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6.作られた幽霊<9月12日>

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 私の膝に乗っているのはもふもふの塊、その名はゲンゴロウ。そしてここは鷺山の家。家主はというと、今はシンクで絵筆を洗っていた。
 どうしてこうなった。どうして私は鷺山の部屋にいるのかと思い返す。そうだ、ポスター。あれのせいで、私は鷺山の家にいる。

 例大祭の掲示ポスターに採用されるのは三枚だけだ。鷺山と話し合った結果、選ばれるためには手数を増やした方がいいとのことで、制作枚数を増やすことになった。下手な鉄砲数打ちゃ当たる作戦である。
 提出日は十四日月曜日。大急ぎで完成させたいけれど、私たちはそこまで美術センスや技術を持ち合わせていない。不慣れな制作は難航し、昨日の放課後だけでは一枚分の下書きが精一杯だった。
 だから土曜日である今日、鷺山の部屋に集まっている。

 こういう時、一人暮らしというのはありがたい。ここに彼の家族も住んでいたのなら、気を抜く間はなかっただろう。シンクで水を流す音が聞こえてくるので鷺山はまだ戻らない。緊張の糸をゆるゆると解いて、壁にもたれかかって姿勢を崩した。
 いったん休憩と区切りをつけたので、鷺山はゲンゴロウを檻から出していた。檻の外は心地よいのか忙しなく走り回っている。彼曰く『運動不足解消のため部屋の散歩をさせる』らしい。
 こうして部屋を眺めていると、隅々までゲンゴロウのためだ。電源コードの類は噛まないようガードし、肉球のないふわふわの足がフローリングで滑らぬようマットも敷いている。

「……鷺山ってうさぎ想いだね」

 呟くと同時にシンクの流水音が止まった。絵筆を洗い終えて鷺山が戻ってくる。ひとり言は彼にも聞こえていたらしく、私を見るなり彼は言った。

「はい。うさぎは可愛いですから」
「そういうの好きなタイプに見えないけどね。どちらかというと、人と関わるの嫌いそう」

 彼が友人と親しく喋っているところを見たことがない。守り隊で集まっている時も、誰かと雑談を交わすなどしない。
 鷺山のクラスには、うんざりほど社交的な篠原がいるけれど、その篠原でさえ声をかけることができないのだ。
 だから、鷺山は人嫌いもしくは他人と関わるのが苦手なタイプだと思っていた。しかし彼はきょとんとしている。

「そうでしょうか。僕は社交的だと思いますよ」
「え。なにその判断基準。どう考えても社交的じゃないよ。クラスによく喋る友達いる?」
「僕はそのつもりで声をかけているのですが、どういうわけかみんな離れていきますね」
「……それ避けられてるんじゃなくて?」

 彼の反応を見るに、納得できていないようだ。
 鷺山が社交的であるかはともかく、離れていくクラスメイトの気持ちは理解できる。変わり者すぎて距離を置きたくなるのだろう。その気持ちは私もよくわかっている。

「でも僕より、香澄さんの方が深刻では?」

 その変わり者が言った。私はむっとして鷺山を睨む。

「香澄さんこそ友達がいませんよね。声をかけられても冷たく遇って、望んで一人になろうとしている。高校に入学してから今日まで、香澄さんが友達と楽しそうに喋っているところを見たことがありません」

 彼の言う通りだし、否定する気もない。私の辞書に社交性という文字は存在しない。
 けれどそれより気になるものがあった。

「どうして詳しく知ってるのよ。まさか、あんたってストーカー?」

 入学してから今日までなんて、ずっと見られていたみたいだ。一度も同じクラスになったことがないのに、どうして知っている。
 学校生活を言い当てられた悔しさも交えて、後半は強い物言いとなった。どんな反応をするかと待っていると、鷺山は何やら考えこんでいる。

