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醜い婚約者 後編
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黒髪に紫色の瞳を持つその少年は、私ですら見惚れてしまうほどに綺麗な顔立ちをしています。こんな綺麗な方にエスコート?何かの間違いでは?
そう思いながらも、私は待たせてしまったことを謝ります。
「お、お待たせして、申し訳ございません。」
「…。」
じっと、見つめられて私はドキリと胸がなります。ですが、これはいつもみんなから見られる時の視線。驚き見開かれた目を見て、私はそう思いました。やはりこの方も、皆と同じ反応をするのかと、少しだけ気持ちが沈みます。
「…あ、あの…」
「あっ、不躾に失礼だったね。申し訳ない。…それと、こちらが早く着いてしまったんだ。君が謝ることはないよ。」
どうやらお優しい方のようです。好奇の目は、すぐに柔らかい笑みに変わります。少しだけ驚きです。他の方は、いつまでもジロジロと私の傷を見ているので。そんな私は戸惑いを隠しつつ、ドレスの裾を軽く持ち上げて、挨拶をします。
「私、シェリア・メイソンと…」
「知っているよ。」
「え?あっ、そうですよね。叔父の依頼ですものね。」
それはそうかと慌てると、彼は何故か小首を傾げました。
「何だ、忘れてしまったのか?」
「えっ?」
悲しそうな様子に、私は遠い記憶が甦ります。昔、同じような顔を、見たことがあった気がするのです。そして、思い当たるところがあり、もう一度目の前の人物をまじまじと見つめました。
少年は少し恥ずかしそうに頬を掻いて、視線を反らせてしまいます。
「ユリス殿下?」
「ああ。」
少しだけ嬉しそうな顔がこちらを見ました。また、胸がドキリとなります。今日の私は、どうしてしまったのでしょうか?何か変です。
「久しぶりだな、シェリア。」
「え、ええ…本当に…。お会いしたのは、まだ両親がいた頃なので、もう十数年は経っていますね。」
「そうだな…」
会話が途切れて気まずい空気が流れます。何を話したら良いのか、全く思い付かないのです。
「とりあえず、城に向かおうか。」
「ええ。」
殿下も気まずかったのでしょう。まぁ、無理もありません。こんな傷があって話ベタな女性など、相手にしてもつまらないでしょう。それに、これは望んだ婚約ではありません。おそらく今日も、渋々私のエスコートさせられているのでしょうから。私は、何だか申し訳ない気持ちになってきました。
それでも、殿下は完璧なエスコートで、私の手を引いてくれます。本当にお優しい方なのだと、私はその背中を見て少しだけ寂しい気持ちになりました。
私がこんな姿でなければ、楽しくお話出来たのでしょうか…。
私たちは馬車に乗ると、ますます気まずい雰囲気になってしまいます。聞きたいことはたくさんあったのですが、そのどれもが聞きづらく言葉に出来ませんでした。
そんな時、ユリス殿下の胸ポケットに見える、ハンカチに目が止まります。
「それ…」
「ん?ああ、これのことか?」
彼が取り出したハンカチを見て私は驚きます。
「それ…私が刺繍したものでは?」
「ああ、これだけは手放せなくて、ずっと持っていたんだ。送ってくれたのは、一度きりだったから。」
そのハンカチは、私がまだ両親と暮らしていた頃に作ったものでした。なかなか会えないユリス殿下に、私は習いたての刺繍をしてハンカチを送ったのです。ですが、それからすぐあの火事があり、私はユリス殿下との結婚は諦めていたので、手紙を書くこともなくなりました。
そのハンカチをユリス殿下は、とても大事な物のように扱い見つめています。
「ユリス殿下…」
「ユリス。」
「え?」
「ユリスと呼んでほしい。…ダメだろうか?」
子犬のような瞳でこちらを見てくる彼は、とても可愛らしく胸が跳ね上がります。ですが、私は心を鬼にして首を左右に振りました。
「だ、ダメです。だって…婚約は解消されるのでしょう?」
「なぜそう思うんだ?」
「え?」
思わず反射的にユリス殿下を見ました。すると、彼は怒ったような、でも悲しそうな顔をしています。
なぜ、私が責められているのでしょうか?そう考えたら少しだけ腹が立ってきます。
「…だって、こんな容姿になってしまって…婚約の話しも全く進まず、パーティーでエスコートすらしてもらえない。周りには笑われ馬鹿にされて…。殿下だってこんな醜い女は嫌なのでしょう?だから、会いに来てもくださらなかったのでは…」
