【完結】姉を追い出して当主になった悪女ですが、何か?

山田 ボルダ

文字の大きさ
上 下
32 / 42
第四章 悪女と誘拐

3-02

しおりを挟む
「どうするつもりだ」
少しの沈黙の後、憔悴しきった表情のワイアット伯爵は、絞り出すように訊いた。

「どうもこうも、騎士団に引き渡して、罪を償ってもらうしかないでしょう」クライドが無表情で言う。

「そんな!」ワイアット伯爵とジェシカが同時に叫ぶ。

「当たり前でしょう。見逃してもらえると思っていたのですか? 伯爵家当主誘拐ですよ。重大犯罪です」
「これが公になったら、ジェシカの未来が……」
「未来? ダリアの未来を奪おうとしたのに、自分たちの未来を守ろうとするんですか」
「ジェシカは君を想って起こしてしまった行動だ」
「俺が悪いと? 俺を好きだから起こしてしまった事件から許せと? 許せるわけないでしょう。俺が憎いのなら俺を襲えばいい。関係のないダリアを襲わせて許せるわけがない」

クライドは自身を落ち着けるようにゆっくりと息を吐いてジェシカに向き直った。

「いいですか、ジェシカ嬢。今まではあなたに気を使ってはっきり言っていませんでしたがそれがいけなかったようです。はっきりいいます。あなたとお付き合いするつもりも、結婚するつもりもありません。あなたが私に好意を持っていてくれたことはわかっていました。でもその気持は迷惑です。ワイアット伯爵には婿のお誘いを受けたことがありますが、すでに断っています」

ジェシカが驚いたように父親の顔を見る。
「本当だ」ジェシカの顔を見ることなくワイアット伯爵が苦々しげに言う。
「お前が悲しむのを見たくなくて言えなかった」

「二度と私に近寄らないでください」クライドが低く冷淡な声でとどめを刺した。

ジェシカは目を見開き、ソファから立ち上がると、堰を切ったように叫んだ。
「なんで? なんでよ? クライド様もソニキュア様も! なんでこんな悪女をかばうのよ!」

クライドは無表情でジェシカを眺めていたが、やがて重い口を開いた。

「ジェシカ嬢、君も将来は伯爵家の女当主になる予定なんだろう。それなら噂に惑わされることのないよう自分の目を鍛えるべきだった。君のやったことはあまりに幼稚で短絡的だ。今回の事件は、君だけじゃなくワイアット伯爵家の責任問題にもなる」

ジェシカはようやくそのことに気づいたようで、みるみる青ざめていった。
「わ、わたしはそんなつもりじゃ……」

「君はダリアを悪女と罵るが、君のほうがよっぽど悪女の名にふさわしいよ」

その言葉が響いたらしく、ジェシカはがっくりと肩を落として、無言でソファに座り直した。

「今回の事件、一番悪いのはジェシカ嬢ですが、次期当主となる娘に必要な勉強をさせていなかったことも一因です。
ソニキュア・フォックス公爵令嬢がなぜダリアを認めたのかわかりますか? 貴族間の紳士協定を破って結婚を強制したダリアに高位貴族が何も言わない理由がわかりますか?」

二人とも無言だ。それが答えがわからないということを暗に示していた。

「伯爵、娘を次期当主にさせるつもりならジェシカ嬢がどんなに嫌がっていても勉強させるべきでした。婿に補佐をさせるから大丈夫なんて考えは危険だと何度も忠告したでしょう。
そもそも、伯爵自身も勉強不足です。当主がお茶会の令嬢レベルの情報しか持ち合わせていないなんて問題外です。……今となっては、その当主すら辞めなければならない状況ですがね」

クライドの失礼な物言いに、伯爵のこめかみがピクリと反応したが、耐えるように拳を握りしめた。

「クライド殿、頼む。どうか、助けてくれないか」
「無理です。諦めてください」
ワイアット伯爵のすがるような訴えをクライドがにべもなく断ると、伯爵は激昂した。

「貴様! 今までさんざん目をかけてやったのに、恩を仇で返すつもりか!」
「謝罪の言葉を一言も口にしない人をどうやって助けろというんですか。まあ、仮に謝ったとしても許しませんけど」

言葉は丁寧だが、目には殺意すら感じられるほど怒りが満ちていた。ジェシカと伯爵は身をすくめ、二人揃って頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
取ってつけたような謝罪に、クライドは、はっ、と呆れたような声を出した。

「謝る相手は私ではないでしょう。それに私は許さないといったばかりです」

ワイアット伯爵とジェシカはダリアに向き直り、もう一度頭を下げた。
その様子をクライドはうんざりした顔で眺め、ダリアに視線を移した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?

石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。 彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。 夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。 一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。 愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

[完結]離婚したいって泣くくらいなら、結婚する前に言ってくれ!

日向はび
恋愛
「離婚させてくれぇ」「泣くな!」結婚してすぐにビルドは「離婚して」とフィーナに泣きついてきた。2人が生まれる前の母親同士の約束により結婚したけれど、好きな人ができたから別れたいって、それなら結婚する前に言え! あまりに情けなく自分勝手なビルドの姿に、とうとう堪忍袋の尾が切れた。「慰謝料を要求します」「それは困る!」「困るじゃねー!」

【完結】婚約破棄!! 

❄️冬は つとめて
恋愛
国王主催の卒業生の祝賀会で、この国の王太子が婚約破棄の暴挙に出た。会場内で繰り広げられる婚約破棄の場に、王と王妃が現れようとしていた。

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ…… リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。 ⭐︎2023.4.24完結⭐︎ ※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。  →2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

婚約者の不倫相手は妹で?

岡暁舟
恋愛
 公爵令嬢マリーの婚約者は第一王子のエルヴィンであった。しかし、エルヴィンが本当に愛していたのはマリーの妹であるアンナで…。一方、マリーは幼馴染のアランと親しくなり…。

処理中です...