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Ep1.救世主はぷるぷるごっこ
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札幌市営地下鉄は三種ある。
札幌市の南北、縦断する形となった南北線に、東西に横断した東西線。そして南北線と東西線の隙間を埋めるように斜めに走る東豊線だ。これらは色で分けられていて、南北線は緑。東西線は橙色、東豊線は青色のマークがついている。
札幌市営地下鉄にはいくつかの特徴がある。地下鉄車両がゴムタイヤ式を採用していることや、荷棚・冷房がついていないこと。最も珍しいのは、南北線の平岸駅以南だろう。地下鉄と名前がついているくせ、地上を走る。平岸駅を出た地下鉄はぐるぐるとカーブを曲がって地上に出て、白いかまぼこのようなシェルターに覆われた高架を走り抜けていく。見上げれば地下鉄、という状態である。地下鉄の地下とは何なのか。
咲空たちが乗り込んだのは青色が目印の東豊線だ。東区栄町から豊平区福住までを結ぶ。終点福住駅は札幌ドームなどの観光スポット最寄り駅となっているが、咲空たちが目指すは福住駅の一つ手前。月寒中央駅である。
さて駅を出ると当然の如く雪が降っている。寒さが増してきたのかふわふわとした小さな雪の粒になっていた。
店までの長い道中。ふと隣の山田を見上げると、住宅街の小さな公園に目を向けていた。
「あれは何だ」
「公園です。今は雪山になっていますけど」
「なぜ雪山になっている」
「降りすぎて邪魔になった雪を公園に集めているんだと思います。近くの住民の排雪場になっていますね」
「ふん……人間たちは不必要なものをすぐに捨てたがる」
漂う不穏な気配から山田のご機嫌がよろしくないことを察する。じっと山田を見ていると、その瞳が伏せられた。
そしてぴょこりと。金色の髪の毛をかき分けて現れたもふもふとした三角の黒い耳。
(また耳が生えた……)
山田がぶつぶつと何かを呟きながら、雪山に指を向ける。ぴんと伸びた人差し指の先にある雪山は――ぱん、と空気の弾けるような音と共に消え去った。
「え? あ、あれ……雪山は……」
数秒もなかった。まばたき一つの間に雪山が消え、埋まっていたブランコの柵が顔を出している。近くの家に被害はなく、公園の雪だけがきれいに無くなっていた。
狐耳は消え、山田は目を開ける。なぜか悲しそうに、雪山があった場所を見ていた。
「人間たちは……簡単に捨てる。我が守護する場所もそうだった。不要物を野に捨てていく」
「……ごみを捨てる、ってことですか?」
「ならばいっそ。我々も人間を捨てればいいのだ」
山田が発する切なげな言葉の意味を知りたい。一歩詰め寄り聞き出そうとする咲空だったが、呑気な拍手と叫び声がそれを遮る。発したのはアオイだった。
「さすが過激派! すごい破壊力ー! この技、僕にも教えてくださいよー」
「断る。我は暇ではない」
わいわいと話している山田とアオイはさておき。咲空はじっと雪山のあった場所を見る。
まばたきする間に消えてしまった雪の山。よく山田は人間を滅ぼすと言っていたが、この技が人間に向けられてしまえば、簡単に滅んでしまうのかもしれない。
けれど。
(山田さん、悲しそうにしていたんだよな……)
ほんの一瞬見せた、あのまなざしが忘れられない。
そうしているうちに、少し遠くから近隣住民だろう男の子と母親の会話が聞こえてきた。
「ママ! 雪がなくなってるよ」
「あらぁ。本当ね、助かるわ。この公園、日陰になるから雪融けに時間かかるのよ」
毎年雪が残っているもんね、と話しながら歩いていく。
その会話はアオイと山田も聞いていたらしく。山田は親子を眺め、それからふっと小さく笑った。
(お。山田さんも笑うんだ)
咲空が観察していたことに気付いた山田はすぐに表情を強張らせ、いつもの不機嫌フェイスへと戻った。
雪山を消してしまったあの技は確かに恐ろしい。だがどうしてか、恐怖はそこまで感じなかった。だからか、雪山の消えた場所を見ていて別の感情が湧く。
「山田さん。さっきの技、私の家の除雪にも使ってくれませんか……?」