言葉が途中で途切れてしまったのは、ユリス殿下に抱き締められたから。頭が混乱しパニックになります。そこへ耳元に優しい声が届きます。
「すまなかった。でも、僕は君との婚約を解消するつもりはない。会えなかった事情を今説明することは出来ないが、ずっと君に会いたかったんだ。信じてもらえないかもしれないが…。…。やはり、こんな僕では嫌だろうか?」
そんな声で囁くのは反則だと私は思いました。私の頬は熱くなり、鼓動が早くなっています。自分の耳にまで心臓の音が聞こえるくらいです。
「嫌ではありません。ただ…」
言いかけたのですが、馬車が止まったので私は口を閉ざしました。殿下もそれ以上は聞いては来ません。腕も解かれます。
私は何だかそれを寂しく感じました。やはり、今日の私は変なのだと、だからこんな気持ちになるのだと自分に言い聞かせました。
「そうだ、言い忘れるところだった。」
「何でしょうか?」
「そのドレス、とても似合っているよ。僕はいつもの君も好きだけど、今日のも素敵だ。」
そう言ってもらえると、お世辞でも嬉しくなります。
「今日は今まで君のことを笑っていた奴らを見返してやろう」
「殿下、言葉遣いが…」
「君と二人の時だけだ。」
「それに、見返すって…?」
どうやって?という疑問は馬車の扉が開けられて、聞くことは出来ませんでした。
ユリス殿下にエスコートされて、私は王城へと進みます。私を笑う者達の待つ場所が、どんどんと近くなり、私は怖くなってユリス殿下に添えた手に、力が入ってしまいました。
「大丈夫だ。」
そっと手を重ねてくれます。それだけで私の心は落ち着くのですから、不思議です。
そして、私たちは会場へと足を踏み入れました。
え?どういうこと?私は予想外の出来事に驚きます。
というのも、いつもの嘲笑のコーラスは起こらないのです。疑問に思って、俯いていた視線を上げると、周りは驚きの顔でこちらを見ています。
ユリス殿下の方を見ている人も多かったけれど、ほとんどは私の方に釘付けといった様子でした。私は何が起きているのか分からずに、ユリス殿下を見るとニッと無邪気な笑顔を見せてくれます。その笑顔に、女性陣の黄色い悲鳴が聞こえました。
「これは、どういうことですの!?」
何だか慌てた様子で私のもとにイリスが来ます。彼女が自分から、私のところに来るのは珍しいです。前回は叔父の言いつけで、仕方なくと言う感じでしたが、今日は様子が違います。
ですが、どんな理由があれ社交場では、挨拶しなければいけません。義妹はそう言うところが、少々抜けていました。仕方なく私から挨拶をします。ドレスの裾を軽く持ち上げて軽く会釈しました。
「イリス、ごきげんよう。」
「ごきげんようでは、ございませんわっ。」
「ごきげんよう。」
なにを呑気なこと言ってるの!?と、言いたげな彼女でしたが、ユリス殿下に声をかけられて言葉を失います。彼女は綺麗な顔に目がないようです。婚約者であるシーク殿下も顔が良いからと、自慢げに話していたのを聞いたことがあります。
そんな理由で、婚約者を決められるのですから、叔父の権力もまだまだ衰えたものではないようです。そんなことを考えていると、イリスが戸惑いながらも挨拶をするのが目に入ります。
「ご、ごきげんよう。えっと…」
「ユリス・ジルべニアと申します。」
「えっ?ゆ、ユリスって…第2王子の…」
「はい。イリス・キャンベル様。シェリアがずいぶん世話になったようですね。」
「え?」
「まぁ、もう彼女が君たちの屋敷に戻ることはないですから、安心してください。」
ユリス殿下は変わらない口調のまま言ってますが、その目は笑っていません。さすがのイリスも身震いをさせて怯えています。
「あなた方が彼女にしたこと、知らないとでも思っているのですか?」
「ひっ…」
今度は声までも怖いです。私ですら、ビクリと身を竦めてしまいます。それを向けられた本人はもっと怖いでしょう。そう思ってイリスを見ると案の定、半べそになって、ふるふると震えていました。
「どうしたんだ?」
「シークさまぁ…」
やって来たシーク殿下に抱き付くイリス。事情が分からずとも、婚約者を泣かされたという事実にユリス殿下を睨み付けるシーク殿下。
「誰だ貴様?」
「え?」
私は思わず声を上げてしまい、それにユリス殿下が声を上げて笑いました。
