不遇の花詠み仙女は後宮の華となる

松藤かるり

文字の大きさ
上 下
16 / 57
2章 いつわりの妃

3.花は語り手を待つ(4)

しおりを挟む
 そこで紅妍は顔をあげた。藍玉は下級宮女の頃から夏泉かせんきゅうに勤めていたと聞いた。他宮の宮女だとしても藍玉なら知っているかもしれないと思ったのだ。

「藍玉。秋芳宮で庭の手入れを任されていた宮女に心当たりは?」

 すると藍玉は「ええ」とあっさり頷いた。

「知っていますよ。へきですね。齢が近いので仲良くしていました。最近まで秋芳宮の庭を手入れしていたそうだけれど、故郷に戻ってしまったの。『宮勤めは幸せだ、故郷の者たちを食べさせていける』なんて言っていた子なのに、急に気を病んでしまったのよ。かわいそうに」

 これに清益が動いた。藍玉ににっこりと微笑む。

「さすがですよ、藍玉」
「どういうことかしら。これが伯父上の役にたちまして?」
「もちろんです。さっそく遣いをだして霹児を探しましょう」

 となれば、あとは霹児を見つけ出して話を聞くまでである。話が落ち着いたところで秀礼が蜜瓜を見やる。それから紅妍へ視線をやり、にたりと笑った。

「食べぬのか?」
「……う」
「瞳は嘘をつかぬ。お前、蜜瓜が運ばれてからというもの、ずっとこれを気にかけているじゃないか。我慢せず食べてみればよい」

 確かにその通りではあるが、秀礼も蜜瓜を食べさせたくて仕方ないのだろう。何度も急かされては敵わないので蜜瓜に手を伸ばす。割った蜜瓜には食べやすくするための切り目が入っている。熟して蜜が滴る実をひとつ摘まんで、口に含んだ。

(……なんだこの甘さは)

 口に含んですぐ、濃厚な香りが口中に広がる。柔らかな実は舌先の上で蕩けるようで、歯を立てればさくりと柔らかに吸いこまれていく。何よりもたまらなく甘いのだ。
 あれほど焦がれた蜜瓜が、想像を超える美味しさをしている。これには誤魔化しきれず、紅妍の頬が緩んだ。

 けれど秀礼の前で、美味しいと素直に語るのも気恥ずかしい。迷いながら次の実に手を伸ばす。
 言葉には出さずとも表情や仕草で伝わるのだろう。秀礼は満足そうに眺めていた。

「美味しいだろう?」

 紅妍は恨めしげに秀礼を眺めた。ただ蜜瓜を持ってきただけならば素直にお礼が言えたのだが、小馬鹿にするような態度には逆らいたくなる。くつくつと秀礼が笑った。

「そんな風に睨まずとも、美味しいと素直に笑った方が似合うぞ。ほら言ってみろ」
「……お、おいしいです……」
「どうもお前は笑うのが苦手らしい。表情が硬い。お前の前にいるのは鬼霊ではないのだから、もう少し緩めればいいだろうに」

 そうは言われても難しい。戸惑いながら次の実に手を伸ばす。次々と食べる様子から興味を引かれたようで、秀礼も自らの蜜瓜に視線を移す。

「どれ。私も食べてみよう」

 次いで藍玉、清益も食べる。それぞれが口に含んで――瞬間、みなの表情が強ばった。

「これは……追熟が足りていませんね」

 苦笑いと共に告げたのは清益である。これに藍玉も頷く。

「少し早かったのでしょうね。香りはじゅうぶんですけれど」
「もっと甘い蜜瓜もありますからね」

 美味しい蜜瓜を知っている二人は苦笑いをし、次の実に手を伸ばそうとはしなかった。秀礼も手を止めている。彼も美味しい蜜瓜をよく知っているのだ。
 そんな中で、一人食べ進めているのが紅妍だった。なぜみんな食べないのかと不思議がっている。

「お前……本当に蜜瓜を食べたことがなかったのか」

 秀礼が呟く。追熟の足りていない蜜瓜だというのにおいしいおいしいと食べ進めている紅妍が哀れに見えてしまった。
 それが、面白かったのである。秀礼は微笑みながら紅妍に告げた。

「今度はもっと美味しいものを持ってきてやろう。その時までにお前も笑えるようになれ」
「……善処します」
「藍玉も頼むぞ。毎日、紅妍の頬を揉んでやれ」
「ええ。お任せください」

 頬を揉まれたところで綺麗に笑えるのだろうか。疑問を抱きながら、次の蜜瓜に手を伸ばす。紅妍にとって、それは幸福の甘味だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

【完結】3度婚約を破棄された皇女は護衛の騎士とともに隣国へ嫁ぐ

七瀬菜々
恋愛
 先日、3度目の婚約が破談となったモニカは父である皇帝から呼び出しをくらう。  また皇帝から理不尽なお叱りを受けると嫌々謁見に向かうと、今度はまさかの1回目の元婚約者と再婚約しろと言われて----!?  これは、宮中でも難しい立場にある嫌われ者の第四皇女モニカと、彼女に仕える素行不良の一途な騎士、そして新たにもう一度婚約者となった隣国の王弟公爵との三角関係?のお話。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

処理中です...