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2,目撃(上)

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 耀くんとの再会を果たし、高校生活は順調だった。学校で会っても言葉を交わすことはないけれど、隠れ場所でなら話してくれる。耀くんに会いたい一心で、放課後は隠れ場所に寄ることがほとんどだった。
 お世辞にも綺麗とは言えない隠れ場所だったけれど、耀くんがいるだけで華やかで、幸せな場所のように感じたのだ。国道を走りすぎていく車を眺めながら、夕方になるまで私たちは隠れ場所に集まっていた。

 その日々に慣れて、五月に入ろうかという頃。日直の仕事でごみを捨てようと校舎裏へ行った昼休みに、それは聞こえてきた。

「――なんとか言えよ、おい」

 怒声に、体が凍りつく。この角を曲がった先に他の生徒たちがいるようだった。

「その態度がむかつくんだよ、黙ってんじゃねーぞ」

 会話から察するに喧嘩、かもしれない。声からして男子生徒たちだ。ここに巻きこまれてしまえばまた私は――中学時代の嫌な記憶がちらついて足が竦む。今すぐここを離れて、先生を呼びに行った方がいい。わかっているのに、張り詰めた空気にのまれて体が動けなかった。
 そしてついに。鈍い音が響く。

「聞いてんのか、穂別」

 何かを打ちつけるような鈍い音は、殴られたとか壁にぶつかったといった暴力的な想像を呼び起こすものだった。
 そして名前。その男は、間違いなく穂別と言っていた。
 動けなかったはずの体が、瞬時に跳ねる。そこにいるのが私の知る耀くんか確かめるために、無意識のうちに行動していた。

「……っ、」

 角を曲がった先。そこにいたのは数人の上級生と、その中央でうずくまっている――それは私が知っている耀くんだった。

「何も言わねえのが気味悪いんだよな」
「…………」
「殴っても黙ってるってんなら、また腕にヤキいれてやるか? 火消しは得意なんだろ?」

 それでも耀くんは黙って何も言わない。隠れ場所で見るようないきいきとした姿はなく、何の感情もこもっていない無機質な瞳だけ。唇を噛みしめ、懇願も呻きも発さない。

 なぜ耀くんがこんな目に合っているのかわからないけれど、その暴力は許されるものではない。
 そこにいるのは耀くんなのに、まだ忘れるには時間が浅すぎる中学生の頃の私がいるようだった。冷ややかな視線、理不尽。顔を背けたくなる嫌なものばかりに囲まれ、助けてほしいのに助けてと発することはできないのだ。封じていた記憶と目の前が重なって、息が苦しくなる。こんなの辛すぎる。嫌だ。これ以上思いだしてしまうのを防ぐように体が動いた。

「耀くん!」

 私が叫ぶと、上級生たちが一斉に振り返る。

「ぼ、暴力は……だめ……です」

 意を決して名を呼んだというのに、注目を浴びれば恐くなる。上級生たちの鋭い視線に晒されていれば、胃がきりりと痛んだ。

「んだよ、一年じゃねーか」
「あいつ誰だ。穂別の知り合いか?」

 その言葉に耀くんが顔をあげた。ぼんやりとしたまなざしが私を捉えた後、苦しそうに表情が歪む。絞り出すように「ちが、う」と呻き混じりの声がした。

 この校舎裏は人気がない場所ではない。昼休みということもあって生徒たちが通り過ぎていく。私と同じようにこの騒動に気づいた人はいるだろう。でも皆、通り過ぎていく。ちらりと視線をやった後に、関わらないようにと息をひそめて去っていくのだ。誰も耀くんを助けられないとばかりに。

「せ、先生っ、呼んだから!」
「……あ?
「先生が来るから……け、喧嘩をやめて」

 先生を呼ぶ時間なんてなかった。嘘だと気づかれてはならないのに声が震える。

 私では止められないのだとしても、誰かがこの騒ぎを聞いて駆けつけてくれれば。救いを求めるようにちらりと視線をやれば、遠くから一人の男子生徒がこちらを見ていた。
 はっきりと顔はわからないが、茶色の髪に青いネクタイ。耀くんの同級生だ。でも、その人も去っていく。はっきりとこちらを見ていたはずなのに、駆けつけてくることはなかった。

「生意気なことしてんじゃねーぞ、一年が」
「どうせハッタリだろ。誰もこねえよ」

 荒々しい言葉をぶつけられ、心が萎縮していく。その間も耀くんは私をじいと見つめていた。

「ほ、本当に呼んだ……から……」
「ヒーロー気取りか。さすが穂別のオトモダチだな」
「こいつ、穂別のカノジョなんじゃねーの?」

 どれだけ言っても上級生たちに響かない。逃げ出したくなる威圧感の中、頭をよぎったのは、いつだったかの白猫と交わした約束だった。
 もうすぐ五月になるから、あと約三ヶ月で地球が殺される。どうせ地球は終わって、みんな死んでしまうのだから。無謀なことぐらいしてみてもいいのではないか。

「先生、来るから! 耀くんにひどいことしないで!」
「うるせーな、この――」

 上級生は私の方へ寄ると、大きく腕を振り上げた。
 殴られる。そう覚悟して強く目を瞑った瞬間、背後から一際大きな声が響いた。

「お前ら、何してんだ!」

 振り返れば、いたのは先生だった。嘘から誠というやつだ。騒ぎを聞きつけたのか誰かが呼んだのか、とにかく助かった。
 上級生たちは「何でもないでーす」と調子のいい言葉で取り繕って去っていく。その場に残された耀くんはゆるゆると立ち上がったが、腹部を手で押さえたまま、表情には苦痛が残っていた。

「大丈夫か。何があったんだ?」
「それがあの先輩たちが――」

 私が事情を説明しようとした時、遮るように耀くんが言った。

「俺が転んだだけです」

 上級生たちの罵声を聞いていた私は、それが本当だとは思えなかった。おそらく蹴られたか殴られたかして耀くんはうずくまっていたのだと思う。

「そんな訳ないだろ。話してくれ、穂別」
「転んだだけです。俺、もう行きますから」

 先生もそれが嘘だと気づいていたのだろうか。改めて問うも耀くんの返答は変わらない。それどころか助けはいらないとばかりに背を向けた。その足取りは重たく、見ているだけで彼の抱えた痛みが伝わってくる。

 追いかけて声をかけたいのに、拒否するかのように遠ざかっていく。どうして耀くんが嘘をついたのか、その理由を考えても私にはまだわからなかった。
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