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第三幕

第二章 2.雪と翠

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 日が沈み外灯の明かりが灯り始めた頃。雪は街の中を一人で歩いていた。李珀が迎えに来るのを待っているのだが、なかなか来ないのだ。
 李珀の話だと京帖をつけていたのは二人で、おそらく雪が京帖に接触して別れた後に一人が、雪の後を追いかけるだろうということだった。なので、雪を追跡する一人を李珀が邪魔して撒くという作戦を実行することにした。李珀の腕なら問題ないと思っていたのだが、かれこれ一刻は経とうとしている。
 李珀が失敗するなんて考えてもいないけど、心配にはなる。雪は宿屋に戻って翠に助けを求めようと、向きを宿屋の方に変えて人とぶつかった。

「お待たせしてすみません。」

 ぶつかった痛みに鼻を押さえていると、李珀の声が降ってきてバッと顔を上げる。目に映った李珀はいつもと変わらない姿。怪我をしている様子もない。

「どうしたのよ。心配したじゃない。」
「少し問題が…。…後で、お話しします。」

 さぁ、早く行きましょうと、手を引く李珀にいつもの余裕はなさそうに見えた。

「まだ、翠は帰ってないみたいね。」
「…」
「で、李珀。もう話してもらえる?」

 宿に戻った雪は寝台に腰を掛けて、難しい顔をしている李珀に問いかける。

「貴方が撒くのに時間がかかったのは同業だから?」
「お察しの通りです。ですが、ただそれだけではありません。同業相手とはいえ、私もそこまで時間がかかるとは思っていませんでした。」
「それはどういう…」
「隠密としてかなりの腕だということです。」
「つまり、普通の人間じゃ雇えないような人ってことね。情報屋の類いじゃないわね。」

 李珀は頷く。

「おそらくは国で雇っているような隠密かと。」
「そんなに?」
「ええ、さすがの私もヒヤリとしましたから。」

 李珀がここまで言うのだから、相当なのだろう。

「でも、撒けたのよね?」
「ええ。もちろん正体もばれておりません。」

 そこは自信ありげに答える李珀。

「思い当たることは?」
「うーん、調べないと分かりませんね。」
「顔とか背格好は?」
「顔は分かりませんでしたが、どちらも背格好は私と同じくらいですね。」
「区別はつかない?」
「ええ…あっ、でも私が撒いた方は左利きですね。」
「分かるものなの?」
「咄嗟の際にそう言うものは、隠せませんから。」
「そう、じゃあ…」

 ガチャ…

 扉が開かれて雪はそちらに目を移した。
 瞳に映ったのは無表情の少年。正確には一瞬だけ驚いていた。だけど、すぐに感情のない表情に戻る。
 そして今は……怒っている。雪にはそう見えた。
 どうやら、李珀にもそう映ったのだろう。

「と、とりあえず私はこれで!」

 そう言い残すと彼は窓から外へと逃げてしまった。

「ち、ちょっと!李珀!」

 窓に駆け寄ったがもう李珀の姿はなかった。

「…」

 気まずい空気が漂う。
 こんなに怒っている翠は久しぶりに見た。
 無表情なのがさらに恐怖を煽るのだ。

「翠?」
「…」
「翠さーん。」
「…ハァ…」

 思い切りため息をつかれてしまい、雪は戸惑う。それでも彼の怒りの感情は消えていない。

「ご、ごめんなさい。」
「この状態でいなくなったら、誘拐か事件に巻き込まれたって普通思うだろ。」

 言われて部屋を見れば、机には朝食の皿が置きっぱなしで、荷物も散らかっていた。

「もしかしなくても、私たちを探してた?」

 翠は何も答えなかったが、彼をよく見れば服は汚れているし、額に汗が滲んでいた。おそらくは必死になって探していたのだろう。

「ごめん…」

 雪が翠の手を取ると少しだけ震えていた。ギュッと手を握れば、翠は不貞腐れたようにそっぽを向いた。

「心配したんだ。」
「ごめん…でも…」

 言葉が途切れると翠は雪を見る。その視線を受けて雪は言いづらそうな顔をして、今度は雪が翠から視線をそらせた。

「わ、私はこの海羅島の王だから、危険だって分かってても行動する時もあると思う。」
「…」
「だ、だから…その時はまた翠に迷惑かけちゃうかも?」

 雪が恐る恐る翠を見れば、雪より身長の高い翠を見上げる形になり自然と上目使いになってしまう。そんな雪を見ていた翠は、何かを言いかけて止めてしまった。
 下ろされていた手をギュッと握りしめて、まるで何か言いたいことを飲み込んでしまったような、そんな表現が当てはまる。

「雪は…見てて危なっかしいんだよ。自分から厄介事に首突っ込んでさ。」
「そ、そんなことないもん!」

 怒ってる翠相手に雪は頬を膨らませた。それは、子供のただ捏ねのような態度になってしまい、雪はハッとなり手で口を押さえるが、遅かったようで翠の眉間にシワが寄る。
 ハラハラして様子を伺っていると、翠は呆れたように大きなため息をついた。

「自覚なしかよ。…もういいや。一応、俺だって理解してるつもりだよ。だから俺の事は気にするな。」
「…うん、ありがとう。」
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