恐怖はなく、むしろ前向きすぎる感情である。
咲空がひどく真剣な顔をしていたから何を言うのかと思えば。まじまじと向き合っていた山田は気が抜けたようにどっと肩を落とした。
冬の風物詩である雪かき。しかし実際は地獄である。水分を含んで重たくなった雪や氷の塊を持ち上げて運ぶ肉体労働。雪を持ち上げる際に肩や腕は痛くなるし、ママさんダンプと呼ばれる除雪道具を用いて運ぶのも腰が痛くなる。
その上この雪かき。冬期間は無限に続くのだ。降雪が続く日は、朝出かける前に雪かきをして夕方家に帰ってきて雪かき。サボれば玄関や駐車場はどっかりと雪が積もるのだ。アパートやマンションでは管理人が雪かきをしてくれることもあるが、場所によっては住民たちで雪かき当番を決めることもある。咲空が住むアパートも雪かき当番制度を採用していた。共用玄関部や階段の雪かきを怠れば凍りついて滑るため、丁寧に雪を除けなければならない。
だから。山田がいれば面倒な除雪作業も楽になると思ったのだ。謎の消失技術の有効活用である。いいアイデアが思いついたんですとばかりきらきら輝く笑顔で提案する咲空だったが、山田の反応はというと――
「……我が言うのも何だが、もう少し人間は危機感を持つべきだ」
呆れている。毒気を抜かれたような顔をしてため息をついていた。
その隣で、堪えれきれず吹き出して笑っているのはアオイだ。
「ふっ、ははははっ。雪かき……」
腹を抱えてケタケタと笑っている。体がぶるぶると震えているのは外が寒いからではなく、咲空の発言がツボに入ってしまったのだろう。
「人間が消されたらどうしようなんて考える前に雪かき……サクラちゃんって面白すぎですよ。肝が据わってる。感覚がズレすぎ」
褒めているのかけなしているのかわからないが、アオイは楽しそうである。
「私、そんな変なこと言いましたか? 雪山消したのは山田さんですし……ならちょっと我が家の雪を消してくれても」
「断る。雪どころかお前を消してやるぞ」
「くくっ……黒狐に雪かきしろって……だめ、笑いすぎてお腹痛い」
あんぱん道路の長い道中、アオイはずっと笑い続けていた。
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札幌市営地下鉄は三種ある。
札幌市の南北、縦断する形となった南北線に、東西に横断した東西線。そして南北線と東西線の隙間を埋めるように斜めに走る東豊線だ。これらは色で分けられていて、南北線は緑。東西線は橙色、東豊線は青色のマークがついている。
札幌市営地下鉄にはいくつかの特徴がある。地下鉄車両がゴムタイヤ式を採用していることや、荷棚・冷房がついていないこと。最も珍しいのは、南北線の平岸駅以南だろう。地下鉄と名前がついているくせ、地上を走る。平岸駅を出た地下鉄はぐるぐるとカーブを曲がって地上に出て、白いかまぼこのようなシェルターに覆われた高架を走り抜けていく。見上げれば地下鉄、という状態である。地下鉄の地下とは何なのか。
咲空たちが乗り込んだのは青色が目印の東豊線だ。東区栄町から豊平区福住までを結ぶ。終点福住駅は札幌ドームなどの観光スポット最寄り駅となっているが、咲空たちが目指すは福住駅の一つ手前。月寒中央駅である。
さて駅を出ると当然の如く雪が降っている。寒さが増してきたのかふわふわとした小さな雪の粒になっていた。
店までの長い道中。ふと隣の山田を見上げると、住宅街の小さな公園に目を向けていた。
「あれは何だ」
「公園です。今は雪山になっていますけど」
「なぜ雪山になっている」
「降りすぎて邪魔になった雪を公園に集めているんだと思います。近くの住民の排雪場になっていますね」
「ふん……人間たちは不必要なものをすぐに捨てたがる」
漂う不穏な気配から山田のご機嫌がよろしくないことを察する。じっと山田を見ていると、その瞳が伏せられた。
そしてぴょこりと。金色の髪の毛をかき分けて現れたもふもふとした三角の黒い耳。
(また耳が生えた……)
山田がぶつぶつと何かを呟きながら、雪山に指を向ける。ぴんと伸びた人差し指の先にある雪山は――ぱん、と空気の弾けるような音と共に消え去った。
「え? あ、あれ……雪山は……」