「な、何だ。」
「いえ、知性の足りないところ変わりませんね…兄さん」
「なっ…」
「ユリスですよ。弟の顔も覚えられないとか、どれだけ愚鈍なのですか?」
「なっ…貴様兄に向かって、今何と…?」
「頭だけでなく耳も悪いようですね。」
シーク殿下は怒りでふるふると震え出します。私がヒヤヒヤしながらその様子を見ていると、楽器の音が部屋へと響きました。
全員が音の方に注目すると、部屋の奥から国王が姿を見せました。
「よくぞ集まった。」
陛下の声に皆が礼をします。そんな中、シーク殿下は先程の怒りが嘘のように消え、今は勝ち誇ったような顔でユリス殿下を見ています。
ユリス殿下はそんなこと気にも止めず、陛下に礼をしています。
「今日は我が息子の誕生日であると共に、王位継承者を皆に披露する日でもある。」
陛下の声に、皆が顔を上げます。会場の誰もが、シーク殿下の名前を期待しているようでした。
「…ユリス、こちらに来なさい。」
「はい、陛下。」
予想と違う名前に会場はざわめき立ちます。
ですが、陛下に呼ばれたユリス殿下はそれが分かっていたかのように、落ち着いたようすです。そして、何故か私の手を取り陛下の元へと向かいます。周りがさらにざわつきます。
「静粛に!」
陛下の隣に控えていた宰相が、声を上げて周りを静めました。
ユリス殿下が陛下の横で、私がその少し後ろに並ぶと、陛下は高らかに宣言します。
「王位継承者は、このユリス・ジルベニアとする。」
え?これは、どういうことでしょうか?ユリスが王位継承者?私が驚き彼を見ると、ウインクをされてしまいます。王の宣言に周りは驚きつつも拍手喝采です。
そんな中、納得行かない人が2名おりました。
「父上!これは、どういうことですか!?」
「そうです、お義父様。次期王は、シーク様ですわよね。」
「二人とも止めなさい、みっともない。」
二人の訴えを陛下はため息と共にたしなめます。確かにこの場で抗議するのは、あまり良いことではありません。私も驚きましたが、どんな理由があれ、それを決めたのは現国王です。反論は本来なら許させることではないのです。
「これはもう決まったことだ。」
「ですがっ!」
食い下がるシーク殿下に国王は大きなため息をついて、重い口を開きました。
「…お前の家臣が不正を働いていたのだ。」
「は?」
突然の言葉に、シーク殿下は言葉をなくしたようでした。
「お前、公務をその家臣に任せきりにしていたな?そこを利用されたのだよ。それを見つけたのが、ユリスだ。それだけではない。ここ最近の公務のほとんどをユリスがこなしていたのだ。」
「な、何を…?」
「何も気づいておらんかったのか…。本当に情けない。そんな者に、この国は任せられん。公務を怠ったことや、機密事項を家臣に漏らした罪は償ってもらうぞ、シーク。」
知らされていなかったのでしょう。シーク殿下は力なくその場に崩れ落ちます。隣にいたイリスもその場にヘタリ込むと肩を落として、黙ってしまいました。
「陛下。」
「おお、そうであったな。…次期国王より皆に伝えたいことがあるそうだ、聞いてやってくれ。」
国王の言葉に皆がユリス殿下を見ます。
「私は時期国王として皆のため、国のために力を注いでいくつもりだ。よろしく頼む。だけど、そんな私もただ一人の人間でしかない。出来ることは限られるし、壁にぶち当たることもあるだろう。」
そう言ってユリス殿下は私の方を見ます。それから、手を伸ばすと少し強引に私を隣へと引っ張り出しました。
「そんな私の心の支えとなる婚約者であるシェリア・メイソンを、妻として迎えようと思う。」
私はその言葉に驚き、頭が真っ白になります。皆の視線がこちらに向き、注目の的です。
「シェリア・メイソン?」
「どういうこと?」
「やっぱり、だから俺はそうじゃないかって…」
ですが何だか様子がおかしいのです。なぜか戸惑いの声ばかりが聞こえてきます。
「火傷の痕は?」
「あんな傷、どうやって隠したのかしら?」
「やっぱり、別人なんじゃ?」
え?何を言っているの?私は戸惑いユリス殿下に助けを求めるように見ると、優しい笑顔を向けてきます。そして、ユリス殿下は皆の方へと視線を戻しました。その瞳には怒りの感情が見えました。
「皆が彼女のことをどう言っていたのか、知っている。だが、彼女は心優しく美しい。少なくとも、私はそう思っている…。だからこれから先、彼女を泣かせる者がいたら、私の全権力を用いて潰す。それだけは心得ておくように。…私からは以上だ。」
