上 下
1 / 85
Ep1.救世主はぷるぷるごっこ

1-1

しおりを挟む
、ビルが無いのさー!!」

 冬。雪まつりに向けて雪像建設中の北海道札幌さっぽろ大通おおどおり公園を背に、怒り叫ぶ女の姿があった。今日は朝から絶賛氷点下マイナス10℃となかなかに寒い日な上、ぽたぽた雪が降っている。そんな悪天候のおかげで女の叫び声に足を止める者はいなかった。その叫びが、思いっきりなまっていたとしても。

 彼女の名は鈴野原すずのはら咲空さくら。肩に雪が積もろうがおかまいなしなほど、怒っている。
 咲空は地図アプリを確認する。バイト情報誌の住所と地図を示し合わせてみると住所はここであっているのだがビルは存在せず、面接予定だったバイト先に連絡するも繋がらない。諦めた方がいいのだろうが、咲空はどうしてもここを離れたくなかった。

(あのド田舎には絶対に帰りたくない。私は今日、バイト先を見つける)

 バイトが決まらなかったら故郷に帰ると願掛けしてここまできたのだ。それが面接どころかビルを見つけられずに終えるなど許せるものか。

 この冬は咲空にとって不運続きだった。勤めていたアルバイトは次々と閉店。新しいバイト先を探すが、面接で不採用、勤務初日から店長失踪で休業と、呪われているのかと疑うほど仕事にありつけない。貯金を少しずつ崩して生活してきたがそれも限界である。目標のために蓄えてきた貯金をこれ以上減らすわけにはいかなかった。故郷へ帰れば住むところはあるのだが――その選択は後回しにしておきたい。

(もう一度周辺を歩く、いや大通駅地下に戻って最初から歩き直してみよう)

 執念だ。カバンの中に入っている履歴書には『長所:根性がある』と書いているが、その根性が斜め上に発動して、粘りに粘っての大捜索である。
 大通駅地下まで戻るべく、道を引き返そうとした時だった。

「あれ、咲空。今日は面接だったんじゃ――」

 階段を上がってきた一人の男が、咲空に気づいて声をかけた。
 彼は白楽はくら玖琉くる。札幌で知り合い、意気投合した友人だ。諸々の都合があって、咲空と同じアパートの隣の部屋に住んでいる。

「その予定だったけど、ビルが見つからないんだよね」
「俺にも見せて、力になれるかもしれない」

 咲空は地図を見せる。バイト情報誌から切り抜いた面接予定地の住所も渡した。

「『特殊なお客様を観光案内、調理経験あり優遇』……変な業務内容だね。こんなお店で働こうとしているの?」
「そ、それは……」

 咲空も女の子で、今どきのカフェやオシャレなバーへの憧れはある。当初はそういった職務を希望していたのだが、どれもこれも採用にならない。次第にコールセンターやスーパーのレジ打ちといったところに応募したのだが現在に至る。無職だ。こうなったら皆が避けそうなバイトを選ぶと決め、変な業務内容の『ソラヤ』を選んだのだ。働けるのならどこでもいいと思っていた。
 それを玖琉に話してもよかったが、玖琉は咲空と違って、すぐに新しいアルバイトが決まった男だ。しかも住所は高級住宅街にある大人気オシャレカフェときた。咲空も応募していたが玖琉だけが採用となってしまったが、よく考えれば理由はわかる。あのスタイリッシュな制服は爽やかな顔立ちの玖琉によく似合う。イケメンと呼べるほどではないが、手の届きそうなところにいるちょうどいいかっこよさの玖琉ならば、カフェに通う女性客に人気が出るだろう。それが悔しくて玖琉に話すのは躊躇われた。

「あれ、この場所って」

 住所と地図を交互に見ていた玖琉が首を傾げた。

「住所に『豊平とよひら月寒つきさむ』って書いてあるけど」
「え!?」

 驚いて確認するが、豊平区の豊の字も書いていない。中央区大通西――今日何度も確認した住所と同じだ。

「大通ってあるけど」
「なんか変だな。豊平区月寒の住所じゃないのか?」
「えええ……なにそれ……」

 変な業務内容だけでなく変な住所。しかし玖琉の顔は真剣で、咲空をからかって遊んでいるわけではなさそうだ。
 大通を探しても該当のビルはない。となれば最後に玖琉が言う住所を調べるしかない。咲空はカバンからメモとペンを取り出して玖琉に渡した。

