は口中でぷるぷると揺れ、一つ噛めばそれは柔らかく、まるで口中に溶けていくような食感である。ゼリーというよりもプリンに近いかもしれない。身によっては骨があるのだが、この骨は柔らかくそのまま食べることができる。プリンのような身だけでなく、軟骨のコリコリとした食感もあるので飽きがこない。
醤油ベースの汁はあっさりとし、魚のだしや生海苔の風味が混じっている。咲空がきっちりとホテイウオのぬめりを取っていたことで嫌な臭みは薄れ、ほどよい海の味が楽しめるのだ。
「どう……ですか?」
山田は答えず、二匙目を食す。今度は身ではなく、たまごがたっぷりと乗っていた。めんたの腹を膨らませていたたまごは汁の中でばらばらにほぐれ、その一粒は鮭のたまごより小さくトビウオのたまごより大きい。弾力があり、ひと噛みすればぷちぷちと弾ける。中に詰まっているのは濃厚なうまみだが一粒が小さいので物足りず、次のたまごを食べてしまいたい魔力がある。
これが道南の名物。冬の珍味である『ごっこ汁』だ。しかしコラーゲンたっぷりのゼラチン質の身やホテイウオの外見によって苦手という人も少なくない。山田の語ったものに近いと思って作ったのだが、いざ食しているところを見れば咲空も怖くなる。果たして満足してもらえるだろうか。
「……」
三口目。今度は大きな身を食べる。英国風イケメンの喉がごくりと大きく上下した後、スプーンを置いた。それから。ゆっくりと目を閉じ、深く息を吸いこむ。
わずかな間だったが、咲空にとっては長く感じた。山田はどんな感想を述べるのか、緊張の瞬間である。
「……人間の食事というものは、理解できぬ」
(だめだったか……)
咲空は肩を落とす。しかしまだ山田の話は続いていた。
「だが、この柔らかな身やぷちぷちの粒。あの魚の外面だけでは想像できなかった食感だ。こんなものが含まれていたとは」
「見た目はかわいいのに不思議ですよね」
「見目はまったく麗しくない。のだがこの味は悪くない。海だ。この香りは岬にいた時をよく思い出す」
もう一度スプーンを手に取る。たまごと海苔が絡んだ汁を一口すすり――それを飲みこむと同時に、山田の瞳からぽたりと光るものが落ちた。
涙だ。山田が泣いている。
「……我々が与えた恵みを、人間たちはこんな風に味わっていたのか」
生海苔とホテイウオによる磯の香りと醤油の香ばしさがキッチンに広がり、これには机に突っ伏していた山田も身を起こした。
あのグロテスクでぬめぬめとしていた魚の姿はなく、そこにあるのは一杯の汁。スプーンで掬いあげると、煮て締まった身にホテイウオの斑点模様がついていた。
「あの魚がこんな小さくなってしまったのか……人間は残酷すぎるのではないか……あんなに丸かったのに……」
(雪山だのティーポットだの、挙句には私も消そうとしていたくせに今更残酷ってこの蝦夷神様は)
ツッコミを堪えつつ、山田をじっと見る。スプーンには、ごっこ汁。ぷるぷるの身にたまごの粒々が絡まっている。ごっこ汁の見かけがあまりよくないからか食べることに躊躇しているようだったが、アオイや咲空の注視に耐えきれず、ついに口にする。
「……」
ゼラチン質の身は口中でぷるぷると揺れ、一つ噛めばそれは柔らかく、まるで口中に溶けていくような食感である。ゼリーというよりもプリンに近いかもしれない。身によっては骨があるのだが、この骨は柔らかくそのまま食べることができる。プリンのような身だけでなく、軟骨のコリコリとした食感もあるので飽きがこない。
醤油ベースの汁はあっさりとし、魚のだしや生海苔の風味が混じっている。咲空がきっちりとホテイウオのぬめりを取っていたことで嫌な臭みは薄れ、ほどよい海の味が楽しめるのだ。
「どう……ですか?」
山田は答えず、二匙目を食す。今度は身ではなく、たまごがたっぷりと乗っていた。めんたの腹を膨らませていたたまごは汁の中でばらばらにほぐれ、その一粒は鮭のたまごより小さくトビウオのたまごより大きい。弾力があり、ひと噛みすればぷちぷちと弾ける。中に詰まっているのは濃厚なうまみだが一粒が小さいので物足りず、次のたまごを食べてしまいたい魔力がある。
これが道南の名物。冬の珍味である『ごっこ汁』だ。しかしコラーゲンたっぷりのゼラチン質の身やホテイウオの外見によって苦手という人も少なくない。山田の語ったものに近いと思って作ったのだが、いざ食しているところを見れば咲空も怖くなる。果たして満足してもらえるだろうか。
「……」
三口目。今度は大きな身を食べる。英国風イケメンの喉がごくりと大きく上下した後、スプーンを置いた。それから。ゆっくりと目を閉じ、深く息を吸いこむ。
わずかな間だったが、咲空にとっては長く感じた。山田はどんな感想を述べるのか、緊張の瞬間である。
「……人間の食事というものは、理解できぬ」
(だめだったか……)
咲空は肩を落とす。しかしまだ山田の話は続いていた。
「だが、この柔らかな身やぷちぷちの粒。あの魚の外面だけでは想像できなかった食感だ。こんなものが含まれていたとは」
「見た目はかわいいのに不思議ですよね」
「見目はまったく麗しくない。のだがこの味は悪くない。海だ。この香りは岬にいた時をよく思い出す」
もう一度スプーンを手に取る。たまごと海苔が絡んだ汁を一口すすり――それを飲みこむと同時に、山田の瞳からぽたりと光るものが落ちた。
涙だ。山田が泣いている。
「……我々が与えた恵みを、人間たちはこんな風に味わっていたのか」
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