そう言うと私の腕を引いて、部屋を出てしまうユリス殿下。私は引かれるがままについていき、バルコニーへとやって来ました。
「すまない。」
「えっ?」
「順番が逆になってしまった…」
そう言うと、ユリス殿下は膝をつきます。私の手を取り、私を見つめます。
「私と共に歩んでもらえないだろうか?」
「ユリス殿下?」
「結婚してほしい。シェリア。」
「で、でも、私の顔は…」
「僕はそんなこと気にしない。婚約を交わした日から、ずっと君のことを想ってきた。僕が好きなのは、あの日から君だけなんだ、シェリア。」
とても、嬉しいお言葉です。本当なら、頷いてお受けしたいのですが、そうもいきません。
「いくら殿下が気になさらなくても、王妃になってしまえば注目があります。公でこの顔は…」
側室ならまだしも、正妃は他国との国交もあるので、やはり見目というのは大事なのです。必ずしも美人である必要はないのですが、さすがにこんな火傷の跡がある私では、問題が出てくるでしょう。
そんなことを考えていると、ユリス殿下は思い出したような顔をします。
「そう言えば君は鏡を見ないのだったね。…アンナ。」
「はい、こちらに。」
どこからともなく現れたアンナは、何故か手に鏡を持っています。そして、その鏡を私に手渡すのです。どういうことでしょうか?私はこの傷が出来てから、鏡を見ることはほとんどありません。それは、アンナももちろん知っていることでしたので、私はどうしたら良いのか困ってしまいます。
「嫌かもしれないけど、騙されたと思って見てごらん。」
アンナも頷いて私を見ます。本当は怖いですが、仕方くユリス殿下に言われるがままに、恐る恐る鏡を見ます。
「どういう…こと?」
そこに映る顔を見て私は驚きました。鏡の中に映るのは真っ白な肌でした。そこに、火傷の痕などありません。確かに、化粧の時間が長いとは思っていたのですが、まさかこんなことになっているなんて思ってもいませんでした。
どんな手品かと、ユリス殿下を見ると嬉しそうに笑っています。
「これを開発させるのに、時間がかかってしまったんだ。本当はもっと早く、君を迎えに行きたかったのだが、申し訳ない。」
「えっ?ど、どういうことですか?」
「君を正妃に迎えるためには、やはりどうしても火傷の痕は障害となってしまった。だから、それを隠せる技術を開発したんだ。僕の力が及ばず、君にはたくさん嫌な思いをさせてしまった。本当に申し訳ない。」
「…。」
「こんな僕だが、シェリアには正妃として一緒に隣にいて欲しい。…ダメだろうか?」
そんな子犬のような眼差しで見られずとも、私の心はもう決まっています。
「…私で良ければ喜んで。」
涙を拭って、心からの笑顔をユリスに向けました。
そう思いながらも、私は待たせてしまったことを謝ります。
「お、お待たせして、申し訳ございません。」
「…。」
じっと、見つめられて私はドキリと胸がなります。ですが、これはいつもみんなから見られる時の視線。驚き見開かれた目を見て、私はそう思いました。やはりこの方も、皆と同じ反応をするのかと、少しだけ気持ちが沈みます。
「…あ、あの…」
「あっ、不躾に失礼だったね。申し訳ない。…それと、こちらが早く着いてしまったんだ。君が謝ることはないよ。」
どうやらお優しい方のようです。好奇の目は、すぐに柔らかい笑みに変わります。少しだけ驚きです。他の方は、いつまでもジロジロと私の傷を見ているので。そんな私は戸惑いを隠しつつ、ドレスの裾を軽く持ち上げて、挨拶をします。
「私、シェリア・メイソンと…」
「知っているよ。」
「え?あっ、そうですよね。叔父の依頼ですものね。」
それはそうかと慌てると、彼は何故か小首を傾げました。
「何だ、忘れてしまったのか?」
「えっ?」
悲しそうな様子に、私は遠い記憶が甦ります。昔、同じような顔を、見たことがあった気がするのです。そして、思い当たるところがあり、もう一度目の前の人物をまじまじと見つめました。
少年は少し恥ずかしそうに頬を掻いて、視線を反らせてしまいます。
「ユリス殿下?」
「ああ。」
少しだけ嬉しそうな顔がこちらを見ました。また、胸がドキリとなります。今日の私は、どうしてしまったのでしょうか?何か変です。
「久しぶりだな、シェリア。」
「え、ええ…本当に…。お会いしたのは、まだ両親がいた頃なので、もう十数年は経っていますね。」
