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第四章 悪女と誘拐
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クライドは馬でマクレディ領に向かっていた。
今日は久しぶりにマクレディ家の屋敷を訪ねる約束になっていた。
騎士団の仕事は交代制で、クライドは空いた時間はだいたいノーバック家当主代理として王都で活動をしている。
当主代理としての仕事のほかに、会合などにも参加し、クライド個人としても知識や人脈をつくるべく貪欲に活動していた。そういったことから他家の当主たちや有力貴族との付き合いが増え、積極的に勉強をする姿勢を見せるクライドを娘や孫の婿にして家を継がせたいと思う人物も少なくなかった。実際クライドには、そういった打診が何件も来ている。だが彼はそれをすべて断っていた。
この国では、跡継ぎを決めるのに跡継ぎ候補者を競わせる、という方法が一般的に行われている。そのため、婚約を申し込まれても「跡継ぎが決まっていないから」という理由で断ることは珍しくない。貴族の跡継ぎ問題が重要なのは周知の事実なので、家格が上の家からの申込みであっても断っても失礼ではないとされている。これはいわば貴族間の紳士協定で、法律や罰則があるわけではない。だからこそ、ダリアが行った行為は嫌われたのだ。
ノーバック家では兄であるヘンリーにも婚約者がいなかったので断ることは比較的簡単にできていたが、兄が婚約者と領地で暮らしている今、断りにくい状況になりつつある。
クライドは月に何度か、一日予定を空けてマクレディ家を訪ねている。
最初のうちは、事前に訪ねることを伝えても、クライドの評判が落ちるのを心配したダリアに断られていた。
それでも構わず訪ねると、ダリアはしかたがないという風に相手をしてくれるのだ。
一度は屋敷を訪ねたら外出中で夕方まで戻らないと言われたが(おそらくわざと)、裏の森で庭師と釣りをしたり、使用人たちと雑談をしたり、マクレディ領を散策したりしてそれなりに楽しく過ごした。
そのことをランダルから聞いたダリアは「ああ、そう」と遠い目をして答えたという話を後日聞いた。
そういったことを何度か繰り返すうちに諦めたのかダリアも何も言わなくなり、最近では予定を教えてくれるようになった。
今日は、午前中は少し外出するが、昼前には戻る、という話だ。
昼前に、マクレディ家に着いた。
屋敷の入り口にいる守衛に挨拶をする。もうすっかり顔なじみだ。
屋敷に入ると、使用人たちに「ダリア様はまだ帰宅していませんが、執務室にはランダル様がいます」と声をかけられる。片手をあげて礼を言うと、そのまま執務室に向かう。すっかり身についたいつもの流れである。
執務室をノックすると、少ししてから内側からドアが開いた。当主補佐のランダルである。
「ダリア様はまだ帰宅していませんよ。中でお待ちになりますか?」
クライドはうなずくと中に入り、ソファに座った。
「もう戻ってきてもいい時間なのですが。少し遅れているようです」
昼食の時間になってもダリアは帰宅しない。
「戻りが遅すぎますね」ランダルが時計を見ながらつぶやく。
やがて、玄関の方から何か騒がしい音が聞こえた。ドタドタと遠慮なく走る音が徐々に大きくなってきて、やがてクライドとランダルがいる執務室のドアがノックすることなく激しく開けられた。
「ダリア様が攫われた!」
走ってきたのは、馬車の御者である。
御者は、クライドを見ると少し安心したようにすると彼に向かって叫んだ。
「ダリア様が攫われました。今、ラリーが後を追っています」
ラリーはダリアの補佐兼護衛だ。
クライドは御者の肩に手を置くと、相手を落ち着かせるようにゆっくりと語りかけた。
「落ち着け、何があったか話せ」
今日は久しぶりにマクレディ家の屋敷を訪ねる約束になっていた。
騎士団の仕事は交代制で、クライドは空いた時間はだいたいノーバック家当主代理として王都で活動をしている。
当主代理としての仕事のほかに、会合などにも参加し、クライド個人としても知識や人脈をつくるべく貪欲に活動していた。そういったことから他家の当主たちや有力貴族との付き合いが増え、積極的に勉強をする姿勢を見せるクライドを娘や孫の婿にして家を継がせたいと思う人物も少なくなかった。実際クライドには、そういった打診が何件も来ている。だが彼はそれをすべて断っていた。
この国では、跡継ぎを決めるのに跡継ぎ候補者を競わせる、という方法が一般的に行われている。そのため、婚約を申し込まれても「跡継ぎが決まっていないから」という理由で断ることは珍しくない。貴族の跡継ぎ問題が重要なのは周知の事実なので、家格が上の家からの申込みであっても断っても失礼ではないとされている。これはいわば貴族間の紳士協定で、法律や罰則があるわけではない。だからこそ、ダリアが行った行為は嫌われたのだ。
ノーバック家では兄であるヘンリーにも婚約者がいなかったので断ることは比較的簡単にできていたが、兄が婚約者と領地で暮らしている今、断りにくい状況になりつつある。
クライドは月に何度か、一日予定を空けてマクレディ家を訪ねている。
最初のうちは、事前に訪ねることを伝えても、クライドの評判が落ちるのを心配したダリアに断られていた。
それでも構わず訪ねると、ダリアはしかたがないという風に相手をしてくれるのだ。
一度は屋敷を訪ねたら外出中で夕方まで戻らないと言われたが(おそらくわざと)、裏の森で庭師と釣りをしたり、使用人たちと雑談をしたり、マクレディ領を散策したりしてそれなりに楽しく過ごした。
そのことをランダルから聞いたダリアは「ああ、そう」と遠い目をして答えたという話を後日聞いた。
そういったことを何度か繰り返すうちに諦めたのかダリアも何も言わなくなり、最近では予定を教えてくれるようになった。
今日は、午前中は少し外出するが、昼前には戻る、という話だ。
昼前に、マクレディ家に着いた。
屋敷の入り口にいる守衛に挨拶をする。もうすっかり顔なじみだ。
屋敷に入ると、使用人たちに「ダリア様はまだ帰宅していませんが、執務室にはランダル様がいます」と声をかけられる。片手をあげて礼を言うと、そのまま執務室に向かう。すっかり身についたいつもの流れである。
執務室をノックすると、少ししてから内側からドアが開いた。当主補佐のランダルである。
「ダリア様はまだ帰宅していませんよ。中でお待ちになりますか?」
クライドはうなずくと中に入り、ソファに座った。
「もう戻ってきてもいい時間なのですが。少し遅れているようです」
昼食の時間になってもダリアは帰宅しない。
「戻りが遅すぎますね」ランダルが時計を見ながらつぶやく。
やがて、玄関の方から何か騒がしい音が聞こえた。ドタドタと遠慮なく走る音が徐々に大きくなってきて、やがてクライドとランダルがいる執務室のドアがノックすることなく激しく開けられた。
「ダリア様が攫われた!」
走ってきたのは、馬車の御者である。
御者は、クライドを見ると少し安心したようにすると彼に向かって叫んだ。
「ダリア様が攫われました。今、ラリーが後を追っています」
ラリーはダリアの補佐兼護衛だ。
クライドは御者の肩に手を置くと、相手を落ち着かせるようにゆっくりと語りかけた。
「落ち着け、何があったか話せ」
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