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第一幕

第六章 晴嵐と芋

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 雪は目の前に映る城下の街を見た。こんなに活気がない空南を見るのは初めてだった。
 普段なら大通りは露店で賑わい、様々な時季の食材や料理が並んでいて、目や鼻を楽しませてくれる。
 だけど、雪の目の前に広がるのは、何も並んでない露店や店。開いている店もあったが、棚には食材や料理ではなく、家にあった日用品が並んでいた。それも売れるような代物ではない。

 そんな露店に立つ人々の目に光はなく、淀んでいるように見えた。痩せこけた頬はまるで骸骨が皮を被ったようで、服から覗く腕も骨と皮しかないのではないかと思うくらいに細い。
 死体が転がっていないのが、不思議なくらいだった。これで本当に蓮季の言う通り、民の支援をしているのだろうかと疑いたくなる。これではなにも支援がない中で、辛うじて生きながらえているという状況だ。

 どこを見てもそんな様子ばかりで、雪と翠は街の探索を止めて食糧蔵へと向かった。
 食糧蔵とは、街の所々に設置されている共同の食糧を保管する場所。有事の際に民へと食料を配るのだ。だが、国庫が尽きている今、こちらも無駄足かもしれない。だけど、もしかしたらまだ何か残されているかもしれないと、一縷の望みをかけて確認に行った。

「食糧蔵を見せてもらえませんか?」
「ダメだダメだ!子供の来る場所じゃないよ。さぁ、帰った帰った!」

 食糧蔵の番をしていた兵士に雪が声をかけるが、まぁ当然の反応をされる。雪が諦めて翠に探るように頼めば、彼は中心街の広場まで彼女を連れて行き、そこで待つように言った。

 言われた通りに雪はひとり中心街の広場で、椅子に腰を掛けて待つ。辺りを眺めれば、力尽きて道端でしゃがみ込む者や、何か食べ物がないかと四つん這いになって床下を覗き込む者、家々を回って物乞いする者ばかり。本来であれば露店で買ったものを、食べたり飲んだりする人で賑わっているはずの場所だった。
 こんなになるまで放っておいた官吏や王の無能さに深いため息が出る。

 “こうなる前に対策できなかったのか。”

 私利私欲だけを満たし、民のために使うはずの税金も湯水のように使い果たしてしまう。これが今の空南の現状なのかと雪は呆れるしかなかった。
 そしてこれを正すにはまず、膿を出さなければいけないのだと雪は心を決める。

 さてそのためにはどうしたら良いかと頭を悩ませれば、翠が大通りを歩いて来るのが見えた。
 もう終わったのかと、雪は考えるのを止めて彼の方に視線を移せば、何かを考えていた翠もまた雪に視線を合わせてくれるので、ニコリと微笑んで答えれば翠は口許に手を当てて隠してしまった。



「食糧蔵はどうだった?」
「…まだあった。」

 翠の報告に雪は頭を捻る。
 食料はある。
 つまり蓮季が支援しているのだろうか…
 でもそれなら、なぜこんな状態になっているのだろうか。と、考えれば考えるだけ答えは出てきそうにもない。
 どう考えても、この状態は相当厳しく思えるのだ。

「…どのくらいの量が残ってたの?」
「半分。」
「食糧蔵の?」

 翠はこくんと頷く。
 そんなに残ってるならなぜ貧困になる?
 食糧蔵はかなりの大きい。そこに半分も埋まる程の食糧があれば、当分の間食糧に困ることはないはずなのだ。
 雪の疑問は深まるばかりで、糸口ですら掴めない。
 すると、そんな雪の苦悩を読み取ってか翠が口を開く。

「ただ、あれはそのままじゃ食べれない。」

 まるで謎かけのような言葉に雪は首をかしげる。

「何が残ってたの?」
「クワイモ。」

 聞けば簡単に答えてくれる翠。
 翠の言うクワイモというのは、水で洗って火をしっかり通せば食べられるのだが、生の状態では猛毒を持っており食べることができない。
 普通ならそんな芋が食糧蔵にあるはずがなかった。だってそんな毒のあるものを育てるはずがないのだ。
 つまりはどこから入手したのだろう。
 でもどうやって?
 それに、ここの食糧蔵だけ?
 などと、考えていれば翠が覗き込んで来る。

「確認するか?」

 “本当に心が読めるのかな。とても助かるけど”

 クスリと笑みが零れた。張り詰めていた気持ちが和む。

「お願いできる?」

 雪が問えば翠は再び頷き、そのまま駆け足でどこかに行ってしまった。
 おそらく、各地に配置している仲間に連絡を取るのだろうと、雪は思う。
 こういったことは彼に頼むのが一番早いのだ。

 “さて、私はこれからどうするかを考えない…と?”

