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第3話
しおりを挟む3 多重構造魔法陣
人里離れた山の中腹に建つ我が家は、少し傾いている。
それは、山の傾斜が云々とかじゃなくて、ただ単にボロい。大雨が降ると地盤が緩んで倒れそうだし、強い風が吹くと家全体が揺れる。
サリーだったらそんな問題、魔法で簡単に直せると思うけど、彼女曰くこれが風情があって良いんだとか……
僕には到底理解出来ない考え方だ。
ただ単にボロい。ーー以上。
一方、僕がセッセッと建てた魔法研究所は新築そのものである。
色々な魔法を組み合わせ、苦節1年をかけて完成させた自慢の研究所だ。
一部紹介するとすれば、サイレンスの魔法をかけた吸音材は防音性に優れ、アンフィヤーの魔法をかけた板材は耐火性に優れている。その他にも耐震性や、通気性、防寒対策に二重ガラスなど…素晴らしいスペックを持った研究所なのだ。
研究所は家から徒歩1分。
少し開けた場所に建っている。
何故僕がこの場所を選んだかというと、ま、家から近い事が第1条件だったんだけど、単に眺めがいいのだ。
研究所が建つ開けた場所は、山の中腹という事もあり眺めが良く遠くに海が見えた。
距離にしたらどのくらいだろう……
50キロくらいかな?海の近くに街が見える。何度かサリーと一緒に買い出しに行った事のある街だ。
街の名はアガルタ。
石造りのお城が、遠くに白っぽく輝いて見える。
その事はまた今度ゆっくり話すとして、僕は研究所の扉を開けるのである。
研究所の間取りは二部屋で、キッキンは無いがトイレとお風呂はある。
ぶっちゃけ、この世界には湯船に浸かるって文化が無い。浸かるどころか、シャワーで身体を綺麗にするって文化も無いから、前世の記憶を持っている僕からしたら結構なカルチャーショックだった。
じゃあどうやって身体を綺麗にしているの?って疑問が湧くよね…普通。
答えは簡単だ。小さな桶に湯を張って身体を拭く…だ。
ーーいや……それじゃあねぇ……
だからお風呂を研究所に常設したんだけどさぁ……
「トゥルクお風呂沸いた??」
「いや、まだ水も張ってないけど?」
「えーーー」と明らかに嫌な顔をするのは言わなくてもわかるでしょ。母サリーだ。
僕の研究所にちょくちょく足を運んでくれる事はありがたいが、彼女の目的は魔法の研究じゃなくてお風呂である。
「だって、まだ朝だよサリー。お風呂は夜に入るものだから」
「誰が決めたのそんな事?」
「誰って……偉い人だよ」
「はーーん。偉い人ねぇ……知らないんだ?」
「知ってるよ!」
「じゃあ誰?」
「い、イトウさんって人だよ」
「イトウ?誰よそれ?」
「初代内閣総理大臣だよ!」
「出た!」
「何が?」
「トゥルクの変な知識」
「ふーーん。言っとくけど!その変な知識のおかげでお風呂に入れるって事を忘れないでね!」
「はい!はい!で?」
「で?」
「お風呂!」
「お風呂はまだです。入りたいなら自分でやったら?」
「えーー。めんどくさいよぉーー」
サリーは途轍もなくめんどくさがり屋さんだ。本当に僕が産まれて来る前はどうやって生活していたんだろう?って思うくらいに。
強いて言えば、甘やかした僕にも責任はある。責任はあるかもしれないが、最近はそれに輪をかけるくらいに酷い有り様である。
「とりあえずその寝癖どうにかしたら?」
「だ・か・ら・お風呂に入ろうと思ったのに!!」
「お風呂に入って髪を乾かさないから、そんな頭になるんだよ!」
「別に髪が逆立ってたって、誰に迷惑かける訳じゃないもーーん」
と、まぁこんな感じに、あー言えば、こー言う。サリーの悪い所だ。
「サリー。ちょっとこっちに来てよ」
「何?寝癖直してくれるの?」
「それもそうだけど、さっき言ってた多重構造魔法陣を見てもらいたいんだ」
「あーーそう言えば……なんか言ってたね」
ーー (そー言えばって……)
思う所は多少あるが、僕はサリーを研究室へと連れて行くことにした。
「これなんだけど」
「へーー何々?」
サリーは床に描かれた魔法陣を眺めている。直径3メートルにもなる大作だ。
「……こっちが風系だね……んで、ここがコッチに繋がっていて……空間系も入ってるのか……デスペルがここで入って?ふーーん」
独り言のようにブツブツと言っているサリーだが、確実に僕の描いた魔法陣を読みっとっているから流石だ。
「で、それにこっちの魔法陣を重ねるんだよ」
僕が指したのは壁に描かれた魔法陣。
それは小さいモノから大きなモノまで、一つ一つでは全く以って意味を成さないのだが、パズルのピースのように重ね合わせる事で1つの魔法陣として出来上がるようになっている。
「へーー」
そう言うとサリーは魔法陣の描かれた壁と睨めっこを始めた。
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