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醜い婚約者 後編

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 黒髪に紫色の瞳を持つその少年は、私ですら見惚れてしまうほどに綺麗な顔立ちをしています。こんな綺麗な方にエスコート?何かの間違いでは?

 そう思いながらも、私は待たせてしまったことを謝ります。

「お、お待たせして、申し訳ございません。」

「…。」

 じっと、見つめられて私はドキリと胸がなります。ですが、これはいつもみんなから見られる時の視線。驚き見開かれた目を見て、私はそう思いました。やはりこの方も、皆と同じ反応をするのかと、少しだけ気持ちが沈みます。

「…あ、あの…」

「あっ、不躾に失礼だったね。申し訳ない。…それと、こちらが早く着いてしまったんだ。君が謝ることはないよ。」

 どうやらお優しい方のようです。好奇の目は、すぐに柔らかい笑みに変わります。少しだけ驚きです。他の方は、いつまでもジロジロと私の傷を見ているので。そんな私は戸惑いを隠しつつ、ドレスの裾を軽く持ち上げて、挨拶をします。

「私、シェリア・メイソンと…」

「知っているよ。」

「え?あっ、そうですよね。叔父の依頼ですものね。」

 それはそうかと慌てると、彼は何故か小首を傾げました。

「何だ、忘れてしまったのか?」

「えっ?」

 悲しそうな様子に、私は遠い記憶が甦ります。昔、同じような顔を、見たことがあった気がするのです。そして、思い当たるところがあり、もう一度目の前の人物をまじまじと見つめました。

 少年は少し恥ずかしそうに頬を掻いて、視線を反らせてしまいます。

「ユリス殿下?」

「ああ。」

 少しだけ嬉しそうな顔がこちらを見ました。また、胸がドキリとなります。今日の私は、どうしてしまったのでしょうか?何か変です。

「久しぶりだな、シェリア。」

「え、ええ…本当に…。お会いしたのは、まだ両親がいた頃なので、もう十数年は経っていますね。」

「そうだな…」

 会話が途切れて気まずい空気が流れます。何を話したら良いのか、全く思い付かないのです。

「とりあえず、城に向かおうか。」

「ええ。」

   殿下も気まずかったのでしょう。まぁ、無理もありません。こんな傷があって話ベタな女性など、相手にしてもつまらないでしょう。それに、これは望んだ婚約ではありません。おそらく今日も、渋々私のエスコートさせられているのでしょうから。私は、何だか申し訳ない気持ちになってきました。

 それでも、殿下は完璧なエスコートで、私の手を引いてくれます。本当にお優しい方なのだと、私はその背中を見て少しだけ寂しい気持ちになりました。

 私がこんな姿でなければ、楽しくお話出来たのでしょうか…。

 私たちは馬車に乗ると、ますます気まずい雰囲気になってしまいます。聞きたいことはたくさんあったのですが、そのどれもが聞きづらく言葉に出来ませんでした。
    そんな時、ユリス殿下の胸ポケットに見える、ハンカチに目が止まります。

「それ…」

「ん?ああ、これのことか?」

 彼が取り出したハンカチを見て私は驚きます。

「それ…私が刺繍したものでは?」

「ああ、これだけは手放せなくて、ずっと持っていたんだ。送ってくれたのは、一度きりだったから。」

 そのハンカチは、私がまだ両親と暮らしていた頃に作ったものでした。なかなか会えないユリス殿下に、私は習いたての刺繍をしてハンカチを送ったのです。ですが、それからすぐあの火事があり、私はユリス殿下との結婚は諦めていたので、手紙を書くこともなくなりました。

 そのハンカチをユリス殿下は、とても大事な物のように扱い見つめています。


「ユリス殿下…」

「ユリス。」

「え?」

「ユリスと呼んでほしい。…ダメだろうか?」


 子犬のような瞳でこちらを見てくる彼は、とても可愛らしく胸が跳ね上がります。ですが、私は心を鬼にして首を左右に振りました。


「だ、ダメです。だって…婚約は解消されるのでしょう?」

「なぜそう思うんだ?」

「え?」


 思わず反射的にユリス殿下を見ました。すると、彼は怒ったような、でも悲しそうな顔をしています。

 なぜ、私が責められているのでしょうか?そう考えたら少しだけ腹が立ってきます。


「…だって、こんな容姿になってしまって…婚約の話しも全く進まず、パーティーでエスコートすらしてもらえない。周りには笑われ馬鹿にされて…。殿下だってこんな醜い女は嫌なのでしょう?だから、会いに来てもくださらなかったのでは…」