 ふと、顔を上げた雪が見たのは、翠が消えて行った道とは、反対側にある大通り。そこからやって来る集団に目が留まった。
 雪の瞳に映ったのは、どうやら旅民のようだ。
 蓮季が言っていた、炊き出しをするという旅民だろうか?
 大通りを歩く旅民は、商品を売ることを生業としている様であった。荷車にはこれでもかと、多くの商品を運んでいる。

 そして雪はその旅民の後に、わらわらと続く空南の民の姿に驚愕する。
 皆、痩せこけ、目には一点の光さえ宿していない状態で、旅民の後ろに続く姿はまるで葬式のようだ。
 彼らは雪のいる広場まで来ると、その歩みを止めた。何が始まるのかと様子を見ていると、旅民は荷を解き始め、設置されていた机に何かを並べている。
 とても手慣れており、テキパキと動いていた。その間に、空南の民は列を作り並んで何かを待っている様子だ。

「これは…」
「食料を配るんだよ。」

 その異様な光景に目を奪われていると、後ろから声をかけられた。驚き後ろを振り返れば、いつの間にか戻った翠が雪を庇うようにして、声をかけてきた男と対峙していた。
 その翠の背中越しに見えるのは、二十代くらいと若い男。おそらく、旅民の一員なのだろう。飢えている様子はなく、肉付きもしっかりとしていた。
 彼は翠の鋭い視線に、おどけた様子を見せている。

「おいおい、おっかねーな。嬢ちゃんたち何者だい?」
「こ、郊外から来た者です。雪と申します。こっちは翠。」

 雪はそう言って、慌てて翠の腕を引いた。

「す、すみません。道中危険な目に合うことが多くて…」
「ふーん、郊外からって割には肉付きが良いな。」

 男は何やらぶつぶつと呟いているが、雪には聞こえなかった。

「まっ、いいや。悪い奴じゃなさそうだし。…俺は、高秦だ。よろしく。」
「よ、よろしくお願いします。」
「お前たちも並んで、食料をもらっておいた方が良いぞ。量は少ないが、何もないよりましだろ?」

 どうしよう。携帯食料があるので食べ物はいらないし、できれば飢えている空南の民に食べて欲しいところだが、ここで並ばないと怪しまれるか…と、雪は考えて翠の腕を軽く引いた。

「翠。」

 雪の声にこくんと翠は頷くと、高秦を警戒しながらも、民が並ぶ列へと雪の手を引いたのだった。


「はい、どうぞ。」
「ありがとうございます。」

 雪が受け取ったのは、蒸した芋を砂糖と練り合わせて乾燥させた保存食だった。量は少なくてもこれを食べれば、すぐに飢えて死ぬことはないだろう量はある。

 こんなにたくさんどうやって仕入れているのだろうか?燃料は?などと色々な疑問が生まれた。

「おっ、ちゃんともらったみたいだな。」
「え、ええ。」

 広場の椅子に腰かけて一団の様子を見ていると、高秦が声をかけてきた。隣に座っていた翠は警戒し鋭い視線を向ける。
 雪は少しだけ翠に近づいて座り直す。そうでもしないと、翠が襲い掛かりそうだったのだ。

「ねぇ、聞いても良い?」
「俺に答えられることなら。」
「あなたたちは、蓮季に雇われているの?」
「まさか、それはありえねー。」

 目を見開き高秦は、驚きを露にして答える。

「違うの?」
「ああ、あの野郎は、民が飢えようが気にも止めねーよ。こんなに民が飢えているのに、税金を下げようとしない。それどころか、税金を納めない民を罰してまわってるぜ。」
「それは、事実?」
「ああ。嘘だと思うなら民に聞いてみろよ。」
「…じゃあ、あなたたちは、この食料をどうやって仕入れたの?」
「それは言えない。」
「なら、燃料は?」
「それは、国境を出た先の森だ。」
「あなたたちだけで?」
「それも言えない。」