「その住所、ここに書いてもらってもいい?」
「いいよ――でも本当にここに行くのか?」」

 さらさらと書きこまれていく住所に、あれほど探したビルの名前は一文字も出てこない。怪訝な物言いも咲空には届かない。腹の中は怒りで燃えていた。

「こうなったら採用になろうが不採用だろうがいいの。わけのわからない住所を書いた文句を言ってくる」

 咲空は地下鉄大通駅に向かった。冬の寒い日、散々歩かせたソラヤに文句を言うために。

***
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜

長月京子
キャラ文芸
【第8回キャラ文芸大賞に参加中、作品を気に入っていただけたら投票で応援していただけると嬉しいです】 自分と目をあわせると、何か良くないことがおきる。 幼い頃からの不吉な体験で、葛葉はそんな不安を抱えていた。 時は明治。 異形が跋扈する帝都。 洋館では晴れやかな婚約披露が開かれていた。 侯爵令嬢と婚約するはずの可畏(かい)は、招待客である葛葉を見つけると、なぜかこう宣言する。 「私の花嫁は彼女だ」と。 幼い頃からの不吉な体験ともつながる、葛葉のもつ特別な異能。 その力を欲して、可畏(かい)は葛葉を仮初の花嫁として事件に同行させる。 文明開化により、華やかに変化した帝都。 頻出する異形がもたらす、怪事件のたどり着く先には? 人と妖、異能と異形、怪異と思惑が錯綜する和風ファンタジー。 (※絵を描くのも好きなので表紙も自作しております) 第7回ホラー・ミステリー小説大賞で奨励賞をいただきました。 ありがとうございました!

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】

ちっき
ファンタジー
異世界に行った所で政治改革やら出来るわけでもなくチートも俺TUEEEE!も無く暇な時に異世界ぷらぷら遊びに行く日常にちょっとだけ楽しみが増える程度のスパイスを振りかけて。そんな気分でおでかけしてるのに王国でドタパタと、スパイスってそれ何万スコヴィルですか!

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

幾久しくよろしくお願いいたします~鬼神様の嫁取り~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
キャラ文芸
「お前はやつがれの嫁だ」 涼音は名家の生まれだが、異能を持たぬ無能故に家族から迫害されていた。 お遣いに出たある日、涼音は鬼神である白珱と出会う。 翌日、白珱は涼音を嫁にすると迎えにくる。 家族は厄介払いができると大喜びで涼音を白珱に差し出した。 家を出る際、涼音は妹から姉様が白珱に殺される未来が見えると嬉しそうに告げられ……。 蒿里涼音(20) 名門蒿里家の長女 母親は歴代でも一、二位を争う能力を持っていたが、無能 口癖「すみません」 × 白珱 鬼神様 昔、綱木家先祖に負けて以来、従っている 豪胆な俺様 気に入らない人間にはとことん従わない

あるじさま、おしごとです。

川乃千鶴
キャラ文芸
ショウスケは街に唯一の「代書屋」、コトノハ堂の一人息子。彼の妻の座を狙う世話係のキョウコは、なかなか手を出してくれない主人にヤキモキしているが……二人の間には十の歳の差と、越えられない壁があって──? これはどこか古い時代の日の本に似た街に住む、ちょっと変わったカップル(?)が、穏やかな日々をひっくり返す悲しい事件を乗り越え、心を通じ合わせるまでのお話。 ※中盤ちょっとサスペンスです ※後日譚含む番外編まで執筆済。近日中に公開できたらと考えています ※各話最後の閑話は若干お下品なネタです。飛ばしても問題ありません

欠陥だらけの彼は箱庭で救世主と呼ばれる【イラスト付き】

へっど
キャラ文芸
この世界は、神の科学力によってプログラマブルに創られた『箱庭(アーティファクト)』と呼ばれる人工次元だということを、一部の政府組織は知っている。 多綱魁地(たづなかいち)は、実験区ソラシマの高校に通う高校一年生。半引き篭もりでネトゲに明け暮れる彼は、周囲から不良や変態呼ばわりされ、学校にいてもただ隣の巨乳をな眺めるだけの日々。とはいえ、彼はそれに不満はなかった。なぜなら、ゲームの世界であれば彼の秘密が露呈することも、それによって彼を拒絶する者もいないからだ。 しかし、そんな彼の日常は、授業中に発生した武力組織の襲撃事件により一変する。 突然、世界の命運を握らされた彼を取り巻く異能力集団バグズの個性派たち。そして、その裏で動き出す神の所業。 これは、彼、多綱魁地が、あの時ほぼ死んでから先のストーリーである。 ****************** ファンタジー全盛のアルファポリスで掲載するならファンタジーカテゴリで投稿していこう、といこうにもどう考えてもこの設定はSF。。いや、僕の中ではSFファンタジーだからOKと言い張りたいところではあるが、登場人物各人のキャラがたっているので、後にカテゴリーエラー喰らうのを覚悟で当初SFとしてましたがどうにも太刀打ちできないのでキャラ文芸だと言っておきます。キツいですが極力イラスト付ける所存です(努力目標)ので、少しでも読んでいただき、お気に入りをつけていただけると嬉しいです。

処理中です...