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2章 いつわりの妃

3.花は語り手を待つ(3)

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***

 数日ほど経って、冬花宮の門をくぐったのはえい秀礼しゅうれい清益しんえきである。今朝方、震礼しんれいきゅうまで藍玉らんぎょくに向かってもらった。急ぎの用があると伝えていたので、その日のうちに彼らはやってきたのである。
 部屋に通した後は人払いをする。清益はもちろんのこと藍玉にも同席してもらうつもりだったが、部屋に入るなり清益が藍玉に籠を手渡した。

「あら。これは」
「南方の村から贈られた蜜瓜です。秀礼様が紅妍こうけんに食べさせたいと」

 籠には網模様がついた薄緑のこぶりな瓜が二つほど入っている。瓜を手に取り眺めた後、藍玉は笑った。

「良い香りがします。華妃様は蜜瓜はお好きかしら」

 蜜瓜は聞いたことがある。実物だって見たことがある。けれど食べたことは一度もなかった。華仙の里で蜜瓜は貴重である。麓の村に下りた者が年に一度手に入れてくるぐらいで、手に入ったとしても長や婆、白嬢らが食べてしまうので、紅妍がそれを食したことはない。
 芳しい甘い香りは何度も嗅いだ。どんな味がするのだろうと想像していたものだ。

「紅妍は食べたことがないだろう?」

 心のうちを見透かすように、秀礼が言った。揶揄からかっているのだ。口元は楽しそうに緩んでいる。

「きっとこれの味も知らないだろうから、食べさせてみたいと思って持ってきた。運良く手に入ったからな」

 不遜な態度は気に食わないが、憧れていた蜜瓜が目の前にあることはありがたい。
 紅妍は何も言わなかったが、その瞳がきらめいている。それに気づいた藍玉が「用意してまいります」と籠を手に、出て行った。

 藍玉が去った後、秀礼は緩んだ顔つきをぴしりと引き締める。そして本題に触れた。

「それで。こうして呼んだということは、秋芳宮で何かわかったのか?」

 紅妍は頷く。持ち帰った紅芍薬はとうに役目を終えて、枯れていた。まだ土に還していないので水盤に枯れ花が置いてある。

「秋芳宮に行くも楊妃には会えず、庭を見て帰りました」
「ほう。だが、ただ庭を見ただけではないのだろう」
「花詠みを行いました」

 花詠みの単語が出てきたことで秀礼が息を呑む。清益も冷静に紅妍を見つめていた。

「先日、わたしが見た妃の鬼霊は楊妃でしょう。花詠みで楊妃の姿が見えましたが、わたしが見た鬼霊と同じ銀歩揺を挿していました」
「……鬼霊ということは、楊妃は死んでいるのだな」

 これに紅妍は頷く。それについては紅の芍薬が見せてくれている。

「秋芳宮の庭奥に紅芍薬が咲いていました。それは楊妃が好んだ花で、彼女の部屋から見える位置に植えたようです。わたしたちは近づくことが許されなかったので一輪摘んでもらいました」
「それが、あの枯れ花か」

 冬花宮に戻ってきてから、紅芍薬を花詠みした。そこで見えたのは冬であった。宮女の一人が庭で泣いている。
『どうしてこんなことになってしまったのだろう』『楊妃は芍薬を楽しみにしていたのに、まさかその下に』『きっと紅芍薬を見たかったことだろう』と呟きながら宮女は泣いていて、行き場のない後悔をぶつけているようであった。この記憶に楊妃の姿は出てこなかったことから、この頃には死んでいたのだろう。
 紅芍薬の記憶を語ると、秀礼は表情を曇らせた。そこまでの驚きがないことからこの結末は予想していたのかもしれない。

「楊妃は自ら死んだのか、それとも殺されたのか。それがわかればいいんだが」
「花詠みでも死の理由は出てきませんでした。ですが――」

 紅妍はうつむく。花が語らずとも、これまでの秋芳宮の動きを思えば見えてくることがある。

「秋芳宮は楊妃の死を隠しています。他妃の来訪を拒否し、茶会も断るほど」
「楊妃の名誉を守るために自害を隠しているのかもしれないぞ」
「自害の可能性は低いと思われます。楊妃は春の訪れを待ち望み、命を絶つほどの憂いは感じられませんでした」
「ふむ……これは秋芳宮に聞いた方がいいか」

 そうなると、思い当たる人はいる。だが、花詠みで名前は出てこなかった。
 どうしたものかと紅妍が思案していると扉が開いた。割った蜜瓜を持ってきた藍玉が戻ってきたのである。

「あら。みなさま、考えこんでどうしたんです。せっかく蜜瓜を持ってきましたのに」
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