数秒もなかった。まばたき一つの間に雪山が消え、埋まっていたブランコの柵が顔を出している。近くの家に被害はなく、公園の雪だけがきれいに無くなっていた。
狐耳は消え、山田は目を開ける。なぜか悲しそうに、雪山があった場所を見ていた。
「人間たちは……簡単に捨てる。我が守護する場所もそうだった。不要物を野に捨てていく」
「……ごみを捨てる、ってことですか?」
「ならばいっそ。我々も人間を捨てればいいのだ」
山田が発する切なげな言葉の意味を知りたい。一歩詰め寄り聞き出そうとする咲空だったが、呑気な拍手と叫び声がそれを遮る。発したのはアオイだった。
「さすが過激派! すごい破壊力ー! この技、僕にも教えてくださいよー」
「断る。我は暇ではない」
わいわいと話している山田とアオイはさておき。咲空はじっと雪山のあった場所を見る。
まばたきする間に消えてしまった雪の山。よく山田は人間を滅ぼすと言っていたが、この技が人間に向けられてしまえば、簡単に滅んでしまうのかもしれない。
けれど。
(山田さん、悲しそうにしていたんだよな……)
ほんの一瞬見せた、あのまなざしが忘れられない。
そうしているうちに、少し遠くから近隣住民だろう男の子と母親の会話が聞こえてきた。
「ママ! 雪がなくなってるよ」
「あらぁ。本当ね、助かるわ。この公園、日陰になるから雪融けに時間かかるのよ」
毎年雪が残っているもんね、と話しながら歩いていく。
その会話はアオイと山田も聞いていたらしく。山田は親子を眺め、それからふっと小さく笑った。
(お。山田さんも笑うんだ)
咲空が観察していたことに気付いた山田はすぐに表情を強張らせ、いつもの不機嫌フェイスへと戻った。
雪山を消してしまったあの技は確かに恐ろしい。だがどうしてか、恐怖はそこまで感じなかった。だからか、雪山の消えた場所を見ていて別の感情が湧く。
「山田さん。さっきの技、私の家の除雪にも使ってくれませんか……?」
恐怖はなく、むしろ前向きすぎる感情である。
咲空がひどく真剣な顔をしていたから何を言うのかと思えば。まじまじと向き合っていた山田は気が抜けたようにどっと肩を落とした。
冬の風物詩である雪かき。しかし実際は地獄である。水分を含んで重たくなった雪や氷の塊を持ち上げて運ぶ肉体労働。雪を持ち上げる際に肩や腕は痛くなるし、ママさんダンプと呼ばれる除雪道具を用いて運ぶのも腰が痛くなる。
その上この雪かき。冬期間は無限に続くのだ。降雪が続く日は、朝出かける前に雪かきをして夕方家に帰ってきて雪かき。サボれば玄関や駐車場はどっかりと雪が積もるのだ。アパートやマンションでは管理人が雪かきをしてくれることもあるが、場所によっては住民たちで雪かき当番を決めることもある。咲空が住むアパートも雪かき当番制度を採用していた。共用玄関部や階段の雪かきを怠れば凍りついて滑るため、丁寧に雪を除けなければならない。
だから。山田がいれば面倒な除雪作業も楽になると思ったのだ。謎の消失技術の有効活用である。いいアイデアが思いついたんですとばかりきらきら輝く笑顔で提案する咲空だったが、山田の反応はというと――
「……我が言うのも何だが、もう少し人間は危機感を持つべきだ」
呆れている。毒気を抜かれたような顔をしてため息をついていた。
その隣で、堪えれきれず吹き出して笑っているのはアオイだ。
「ふっ、ははははっ。雪かき……」
腹を抱えてケタケタと笑っている。体がぶるぶると震えているのは外が寒いからではなく、咲空の発言がツボに入ってしまったのだろう。
「人間が消されたらどうしようなんて考える前に雪かき……サクラちゃんって面白すぎですよ。肝が据わってる。感覚がズレすぎ」
褒めているのかけなしているのかわからないが、アオイは楽しそうである。
「私、そんな変なこと言いましたか? 雪山消したのは山田さんですし……ならちょっと我が家の雪を消してくれても」
「断る。雪どころかお前を消してやるぞ」
「くくっ……黒狐に雪かきしろって……だめ、笑いすぎてお腹痛い」
あんぱん道路の長い道中、アオイはずっと笑い続けていた。
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