「そうだな…」
会話が途切れて気まずい空気が流れます。何を話したら良いのか、全く思い付かないのです。
「とりあえず、城に向かおうか。」
「ええ。」
殿下も気まずかったのでしょう。まぁ、無理もありません。こんな傷があって話ベタな女性など、相手にしてもつまらないでしょう。それに、これは望んだ婚約ではありません。おそらく今日も、渋々私のエスコートさせられているのでしょうから。私は、何だか申し訳ない気持ちになってきました。
それでも、殿下は完璧なエスコートで、私の手を引いてくれます。本当にお優しい方なのだと、私はその背中を見て少しだけ寂しい気持ちになりました。
私がこんな姿でなければ、楽しくお話出来たのでしょうか…。
私たちは馬車に乗ると、ますます気まずい雰囲気になってしまいます。聞きたいことはたくさんあったのですが、そのどれもが聞きづらく言葉に出来ませんでした。
そんな時、ユリス殿下の胸ポケットに見える、ハンカチに目が止まります。
「それ…」
「ん?ああ、これのことか?」
彼が取り出したハンカチを見て私は驚きます。
「それ…私が刺繍したものでは?」
「ああ、これだけは手放せなくて、ずっと持っていたんだ。送ってくれたのは、一度きりだったから。」
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そのハンカチをユリス殿下は、とても大事な物のように扱い見つめています。
「ユリス殿下…」
「ユリス。」
「え?」
「ユリスと呼んでほしい。…ダメだろうか?」
子犬のような瞳でこちらを見てくる彼は、とても可愛らしく胸が跳ね上がります。ですが、私は心を鬼にして首を左右に振りました。
「だ、ダメです。だって…婚約は解消されるのでしょう?」
「なぜそう思うんだ?」
「え?」
思わず反射的にユリス殿下を見ました。すると、彼は怒ったような、でも悲しそうな顔をしています。
なぜ、私が責められているのでしょうか?そう考えたら少しだけ腹が立ってきます。
「…だって、こんな容姿になってしまって…婚約の話しも全く進まず、パーティーでエスコートすらしてもらえない。周りには笑われ馬鹿にされて…。殿下だってこんな醜い女は嫌なのでしょう?だから、会いに来てもくださらなかったのでは…」
言葉が途中で途切れてしまったのは、ユリス殿下に抱き締められたから。頭が混乱しパニックになります。そこへ耳元に優しい声が届きます。
「すまなかった。でも、僕は君との婚約を解消するつもりはない。会えなかった事情を今説明することは出来ないが、ずっと君に会いたかったんだ。信じてもらえないかもしれないが…。…。やはり、こんな僕では嫌だろうか?」
そんな声で囁くのは反則だと私は思いました。私の頬は熱くなり、鼓動が早くなっています。自分の耳にまで心臓の音が聞こえるくらいです。
「嫌ではありません。ただ…」
言いかけたのですが、馬車が止まったので私は口を閉ざしました。殿下もそれ以上は聞いては来ません。腕も解かれます。
私は何だかそれを寂しく感じました。やはり、今日の私は変なのだと、だからこんな気持ちになるのだと自分に言い聞かせました。
「そうだ、言い忘れるところだった。」
「何でしょうか?」
「そのドレス、とても似合っているよ。僕はいつもの君も好きだけど、今日のも素敵だ。」
そう言ってもらえると、お世辞でも嬉しくなります。
「今日は今まで君のことを笑っていた奴らを見返してやろう」
「殿下、言葉遣いが…」
「君と二人の時だけだ。」
「それに、見返すって…?」
どうやって?という疑問は馬車の扉が開けられて、聞くことは出来ませんでした。
ユリス殿下にエスコートされて、私は王城へと進みます。私を笑う者達の待つ場所が、どんどんと近くなり、私は怖くなってユリス殿下に添えた手に、力が入ってしまいました。
「大丈夫だ。」
そっと手を重ねてくれます。それだけで私の心は落ち着くのですから、不思議です。
そして、私たちは会場へと足を踏み入れました。
え?どういうこと?私は予想外の出来事に驚きます。
というのも、いつもの嘲笑のコーラスは起こらないのです。疑問に思って、俯いていた視線を上げると、周りは驚きの顔でこちらを見ています。
ユリス殿下の方を見ている人も多かったけれど、ほとんどは私の方に釘付けといった様子でした。私は何が起きているのか分からずに、ユリス殿下を見るとニッと無邪気な笑顔を見せてくれます。その笑顔に、女性陣の黄色い悲鳴が聞こえました。
「これは、どういうことですの!?」
何だか慌てた様子で私のもとにイリスが来ます。彼女が自分から、私のところに来るのは珍しいです。前回は叔父の言いつけで、仕方なくと言う感じでしたが、今日は様子が違います。
ですが、どんな理由があれ社交場では、挨拶しなければいけません。義妹はそう言うところが、少々抜けていました。仕方なく私から挨拶をします。ドレスの裾を軽く持ち上げて軽く会釈しました。
「イリス、ごきげんよう。」
「ごきげんようでは、ございませんわっ。」
「ごきげんよう。」
なにを呑気なこと言ってるの!?と、言いたげな彼女でしたが、ユリス殿下に声をかけられて言葉を失います。彼女は綺麗な顔に目がないようです。婚約者であるシーク殿下も顔が良いからと、自慢げに話していたのを聞いたことがあります。
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「ご、ごきげんよう。えっと…」
「ユリス・ジルべニアと申します。」
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「はい。イリス・キャンベル様。シェリアがずいぶん世話になったようですね。」
「え?」
「まぁ、もう彼女が君たちの屋敷に戻ることはないですから、安心してください。」
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「シークさまぁ…」
やって来たシーク殿下に抱き付くイリス。事情が分からずとも、婚約者を泣かされたという事実にユリス殿下を睨み付けるシーク殿下。
「誰だ貴様?」
「え?」
私は思わず声を上げてしまい、それにユリス殿下が声を上げて笑いました。
「な、何だ。」
「いえ、知性の足りないところ変わりませんね…兄さん」
「なっ…」
「ユリスですよ。弟の顔も覚えられないとか、どれだけ愚鈍なのですか?」
「なっ…貴様兄に向かって、今何と…?」
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ユリス殿下はそんなこと気にも止めず、陛下に礼をしています。
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陛下の声に、皆が顔を上げます。会場の誰もが、シーク殿下の名前を期待しているようでした。
「…ユリス、こちらに来なさい。」
「はい、陛下。」
予想と違う名前に会場はざわめき立ちます。
ですが、陛下に呼ばれたユリス殿下はそれが分かっていたかのように、落ち着いたようすです。そして、何故か私の手を取り陛下の元へと向かいます。周りがさらにざわつきます。
「静粛に!」
陛下の隣に控えていた宰相が、声を上げて周りを静めました。
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え?これは、どういうことでしょうか?ユリスが王位継承者?私が驚き彼を見ると、ウインクをされてしまいます。王の宣言に周りは驚きつつも拍手喝采です。
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「父上!これは、どういうことですか!?」
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「ですがっ!」
食い下がるシーク殿下に国王は大きなため息をついて、重い口を開きました。
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「は?」
突然の言葉に、シーク殿下は言葉をなくしたようでした。
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「な、何を…?」
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知らされていなかったのでしょう。シーク殿下は力なくその場に崩れ落ちます。隣にいたイリスもその場にヘタリ込むと肩を落として、黙ってしまいました。
「陛下。」
「おお、そうであったな。…次期国王より皆に伝えたいことがあるそうだ、聞いてやってくれ。」
国王の言葉に皆がユリス殿下を見ます。