「……入学から毎日香澄さんのことを追いかけてきたので、僕はストーカーかもしれません」

 ようやく答えたと思えばこれだ。

「えっ。認めるのやめてよ」
「好きな人を目で追ってしまうタイプなので、学校では毎日香澄さんのことを見ていたのですが……なるほど。僕はストーカーですね」

 からかって言ったものを真に受けてしまうなんて。鷺山のマイペースっぷりに振り回されて調子が狂う。からかいも皮肉も通じない相手だ。

「でも僕にもわからないことがあります。香澄さんはどうして一人でいたがるんですか?」

 反省どころか開き直って情報要求ときた。ストーカーを悪いことだと思っていないらしい鷺山はしれっとした顔をしている。
 一人でいたがる理由。普段ならその理由を喋ることはない。
 でも鷺山と接する時間が増えるにつれ警戒心が薄れていた。膝にかかるゲンゴロウの重みも懐かしく、彼になら教えてもいいかなんて絆されていく。

「……私が兎ヶ丘小学校の幽霊に会ったことがあるって言ったら、鷺山は信じる?」

 こちらを見つめる鷺山の瞳がわずかに見開かれた。

「守り隊打ち合わせ日で、一年生が話していた噂話ですか?」
「そう。あの飼育小屋の幽霊話」

 そっとゲンゴロウの額を撫でてみる。飼育委員の先生が『うさぎは警戒心が強い』と言っていたけれど、それはゲンゴロウには当てはまらない。すっかり気を緩めて気持ちよさそうに目を細めてしまった。

「小学校三年生の時、飼育委員をやってたの。その時に出会った子がいるの。黒髪おさげで色白の女の子。飼育当番の時しか会ったことはないけど、私は『彼女』の友達……だったと思う」
「だった、とは? どうして過去形になるんですか」
「小屋掃除が終わったら遊ぶ約束をしてたのに行けなかった。それ以来会えなくなったから私は友達失格かもしれない」
「……香澄さんは、そのお友達に会いたかった、ですか?」
「会えたら、あの日行けなかったことを謝りたかった。『彼女』は私を友達だと言ってくれたのに私は何も言えてないから」

 小屋の鍵を落としてしまったこと、取り出すのに時間がかかって行けなかったこと。今度会ったら謝ろうと思っていたけれど、あれ以来『彼女』に会えたことは一度もない。
 小学生の私は、それを友達失格の烙印を押されたように感じていた。約束を守れなかったのだから友達ではない。だから『彼女』は会いにこないのだと、思っていた。

「ずっと『彼女』に会えるのを待っていたけど、小学校四年生ぐらいの頃に噂が流れ出した。『兎ヶ丘小学校の飼育小屋に幽霊がいる』って話」
「ああ、聞いたことがありますね。クラスの人も話していました。『夜になれば飼育小屋に女の子が出る』とか『どのクラスにもいない出席番号ゼロ番の女の子』とか」

 飼育小屋の幽霊話は誰が言い始めたのかわからない。その内容も、語り手によって様々だ。中には別世界に引きずり込むといった現実味のない話もある。聞いている者を怖がらせようと話を盛ったのだろう。
 そんな飼育小屋の幽霊話だけれど、どんな展開になろうが一つだけ共通しているものがある。それは――

「白い肌で黒髪おさげの女の子……この特徴はどう考えても『彼女』のこと」

 飼育小屋という場所、幽霊の特徴。思い当たるのは『彼女』だった。ならば『彼女』は幽霊なんかじゃない。この噂はすべて間違っている。

「香澄さんは、語られている『幽霊』が『彼女』だと思った。その子は実在していたと信じているんですね」
「そう。あの子は生きてた。幽霊なんかじゃない」

 今度『彼女』に会った時はあの日のことを謝りたい。そう願って日々を過ごしていた私にとって、飼育小屋の幽霊話は気持ちを踏みにじるものだった。
 噂が広まって、怖いだの不気味だのと誰かが語るたび、心の中がぐちゃぐちゃに荒らされる。

「憶測や想像で語られる噂話は、誰が言い出したのかわからない。みんな『誰かが言っていた話』を面白がって広めているだけ」
「つまり、幽霊は誰かが作ったもの……ということですか」
「そう。きっと誰かが『彼女』を飼育小屋で見かけた。でも『彼女』は小学校のどのクラスにも在籍していなかった。それだけで人は簡単に『幽霊』を作り出せる」

