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第1章

No.60

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それは、私が文字を読めるようになった頃だった。

その日も、元の世界に帰る方法を探す為に図書館で本を読んでいた。読んでいる最中、人差し指の先を本で切ってしまった。切ったと言っても、薄っすらと血が滲む程度の怪我だった為、屋敷に帰った頃には自身でも傷の事を忘れていた。

それから、夕食を食べてゆっくりしていると珍しくいつもより早くアルフォンスさんが帰って来た。
私は、アルフォンスさんを出迎える為に玄関に向かった。

『アルフォンスさん、お帰りなさい』

そう言ってアルフォンスさんを見ると、アルフォンスさんが眼を見開き慌てて此方に走って来た。
驚いていると、アルフォンスさんが私の右手を取り人差し指を凝視して来る。

『一体、何処でこんな怪我をしたんだ!』

痛みも無く、怪我した本人さえ覚えていない様な怪我と呼ぶのもおこがましい程の小さな切り傷。それを、アルフォンスさんは己がガラスで手を切ったかの様に辛そうな表情で見つめる。
その切り傷を、アルフォンスさん自ら丁寧に消毒して治療してくれた。

最初、私を保護してくれているから私に対してこんなにも親切にしてくれるのだと思っていた。
だが、それからも私の変化にいち早く気が付き自身の事の様に心配してくれるアルフォンスさんを見て考えを改めざる得なかった。

目は口ほどに物を言うとは、よく言ったものだ。

ある時、私は気が付いた。
アルフォンスさんの私を見る目には愛情が宿っている事を。それは、よく見知った目だった。

お父さんや、お母さんが私達をその目で見ていたから。そして、私も家族に対してその様な目を向けていたから。

だが、アルフォンスさんの宿す愛情は私達家族のものとは少し違った。愛おしそうな、それでいて何処か熱を帯びた眼差し。

家族としての愛情の眼差しとは違う。
それは、愛しい異性に対する眼差しだ。

いくら恋愛経験の無い私でもそれが分かった。
それ程にアルフォンスさんの目は、私に訴えかけていた。


ーー愛している、と。


正直、アルフォンスさんは好きだ。
優しいし、カッコいい。歳上の落ち着きがあり、側にいると、とてもドキドキする。

だが、それが本当に恋愛感情なのか分からない。

ただ、見知らぬ世界で私を保護してくれているのがアルフォンスさんだからドキドキするのか。
勿論、それもあるだろう。
私を保護してくれているアルフォンスさんに無意識に依存している部分も少なからずあると思う。

(でも、きっとそれだけじゃ無い…)

あの人の纏う空気が好きだ。
低く少し掠れた声が好きだ。
微笑む顔が好きだ。
猫舌な所も好きだ。
たまにある寝癖も好きだ。

何故、あまり話す事の出来ないアルフォンスさんにこんな感情を抱くのか…。思えば、初めて会った時からあの人の事が気になっている気がする。

だけど、この気持ちをハッキリとはさせない。

私は元の世界に…家族みんなの所へ戻るのだ。この世界に、何かを残したりするべきでは無い。

「………って、本当に何考えてるの?悲劇のヒロインにでもなったつもり?」

そんな事を考えて、思わず溜息を吐く。
そうして、気合いを入れ直してもう一度しっかりと城の方を見つめた。





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