1 / 42
プロローグ
01
しおりを挟む
メアリ・マクレディは、書類の内容を確認すると最後にサインを入れた。
その書類を隣に立つ補佐のランダルに渡す。
「これでこの件は完了かしら」
ランダルは書類に素早く目を通すと
「そうですね。お疲れ様でした。少し休憩されては?」
その言葉を待っていたかのように、メイドがお茶を持ってきた。
ここはマクレディ領、マクレディ伯爵家の屋敷。その当主が代々使う執務室で、重厚な作りの机に向かっているのはマクレディ伯爵家女当主、メアリ・マクレディである。父で前当主トレッド・マクレディとその妻が事故で急逝し、若干23歳でマクレディ伯爵家の女当主となった才女だ。
紅茶を一口飲んだところで、執務室のドアがノックされた。
ドアから顔を出したのは妹のダリア・マクレディ。ダリアは当主補佐としてメアリの仕事を助けている。一年前に両親が亡くなってからは、二人で協力をしてマクレディ領を切り盛りしてきた。
「ダリア、お疲れ様。港の様子はどうだった? あなたも一緒にお茶をどう?」
「いえ、結構です」
ダリアは入り口で立ち止まったまま動こうとしない。
「ダリア? どうした…」
「お姉様」
ダリアはメアリを睨みつけて、ゆっくりと言った。
「お姉様、このマクレディ伯爵家は私が継ぐことにいたしました。お姉様は邪魔なので今すぐこの家から出ていってくださいませ」
メアリが眉をひそめる。
「……ダリア、あなた、何を言っているの?」
その問いにダリアは答えず言葉を続ける。
「聞こえませんでした?このマクレディ伯爵家は私が継ぐと言ったのです。今後は私が当主となり、マクレディ伯爵家とマクレディ領を取り仕切ります」
「何を馬鹿なことを! 亡くなったお父様の言葉を忘れたの? この家は私が継いで当主とならなければいけないのです!」
「ならなければいけない、とはなんですの? くだらない。優秀な方が当主になるべきですわ」
「私が女当主となりマクレディ領をさらに繁栄させていくのがお父様の望みだったのはあなたも知っているでしょう。私にはそれを叶えなければならない義務があります」
「お父様お父様お父様、義務義務義務、もううんざりです。お父様もお母様も亡くなったのです。もう意見に従う必要などありません」
ダリアは一旦言葉を切ってメアリをまっすぐに見据えた。
「これからは私がマクレディ伯爵家の当主になります。この家のことはすべて私が決めます」
ただならぬ事態であることを感じて、メアリは右横に立つ補佐のランダルを見る。
ランダルはメアリを見ることなく歩き出し、ダリアの横に立つと、無表情でメアリを見下ろした。
左横に立っていたはずのメイドも、気がつけばダリアのそばに移動していた。
それを見てダリアは意地の悪そうな笑みを浮かべ
「この家の使用人は全員私に付きましたよ。みんなお姉様はマクレディ伯爵家の当主にふさわしくないと言っています。ああ、お姉様専属のメイドはもういらないので首にしました」
「なんてこと……」
メアリの顔が青ざめていく。
「さあ、お姉様、いつまでその椅子に座っているつもりですか。その椅子はもう私の物です。そしてこの執務室も私の物。お姉様は今すぐ出ていってください」
ランダルが執務室のドアを開けると、廊下から男性使用人が二人入ってきた。
「お姉様をつまみ出してちょうだい」
使用人はメアリの両脇まで歩いていくと、椅子から立ち上がらせ、ドアの外に連れ出そうとする。
自身に起こっていることが理解できていないメアリは抵抗すらせず連行されていく。
ダリアの横をメアリが引きずられるように通り過ぎようとしたとき、ダリアは思い出したように声をあげた。
「ああ、言い忘れてました。私は有能なのでお姉様の行き先もご用意して差し上げましたわ。
ノーバック家です。うちの隣の領地を治める貧乏子爵家ですわ。あそこの次期当主が貧乏すぎて嫁の来てがないそうなのでお姉様を差し上げることにしました」
「え……」
メアリが目を見開いて振り返るが、両脇を抱えられているためダリアの横顔がわずかに見えるのみだ。
「ノーバック家にはすでに話を通してますわ。お姉様の荷物は今、馬車に詰め込んでいます。準備ができ次第すぐに出ていってくださいね」
「ダリア、あなた……」
「反論は聞かないわ。あなたに拒否権はないのよ」
メアリはじっとダリアの横顔を見つめる。ダリアはメアリをちらりとも見ようとはしない。
「出ていく挨拶は不要よ。わたしはマクレディ伯爵家当主として忙しいの」
メアリが引きずられるまま執務室から出ると、ダリアは「メアリお姉様」と振り返った。