 国外の森には妖獣が出る危険な区域だった。普通の旅民だけで行くような場所ではない。何かあるのだろうが、この様子では答えてもらえそうにない。そう考えて、雪は質問の方向を変える。

「高秦たちはよく空南に来るの?」
「ああ。色んなところを回っているが、空南は一番頻度が高いな。」
「どうして?」
「仕入れるものが多いからな。」
「つまり、高秦たちは食料関係の商品を取り扱うことが多いんだね。」
「そうだな。…って、質問攻めだな。」
「ご、ごめん。つい。」
「俺ばっかり質問されるのは対等じゃねーな…」

 高秦にそう言われて、雪は何を聞かれるのか身構える。だけど、彼の肩越しに走ってくる人の姿が見え、雪はそちらに視線を移した。
 その視線に気づいて高秦が振り向くと、ゲッと声を上げて目にも止まらぬ早さで、その場から逃げ出してしまった。

「ごめんね。あなたたち、あいつに何かされなかった?大丈夫?」
「いえ、大丈夫です。」
「なら良かった。」
「お姉さんは?」
「あっ、ああ。私はあいつと同じ旅民の一員で、葉蘭よ。」
「私は雪。こっちは翠です。」
「よろしく。って、迷惑かけたわね。ごめんなさい。」
「いえ、こちらこそ、お忙しいのに引き留めてしまったようで、すみませんでした。」
「良いのよ。気にしないで。…じゃあ、私はこれで。あのぐうたらを追いかけないと…」
「はい、では」

 そう言って葉蘭は高秦の後を追った。

 ―「やっと見つけた。」

 そう葉蘭が声をかけたのは、広場から離れた小道の脇。人通りはない。腰手を当ててため息混じりに声をかけた葉蘭に、高秦は拗ねた子供のような態度を見せる。

「何だよ、葉蘭。手伝わなかったことなら謝るって」
「それもだけど、忠告しに来たのよ。あんた、あの二人に色々聞かれてたわね。」
「あ、ああ。あいつら、俺たちが蓮季に雇われていると、思ってたみたいだ。」
「はぁ?何よそれ。どんな冗談なの?笑えないわ。」
「だよなぁ…。とりあえず全力で否定したけど。」
「まさか、本当の雇い主の名前言ったんじゃ…」
「な、何にも言ってねーよ!」
「なら良いけど。あなたは口が軽いから。」

 高秦は機嫌を損ねたように、口をへの字に曲げる。そんなこと気にした様子もなく、葉蘭は続ける。

「でも、あの二人変よ。あんな肉付きの良い子供、今の空南にはいないわ。」
「そう思って、俺も声をかけたんだ。で、お前に邪魔されたと」

 高秦は途中で言葉を飲み込んだのは、葉蘭にじっと睨まれたからだ。彼女が怒ると怖いので、高秦は反論を諦める。

「でも、悪い奴には見えなかったんだよなー。」
「確かにそうね。悪さをする人の顔じゃなかったわ。」

 あっさりと同意した葉蘭は、声をひそめて言葉を続ける。

「油断は禁物よ。官吏にでも目をつけられたら…」
「ああ、分かってるよ。」
「高秦、本当に分かってる?あなたって、本当に心配なのよね。」

 いつもこうだと高秦はふて腐れる。まるで自分が子供のような扱いを彼女はするのだ。もう子供じゃないんだ。考えて行動できるのに…。

 ―高秦は孤児だった。母親が育てられなくなって郊外の森付近に捨てたのだ。それを拾ってくれたのが、葉蘭がいる旅民だった。葉蘭はこの一団で生まれた生粋の旅民。旅民ってのは、来るもの拒まず去る者追わずなのだ。好きな時に入って来て一緒に過ごしていた者が、定住場所を見つけて去ることなどざらにある。大体は他所で伴侶を見つけて一団を去る者が多かった。
 だが、葉蘭は両親そろって旅民なのだ。大人に囲まれて育ったからなのか、彼女は年齢よりも少し大人びていた。小さい頃なんかは、同じ年頃なのに、高秦の面倒をよく見てくれていた。その頃の高秦は言葉もままならず文字も書けなかったので、葉蘭が先生となって教えてくれたんだ。そのせいなのか、未だに子供みたいに扱ってくるのだ。