 幽霊という言葉は小学生たちに衝撃を与え、噂は誇張されて広まっていく。
 『彼女』に会う手がかりを探すため、噂の情報元を探したことがある。けれど辿り着くことなかった。

「私が『彼女』は実在したと話しても、『幽霊』という言葉の大きさに負けて信じてもらえない。だから諦めた。私は、他人に期待しない」
「香澄さんがクラスに友達を作らなかった理由はそれですか?」
「本当かもわからないくだらない噂話は信じるくせに、私が語るものは鼻で笑う。だから、他人に期待しない。誰とも関わりたくない」

 そうやって話しておきながら、私は鷺山と一緒にいる。他人と関わっているじゃないかと笑われそうだけれど、予知の件があるからの関係だ。スタンスは今も変わらない。友達なんていらない。高校を卒業したら兎ヶ丘を出て、誰も知らない場所でひっそりと一人で暮らす。

「それで、香澄さんは一人でいたんですね」
「ストーカーにもわからなかった理由でしょ」
「はい。でも理由がわかって納得しました。香澄さん観察に大きな進展です」

 ゲンゴロウは膝の上で眠るのにも飽きたらしく、目をぱっちりと開けるなり小屋の中に戻っていった。鷺山特製のスロープがあるから出入りしやすそうだ。

「うさぎが苦手というのも……今の話が理由ですか?」
「そうだね、うさぎに何も罪はないけど。こうやって見ていると飼育委員だった頃を思い出しちゃう。まだ『彼女』に謝ってないんだなって」

 すると鷺山は立ち上がった。仕上がったポスターの出来を確認しに行ったらしい。一枚目もそろそろ乾いてきた頃だ。

「二枚目を作る前に少し休憩しましょうか。飲み物、買いに行きましょう」

 鷺山の提案に私は頷いた。



 マンションを出て二人で歩く。私より歩幅が大きいため前を歩く鷺山は相変わらずだ。こちらのペースに合わせることはしないので、たまに駆け足になって追いかける。
 目的地のコンビニが見えてきても鷺山が足を止めることはなかった。

「どこに行くの?」
「兎ヶ丘小学校の方へ。その飼育小屋を見てみたいと思いまして」

 過去の話を今も引きずっているから飼育小屋にいい思い出はない。あれから飼育小屋に行ったことはほとんどなかった。

「見ても楽しくないよ。飼育小屋は閉鎖されてるから」
「噂が原因ですか?」

 飼育小屋の幽霊話も影響を与えてはいるけれど、直接的な理由ではない。
 鷺山はうさぎを飼っているから気になるのだろう。気分のいい話ではないので語っていいのか迷ったけれど、兎ヶ丘にいるのならいつか耳に入ること。覚悟を決めて伝える。

「飼育小屋の幽霊話が出てしばらく経った頃、一匹のうさぎが脱走したの」
「鍵をかけ忘れたんですか?」
「違う。穴を掘ったの。深く深く、先生や子供たちが想像していたよりも深い場所に」

 あれは『彼女』に出会ってから一年半ほど経った時のこと。
 飼育小屋で飼われていたうさぎのユメが掘ったトンネルはついに出口に辿り着いた。真下に向けて掘られたと思えば曲がったりとジグザグなトンネルだったから全体像はわからない。わかることは、入り口が飼育小屋内にあって、出口が飼育小屋の外だったということだけ。

「そのトンネルを通って、うさぎは小屋の外に飛び出した。それまではよかったんだけど」

 うさぎは被捕食動物で、外敵に襲われても身を守る術がない。だから安全な小屋を出てしまえば――結末は鷺山も容易に想像できたらしい。トーンの落ちた声で「ああ」と小さく呟いた。

「野犬やカラスに襲われて亡くなった。そんなところでしょうか」
「正解。子供たちはそれを『幽霊の祟り』だって騒いでいたよ。飼育委員の先生は否定したけど子供たちは信じなかった」