メアリを抑えていた使用人が移動してメアリの方向を変え、ダリアと正面から向かい合うようにした。
ダリアはゆっくりとカーテシーをした。
「お姉様、ごきげんよう」
ランダルが執務室のドアをゆっくりと閉めた。
その書類を隣に立つ補佐のランダルに渡す。
「これでこの件は完了かしら」
ランダルは書類に素早く目を通すと
「そうですね。お疲れ様でした。少し休憩されては?」
その言葉を待っていたかのように、メイドがお茶を持ってきた。
ここはマクレディ領、マクレディ伯爵家の屋敷。その当主が代々使う執務室で、重厚な作りの机に向かっているのはマクレディ伯爵家女当主、メアリ・マクレディである。父で前当主トレッド・マクレディとその妻が事故で急逝し、若干23歳でマクレディ伯爵家の女当主となった才女だ。
紅茶を一口飲んだところで、執務室のドアがノックされた。
ドアから顔を出したのは妹のダリア・マクレディ。ダリアは当主補佐としてメアリの仕事を助けている。一年前に両親が亡くなってからは、二人で協力をしてマクレディ領を切り盛りしてきた。
「ダリア、お疲れ様。港の様子はどうだった? あなたも一緒にお茶をどう?」
「いえ、結構です」
ダリアは入り口で立ち止まったまま動こうとしない。
「ダリア? どうした…」
「お姉様」
ダリアはメアリを睨みつけて、ゆっくりと言った。
「お姉様、このマクレディ伯爵家は私が継ぐことにいたしました。お姉様は邪魔なので今すぐこの家から出ていってくださいませ」
メアリが眉をひそめる。
「……ダリア、あなた、何を言っているの?」
その問いにダリアは答えず言葉を続ける。
「聞こえませんでした?このマクレディ伯爵家は私が継ぐと言ったのです。今後は私が当主となり、マクレディ伯爵家とマクレディ領を取り仕切ります」
「何を馬鹿なことを! 亡くなったお父様の言葉を忘れたの? この家は私が継いで当主とならなければいけないのです!」
「ならなければいけない、とはなんですの? くだらない。優秀な方が当主になるべきですわ」
「私が女当主となりマクレディ領をさらに繁栄させていくのがお父様の望みだったのはあなたも知っているでしょう。私にはそれを叶えなければならない義務があります」
「お父様お父様お父様、義務義務義務、もううんざりです。お父様もお母様も亡くなったのです。もう意見に従う必要などありません」
ダリアは一旦言葉を切ってメアリをまっすぐに見据えた。
「これからは私がマクレディ伯爵家の当主になります。この家のことはすべて私が決めます」
ただならぬ事態であることを感じて、メアリは右横に立つ補佐のランダルを見る。
ランダルはメアリを見ることなく歩き出し、ダリアの横に立つと、無表情でメアリを見下ろした。
左横に立っていたはずのメイドも、気がつけばダリアのそばに移動していた。
それを見てダリアは意地の悪そうな笑みを浮かべ
「この家の使用人は全員私に付きましたよ。みんなお姉様はマクレディ伯爵家の当主にふさわしくないと言っています。ああ、お姉様専属のメイドはもういらないので首にしました」
「なんてこと……」
メアリの顔が青ざめていく。
「さあ、お姉様、いつまでその椅子に座っているつもりですか。その椅子はもう私の物です。そしてこの執務室も私の物。お姉様は今すぐ出ていってください」
ランダルが執務室のドアを開けると、廊下から男性使用人が二人入ってきた。
「お姉様をつまみ出してちょうだい」
使用人はメアリの両脇まで歩いていくと、椅子から立ち上がらせ、ドアの外に連れ出そうとする。
自身に起こっていることが理解できていないメアリは抵抗すらせず連行されていく。
ダリアの横をメアリが引きずられるように通り過ぎようとしたとき、ダリアは思い出したように声をあげた。
「ああ、言い忘れてました。私は有能なのでお姉様の行き先もご用意して差し上げましたわ。
ノーバック家です。うちの隣の領地を治める貧乏子爵家ですわ。あそこの次期当主が貧乏すぎて嫁の来てがないそうなのでお姉様を差し上げることにしました」
「え……」
メアリが目を見開いて振り返るが、両脇を抱えられているためダリアの横顔がわずかに見えるのみだ。
「ノーバック家にはすでに話を通してますわ。お姉様の荷物は今、馬車に詰め込んでいます。準備ができ次第すぐに出ていってくださいね」
「ダリア、あなた……」
「反論は聞かないわ。あなたに拒否権はないのよ」
メアリはじっとダリアの横顔を見つめる。ダリアはメアリをちらりとも見ようとはしない。
「出ていく挨拶は不要よ。わたしはマクレディ伯爵家当主として忙しいの」