「もう子供じゃないんだ…。」
「何か言った?」
「何でもねーよ。」
「私の言葉聞いてた?」
「わ、わりぃ…」
「全く…。あの二人、一応調べた方が良いかもよ?って言ったの。」
「雪と翠だったか。…そうだな。伝えておく。」
「頼んだわ。…じゃ、とりあえず、戻りましょ。」

 葉蘭はそう言って、高秦の手を引くと広場へと戻った。


 ―雪と翠は蓮季の住む屋敷の前に来ていた。
 食糧をもらった後、その足でここまで来たのだ。今は、外套を羽織り顔が見えにくいようにしてある。
 前に会っているから年のためだ。

 目の前の屋敷は木造で、木彫りなどが目立つ豪華な造りをしていた。広い面積を使って建てられた屋敷は、城ほどとは言わないがかなりの大きさがある。
 その門の前には門番が立っている。ムスッした表情は人を近付き難くさせていた。
 だけど雪は躊躇いなく前へと進む。雪に気付いていた門番は、こちらに向かってくるのに表情は変えない。
 一人の目の前まで行くと、その門番は重々しく口を開いた。

「何用だ?」
「蓮季様はいらっしゃいますか?」

 門番は反対側にいるもう一人と顔を見合わせる。

「蓮季様ならご不在だ。」
「え?そんなはずないですよね。」

 門番は眉をひそめる。

「いないものはいない。さあ、帰った帰った!」
「会わせてください!!お話ししたいことが!!」

 わざと大きな声で叫ぶと、門番は慌てる。
 やはり屋敷に蓮季がいるのだろう。
 しばらく騒いでいると、門が開かれた。中から出てきたのは蓮季だった。
 彼はとても不機嫌そうな顔をして、雪を睨み付ける。

「何事か!屋敷の中まで響き渡っているぞ!」
「も、申し訳ございません!この子供が蓮季様に会いたいと騒ぎ立てまして…」
「こんな子供も追い返せないのか!!私は今忙しいんだ!!」

 そう怒鳴り付けると、門番の持っていた鞭を奪い取る。パシン!と、威嚇するように雪の足元に打ち付ける。
 だが、そんなのに怯えるはずもなく、蓮季を見て雪は言葉を口にした。それはもう必死に食べ物を求める町娘のように。

「蓮季様!食べ物を分けてください!母が、病に伏してしまって…」
「ええい!うるさいうるさい!!黙れ!!」

 蓮季は鞭を振り上げてわめき散らすと、雪に向けて振り下ろした。だが雪に向けて放たれた鞭は勢いよく音を立てて向かってくる。

 バシッ!

 鞭が当たった音が響き渡るが、すぐに静けさを取り戻す。雪は視線を蓮季から外さなかった。
 痛みはない。翠が身代わりになってくれたからだ。

「これが、あなたのやり方なのですか?」

 雪は込み上げる怒りを抑えて、怯えた子供のような声を出す。

「忌々しいクソガキが。さっさと消え失せろ!」

 再び鞭を振り上げたので、雪は翠の腕を引いてその場を去る。

 “これが、蓮季の本性か。何が民のために…だ。”






 ―結局、雪が仏間へと戻ったのは次の日の夜だった。

 あの後、翠の手当てを簡単にだが済ませて、城へと戻ったのだ。彼の腕は鞭で切り裂かれて、痛々しく腫れ上がっていた。
 たまたま見つけた薬草を磨り潰して、傷口に塗り適当な布で巻いただけの応急措置しかできていない。早くちゃんとした手当てをしてもらおうと、仏間の扉を開けようとしたところ、綾が鍵で開けて中に入ってきた。

 雪華を演じるのは明朝なので、綾がここに来る理由はない。なのにわざわざここに来たのは、街に出た雪がどれだけ髪や肌を荒らして帰ってくるかと心配してのことだろう。
 実際に聞けば、居ても立っても居られず仏間へと来ていたのだと綾は言う。

 “そんなに、私ってガサツなのかしら…?”

