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第四章 悪女と誘拐
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「どうするつもりだ」
少しの沈黙の後、憔悴しきった表情のワイアット伯爵は、絞り出すように訊いた。
「どうもこうも、騎士団に引き渡して、罪を償ってもらうしかないでしょう」クライドが無表情で言う。
「そんな!」ワイアット伯爵とジェシカが同時に叫ぶ。
「当たり前でしょう。見逃してもらえると思っていたのですか? 伯爵家当主誘拐ですよ。重大犯罪です」
「これが公になったら、ジェシカの未来が……」
「未来? ダリアの未来を奪おうとしたのに、自分たちの未来を守ろうとするんですか」
「ジェシカは君を想って起こしてしまった行動だ」
「俺が悪いと? 俺を好きだから起こしてしまった事件から許せと? 許せるわけないでしょう。俺が憎いのなら俺を襲えばいい。関係のないダリアを襲わせて許せるわけがない」
クライドは自身を落ち着けるようにゆっくりと息を吐いてジェシカに向き直った。
「いいですか、ジェシカ嬢。今まではあなたに気を使ってはっきり言っていませんでしたがそれがいけなかったようです。はっきりいいます。あなたとお付き合いするつもりも、結婚するつもりもありません。あなたが私に好意を持っていてくれたことはわかっていました。でもその気持は迷惑です。ワイアット伯爵には婿のお誘いを受けたことがありますが、すでに断っています」
ジェシカが驚いたように父親の顔を見る。
「本当だ」ジェシカの顔を見ることなくワイアット伯爵が苦々しげに言う。
「お前が悲しむのを見たくなくて言えなかった」
「二度と私に近寄らないでください」クライドが低く冷淡な声でとどめを刺した。
ジェシカは目を見開き、ソファから立ち上がると、堰を切ったように叫んだ。
「なんで? なんでよ? クライド様もソニキュア様も! なんでこんな悪女をかばうのよ!」
クライドは無表情でジェシカを眺めていたが、やがて重い口を開いた。
「ジェシカ嬢、君も将来は伯爵家の女当主になる予定なんだろう。それなら噂に惑わされることのないよう自分の目を鍛えるべきだった。君のやったことはあまりに幼稚で短絡的だ。今回の事件は、君だけじゃなくワイアット伯爵家の責任問題にもなる」
ジェシカはようやくそのことに気づいたようで、みるみる青ざめていった。
「わ、わたしはそんなつもりじゃ……」
「君はダリアを悪女と罵るが、君のほうがよっぽど悪女の名にふさわしいよ」
その言葉が響いたらしく、ジェシカはがっくりと肩を落として、無言でソファに座り直した。
「今回の事件、一番悪いのはジェシカ嬢ですが、次期当主となる娘に必要な勉強をさせていなかったことも一因です。
ソニキュア・フォックス公爵令嬢がなぜダリアを認めたのかわかりますか? 貴族間の紳士協定を破って結婚を強制したダリアに高位貴族が何も言わない理由がわかりますか?」
二人とも無言だ。それが答えがわからないということを暗に示していた。
「伯爵、娘を次期当主にさせるつもりならジェシカ嬢がどんなに嫌がっていても勉強させるべきでした。婿に補佐をさせるから大丈夫なんて考えは危険だと何度も忠告したでしょう。
そもそも、伯爵自身も勉強不足です。当主がお茶会の令嬢レベルの情報しか持ち合わせていないなんて問題外です。……今となっては、その当主すら辞めなければならない状況ですがね」
クライドの失礼な物言いに、伯爵のこめかみがピクリと反応したが、耐えるように拳を握りしめた。
「クライド殿、頼む。どうか、助けてくれないか」
「無理です。諦めてください」
ワイアット伯爵のすがるような訴えをクライドがにべもなく断ると、伯爵は激昂した。
「貴様! 今までさんざん目をかけてやったのに、恩を仇で返すつもりか!」
「謝罪の言葉を一言も口にしない人をどうやって助けろというんですか。まあ、仮に謝ったとしても許しませんけど」
言葉は丁寧だが、目には殺意すら感じられるほど怒りが満ちていた。ジェシカと伯爵は身をすくめ、二人揃って頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
取ってつけたような謝罪に、クライドは、はっ、と呆れたような声を出した。
「謝る相手は私ではないでしょう。それに私は許さないといったばかりです」
ワイアット伯爵とジェシカはダリアに向き直り、もう一度頭を下げた。