メアリが引きずられるまま執務室から出ると、ダリアは「メアリお姉様」と振り返った。
メアリを抑えていた使用人が移動してメアリの方向を変え、ダリアと正面から向かい合うようにした。
ダリアはゆっくりとカーテシーをした。
「お姉様、ごきげんよう」
ランダルが執務室のドアをゆっくりと閉めた。
59
お気に入りに追加
215
あなたにおすすめの小説

私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

[完結]離婚したいって泣くくらいなら、結婚する前に言ってくれ!
日向はび
恋愛
「離婚させてくれぇ」「泣くな!」結婚してすぐにビルドは「離婚して」とフィーナに泣きついてきた。2人が生まれる前の母親同士の約束により結婚したけれど、好きな人ができたから別れたいって、それなら結婚する前に言え! あまりに情けなく自分勝手なビルドの姿に、とうとう堪忍袋の尾が切れた。「慰謝料を要求します」「それは困る!」「困るじゃねー!」


悪女と呼ばれた王妃
アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。
処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。
まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。
私一人処刑すれば済む話なのに。
それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。
目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。
私はただ、
貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。
貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、
ただ護りたかっただけ…。
だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。
❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。
【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語
ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ……
リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。
⭐︎2023.4.24完結⭐︎
※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。
→2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

夫が不良債権のようです〜愛して尽して失った。わたしの末路〜
帆々
恋愛
リゼは王都で工房を経営する若き経営者だ。日々忙しく過ごしている。
売り上げ以上に気にかかるのは、夫キッドの健康だった。病弱な彼には主夫業を頼むが、無理はさせられない。その分リゼが頑張って生活をカバーしてきた。二人の暮らしでそれが彼女の幸せだった。
「ご主人を甘やかせ過ぎでは?」
周囲の声もある。でも何がいけないのか? キッドのことはもちろん自分が一番わかっている。彼の家蔵の問題もあるが、大丈夫。それが結婚というものだから。リゼは信じている。
彼が体調を崩したことがきっかけで、キッドの世話を頼む看護人を雇い入れことにした。フランという女性で、キッドとは話も合い和気藹々とした様子だ。気の利く彼女にリゼも負担が減りほっと安堵していた。
しかし、自宅の上の階に住む老婦人が忠告する。キッドとフランの仲が普通ではないようだ、と。更に疑いのない真実を突きつけられてしまう。衝撃を受けてうろたえるリゼに老婦人が親切に諭す。
「お別れなさい。あなたのお父様も結婚に反対だった。あなたに相応しくない人よ」
そこへ偶然、老婦人の甥という紳士が現れた。
「エル、リゼを助けてあげて頂戴」
リゼはエルと共にキッドとフランに対峙することになる。そこでは夫の信じられない企みが発覚して———————。
『愛して尽して、失って。ゼロから始めるしあわせ探し』から改題しました。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる