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第二章 悪女と夜会
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ホールはたくさんの招待客ですでににぎやかだった。
みんな思い思いにダンスや会話を楽しんでいるので、目立たないように少し遅れて着いたダリアに周囲は気づかない。
「さあ、さっさと挨拶を済ますわよ」
せっかく来たのだから、マクレディ領にとって大切な相手には当主として挨拶をしようと決めていた。
やがて、白髪のよく見知った男性を見つけるとクライドと挨拶に向かう。
「モントーヤ侯爵、ご無沙汰しております」
モントーヤ侯爵家はマクレディ領の隣に領地をもつ。海岸線に沿って隣り合っているため、外洋からの警備には常に協力しあわなければならず、マクレディ領にとって大切なお隣さんだ。
父トレッドもそれを知っているため、次期当主となる姉妹には小さい頃から侯爵と会わせる機会をよく作り、かわいがってもらっていた。
メアリを追い出すための準備として、メアリが重要な相手先と面談をするときは必ずダリアも同伴するようにランダルが画策していたので、モントーヤ侯爵とは仕事の面でもすでに面識がある。
「やあ、ダリア・マクレディ伯爵、噂は聞いているよ」モントーヤ侯爵は口元に意味深な笑みを浮かべながら言う。
ダリアは頬を染め「家の恥をさらしてお恥ずかしい限りです」と申し訳無さそうに答える。
ダリアに対して、悪い感情を持っているようには見えない。表面上は。
軽い挨拶の後、仕事の話をいくつか交わし、最後に侯爵が言った。
「内緒にしててくれと言われてたんだけどね、先日、君のお姉さんから手紙が来たよ」
「えっ」
「要約すると、あれは、妹が私のために行ったことで、ああいう行動を起こさせてしまった私に原因がある。私は現状に満足しているし妹を恨んでもいない。勝手で申し訳ないがマクレディ伯爵領と当主となった妹をよろしくと」
「お姉様が……」
「うちは隣の領地だから、マクレディ伯爵家の内情にはそれなりに詳しいつもりだよ。私としては、正直な所、君でもメアリでもどちらが当主でもかまわない。仕事をきちんとしてさえくれればね」
侯爵は少しおどけたように言った。
「私の仕事ぶりはお眼鏡に叶いましたでしょうか」
「まだなんともいえないけど、悪くはないと思うよ。今のところはね。まあ今後ともよろしく頼むよ」
やわらかく笑うと目線をクライドに移し
「ダリアを頼むよ。わかっていると思うけど結構無茶をする娘なんだ」困ったように肩を竦めると、それじゃあと去って行った。
「よかったな」
去っていく背中を見ながらクライドが言う。ダリアもモントーヤ侯爵の背中を見つめたままうなずく。
「言っただろ、うちの家は君に感謝しているんだって。君からはほとぼりが冷めるまで何もするなと言われているけど、それでもなんとかしたいと思ってるんだよ。特にメアリがね」
「うん」
目頭が熱くなる。奥歯を強くかんで泣きそうになるのを我慢する。
「次、いくわよ」クライドの腕を強く掴んだ。
その後もいろんな人物に挨拶をしていく。このときにクライドの人望と顔の広さが役に立った。
ダリアの名を聞くと眉をひそめる人も、クライドが間に入ることでとりあえずは話を聞いてくれる状態に持ち込むことができたのだ。
普段、夜会は断っているクライドが参加をしているということで、クライド目当てに話しかけてくる人も多く、当初は挨拶は必要最低限にしておくつもりだったが、結局は思った以上の人々と友好的に挨拶を交わすことができた。
「これで私はともかくマクレディ領の評判が多少でも良くなるといいのだけれど。それにしてもあなたの顔の広さと好感度はすごいわね」
「ノーバックの当主代理としていろんな会合に参加しているんだよ。そういう会合は出席するのは年配の人が多くてさ。俺みたいな若造が行くと、目立つみたいでよく声をかけてもらえるんだよ」
「へえ」
「周りはみんな知識も経験もある人ばかりで、俺にいろいろ教えてくれるんだ。プレッシャーがすごいけど勉強になるよ」
「あの癖の強い当主たちに気に入られているってこと? すごいわね」
「すごくないよ。必死でなんとか食らいついているだけ」
「あの人達に食らいついていけるのがすごいのよ。あなたが婿にしたい男ナンバーワンになるのがわかる気がするわ」
ダリアはクライドの顔を覗き込み笑顔で言った。
急にクライドが足を止めたので、エスコートされていたダリアは少し前のめりになり慌てて止まった。
「ちょっとどうしたのよ?」
不満そうにクライドを見ると、クライドは空いた手で口元を押さえて顔をそむけている。心なしか耳が赤い。
「クライド?」
クライドは小さく咳払いをすると
「ごめん、なんでもない。さあ次に行こう」とダリアを促した。
みんな思い思いにダンスや会話を楽しんでいるので、目立たないように少し遅れて着いたダリアに周囲は気づかない。
「さあ、さっさと挨拶を済ますわよ」
せっかく来たのだから、マクレディ領にとって大切な相手には当主として挨拶をしようと決めていた。
やがて、白髪のよく見知った男性を見つけるとクライドと挨拶に向かう。
「モントーヤ侯爵、ご無沙汰しております」
モントーヤ侯爵家はマクレディ領の隣に領地をもつ。海岸線に沿って隣り合っているため、外洋からの警備には常に協力しあわなければならず、マクレディ領にとって大切なお隣さんだ。
父トレッドもそれを知っているため、次期当主となる姉妹には小さい頃から侯爵と会わせる機会をよく作り、かわいがってもらっていた。
メアリを追い出すための準備として、メアリが重要な相手先と面談をするときは必ずダリアも同伴するようにランダルが画策していたので、モントーヤ侯爵とは仕事の面でもすでに面識がある。
「やあ、ダリア・マクレディ伯爵、噂は聞いているよ」モントーヤ侯爵は口元に意味深な笑みを浮かべながら言う。
ダリアは頬を染め「家の恥をさらしてお恥ずかしい限りです」と申し訳無さそうに答える。
ダリアに対して、悪い感情を持っているようには見えない。表面上は。
軽い挨拶の後、仕事の話をいくつか交わし、最後に侯爵が言った。
「内緒にしててくれと言われてたんだけどね、先日、君のお姉さんから手紙が来たよ」
「えっ」
「要約すると、あれは、妹が私のために行ったことで、ああいう行動を起こさせてしまった私に原因がある。私は現状に満足しているし妹を恨んでもいない。勝手で申し訳ないがマクレディ伯爵領と当主となった妹をよろしくと」
「お姉様が……」
「うちは隣の領地だから、マクレディ伯爵家の内情にはそれなりに詳しいつもりだよ。私としては、正直な所、君でもメアリでもどちらが当主でもかまわない。仕事をきちんとしてさえくれればね」
侯爵は少しおどけたように言った。
「私の仕事ぶりはお眼鏡に叶いましたでしょうか」
「まだなんともいえないけど、悪くはないと思うよ。今のところはね。まあ今後ともよろしく頼むよ」
やわらかく笑うと目線をクライドに移し
「ダリアを頼むよ。わかっていると思うけど結構無茶をする娘なんだ」困ったように肩を竦めると、それじゃあと去って行った。
「よかったな」
去っていく背中を見ながらクライドが言う。ダリアもモントーヤ侯爵の背中を見つめたままうなずく。
「言っただろ、うちの家は君に感謝しているんだって。君からはほとぼりが冷めるまで何もするなと言われているけど、それでもなんとかしたいと思ってるんだよ。特にメアリがね」
「うん」
目頭が熱くなる。奥歯を強くかんで泣きそうになるのを我慢する。
「次、いくわよ」クライドの腕を強く掴んだ。
その後もいろんな人物に挨拶をしていく。このときにクライドの人望と顔の広さが役に立った。
ダリアの名を聞くと眉をひそめる人も、クライドが間に入ることでとりあえずは話を聞いてくれる状態に持ち込むことができたのだ。
普段、夜会は断っているクライドが参加をしているということで、クライド目当てに話しかけてくる人も多く、当初は挨拶は必要最低限にしておくつもりだったが、結局は思った以上の人々と友好的に挨拶を交わすことができた。
「これで私はともかくマクレディ領の評判が多少でも良くなるといいのだけれど。それにしてもあなたの顔の広さと好感度はすごいわね」
「ノーバックの当主代理としていろんな会合に参加しているんだよ。そういう会合は出席するのは年配の人が多くてさ。俺みたいな若造が行くと、目立つみたいでよく声をかけてもらえるんだよ」
「へえ」
「周りはみんな知識も経験もある人ばかりで、俺にいろいろ教えてくれるんだ。プレッシャーがすごいけど勉強になるよ」
「あの癖の強い当主たちに気に入られているってこと? すごいわね」
「すごくないよ。必死でなんとか食らいついているだけ」
「あの人達に食らいついていけるのがすごいのよ。あなたが婿にしたい男ナンバーワンになるのがわかる気がするわ」
ダリアはクライドの顔を覗き込み笑顔で言った。
急にクライドが足を止めたので、エスコートされていたダリアは少し前のめりになり慌てて止まった。
「ちょっとどうしたのよ?」
不満そうにクライドを見ると、クライドは空いた手で口元を押さえて顔をそむけている。心なしか耳が赤い。
「クライド?」
クライドは小さく咳払いをすると
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