 以来、飼育小屋に近づく子供はうんと減った。飼育委員をやめたいと泣く子もいた。
 飼育小屋の飼育環境も問題としてあげられ、小が高は飼育小屋の閉鎖を決めた。烏骨鶏は先生知り合いの養鶏所に引き取られ、残る二匹のうさぎは先生の元にいるらしい。

「香澄さんは『幽霊の祟り』をどう思いましたか?」
「馬鹿らしいと思った。『彼女』の一番好きなうさぎがユメだから、そんなことするわけない。なんて言ったところで誰も信じないし、変人扱いされて終わったけどね」

 小学校が見えてくる。これから長い下り坂。ふと気づけば、鷺山は立ち止まっていた。俯いて何やら考えている。

「ちょっと。置いてくよ?」
「ユメ……そうか……だから……は、」
「おーい。鷺山? 聞いてる?」

 声をかけてようやく鷺山が顔をあげた。

「すみません。考えごとをしていました」

 ようやく歩き出したと思えば歩幅の差であっという間に私を追い越していく。これなら声かけないで置いていけばよかった。
 土曜日だけど小学校は空いていた。グラウンドで子供たちが集まって遊んでいるのはいつもと変わらず。だけど校門前に数台の自転車があった。

「高校生だよね、あれ」

 飼育小屋方面から歩いてくる数人の男子生徒。そのうちの一人は兎ヶ丘高校のジャージを着ていたから、部活帰りに寄ったのかもしれない。
 私たちも飼育小屋を目指す。その途中、男子生徒たちとすれ違って会話が聞こえた。

「やべーな。ぞわっとしたわ」
「でさー、いつやる?」

 彼らは噂話を聞いて飼育小屋を見に来たらしい。

「肝試しするならここだけど。どうやって入るかなあ」
「夜は校門が閉まるんだろ? どうすんだよ」
「登ればよくね?」
「お前サルかよ。ウケる」

 彼らは幽霊の噂を信じている。こういった場面は何度も遭遇したので、今さら胸を痛めることはない。他人に期待はしないって決めたから。
 飼育小屋について見上げる。庭や小屋の金網には『立ち入り禁止』と書いた板を取り付け、扉も開かぬようになっていた。小屋の中は空っぽで、最後にユメが掘ったトンネルは板があてがわれていた。

「幽霊なんて、いないよ」

 私が呟くと、隣に立つ鷺山は頷いた。

「僕もそう思います」
「……私の話、信じてくれたの?」
「はい。僕は香澄さんを信じます」

 過去に、信じると言ってくれた人はいたけれど、それは上辺だけで、私がいないところでは面白がって幽霊の話をする。何度裏切られてきたことか。だから真に受けちゃいけない。

「無理して私に合わせなくてもいいよ。私のことが好きだから同じ意見ってのもおかしいし――」
「違います」

 軽く流してしまえと言ったそれを、鷺山がきっぱりと遮った。

「これは香澄さん関係なく、僕の意見です」
「……うん」
「幽霊はいません。でも幽霊を作ることはできる」

 作るという言葉は、空想の幽霊を作り出したことへの意味だろう。その表現をした鷺山に心が揺さぶられた。
 彼を信じたい。この人は上辺だけ意見を合わせるなんてことをしない。まっすぐ正面から、ぶつかってきている。