 言葉が途中で途切れてしまったのは、ユリス殿下に抱き締められたから。頭が混乱しパニックになります。そこへ耳元に優しい声が届きます。


「すまなかった。でも、僕は君との婚約を解消するつもりはない。会えなかった事情を今説明することは出来ないが、ずっと君に会いたかったんだ。信じてもらえないかもしれないが…。…。やはり、こんな僕では嫌だろうか?」


 そんな声で囁くのは反則だと私は思いました。私の頬は熱くなり、鼓動が早くなっています。自分の耳にまで心臓の音が聞こえるくらいです。


「嫌ではありません。ただ…」


 言いかけたのですが、馬車が止まったので私は口を閉ざしました。殿下もそれ以上は聞いては来ません。腕も解かれます。

 私は何だかそれを寂しく感じました。やはり、今日の私は変なのだと、だからこんな気持ちになるのだと自分に言い聞かせました。


「そうだ、言い忘れるところだった。」

「何でしょうか?」

「そのドレス、とても似合っているよ。僕はいつもの君も好きだけど、今日のも素敵だ。」


 そう言ってもらえると、お世辞でも嬉しくなります。


「今日は今まで君のことを笑っていた奴らを見返してやろう」

「殿下、言葉遣いが…」

「君と二人の時だけだ。」

「それに、見返すって…?」


 どうやって?という疑問は馬車の扉が開けられて、聞くことは出来ませんでした。

 ユリス殿下にエスコートされて、私は王城へと進みます。私を笑う者達の待つ場所が、どんどんと近くなり、私は怖くなってユリス殿下に添えた手に、力が入ってしまいました。


「大丈夫だ。」


 そっと手を重ねてくれます。それだけで私の心は落ち着くのですから、不思議です。


 そして、私たちは会場へと足を踏み入れました。




 え?どういうこと?私は予想外の出来事に驚きます。


 というのも、いつもの嘲笑のコーラスは起こらないのです。疑問に思って、俯いていた視線を上げると、周りは驚きの顔でこちらを見ています。

 ユリス殿下の方を見ている人も多かったけれど、ほとんどは私の方に釘付けといった様子でした。私は何が起きているのか分からずに、ユリス殿下を見るとニッと無邪気な笑顔を見せてくれます。その笑顔に、女性陣の黄色い悲鳴が聞こえました。


「これは、どういうことですの!?」


 何だか慌てた様子で私のもとにイリスが来ます。彼女が自分から、私のところに来るのは珍しいです。前回は叔父の言いつけで、仕方なくと言う感じでしたが、今日は様子が違います。

 ですが、どんな理由があれ社交場では、挨拶しなければいけません。義妹はそう言うところが、少々抜けていました。仕方なく私から挨拶をします。ドレスの裾を軽く持ち上げて軽く会釈しました。


「イリス、ごきげんよう。」

「ごきげんようでは、ございませんわっ。」

「ごきげんよう。」


 なにを呑気なこと言ってるの!?と、言いたげな彼女でしたが、ユリス殿下に声をかけられて言葉を失います。彼女は綺麗な顔に目がないようです。婚約者であるシーク殿下も顔が良いからと、自慢げに話していたのを聞いたことがあります。

 そんな理由で、婚約者を決められるのですから、叔父の権力もまだまだ衰えたものではないようです。そんなことを考えていると、イリスが戸惑いながらも挨拶をするのが目に入ります。