「私は時期国王として皆のため、国のために力を注いでいくつもりだ。よろしく頼む。だけど、そんな私もただ一人の人間でしかない。出来ることは限られるし、壁にぶち当たることもあるだろう。」
そう言ってユリス殿下は私の方を見ます。それから、手を伸ばすと少し強引に私を隣へと引っ張り出しました。
「そんな私の心の支えとなる婚約者であるシェリア・メイソンを、妻として迎えようと思う。」
私はその言葉に驚き、頭が真っ白になります。皆の視線がこちらに向き、注目の的です。
「シェリア・メイソン?」
「どういうこと?」
「やっぱり、だから俺はそうじゃないかって…」
ですが何だか様子がおかしいのです。なぜか戸惑いの声ばかりが聞こえてきます。
「火傷の痕は?」
「あんな傷、どうやって隠したのかしら?」
「やっぱり、別人なんじゃ?」
え?何を言っているの?私は戸惑いユリス殿下に助けを求めるように見ると、優しい笑顔を向けてきます。そして、ユリス殿下は皆の方へと視線を戻しました。その瞳には怒りの感情が見えました。
「皆が彼女のことをどう言っていたのか、知っている。だが、彼女は心優しく美しい。少なくとも、私はそう思っている…。だからこれから先、彼女を泣かせる者がいたら、私の全権力を用いて潰す。それだけは心得ておくように。…私からは以上だ。」
そう言うと私の腕を引いて、部屋を出てしまうユリス殿下。私は引かれるがままについていき、バルコニーへとやって来ました。
「すまない。」
「えっ?」
「順番が逆になってしまった…」
そう言うと、ユリス殿下は膝をつきます。私の手を取り、私を見つめます。
「私と共に歩んでもらえないだろうか?」
「ユリス殿下?」
「結婚してほしい。シェリア。」
「で、でも、私の顔は…」
「僕はそんなこと気にしない。婚約を交わした日から、ずっと君のことを想ってきた。僕が好きなのは、あの日から君だけなんだ、シェリア。」
とても、嬉しいお言葉です。本当なら、頷いてお受けしたいのですが、そうもいきません。
「いくら殿下が気になさらなくても、王妃になってしまえば注目があります。公でこの顔は…」
側室ならまだしも、正妃は他国との国交もあるので、やはり見目というのは大事なのです。必ずしも美人である必要はないのですが、さすがにこんな火傷の跡がある私では、問題が出てくるでしょう。
そんなことを考えていると、ユリス殿下は思い出したような顔をします。
「そう言えば君は鏡を見ないのだったね。…アンナ。」
「はい、こちらに。」
どこからともなく現れたアンナは、何故か手に鏡を持っています。そして、その鏡を私に手渡すのです。どういうことでしょうか?私はこの傷が出来てから、鏡を見ることはほとんどありません。それは、アンナももちろん知っていることでしたので、私はどうしたら良いのか困ってしまいます。
「嫌かもしれないけど、騙されたと思って見てごらん。」
アンナも頷いて私を見ます。本当は怖いですが、仕方くユリス殿下に言われるがままに、恐る恐る鏡を見ます。
「どういう…こと?」
そこに映る顔を見て私は驚きました。鏡の中に映るのは真っ白な肌でした。そこに、火傷の痕などありません。確かに、化粧の時間が長いとは思っていたのですが、まさかこんなことになっているなんて思ってもいませんでした。
どんな手品かと、ユリス殿下を見ると嬉しそうに笑っています。
「これを開発させるのに、時間がかかってしまったんだ。本当はもっと早く、君を迎えに行きたかったのだが、申し訳ない。」
「えっ?ど、どういうことですか?」
「君を正妃に迎えるためには、やはりどうしても火傷の痕は障害となってしまった。だから、それを隠せる技術を開発したんだ。僕の力が及ばず、君にはたくさん嫌な思いをさせてしまった。本当に申し訳ない。」
「…。」
「こんな僕だが、シェリアには正妃として一緒に隣にいて欲しい。…ダメだろうか?」
そんな子犬のような眼差しで見られずとも、私の心はもう決まっています。
「…私で良ければ喜んで。」
涙を拭って、心からの笑顔をユリスに向けました。
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言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
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