「そうだね。幽霊はいないけど、簡単に作ることはできる。だからこうやって根拠のない噂話が広まっていく」

 私が言うと鷺山はかすかに笑った。その口元が寂しそうに見えたのは、空っぽの飼育小屋のせいだと思う。たぶん。


 鷺山は飼育小屋の他にも校舎やグラウンドにも興味を持っていた。わざわざ足を止めて、グラウンドの端にある遊具たちを凝視するほど。特に変わりはないと思うけれど、鷺山が何に関心を持つのかいまいち掴みづらい。
 そうして兎ヶ丘小学校を出て歩き出す。コンビニまで休憩のはずが随分歩いてしまった。坂道を登って横断歩道を渡る。線路が遠くに見えて電車の音が聞こえた。
 鷺山はあまり喋らない。行きよりも帰りの方が歩みは遅く、気づけば私が先導していた。鷺山の家は覚えたから困ることはないけれども。
 九月の中旬に入ったからか、蝉の鳴き声があまりしない。住宅街だから気に入らないのかもしれない。
 夏というものは、八月で終わってくれなくて九月までずるずると続いて、いつ終わるのかと苛立っているうちに姿を消してしまう。その頃には例大祭もあって、きっと。
 私まで考えごとに耽っていて、前方への注意は疎かになっていた。現実世界に引き戻すように、ぐいと強く後ろに引っ張られる。

「え? え? なに?」

 私の腕を引いたのは鷺山だった。鷺山は私――ではなくその向こうにいる人物を見ながら冷静に呟く。

「前、ぶつかりますよ」
「え……あ、すみません」

 向き直れば鷺山の言う通り、そこにはニット帽をかぶった男の人がいた。帽子を深くかぶっているため顔はよく見えないけれど、体はすごく細そうだ。この暑い中、薄いジャンパーを着て、両手をポケットに突っこんで歩いている。
 彼は私の前方不注意に苛立っているらしく、私の謝罪に返ってきたのは舌打ちだけだった。それ以上は何もせず、すたすたと歩いて去ってしまった。

「ちゃんと前を見た方がいいですよ」
「ごめん……って、それ鷺山に言われたくないんだけど」
「僕はぼんやりしていますが、僕なりに前を見ています」

 それから。鷺山は私のトートバッグをじっと見た。コンビニに行くと聞いたからお財布を持っていかなきゃと思って、肩にかけていた。お気に入りのやつ、だけれど。

「……それ。ファスナーがついたものにした方がいいかもしれません」

 視線を感じるなあと思っていた矢先、彼が口にしたのは意外な言葉だった。

「どういうこと」
「鞄の中身が見えないものにした方がいいと思います。いくら兎ヶ丘といえど悪いことを考える人はいますから」

 つまりその忠告は。私は振り返る。どこかの角を曲がっていったのか、あの男の人はいなくなっていた。
 たいしたお金は入っていないけれど、盗られていたらと思うと怖くなる。防犯ポスターを作っていたくせに自分は気をつけていなかったなんておかしな話だ。

「では行きましょう――はい」

 鷺山は前に立ち、それから手を差し出した。けれど向けられた手のひらには何もない。何を渡すつもりで手を出したのかさっぱりだ。どうしたものかと困っていると、追い打ちがかかる。

「手、掴んでください」
「は? どうして」
「香澄さんが前を見て歩かないからですよ。僕が誘導しますから」
「別に誘導してもらわなくても」
「また他の人にぶつかっては困りますから。手を繋いでいたら大丈夫です。きっと」

 冷静に語っていると思いきや、語尾で急にふわふわとする。きっとって何だ。
 手を繋ぐことに恥ずかしさはあった。けれど、鷺山が焦って喋るのが面白くて、少しぐらいいいかと思ってしまった。
 手を繋げば、鷺山の手は大きくて骨ばっている。手は指の先まで温かいから、私が冷えているのかと疑ってしまったけれど、違う、鷺山が熱すぎるだけだ。

「ねえ。歩くの速い」
「……」
「聞いてる? あ、少し遅くなった。気遣ってくれてありがとう」
「……」

 歩き出してからコンビニに着いて手を離すまで、誘導するなんて言いながら一度もこちらを振り返らない。言葉数は少なくて、いつもと少し違う。

「暑いですね」
「手を繋いでいるから暑いんじゃない?」

 やっと喋ったと思えば、何てことはない天気の話。でも外より暑いのは、繋いでいる手だ。
 からかうように言うもすぐに返答は来ない。少しの間を置いて、鷺山がぽつりと呟いた。

「……冗談です」

 変な冗談だ。でもそれ以上鷺山は喋らない。
 風がなびいて鷺山の髪が揺れて、ほんの少しだけ彼の耳と頬が見えた。それは珍しく赤かった。
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