「ご、ごきげんよう。えっと…」

「ユリス・ジルべニアと申します。」

「えっ?ゆ、ユリスって…第2王子の…」

「はい。イリス・キャンベル様。シェリアがずいぶん世話になったようですね。」

「え?」

「まぁ、もう彼女が君たちの屋敷に戻ることはないですから、安心してください。」


 ユリス殿下は変わらない口調のまま言ってますが、その目は笑っていません。さすがのイリスも身震いをさせて怯えています。


「あなた方が彼女にしたこと、知らないとでも思っているのですか?」

「ひっ…」


 今度は声までも怖いです。私ですら、ビクリと身を竦めてしまいます。それを向けられた本人はもっと怖いでしょう。そう思ってイリスを見ると案の定、半べそになって、ふるふると震えていました。


「どうしたんだ?」

「シークさまぁ…」


 やって来たシーク殿下に抱き付くイリス。事情が分からずとも、婚約者を泣かされたという事実にユリス殿下を睨み付けるシーク殿下。


「誰だ貴様?」

「え?」


 私は思わず声を上げてしまい、それにユリス殿下が声を上げて笑いました。


「な、何だ。」

「いえ、知性の足りないところ変わりませんね…兄さん」

「なっ…」

「ユリスですよ。弟の顔も覚えられないとか、どれだけ愚鈍なのですか?」

「なっ…貴様兄に向かって、今何と…?」

「頭だけでなく耳も悪いようですね。」


 シーク殿下は怒りでふるふると震え出します。私がヒヤヒヤしながらその様子を見ていると、楽器の音が部屋へと響きました。

 全員が音の方に注目すると、部屋の奥から国王が姿を見せました。


「よくぞ集まった。」


 陛下の声に皆が礼をします。そんな中、シーク殿下は先程の怒りが嘘のように消え、今は勝ち誇ったような顔でユリス殿下を見ています。

 ユリス殿下はそんなこと気にも止めず、陛下に礼をしています。


「今日は我が息子の誕生日であると共に、王位継承者を皆に披露する日でもある。」


 陛下の声に、皆が顔を上げます。会場の誰もが、シーク殿下の名前を期待しているようでした。


「…ユリス、こちらに来なさい。」

「はい、陛下。」


 予想と違う名前に会場はざわめき立ちます。

 ですが、陛下に呼ばれたユリス殿下はそれが分かっていたかのように、落ち着いたようすです。そして、何故か私の手を取り陛下の元へと向かいます。周りがさらにざわつきます。


「静粛に!」


 陛下の隣に控えていた宰相が、声を上げて周りを静めました。

 ユリス殿下が陛下の横で、私がその少し後ろに並ぶと、陛下は高らかに宣言します。


「王位継承者は、このユリス・ジルベニアとする。」


 え?これは、どういうことでしょうか?ユリスが王位継承者?私が驚き彼を見ると、ウインクをされてしまいます。王の宣言に周りは驚きつつも拍手喝采です。

 そんな中、納得行かない人が2名おりました。


「父上!これは、どういうことですか!?」

「そうです、お義父様。次期王は、シーク様ですわよね。」

「二人とも止めなさい、みっともない。」


 二人の訴えを陛下はため息と共にたしなめます。確かにこの場で抗議するのは、あまり良いことではありません。私も驚きましたが、どんな理由があれ、それを決めたのは現国王です。反論は本来なら許させることではないのです。


「これはもう決まったことだ。」

「ですがっ!」


 食い下がるシーク殿下に国王は大きなため息をついて、重い口を開きました。


「…お前の家臣が不正を働いていたのだ。」

「は?」


 突然の言葉に、シーク殿下は言葉をなくしたようでした。


「お前、公務をその家臣に任せきりにしていたな?そこを利用されたのだよ。それを見つけたのが、ユリスだ。それだけではない。ここ最近の公務のほとんどをユリスがこなしていたのだ。」
「な、何を…?」
「何も気づいておらんかったのか…。本当に情けない。そんな者に、この国は任せられん。公務を怠ったことや、機密事項を家臣に漏らした罪は償ってもらうぞ、シーク。」

 知らされていなかったのでしょう。シーク殿下は力なくその場に崩れ落ちます。隣にいたイリスもその場にヘタリ込むと肩を落として、黙ってしまいました。

「陛下。」

「おお、そうであったな。…次期国王より皆に伝えたいことがあるそうだ、聞いてやってくれ。」


 国王の言葉に皆がユリス殿下を見ます。


「私は時期国王として皆のため、国のために力を注いでいくつもりだ。よろしく頼む。だけど、そんな私もただ一人の人間でしかない。出来ることは限られるし、壁にぶち当たることもあるだろう。」