 目の前にいた翠が頷くのを見て、雪は頬を膨らましてそっぽを向くと綾に座るように促される。

「こんなに荒らして…」
「あ、あの、翠の手当てをお願い!」
「手当て?怪我をしたのですか?なら、翠。先に手当てしますよ。」

 綾は翠を振り返り、怪我をした腕を見せるようにと催促する。それに対して、翠は珍しく怯えたように一歩下がった。ふるふると首を左右に振っている。

「いらない。」
「珍しいわね。どうし…」

 言いかけて綾は納得したように、ニヤリと笑った。綾が翠の腕の手当てを見て笑ったように見えたが、雪にその笑みの意味は分からなかった。

「まっ、それは後でも良いでしょう。先に、雪のお手入れをしましょうか。」

 そう言うと、座っていた雪の前に来て髪を梳きはじめる。

「翠の手当てを…」
「大丈夫です。きちんと処置されていますから、雪の方が先です。」

 言い切る綾に、仕方なく雪は頷くしかなかった。

「…それで、欲しい情報は得られたのですか?」

 黙ったままでいると綾が問うので、雪は空南での出来事を伝えたのだった。

「蓮季…」
「綾さん知ってるの?」
「ええ。今は、あまり良い噂を聞きませんね。」
「今は?」
「ええ、空南の前王が任命したのですが、その頃は民のために良く働く官吏だったようです。
 羅芯にもその噂が届く程ですから、民にはかなり慕われていたのではないでしょうか?
 それが、現王の黎夕様に変わられてから、全く聞かなくなりました。それどころか、何やら良くない噂まで聞こえる程で、嘘だと思っていたのですが、雪の話からして本当のようですね。」
「王がダメにしたということかしら…」
「まぁ、前王は名君と呼ばれる方でしたから、悪さも出来なかったのでしょうね。」
「一応、もう少し調べてみようかな。」

 と、雪の言葉に翠が了解したと頷くのを見て、とりあえずは彼に任せることにした。

「あとは、燃料ね。」
「燃料ですか…」
「昨年の不作のせいで、燃料も足りてないみたい。」
「あぁ、それでクワイモを食べられないという訳ですか。でも、なぜ燃料も足りてないんでしょうか?」
「それがね…」

 呆れたことに、空南は不作にも関わらず税を下げなかったようだ。物入りが少ないのに税はいつもと同じように払ったために、必要な燃料を買えなかったのだろう。越冬もかなりキツかっただろうと想像が容易い。

「空南にある燃料を、確認しようと思うの。」
「そうですね。ですがもし、燃料が尽きていたら…」

 雪の言葉に難しい顔をする綾も、分かっているのだ。どこの国も燃料が余るほどに蓄えていないことを。海羅島では木々が生えている森林地帯はいくつかある。そこから必要な分の木々を倒して薪にしている。
 だが、森には妖獣が出る。肉食で人間を襲う妖獣も少なくない。そう簡単に燃料集めは、できないのだ。だから、燃料は高価で大量に入手することは難しい。

「あの旅民はどうやって、森で木材を取って来たんだろう…」
「雪たちが会ったという旅民ですか?」
「うん。かなりの量の燃料を持っていたけど、あの人たちだけじゃ無理だと思う。
 多分誰かが後ろについていると思うんだよね。それに、帰りつけられてたみたいだから…」
「今、調べてる。」
「うん、ありがとう。」

 雪の視線に頷いて答える翠に礼を言うと、翠は少しだけ照れたように鼻を掻く。

「…その旅民のおかげで、民は飢え死にすることなく過ごしているんですよね。」
「そうね。」
「では、何か悪事を働くということは考えにくいですね。」
「うん。」
「なら、私たちがまず考えるべきは燃料の確保ですね。」

 綾の言葉に雪は頷く。旅民が所持する燃料だけでは、国全体に行き届く量を確保できない。森で採取するにも限界があるはずだ。

「家や家具などを壊して燃料にする方法は、ここの民であればもうすでにやっているでしょうからね。」
「燃料の調達をどうするか…」
「衣を燃やしてお菓子を作れば良い。」

 翠が唐突に言うので雪は一瞬何のことだか分からず、きょとんとした。

「必要最低限の衣以外は、すでに燃料にしていると思いますよ。」
「…金糸の衣」

 綾と翠のやり取りで、雪は良い案を思いつく。すでに、蓮季の屋敷の偵察は終わらせている。それはそれは、見事な木造作りの家だったと。
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