その様子をクライドはうんざりした顔で眺め、ダリアに視線を移した。
少しの沈黙の後、憔悴しきった表情のワイアット伯爵は、絞り出すように訊いた。
「どうもこうも、騎士団に引き渡して、罪を償ってもらうしかないでしょう」クライドが無表情で言う。
「そんな!」ワイアット伯爵とジェシカが同時に叫ぶ。
「当たり前でしょう。見逃してもらえると思っていたのですか? 伯爵家当主誘拐ですよ。重大犯罪です」
「これが公になったら、ジェシカの未来が……」
「未来? ダリアの未来を奪おうとしたのに、自分たちの未来を守ろうとするんですか」
「ジェシカは君を想って起こしてしまった行動だ」
「俺が悪いと? 俺を好きだから起こしてしまった事件から許せと? 許せるわけないでしょう。俺が憎いのなら俺を襲えばいい。関係のないダリアを襲わせて許せるわけがない」
クライドは自身を落ち着けるようにゆっくりと息を吐いてジェシカに向き直った。
「いいですか、ジェシカ嬢。今まではあなたに気を使ってはっきり言っていませんでしたがそれがいけなかったようです。はっきりいいます。あなたとお付き合いするつもりも、結婚するつもりもありません。あなたが私に好意を持っていてくれたことはわかっていました。でもその気持は迷惑です。ワイアット伯爵には婿のお誘いを受けたことがありますが、すでに断っています」
ジェシカが驚いたように父親の顔を見る。
「本当だ」ジェシカの顔を見ることなくワイアット伯爵が苦々しげに言う。
「お前が悲しむのを見たくなくて言えなかった」
「二度と私に近寄らないでください」クライドが低く冷淡な声でとどめを刺した。
ジェシカは目を見開き、ソファから立ち上がると、堰を切ったように叫んだ。
「なんで? なんでよ? クライド様もソニキュア様も! なんでこんな悪女をかばうのよ!」
クライドは無表情でジェシカを眺めていたが、やがて重い口を開いた。
「ジェシカ嬢、君も将来は伯爵家の女当主になる予定なんだろう。それなら噂に惑わされることのないよう自分の目を鍛えるべきだった。君のやったことはあまりに幼稚で短絡的だ。今回の事件は、君だけじゃなくワイアット伯爵家の責任問題にもなる」
ジェシカはようやくそのことに気づいたようで、みるみる青ざめていった。
「わ、わたしはそんなつもりじゃ……」
「君はダリアを悪女と罵るが、君のほうがよっぽど悪女の名にふさわしいよ」
その言葉が響いたらしく、ジェシカはがっくりと肩を落として、無言でソファに座り直した。
「今回の事件、一番悪いのはジェシカ嬢ですが、次期当主となる娘に必要な勉強をさせていなかったことも一因です。
ソニキュア・フォックス公爵令嬢がなぜダリアを認めたのかわかりますか? 貴族間の紳士協定を破って結婚を強制したダリアに高位貴族が何も言わない理由がわかりますか?」
二人とも無言だ。それが答えがわからないということを暗に示していた。
「伯爵、娘を次期当主にさせるつもりならジェシカ嬢がどんなに嫌がっていても勉強させるべきでした。婿に補佐をさせるから大丈夫なんて考えは危険だと何度も忠告したでしょう。
そもそも、伯爵自身も勉強不足です。当主がお茶会の令嬢レベルの情報しか持ち合わせていないなんて問題外です。……今となっては、その当主すら辞めなければならない状況ですがね」
クライドの失礼な物言いに、伯爵のこめかみがピクリと反応したが、耐えるように拳を握りしめた。
「クライド殿、頼む。どうか、助けてくれないか」
「無理です。諦めてください」
ワイアット伯爵のすがるような訴えをクライドがにべもなく断ると、伯爵は激昂した。
「貴様! 今までさんざん目をかけてやったのに、恩を仇で返すつもりか!」
「謝罪の言葉を一言も口にしない人をどうやって助けろというんですか。まあ、仮に謝ったとしても許しませんけど」
言葉は丁寧だが、目には殺意すら感じられるほど怒りが満ちていた。ジェシカと伯爵は身をすくめ、二人揃って頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
取ってつけたような謝罪に、クライドは、はっ、と呆れたような声を出した。
「謝る相手は私ではないでしょう。それに私は許さないといったばかりです」
ワイアット伯爵とジェシカはダリアに向き直り、もう一度頭を下げた。
その様子をクライドはうんざりした顔で眺め、ダリアに視線を移した。
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