 そう言ってユリス殿下は私の方を見ます。それから、手を伸ばすと少し強引に私を隣へと引っ張り出しました。


「そんな私の心の支えとなる婚約者であるシェリア・メイソンを、妻として迎えようと思う。」


 私はその言葉に驚き、頭が真っ白になります。皆の視線がこちらに向き、注目の的です。


「シェリア・メイソン?」

「どういうこと?」

「やっぱり、だから俺はそうじゃないかって…」


 ですが何だか様子がおかしいのです。なぜか戸惑いの声ばかりが聞こえてきます。


「火傷の痕は?」

「あんな傷、どうやって隠したのかしら?」

「やっぱり、別人なんじゃ?」


 え?何を言っているの?私は戸惑いユリス殿下に助けを求めるように見ると、優しい笑顔を向けてきます。そして、ユリス殿下は皆の方へと視線を戻しました。その瞳には怒りの感情が見えました。


「皆が彼女のことをどう言っていたのか、知っている。だが、彼女は心優しく美しい。少なくとも、私はそう思っている…。だからこれから先、彼女を泣かせる者がいたら、私の全権力を用いて潰す。それだけは心得ておくように。…私からは以上だ。」


 そう言うと私の腕を引いて、部屋を出てしまうユリス殿下。私は引かれるがままについていき、バルコニーへとやって来ました。


「すまない。」

「えっ?」

「順番が逆になってしまった…」


 そう言うと、ユリス殿下は膝をつきます。私の手を取り、私を見つめます。


「私と共に歩んでもらえないだろうか?」

「ユリス殿下?」

「結婚してほしい。シェリア。」

「で、でも、私の顔は…」

「僕はそんなこと気にしない。婚約を交わした日から、ずっと君のことを想ってきた。僕が好きなのは、あの日から君だけなんだ、シェリア。」


 とても、嬉しいお言葉です。本当なら、頷いてお受けしたいのですが、そうもいきません。


「いくら殿下が気になさらなくても、王妃になってしまえば注目があります。公でこの顔は…」


 側室ならまだしも、正妃は他国との国交もあるので、やはり見目というのは大事なのです。必ずしも美人である必要はないのですが、さすがにこんな火傷の跡がある私では、問題が出てくるでしょう。

 そんなことを考えていると、ユリス殿下は思い出したような顔をします。


「そう言えば君は鏡を見ないのだったね。…アンナ。」

「はい、こちらに。」


 どこからともなく現れたアンナは、何故か手に鏡を持っています。そして、その鏡を私に手渡すのです。どういうことでしょうか?私はこの傷が出来てから、鏡を見ることはほとんどありません。それは、アンナももちろん知っていることでしたので、私はどうしたら良いのか困ってしまいます。


「嫌かもしれないけど、騙されたと思って見てごらん。」


 アンナも頷いて私を見ます。本当は怖いですが、仕方くユリス殿下に言われるがままに、恐る恐る鏡を見ます。


「どういう…こと?」


 そこに映る顔を見て私は驚きました。鏡の中に映るのは真っ白な肌でした。そこに、火傷の痕などありません。確かに、化粧の時間が長いとは思っていたのですが、まさかこんなことになっているなんて思ってもいませんでした。

 どんな手品かと、ユリス殿下を見ると嬉しそうに笑っています。


「これを開発させるのに、時間がかかってしまったんだ。本当はもっと早く、君を迎えに行きたかったのだが、申し訳ない。」

「えっ?ど、どういうことですか?」

「君を正妃に迎えるためには、やはりどうしても火傷の痕は障害となってしまった。だから、それを隠せる技術を開発したんだ。僕の力が及ばず、君にはたくさん嫌な思いをさせてしまった。本当に申し訳ない。」

「…。」

「こんな僕だが、シェリアには正妃として一緒に隣にいて欲しい。…ダメだろうか?」


 そんな子犬のような眼差しで見られずとも、私の心はもう決まっています。

「…私で良ければ喜んで。」

涙を拭って、心からの笑顔をユリスに向けました。
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